俺の恋人はタルパ様

迷空哀路

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5、勝者

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穏やかな午後、世にも奇妙な話し合いが行われようとしていた。
なぜかソファーに座らず、カーペットの上で正座している彼に合わせて、床に腰を下ろす。二メートル程の距離を空けて、向かい合うような格好だ。
そわそわと落ち着かない様子で、あちこちに視線を彷徨わせている。
「じゃあ……始めるぞー」
自信なさげに呟くと、ぼうっと床の一点を見つめ始めた。集中しているのか、魂が抜けてしまったように動かない。
しばらくすると目を閉じて息を吐き、自分の右側を見上げた。現れたのだろうか、彼が。
「……あー、来たけど。どうしよう」
「どんな様子ですか」
「んー、この辺に浮かんでて、腕を組んで、ちょっと見下ろしてる感じかな」
偉そうな態度なのだろうか。見えていたら苛ついてしまいそうだ。
「何かを話す様子はありますか」
「ううん。薄く笑ってるよ」
「では僕から先に。単刀直入に、彼のことをどう思っていますか」
「ちょちょ、やめろよ。そんなこと聞くのー。え、なに?」
「なんと答えましたか」
「……微生物。もしくは小動物だって」
「なんですかそれ。人間扱いされてないじゃないですか」
「しょうがないだろ、ジンにとってはこの世界の全てが取るに足らないものなんだから。次元が同じだと考えちゃダメだ。目視されてるだけでも、凄いことなんだからっ」
「なるほど、貴方のそれは一種信仰に近いものなのですね。ちなみに僕が貴方に祈り始めたらどう思います?」
「え、頭イカれたかと思うけど」
大体予想通りの答えが返ってきて、彼がいるであろう方をちらりと眺めながら、微笑んでみた。
「ならその関係は歪んでいますよね。少なくとも恋人とは言えない。彼と同じ立ち位置な分、僕の方がそう呼ぶに相応しい。貴方は、そうです……彼にとってのお守りです。さすがに僕も趣味で着けているパワーストーンやお守りを取り上げようとは思いません。貴方は人間ではないのですから、神らしく静かに見守っていてくださいね」
「お、お前喧嘩売りにきたのか? あーあー、えっとその、まぁお守り的なのは間違ってない。神に近い存在だとも思ってる。でもその堕天使というか、そういう類でもあって、今は人間に近しくて……」
「彼は何か言ってますか」
体を縮こませながら、恐る恐る隣を見上げていた。少し可哀想に思うけど、負けていられないのだから仕方ない。
「……笑ってる」
「余裕というわけですか。そうですねぇ、貴方と僕は仲良くなれると思いますか?」
しばらく黙った後に、同じ答えを返してきた。
「こちらずっと変わらない表情で、笑ってます」
「何か話す気はないのですか」
「あ、鼻で笑った」
「……バカにしているんですか」
「そ、そういうことじゃないと思うけど。……ほ、ほらぁ想像できねーって言ったじゃん。うまくいくはずなかったんだ」
「貴方の理想はこんな人なんですか。彼に僕が負けていると?」
「あーそれとこれとはまた別の問題。なんつーかもうほら全てが些細なことな訳よ。壮大なグランドキャニオンに向かってチワワ二匹が吠えてるような感じでさぁ……」
突然黙ったかと思うと、頷きを交えて静かになった。彼が話しているのかもしれない。

