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1話:対神の治める土地
05.村の神使(2)
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一瞬、収まり掛けた争いはしかし、烏羽の分かりやすい煽りにより更に苛烈なものへと変わる。
顔を盛大に歪めた薄桜が滅茶苦茶に鉄扇を振るった。花弁のような光を生成、烏羽へ撃ち出す――
それを受けた烏羽は不意にその顔から笑みを消した。先程まで楽しそうにしていたのが嘘のように――実際、彼は真実楽しんでいたのだが――退屈そうな顔をしてみせる。何よりも恐ろしいのは、そのどちらもが、嘘偽りではなく事実だという事だ。
彼の乙女心、もしくは秋空よりも変わりやすい気分にはプレイヤーである花実でさえ正直引いてしまうレベルである。
先程、水の壁を作った水気を自身の周囲に漂わせたまま、軽やかに烏羽が地を蹴った。途中、大量に飛来した花弁の光は全て、彼に届く前に漂う水に妨害されて儚く消えていく。
「ひっ……!? こっちに来ないでよっ!!」
彼等の距離は目算1メートル弱。最初は大きな部屋の端と端以上の距離感だったのだが。
悲痛な叫び声を上げた薄桜は、止まる事無く次の行動に移った。開いたままだった鉄扇を閉じ、接近して来た烏羽に向かって振り下ろす。恐怖に支配されながらも、状況に応じて最適な行動を選択して見せたのだ。
ただ――どうにも相手が悪かった。ふん、とその抵抗を鼻で笑った烏羽があっさりその腕を捕まえる。まさに子供と大人の体格差。あまりにも恐い大人が幼気な子供を虐めている構図過ぎて、花実は息を呑んだ。
だが、それも一瞬。刹那には烏羽にポーンと投げ飛ばされた薄桜が宙を舞った。
「ひえっ……」
溢れ出た悲鳴は自分のものだ。あまりにも恐ろしい光景だった為に変な声が肺から押し出されたのである。それが聞こえていたのか、烏羽から恐ろしく感情の無い目で一瞥されてしまった。
しかし、薄桜もただただいいようにされるだけではなかった。くるりと空中で身体をねじり、ネコのようなしなやかさで地面に着地する。ただし、大柄な男に絡まれたのが恐かったのか、格上相手に恐怖を覚えたのか若干涙目だ。
それを見て機嫌が上昇したのだろう。舌舐めずりする烏羽は再び楽しげな雰囲気を醸し出している。あまりの温度差に見ているこちらが疲れてくるようだ。
戦意を喪失したのだろう。薄桜の両手から鉄扇が消え失せる。
「も、止めるわ……。これ以上やったら、土地の輪力が枯れるどころか……なくなる」
「おやおやぁ? ご心配には及びませんよ、薄桜殿。私は輪力を召喚士殿から汲み上げていますので。どちらかと言えば輪力を枯らしているのは、私ではなく貴方の方でしょうに。ええ」
「……」
「輪力を理由に? おやめになるのでしたら、ほら! 心配は要りません! さあさあ、私を排除するのではなかったのですか? ……あ、それとも。もしかして、ええ! 怖じ気づいてしまったとか? ならばそう言って頂かないと! ええ、私、他人の気持ちなどちっとも分かりませんので! ささ、どうぞどうぞ。『烏羽様が強すぎて敵いそうにないので止めます』と仰って下さいませ! 遠慮は要りませんよ! 気持ちは分からずとも、言葉は理解できますので! ええ!」
死体蹴りが酷すぎる。流石に見ていて気分の良い物では無かったので、物は試しとそれまで黙っていた花実は口を開いた。
「そろそろ止めようよ、大人が子供を虐める、教育上良く無い絵面になってるし」
「はい? なんですか、召喚士殿?」
――想定されていない言葉を吐くと、台詞が『なんですか』系に固定されるのかもしれない。
そう思ったので、次はそもそも意味の無い言葉を掛けてみた。
「どぅどぅどっどどっ、チキチキっぷ~わ」
「は? どうしました、急に。何ですかその耳に残りそうな音は……」
「あ、反応した……」
「それをどうやって見過ごせと……?」
