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第1章『厄災の前兆』
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「あのっ私っ…!こう見えてバロンの聖女でしてっ……!追放されてニシナーリの集落へ向かう途中で…あのっ…!助けていただきありがとうございましたっ!」
様々な事が同時に起こり、見知らぬ騎士に胸まで見られて平常心を失ったビアンカの説明は要領を得なかったが、漆黒の騎士は座っているビアンカの目線までかがみ、無言でそれを聞いていた。兜の影でほとんど目は見えなかったがうっすらとターコイズブルーの瞳がこちらを見つめているのが分かった。
「あっあのっ…!…聖女って言っても信じてもらえませんよね…。私ってちんちくりんだし…威厳みたいなものが無いし…。」
「信じるさ。」
「えっ!?」
「さっき背中に魔法回路を確認した。あの種の魔法回路を持ち得るのは聖女のみだ。」
「あっ…。なーる…。」
”無愛想だけど良い人のような気がする……。”ビアンカはそう思うと同時にボブの事を思い出し、嗚咽と共に涙を流し始めた。
「あのっ…、それでっ…!ひっく…!えぐっ…!ここまでボブさんという方が馬車を走らせてくれて…!えぐっ…!元王族直属の騎士様で凄く強くてっ…!えぐっ…!」
「分かった、だがそれは道中で聞こう。もう日が落ちかけてるしこの森は危険だ。そのままこの馬車で集落へ向かう。」
そう言うと漆黒の騎士は御者席へ移り、馬車を走らせ始めた。ビアンカは漆黒の騎士にこれまでの事を堰を切ったように話した。スネ王子に退職を促された事、ボブが最初から親切だったこと、ダメルアンの紅茶が美味しかった事、ボブが最後まで勇敢だった事。漆黒の騎士は馬車の進行方向を見ながら静かに「そうか。」と相槌を打ち続ける。ビアンカはふと自分がずっと見知らぬ他人に一方的に話している事に気付き、ようやく平常心を取り戻した。しばらくの静寂の後、漆黒の騎士はビアンカに尋ねた。
「そういえばお前、名前は?」
「あっ私まだ名乗ってませんでしたっけ。すいません。ビアンカと申します。」
「俺はエドワード。ジョブは暗黒騎士だ。エドでいい。」
「あっエドさんは暗黒騎士様なのですね。すいません。私は神殿にほとんど入りびたりで見識が無くて…。」
「稀有なジョブだ。気にする事は無い。」
暗黒騎士……。ビアンカにとって確かに聞き覚えの無いジョブだった。そしてあのゴブリン達を一網打尽にした禍々しいオーラを見たのも初めてだった。ゴブリン達とは六間の距離があったから剣撃ではない。魔法でもない。いわゆる東洋武術などで飛び道具的に使われる”気”と呼ばれるものに近いものであろうが、あのオーラから感じられたものはむしろ邪悪に近いような…。
”ううん!私を助けてくれたんだから!オーラの性質なんて関係ないじゃない!”
