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「人が溶ける奇病」として最初は認知されていた。何故ならどんなに溶けないとされるマイナス40℃の冷凍庫の中ですら、その奇病の者は皆溶けてしまい、いわば還らぬ者となっていたからだ。治療法も予防法もない。
幸か不幸か科学が発展した今、この奇病は遺伝子異常で引き起こされることが分かった。そして同時にある遺伝子異常が散見されることも。
それは血液ごと凍る現象。つまり体全てが凍ってしまう可能性がある人々がいることも発覚した。こちらも「不治の病」として医療界では認知されていた。火山口という灼熱の中ですら凍ってしまう、と。
そしてとある遺伝子科学者が一つの実験をした。
溶ける遺伝子を持つ人間と凍る遺伝子を持つ人間。この二人を会わせ、普通に生活をさせてみたらどうなるのだろうか、と。
実験結果は、医療界を驚愕させ、そして人々を安堵させた。二人は通常遺伝子の人々と変わらぬ生活が送れるようになったのだ。
それが分かると研究は加速度的に進んだ。
遺伝子異常は性を決める部分に発生しやすいことから、これは性的な病に値すること。y染色体にのみ異常が見られることから、発症及び保有者は男性にしかないこと。
そしてこの二つの性質は、お互いを補い合う関係性にある、いわば互いが互いのドナーであること。
そうなると今度は医療や福祉界が大忙しとなった。ドナー制度の誕生やパートナー制度の改革。そしてそれぞれの症状に対する明確な名付け。
今まで遺伝子界ではA、Bとしか呼ばれていなかった、不治の病ではなく遺伝子異常による現象。
医学用語ではかなり難しい名前が付けられたが、人々はこう話す。
アイスクリームのように溶けるから「アイス」、氷のように凍るから「フローズン」と。
「──というのが近現代の社会内容です。テスト範囲にばっちり入っているので覚えるように」
言われなくても、と思う。透は当事者なのだからこの辺りは幼少期から、両親どころか親戚にも耳にタコが出来るくらい言われてきた。
早く『アイス』が見つかるといいね、と。
近代に分かったアイスとフローズンの発現率は、思春期を迎えると急激に上がることからそれまでにドナーやパートナーを見つけることが急務だ。
身近な存在にいれば御の字であるが、そうでない場合は定期的に会わなければならない。ヒトとしての相性もある。
透には相棒といえるアイスが現状いない。近くにいないこともさることながら、ほぼ一生を共に暮らす相手かもしれないと考えるとどうにもこう、言葉に出来ない〝しっくりさ〟がない。選り好みしている訳ではない。当然だ、自分の命に関わるのだから。
けれど本当の本当に、『この人じゃない』としか言えないのだ。
ぼんやり過去のドナー達を思い浮かべていると鐘が鳴った。この授業が終えれば放課後だ。皆散り散りになる。部活に行く者とそうでない者。透は後者だからすぐに校舎を出た。当然、用事もないから真っ直ぐ帰る、つもりだった。
駅のホームの向かい側、進学校で有名な制服を着た人を見るまでは。
鼓動が大きく聞こえた。と同時に手先がひんやりする。初夏特有の蒸し暑さがあるというのに。手には何も持っていないというのに。
発症してしまったと、即座に理解した。
だけども目先の人から目が離せない。周りが携帯を使う中、文庫サイズの本を読んでいる彼の姿を見逃したくない。
気づけばホームを移動して、彼の後ろ姿を見ていた。ストーカーじみたことをしていると分かっている。分かっているから、一声かけようとして。
『まもなく、××行電車が参ります。点字ブロックの内側に──』
プァーンと電車の鳴らす音が、かき消した。
幸か不幸か科学が発展した今、この奇病は遺伝子異常で引き起こされることが分かった。そして同時にある遺伝子異常が散見されることも。
それは血液ごと凍る現象。つまり体全てが凍ってしまう可能性がある人々がいることも発覚した。こちらも「不治の病」として医療界では認知されていた。火山口という灼熱の中ですら凍ってしまう、と。
そしてとある遺伝子科学者が一つの実験をした。
溶ける遺伝子を持つ人間と凍る遺伝子を持つ人間。この二人を会わせ、普通に生活をさせてみたらどうなるのだろうか、と。
実験結果は、医療界を驚愕させ、そして人々を安堵させた。二人は通常遺伝子の人々と変わらぬ生活が送れるようになったのだ。
それが分かると研究は加速度的に進んだ。
遺伝子異常は性を決める部分に発生しやすいことから、これは性的な病に値すること。y染色体にのみ異常が見られることから、発症及び保有者は男性にしかないこと。
そしてこの二つの性質は、お互いを補い合う関係性にある、いわば互いが互いのドナーであること。
そうなると今度は医療や福祉界が大忙しとなった。ドナー制度の誕生やパートナー制度の改革。そしてそれぞれの症状に対する明確な名付け。
今まで遺伝子界ではA、Bとしか呼ばれていなかった、不治の病ではなく遺伝子異常による現象。
医学用語ではかなり難しい名前が付けられたが、人々はこう話す。
アイスクリームのように溶けるから「アイス」、氷のように凍るから「フローズン」と。
「──というのが近現代の社会内容です。テスト範囲にばっちり入っているので覚えるように」
言われなくても、と思う。透は当事者なのだからこの辺りは幼少期から、両親どころか親戚にも耳にタコが出来るくらい言われてきた。
早く『アイス』が見つかるといいね、と。
近代に分かったアイスとフローズンの発現率は、思春期を迎えると急激に上がることからそれまでにドナーやパートナーを見つけることが急務だ。
身近な存在にいれば御の字であるが、そうでない場合は定期的に会わなければならない。ヒトとしての相性もある。
透には相棒といえるアイスが現状いない。近くにいないこともさることながら、ほぼ一生を共に暮らす相手かもしれないと考えるとどうにもこう、言葉に出来ない〝しっくりさ〟がない。選り好みしている訳ではない。当然だ、自分の命に関わるのだから。
けれど本当の本当に、『この人じゃない』としか言えないのだ。
ぼんやり過去のドナー達を思い浮かべていると鐘が鳴った。この授業が終えれば放課後だ。皆散り散りになる。部活に行く者とそうでない者。透は後者だからすぐに校舎を出た。当然、用事もないから真っ直ぐ帰る、つもりだった。
駅のホームの向かい側、進学校で有名な制服を着た人を見るまでは。
鼓動が大きく聞こえた。と同時に手先がひんやりする。初夏特有の蒸し暑さがあるというのに。手には何も持っていないというのに。
発症してしまったと、即座に理解した。
だけども目先の人から目が離せない。周りが携帯を使う中、文庫サイズの本を読んでいる彼の姿を見逃したくない。
気づけばホームを移動して、彼の後ろ姿を見ていた。ストーカーじみたことをしていると分かっている。分かっているから、一声かけようとして。
『まもなく、××行電車が参ります。点字ブロックの内側に──』
プァーンと電車の鳴らす音が、かき消した。
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