上 下
25 / 74
2話:悪意蔓延る町

04.チャット(1)

しおりを挟む
 ***

 社に戻ってきた。フリースペースと違って、この場所はいつだって現実に近い。試しに空気を胸いっぱいに吸い込んでみた。コンクリートジャングル日本より、ずっと新鮮な空気のような気がする。
 綺麗な大気を堪能していると、背後からそっと近付いた烏羽が上機嫌な様子で顔を近付けてきた。小さな女の子同士が内緒話をする距離感に、思わず後退る。
 ドン引きしているのに気付いている彼はしかし、ニッコニコ笑顔のままにヒソヒソと話始めた。彼のノリにはいつだって付いて行けない。

「有意義な時間でしたねぇ、召喚士殿。ええ、私、面白おかしくお話を聞いていましたとも!」

 大嘘。完全なる皮肉。
 しかし、他プレイヤーと話した事で分かった。花実自身は嘘を見抜く特技のお陰で彼が大嘘を吐いているとすぐに分かるが、こんなに仰々しい態度でも他者には大嘘だとすぐには伝わらないらしい。
 烏羽について礼儀正しい神使だ、とか最初に評価された時は普通に鳥肌が立つくらいの気持ちに襲われた。自分の視点で見れば彼はずっと大嘘吐きだからだ。
 が、再三述べるが所詮はデータ。何も聞かなかった事にして問いを投げる。

「チャットはどこから入るの?」
「おやおや、また無視ですか。ええ。何が召喚士殿の機嫌を損ねてしまったのか、この烏羽にはとんと分かりませんねぇ、はい」
「……チャット」
「ちゃっと、ですか。私には関係の無い話ですからねえ、ええ。貴方様の所持している端末なる物からちゃっとを選べば始められるそうですよ。ですが、今日はすとーりーを進めるのでしょう? ええ、ちゃっとなど弄くっている暇はないかと思いますが」
「……」

 ――チャットか……。
 フリースペースには12サーバーのメンバーしか入れなかった。チャットはどうだろうか? 初心者サーバー以外のプレイヤーも参加しているのであれば、1話ストーリーがあまりにも万人受けしないであろう内容だった事について解説してくれるプレイヤーがいるかもしれない。
 まさかとは思うが、最初に引いた神使で物語の本筋が変わるとは信じたくない所だし。
 考え込んでいると烏羽が何かを察したのか、猫がすり寄って来るかのように近付いてきてしつこく話し掛けてくる。

「ねえ、召喚士殿? まさか、また私を放置して部屋に籠もるおつもりですか? ええ、退屈で死んでしまいそうだと少し前にお伝えしたと言うのに……」

 無視して社の中、自室を目指す。あの部屋、本当に鍵を掛けたら烏羽は入ってこられないようなので邪魔されずチャットを利用できるだろう。
 などと考えている内に部屋の前に到着。とうとう烏羽が声を荒げた。

「召喚士殿!! すとーりーを、進めましょう!!」
「いやごめん、先にチャットにお邪魔してくるわ。適当に時間潰してて」
「はぁ!? こんなにこの烏羽がお願いしているというのに? ええ、貴方、本当に恐い物知らずですねぇ。貴方様が――」
「はいはい」

 ぱたん、と戸を閉める。瞬時に鍵を掛けたら烏羽が騒ぎ始めたがスルーした。運営の『ゲームをさせる』という貪欲な意思を感じさせる台詞のオンパレードだったが、とにかく1話ストーリーの真実を知る事が先決である。

 早速スマートフォンの画面をつけ、チャットのバナーをタップする。フリースペースの時には出なかった、チャット専用のページへと飛ばされた。
 またも神使ではなく、スマホによるチュートリアルが挟まる。曰く、『チャットでもプレイヤー名が使用される』という旨のアナウンスと、ルームの決まりを守って~、と言うマナーあれこれのアナウンスである。

 さて、肝心のチャットルームだが、結構な量のルームが並んでいる。雑談ルームから始まり、神使に関するステータスの仮想値を決めるルームだったり、推しについて語る部屋だの、ストーリー考察ルームだのと多種多様だ。
 ストーリー考察に顔を出す事を考えたが、最初はノーマルな雑談部屋に入ってみる事にした。というのも、チャットの雰囲気が分からないのが酷く不安だったからだ。
 そして、残念な事に文字による言葉の真偽については花実でも判断しかねる。文字でのみ会話するチャットは割と鬼門であった。陳列されている情報が嘘か本当かを見極める術が無いのである。
 あまりにも初心者お断り、の空気だったら困るのでルールの緩そうな部屋から入ってみるとしよう。

 雑談ルームをタップする。情報によると、かなりの人数がリアルタイムで部屋の中にいるようだ。20人と少し。これならば、急にド素人が加わっても酷い迷惑を掛けたりはしない事だろう。
 恐る恐る『入室』を選択する。すると、ルームに関する注意事項が表示された。あまり細かい事は決められていないようだが、幾つか重要なルールが存在している。

・ストーリーに関するネタバレ禁止
・神使の性能語り禁止
・質問の前にQ&Aで確認

 うっかりでルール違反を踏みそうなので、発言は慎重にしよう。花実はそう心に決めて、今度こそルームに入室した。すぐに数名のプレイヤーが反応する。

『黄山8:新しい人入ってきたね』
『緑里4:こんにちはー。あ、こんばんはだっけ?』
『青水2:こんにちは、で合ってるわよーん』

 ――これが、チャットデビューか……!
 個性的な文字列の人達を横目に、花実は震える指で挨拶文を打った。そう、人間が円滑なコミュニケーションを築く為には第一印象が重要なのである。

『黒桐12:こんにちは、お邪魔します』

 無難だがこれでいいだろう。ルームに入ってすぐ個性を丸出しにするのは自分の性格的にとても恥ずかしい。普通の人を装っておかなければ――
 などと考えながら、次は何を入力するべきか考えながら画面に視線を落とす。しかし、花実の挨拶を皮切りにルームの会話は完全に静まっていた。誰も何も返してこないし、別の話を始める気配も無い。
 ――え? なに、イジメ? まだそこまで到達出来てなくない? 挨拶しただけじゃんか……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

余命半年のはずが?異世界生活始めます

ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明… 不運が重なり、途方に暮れていると… 確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...