アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

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7話 日常と旅支度

08.明かりがついた瞬間スプラッタ

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「な、何だか1匹だけ大きな雪猿がいませんか?」

 人間の胸辺りにある雪猿の頭。つまり小さな子供くらいのサイズしかない魔物の中に、一際大きな1匹がいる事に気付いた。頭一つ二つ抜けているなんてそんな微々たるサイズ差ではない。身長は3メートルを超えているだろう。大きな雪猿の前ではアロイスでさえ小さく見えてしまう程だ。

 しかし、観察の時間は長く続かなかった。ぴょこぴょこと可愛らしい動きでこちらを挑発するように跳ね回っていた雪猿達は、その手にいつの間にか雪玉を持っている。
 人が捏ねたような歪な形ではなく、綺麗に丸い雪玉を。
 不自然な程に整えられた形の雪玉は光球の光を浴びてつるつると光を放っていた。これが噂に聞く、雪猿が武器を作成する時に生成する液体とかいうやつか。

「来るぞ!」

 アロイスの言葉で我に返る。すぐに、わあっと雪玉が襲ってきた。とはいえ、所詮は投石のようなもの。人間が創り出した結界を破るには至らない。
 飛来した雪玉はメイヴィスに届かず、結界に阻まれて地面に落ちていった。
 雪の中へ還っていったはずの雪玉はしかし、形を失わず他の雪とは隔絶されたかのように形を保っている。それをそうっと手にとってみた。

 冷たいのは冷たいが、それよりツルツルとした感触が酷く不思議だ。薄く引き延ばした水晶に触れているような、しかしやはりただの雪に触れているような。
 恐らく、雪玉を包むこの物質は雪猿から採取する以外に作る術は無いのだろう。

「メヴィ、最近肝が据わってきたねっ! あたしもアロイスさん達の方に参加して来ようかな――」

 少し前に立っていたナターリアが笑みさえ浮かべてそう言い掛けたその時だった。
 熱い風が降り積もった雪の表面を舐め、結界すら貫通して思わず焼けた空気を吸い込んでしまう。噎せていると、突っ立ったままのナターリアが状況を説明してくれた。

「うわっ、流石は魔女! アロイスさんとは別のベクトルで化け物だよねっ、あの人も!」
「遠慮って言葉を知らないのかな……」
「日が落ちて来ると寒いって言ってたから、空気を暖めてくれたんじゃないかなっ!」
「ダイナミック過ぎるわ! 発想が放火魔のそれだし!」

 いつの間にか手にしていた杖から、止めどなく火炎放射器のように炎を吐き出すウィルドレディアの姿を見ながら目を押さえる。この真っ暗な中、強い光を見たら目が痛くなってきたのだ。
 しかも、魔女の無茶が祟ったせいかふわふわと柔らかそうだった人に踏まれていない新雪達は溶け始め、何だか汚い惨状となっている。どんな火力なんだよ一体。

 が、唐突に、ロウソクの火を吹き消すかのようにウィルドレディアが扱っていた炎が消えた。明暗がいきなり過ぎて脳処理が追い付かない。
 夜行性代表のナターリアが再び状況を解説した。今日はもう、獲物と遊ばなくていいらしい。

「あの大きな雪猿ちゃんの巨大な雪玉を回避する為に、術式を一旦放棄したみたいだねっ!」
「大丈夫かな? というか、暗いから明かりとか要らないかな?」
「あたしはよく見えるから何とも言えないかなっ!」

 自分が持っている光球では周辺しか照らせない。一応、折りたたみ式パーティ用ライトを持ってはいるが使っても良いだろうか――
 そんな心配は杞憂となった。
 他でもないウィルドレディアその人が素早く魔法を発動、頭上に自分が持っている光球とよく似た光の球を出現させたからだ。

 ただし、視界が良好になって一番に見たのはホラー顔負けのスプラッタだった。

「ひええええ……」

 光の具合のせいだろうか。凄惨な光景に思わず情けない悲鳴が漏れる。
 ウィルドレディアが生み出した光は、先程から姿を消していたアロイスをも照らし出していた。そんな彼はというと、誰よりもしっかり働いていたようで大きな雪猿を真っ二つにした、その瞬間だ。
 上がる血飛沫、肩口から腰までばっさり一刀両断にされたその魔物は中身を撒き散らしながら白い雪をどこまでも赤く染めていく。今明かりが消えた瞬間に何があったのか、そもそも同じ人類であるはずのアロイスは何故このアホみたいに暗い中、猫科の動物並に動けるのか。疑問は尽きない。
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