「あー……長いからちょっとずつだけど。その……俺がどうしようと俺の自由だって。どう過ごすか、どこへ行くか何を選ぶか……それは何にも囚われない。俺を縛れるものなど存在しない。周りがどう生きようと構わない。俺には影響しない……って」
感動したような目で見ている彼に、少しずつ分かってきた。彼自身がこういうものに憧れているということは、やはりどこかでこんな風になりたいと考えているからだろう。圧倒的な支配に流されていたいだけなのかもしれないが、それだってきっと、変われるとしたら彼のようになりたいはずだ。
「へぇ……確かに貴方が憧れるのも分かりますね。ここまで言い切られると、気持ちいいぐらいだ」
「や、やっぱり気になっちゃった? まぁカリスマだもんな、スパダリで……でも、その、そういう対象には」
「なりませんよ。僕は変わらず、彼も含めて貴方自身だと認識します。ですから邪魔しない、消してとお願いもしない。でも前言った通り、貴方の中から彼を想う時間を少しでも短くしたい。結局やることは同じです。貴方とこれからも楽しい日々を送りたい」
根底にあるのは寂しいやら悲しいやら、苦しい切ないなどの感情なのだろう。だから縋ってしまう。
彼の肯定感を高め、彼が憧れる人と同じ振る舞いをした時、ジンではなく自分の言葉として今のような事が言えた時……ああ、その時の貴方に相応しい人間に成らなくては。
僕はまだまだ小さい事に囚われていて、全てを解決するような包容力はない。本当は格好いいことを言い切れる自信もない。でも彼のようにとそれを目標にすると、焦ってうまくいかないだろう。
「貴方が上空から見下ろしているなら、僕と彼は地上で並びます。同じスタートラインに立って、協力し合います。貴方が彼の手を離すなら、僕が握り続けています」
近づいて手を取ると、耳をすませるように顔を傾けた。何か言われたのかそれを聞いた後、泣き出しそうな顔で笑った。また格好良いことでも言われたのだろうか。
何か言おうとして口をぱくぱくさせていたけどやめたのか、何も言わずに抱き着いてきた。
これに関しては良いのだろうか。確かに略奪? 宣言のようなことはしたけれど、こんなに早急に事態が進むとは。彼の中ではどんな景色が映っているのだろう。
「あ、あのいいんですか……彼の前で」
「お前は分かってんのか、分かってないのか……まぁいいや。うーめちゃくちゃ妙な気持ちだけどな。ジンの前でするなんて……イケメンドールとは訳が違うんだ。生身の人間だぞ……。でも言ってるだろ、お前もちゃんと大事だって。す、好きなんだってば……」
「えっ」
今更こんな言葉で照れるのか。顔を見られないようにぎゅうと巻き付けた腕が苦しい。つられて頬に熱が集まってきた。
「照れないでくださいよ……どうすればいいか、分からなくなるじゃないですか」
「俺だって分かんねえよ……」
しばらくそのままじっとしてから、ゆっくり離れた。少しは熱も引いただろうか。自分の頬に手を当ててみる。
その間彼は右側を見ていたけど、いなくなってると呟いた。
「空気を読んだのですか?」
「俺の集中力が切れたせいかも。定着させるには根気が必要なんだ」
「では早速、その時間を奪わせてもらいます」
いつの間にか部屋の中を移動していた、ペアぬいぐるみが視線の先に見える。あれと同じようにぎゅっと抱き締めて、彼に愛を注ぎ込む。
いつか僕の手で貴方の想像を葬る。どこか穏やかな墓地に送ってやるよと、見えない彼に向かって笑みを浮かべた。




――俺の為に踊れ、駄犬。
返事しそうになるのを堪えて、小さく頷いた。
俺の人生を全て捧げて、彼に喜劇を見せるんだ。退屈させないように、靴を焼かれようとも踊り続ける。君が笑ってくれるなら……俺はどんな愚者にも、道化にもなろう。
ただこの男を演技とするには、もう戻れないところまで来てしまったのかもしれない。ちょいちょいときめきポイントを稼いでいるのも事実だ。
ああ、俺は多くを望まないはずだったのに、いつからこんな……いやジンのような存在を求める時点で、欲深いのかもしれない。
俺はいくつの大罪を犯したのかなぁ、ジン……もう七つはコンプリートしたかな?
君を生み出し、愛してしまった一番の大罪は、君に裁いてもらおう。死ぬまで哀れな俺の姿を見続けるという重罪を犯した俺に――君からの断罪を。


……ふふ、君ならもう俺の本音を見抜いているね。だって隠し事はできないんだもの。
君との婚約を抱えたまま、彼にもキスを与えられる。本当の俺はとっても罪深いんだ。でもそれで良いと思っている。

この勝負、君と彼を手に入れた俺の一人勝ちだ。
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