何パターンか想定外を意味する疑問形の台詞を持っているのかもしれない。今後、要検証という事で。いつか彼を愛せた時に聞きたいボイスをすぐ聞く事が出来るというのは重要なポイントである。
はあ、と烏羽が盛大な溜息を吐いて薄桜に一瞥くれる。温度のない、冷たい視線だった。
「興醒めです。ええ、はい。口先だけの無様な若輩者をいたぶるのも、まあ、たまには面白い試みでしたね。ええ」
「うう……。やっぱり薄色で黒に勝つのは無理……」
「ええ。学習出来たようで何より。二度と私に生意気な口を利かないで下さい。ふふ、次は銅と首が泣き別れ――なんて事になるかもしれませんから。ええ」
そんな烏羽の言葉をあっさり無視した薄桜が、恐らくは初めて花実と視線を合わせる。やや申し訳無さそうな顔をしており、その表情が嘘で無い事が分かった。
「貴方、本当に召喚士なのね。確かに烏羽の言う通り、奴が暴れたにしては輪力が減ってない。召喚士から潤沢な輪力を汲み上げていると言うのならば合点が行くわ。それに何より――召喚士だからかな、まだ貴方が烏羽に殺されていないのも……召喚士だから、なのかもしれない」
プレイヤー=召喚士なので、召喚士である事には間違いないのだが烏羽に認められているかと言えば、決してそうではないだろう。奴はプレイヤーの事を役職で呼んでいるだけであり、そこに信頼や敬愛は無いような気がする。
などと考えを巡らせていると、薄桜が更に言葉を続けた。
「一応、主神様がご用意して下さった手札。私がそれを無碍にする訳にはいかないよね。まさか召喚士が村に害ある行為をするとも思えないし……」
「ええ、そうでしょうとも! ふふ、それで? 薄桜殿は我々に何を、どうして下さるのでしょうか?」
「黙って、烏羽。私、あんたの事はちっとも信用してないんだから! ごほん、とにかく村の状況だけは話しておこうかしら。情報の共有は大事、だしね」
小さく溜息を吐いた薄桜は、ぐるりと周囲を見回し言葉を紡ぐ。
「見ての通り、阿久根村の外は既に汚泥に侵食されているわ。この村には主神様の命で私が配置されていたから、沈むのを免れたけれど。今は少ない輪力を使い回しながら結界を張って汚泥の浸入を防いでいるという訳」
そうだ、と不意に烏羽がこちらを向く。
「ええ、説明が遅れてしまい申し訳ありません、召喚士殿。薄桜のような薄色しりぃずと呼ばれる神使は大変省えねるぎぃな造りをしておりまして。戦う事こそ不得手としていますが、この通り持続させるだけの結界などの扱いに長けています。故に、社に程近いこの村には奴が配備されていたのでしょう。最低限の守備の要と言った所ですねえ、ええ」
「そうなんだ」
「社に近いこの地は、輪力も余所と比べれば豊富も豊富。結界の一部が破れたりなどしない限り、ここはこことして持ち堪えるでしょうねえ。ええ。籠城など退屈で欠伸が出てしまいそうなので、私は絶対に御免ですが」
話を戻すけれど、と薄桜が話の路線を戻す。
「余所の沈んでいない土地についてだけれど、現状の私達神使には連絡を取り合う手段はないわ。よって、他に生きている土地があるのかは不明瞭な状態ね。それじゃあ、報告は以上になるわ。さ、次に行って」
「おや? 次とは?」
「ここは私がいるから平気。薄色の神使がいない土地にでも行けばいいでしょ。ここの人手は足りているのだから。もっと端的に言うのなら、この土地には何もしないで。私は烏羽を全く信用できない」
「ええ、それは無理なご相談というもの。なにせ、阿久根村は社に程近い、謂わば最後の砦。ここが落ちれば我等が召喚士殿に多大な迷惑が掛かることでしょうね、ええ」
ちっとも社の心配などしていない大嘘だと分かってしまったが、一先ずは会話の行く末を見守る。
薄桜は少しばかり顔色を悪くして首を横に振った。
「そんなに言うなら好きにすればいいけど……。あまり長居はしないでよね、邪魔だし」
――追い払いたいように感じる。
烏羽信用云々は事実のようだが、態度に引っ掛かりを感じるのも確かだ。NPCの神使とも会話が出来るようなので、初めて花実は自ら彼女に声を掛けた。
「なら、烏羽が信用に値するか、社に置いてくれば村にいてもいいの?」