ビアンカは首を振って不要な推理を始める自分を否定した。
「よし。とりあえず森は抜けたから今日はこの辺で野宿としよう。夜に進むのは逆に危険だ」
「あっ、はい。」
エドワードはそう言って御者席から降りると淡々と支度を始めた。
× ×
「それは何をされてるんです?」
幌で作られた簡易ベッドで横になりながらビアンカは尋ねた。
「結界だ。ある程度上級の魔物になると侵入を防ぐ事はできないが探知機としては役に立つ。」
そう言いながらエドワードはビアンカを中心にして煌びやかな石を並べていた。
「俺の魔力は弱いからな。魔石を使う。高価だからお前が結界を張れるならそれに越した事はないんだが…。」
「あっ私やり方分かりません。エヘッ。」
「だろうと思ったよ…。」
私が先代の聖女様から習ったのは魔窟への祈りと、浄化の祈りと……あと何だっけ?何かあった気がするけど…。ふわぁと大きなあくびをするビアンカ。
「今日は疲れただろう。もう寝ろ。」
「はいぃ……。」
そう返事をするとビアンカはすぐにすやすやと寝息を立て始めた。
× ×
草木も眠る丑三つ時、エドワードはビアンカと少し離れた見晴らしの良い場所に陣取り、疲労を防ぐ為に兜を脱いで警護をしていた。
”既に聖女を流刑にしていたとはな…。予測より早い。急がねば…。”
冷たい夜風がエドワードを撫でた。
ふと目が覚めたビアンカ。辺りの暗さでまだ眠れる事が分かった。半開きの目の動きだけでエドワードを探すと、遠くの方に漆黒の甲冑の後ろ姿と、淡い金髪が夜風になびいているのが見えた。
「綺麗……。」
そしてビアンカは再び深い眠りについた。
様々な事が同時に起こり、見知らぬ騎士に胸まで見られて平常心を失ったビアンカの説明は要領を得なかったが、漆黒の騎士は座っているビアンカの目線までかがみ、無言でそれを聞いていた。兜の影でほとんど目は見えなかったがうっすらとターコイズブルーの瞳がこちらを見つめているのが分かった。
「あっあのっ…!…聖女って言っても信じてもらえませんよね…。私ってちんちくりんだし…威厳みたいなものが無いし…。」
「信じるさ。」
「えっ!?」
「さっき背中に魔法回路を確認した。あの種の魔法回路を持ち得るのは聖女のみだ。」
「あっ…。なーる…。」
”無愛想だけど良い人のような気がする……。”ビアンカはそう思うと同時にボブの事を思い出し、嗚咽と共に涙を流し始めた。
「あのっ…、それでっ…!ひっく…!えぐっ…!ここまでボブさんという方が馬車を走らせてくれて…!えぐっ…!元王族直属の騎士様で凄く強くてっ…!えぐっ…!」
「分かった、だがそれは道中で聞こう。もう日が落ちかけてるしこの森は危険だ。そのままこの馬車で集落へ向かう。」
そう言うと漆黒の騎士は御者席へ移り、馬車を走らせ始めた。ビアンカは漆黒の騎士にこれまでの事を堰を切ったように話した。スネ王子に退職を促された事、ボブが最初から親切だったこと、ダメルアンの紅茶が美味しかった事、ボブが最後まで勇敢だった事。漆黒の騎士は馬車の進行方向を見ながら静かに「そうか。」と相槌を打ち続ける。ビアンカはふと自分がずっと見知らぬ他人に一方的に話している事に気付き、ようやく平常心を取り戻した。しばらくの静寂の後、漆黒の騎士はビアンカに尋ねた。
「そういえばお前、名前は?」
「あっ私まだ名乗ってませんでしたっけ。すいません。ビアンカと申します。」
「俺はエドワード。ジョブは暗黒騎士だ。エドでいい。」
「あっエドさんは暗黒騎士様なのですね。すいません。私は神殿にほとんど入りびたりで見識が無くて…。」
「稀有なジョブだ。気にする事は無い。」
暗黒騎士……。ビアンカにとって確かに聞き覚えの無いジョブだった。そしてあのゴブリン達を一網打尽にした禍々しいオーラを見たのも初めてだった。ゴブリン達とは六間の距離があったから剣撃ではない。魔法でもない。いわゆる東洋武術などで飛び道具的に使われる”気”と呼ばれるものに近いものであろうが、あのオーラから感じられたものはむしろ邪悪に近いような…。
”ううん!私を助けてくれたんだから!オーラの性質なんて関係ないじゃない!”
ビアンカは首を振って不要な推理を始める自分を否定した。
「よし。とりあえず森は抜けたから今日はこの辺で野宿としよう。夜に進むのは逆に危険だ」
「あっ、はい。」
エドワードはそう言って御者席から降りると淡々と支度を始めた。
× ×
「それは何をされてるんです?」
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「結界だ。ある程度上級の魔物になると侵入を防ぐ事はできないが探知機としては役に立つ。」
そう言いながらエドワードはビアンカを中心にして煌びやかな石を並べていた。
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「だろうと思ったよ…。」
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そしてビアンカは再び深い眠りについた。
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