俺の恋人はタルパ様

迷空哀路

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37〔雪〕

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「お前はな、それをくれたんだよ。ジンとできなかったこと、沢山俺に与えてくれた。妄想にしか開けなかった心をこじ開けた。それがどれだけ凄いことか分かるか! 俺が、どれだけ救われたか、分かるか……っ、今お前がいなくなったらどうなると思う。俺は探すぞ。前よりも執着して、死ぬまで探し続ける……もう手放したりしない」
「さ、さっきはときめかないとか言ってたのに」
「それは嘘じゃない。いや、ときめかないは嘘だ。好きだと思う事も何回もあった。正確には今まで憧れてきた理想じゃない、だな。現実の恋愛自体がジャンル違いだから分からないんだ。それに俺は不器用だから、追い込まれないと本音を言えない」
また泣き喚いてしまった。喧嘩していると思われるかもしれない。恥ずかしくなって顔を上げると、あちらも泣いていて、また一緒に笑った。

「半分冗談みたいなもんなのに間に受けるな。会話苦手なんだから、ジョークの質が悪いんだ」
「好きな人から言われたこと、間に受けるに決まってるでしょ」
「どこまでも趣味が悪くて心配だ」
「うるさい。僕の好きを馬鹿にしないでください。絶対に絶対に貴方がいいです」
「でもお前とこうして過ごしていると、今までとは違う自分かもと思う時があるんだよな。こんな風に甘やかしたいこともなかったし……それはまぁお前に変えられたってことなのかもしれない」
駅の方で舞い上がっていた雪が、こちらまで届いた。顔の前を横切り、またどこかへ飛んでいく。
「意外と俺が変わるまで、もう間も無いのかもしれない」
「じゃあ更に後押ししましょう」
「え?」
「ジュエリーを扱う人間が、こんな大事な日にプレゼントしないなんてあり得ないでしょう? ずっと考えていました。貴方に似合うもの、貴方にあげたいものを」
鞄から縦長の箱を取り出すと、腕を取って持たせてきた。リボンと包装を取ると、質の良い布が貼られた箱が出てくる。ドキドキしながら開けてみると、ネックレスが入っていた。
「これ……」
「雪の結晶なんて定番すぎると思ったんですけど、今日はここで決めるつもりだったので……二人で雪を見たら思い出に残るかなと思って。この日を忘れないでほしいと、雪を選んでしまいました」
前に見たものとは少し違っていた。あれはピンクゴールドで、女性に似合いそうなデザインだった。
それよりもシンプルで、色はシルバーだけど、傾けると全体が少し青く見える。真ん中に埋め込まれている石はダイヤモンドだろうか。透明な石は反射して、キラキラと虹色に光り輝いている。
「ネックレスなんて着ける習慣がないかもしれませんが、ネクタイの上に被せるのもいいですし、服の下なら一番心臓に近いアクセサリーでしょう? 裸に直接着けて、いつでも僕を感じていてもいいんですよ」
「発想がやべえ。俺より変態度を越してくるなよ」
「貴方の方がヤバイです」
「どっちもどっちだ。……でもこれは綺麗だと思う。ありがとう」
「今度貴方にも僕のペンダントトップを選んでもらいます。うーんピアスも開けちゃおうかな。耳にも手首にも胸にも足にも……後はどこに着けられるかな」
「いや、そんなジャラジャラにならないでくれ」
「すみません。一番大事なところを忘れていました」
片手を持ち上げると、指に優しく口付けた。ふふと笑って、絡ませてくる。
「早くお揃いを探さないと。でもいくつあってもいいですよね……婚約用、結婚用、日常用、記念日用用、あとは貴方がデザインしたのも欲しいなぁ。メッセージを彫るのも良いですね、貴方に身につけて貰いたい言葉が沢山ありますから」
「調子取り戻してきたな。しおらしい態度を取るから心配しちゃったじゃねーか」
「はは、もしかしたら作戦かもしれませんよ。演技だったのかも? ネタバラシはしませんけどね」
箱から取り出して、手に持ったまま眺める。溢れんばかりのシルバーの輝きは、まさしく彼のようだ。
「ほら、定番のやつあるだろ。くれたならそこまでがセットだ」
「ええ、もちろん」
前から抱くように、首の後ろに手を回した。視界の端に見えるキラキラした世界も、ちらちら舞う雪も、盛り上がってきた定番の音楽も全て、自分達の為の演出のようだ。

ああ、困るなぁ……こんな事をされては。こんなものに心を動かされてしまっては。何度も絶望して何度も終わらせようと思ったのに、こんなことで感動している。生きたいと思ってしまう。安くてブレブレな、俺に似た命だ。
くだらない世界に、くだらない俺が存在してしまう。消えた方が良かったか、迷惑をかけるぐらいなら。
でも今はそんな事を考える自分に、心の中で中指を立てる。黙って見ていろバーカ、俺はもう世間様の為になんて存在してないんだよ。誰かを救いたいなんて思わない屑だ。俺が生きる道を開けろと、大股で歩いてやる。

「ああ、良いですね。似合ってます」
胸元で光る存在に指で触れた。ひんやりとしたシルバーが、じんわりと熱を持っていく。
頭から色んな考えが消えて、ただこの温度に身を任せていた。まだ頬が火照っている。吹き抜ける風よりも熱くて、発火しそうだ。
俺が雪の結晶を眺めているのを、得意げな顔で見ている男の髪を撫でる。
「お前が本物で良かった」
俺の頭じゃ、お前を生み出せない。
「僕も、貴方に会えて良かったです」
美しい男の背後には、目も眩むほどの電飾。雪の中で鐘の音が響いて、本当に奇跡でも起こってしまいそうな幻想的な光景。こんなロマンティックは俺だけじゃ起こせない。
「もし貴方がいなくなっても、貴方を生み出します。その時は僕に都合の良い貴方にしますから、いなくならないでくださいね」
「俺を作るのはなかなか大変だと思うぞ」
身を寄せ合って、奇跡の名残を二人で眺めていた。そこから消えていく人達は、これからどんな時間を過ごすのだろう。

「……エッグノッグって知ってる?」
「懐かしい。よく飲んでいましたよ。クリスマスだけじゃなくて、冬の時期の定番でした」
「よっしゃ。頼んでいいか」
「ええ、もちろん。大人なのでお酒を入れますけど」
「おいしい?」
「最近は飲んでいませんが、まぁ貴方は好きな味だと思いますよ」
「……明日、作って」
「はい、いいですよ。じゃあ明日も一緒に……いや、今からも貴方と過ごせるってことですよね」
手を繋いで、その場を後にする。名残惜しい気持ちはあったけど、寂しくはなかった。ロマンティックの魔法はまだ続いている。
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