「……そうね。烏羽を置いて来る気があるのなら、村の事に首を突っ込んでもいいわ」
――なるほど、嘘である。
それは即ち、烏羽がいる事以外にも懸念事項があるという意味に他ならない。
顔を盛大に歪めた薄桜が滅茶苦茶に鉄扇を振るった。花弁のような光を生成、烏羽へ撃ち出す――
それを受けた烏羽は不意にその顔から笑みを消した。先程まで楽しそうにしていたのが嘘のように――実際、彼は真実楽しんでいたのだが――退屈そうな顔をしてみせる。何よりも恐ろしいのは、そのどちらもが、嘘偽りではなく事実だという事だ。
彼の乙女心、もしくは秋空よりも変わりやすい気分にはプレイヤーである花実でさえ正直引いてしまうレベルである。
先程、水の壁を作った水気を自身の周囲に漂わせたまま、軽やかに烏羽が地を蹴った。途中、大量に飛来した花弁の光は全て、彼に届く前に漂う水に妨害されて儚く消えていく。
「ひっ……!? こっちに来ないでよっ!!」
彼等の距離は目算1メートル弱。最初は大きな部屋の端と端以上の距離感だったのだが。
悲痛な叫び声を上げた薄桜は、止まる事無く次の行動に移った。開いたままだった鉄扇を閉じ、接近して来た烏羽に向かって振り下ろす。恐怖に支配されながらも、状況に応じて最適な行動を選択して見せたのだ。
ただ――どうにも相手が悪かった。ふん、とその抵抗を鼻で笑った烏羽があっさりその腕を捕まえる。まさに子供と大人の体格差。あまりにも恐い大人が幼気な子供を虐めている構図過ぎて、花実は息を呑んだ。
だが、それも一瞬。刹那には烏羽にポーンと投げ飛ばされた薄桜が宙を舞った。
「ひえっ……」
溢れ出た悲鳴は自分のものだ。あまりにも恐ろしい光景だった為に変な声が肺から押し出されたのである。それが聞こえていたのか、烏羽から恐ろしく感情の無い目で一瞥されてしまった。
しかし、薄桜もただただいいようにされるだけではなかった。くるりと空中で身体をねじり、ネコのようなしなやかさで地面に着地する。ただし、大柄な男に絡まれたのが恐かったのか、格上相手に恐怖を覚えたのか若干涙目だ。
それを見て機嫌が上昇したのだろう。舌舐めずりする烏羽は再び楽しげな雰囲気を醸し出している。あまりの温度差に見ているこちらが疲れてくるようだ。
戦意を喪失したのだろう。薄桜の両手から鉄扇が消え失せる。
「も、止めるわ……。これ以上やったら、土地の輪力が枯れるどころか……なくなる」
「おやおやぁ? ご心配には及びませんよ、薄桜殿。私は輪力を召喚士殿から汲み上げていますので。どちらかと言えば輪力を枯らしているのは、私ではなく貴方の方でしょうに。ええ」
「……」
「輪力を理由に? おやめになるのでしたら、ほら! 心配は要りません! さあさあ、私を排除するのではなかったのですか? ……あ、それとも。もしかして、ええ! 怖じ気づいてしまったとか? ならばそう言って頂かないと! ええ、私、他人の気持ちなどちっとも分かりませんので! ささ、どうぞどうぞ。『烏羽様が強すぎて敵いそうにないので止めます』と仰って下さいませ! 遠慮は要りませんよ! 気持ちは分からずとも、言葉は理解できますので! ええ!」
死体蹴りが酷すぎる。流石に見ていて気分の良い物では無かったので、物は試しとそれまで黙っていた花実は口を開いた。
「そろそろ止めようよ、大人が子供を虐める、教育上良く無い絵面になってるし」
「はい? なんですか、召喚士殿?」
――想定されていない言葉を吐くと、台詞が『なんですか』系に固定されるのかもしれない。
そう思ったので、次はそもそも意味の無い言葉を掛けてみた。
「どぅどぅどっどどっ、チキチキっぷ~わ」
「は? どうしました、急に。何ですかその耳に残りそうな音は……」
「あ、反応した……」
「それをどうやって見過ごせと……?」
何パターンか想定外を意味する疑問形の台詞を持っているのかもしれない。今後、要検証という事で。いつか彼を愛せた時に聞きたいボイスをすぐ聞く事が出来るというのは重要なポイントである。
はあ、と烏羽が盛大な溜息を吐いて薄桜に一瞥くれる。温度のない、冷たい視線だった。
「興醒めです。ええ、はい。口先だけの無様な若輩者をいたぶるのも、まあ、たまには面白い試みでしたね。ええ」
「うう……。やっぱり薄色で黒に勝つのは無理……」
「ええ。学習出来たようで何より。二度と私に生意気な口を利かないで下さい。ふふ、次は銅と首が泣き別れ――なんて事になるかもしれませんから。ええ」
そんな烏羽の言葉をあっさり無視した薄桜が、恐らくは初めて花実と視線を合わせる。やや申し訳無さそうな顔をしており、その表情が嘘で無い事が分かった。
「貴方、本当に召喚士なのね。確かに烏羽の言う通り、奴が暴れたにしては輪力が減ってない。召喚士から潤沢な輪力を汲み上げていると言うのならば合点が行くわ。それに何より――召喚士だからかな、まだ貴方が烏羽に殺されていないのも……召喚士だから、なのかもしれない」
プレイヤー=召喚士なので、召喚士である事には間違いないのだが烏羽に認められているかと言えば、決してそうではないだろう。奴はプレイヤーの事を役職で呼んでいるだけであり、そこに信頼や敬愛は無いような気がする。
などと考えを巡らせていると、薄桜が更に言葉を続けた。
「一応、主神様がご用意して下さった手札。私がそれを無碍にする訳にはいかないよね。まさか召喚士が村に害ある行為をするとも思えないし……」
「ええ、そうでしょうとも! ふふ、それで? 薄桜殿は我々に何を、どうして下さるのでしょうか?」
「黙って、烏羽。私、あんたの事はちっとも信用してないんだから! ごほん、とにかく村の状況だけは話しておこうかしら。情報の共有は大事、だしね」
小さく溜息を吐いた薄桜は、ぐるりと周囲を見回し言葉を紡ぐ。
「見ての通り、阿久根村の外は既に汚泥に侵食されているわ。この村には主神様の命で私が配置されていたから、沈むのを免れたけれど。今は少ない輪力を使い回しながら結界を張って汚泥の浸入を防いでいるという訳」
そうだ、と不意に烏羽がこちらを向く。
「ええ、説明が遅れてしまい申し訳ありません、召喚士殿。薄桜のような薄色しりぃずと呼ばれる神使は大変省えねるぎぃな造りをしておりまして。戦う事こそ不得手としていますが、この通り持続させるだけの結界などの扱いに長けています。故に、社に程近いこの村には奴が配備されていたのでしょう。最低限の守備の要と言った所ですねえ、ええ」
「そうなんだ」
「社に近いこの地は、輪力も余所と比べれば豊富も豊富。結界の一部が破れたりなどしない限り、ここはこことして持ち堪えるでしょうねえ。ええ。籠城など退屈で欠伸が出てしまいそうなので、私は絶対に御免ですが」
話を戻すけれど、と薄桜が話の路線を戻す。
「余所の沈んでいない土地についてだけれど、現状の私達神使には連絡を取り合う手段はないわ。よって、他に生きている土地があるのかは不明瞭な状態ね。それじゃあ、報告は以上になるわ。さ、次に行って」
「おや? 次とは?」
「ここは私がいるから平気。薄色の神使がいない土地にでも行けばいいでしょ。ここの人手は足りているのだから。もっと端的に言うのなら、この土地には何もしないで。私は烏羽を全く信用できない」
「ええ、それは無理なご相談というもの。なにせ、阿久根村は社に程近い、謂わば最後の砦。ここが落ちれば我等が召喚士殿に多大な迷惑が掛かることでしょうね、ええ」
ちっとも社の心配などしていない大嘘だと分かってしまったが、一先ずは会話の行く末を見守る。
薄桜は少しばかり顔色を悪くして首を横に振った。
「そんなに言うなら好きにすればいいけど……。あまり長居はしないでよね、邪魔だし」
――追い払いたいように感じる。
烏羽信用云々は事実のようだが、態度に引っ掛かりを感じるのも確かだ。NPCの神使とも会話が出来るようなので、初めて花実は自ら彼女に声を掛けた。
「なら、烏羽が信用に値するか、社に置いてくれば村にいてもいいの?」
「……そうね。烏羽を置いて来る気があるのなら、村の事に首を突っ込んでもいいわ」
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