俺の恋人はタルパ様

迷空哀路

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35〔キャンドル〕

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「僕は毎回ハンバーグを頼むんですけど、他のも食べたいんですよ。お子様ランチみたいなのもあるけど、そこにないメニューも食べたくて。だから父や母から分けてもらって、兄とは互いのを半分こにして、オリジナルのお子様プレートを作るんです。だから、貴方とも分け合いたくて。ちょっとお行儀が悪いですけど、気にしないでください。貴方と二人で居る時のテーブルマナーは、無法地帯なので」
子供に戻ったように、無邪気にはしゃいでいた。記憶だともっと美味しかったとか、逆にそれよりも美味しくなっているとか。やっぱりもう一口くださいとか。

「うん、どれも美味しいよ。いいお店だ」
「良かった。気に入ってくれて」
「……色々あったけど、正直昨日も今日も凄く楽しい。こんな風に、この日に笑えたのは初めてかもしれない」
焦燥、嫉妬、静観からの達観、それからまた羨望、焦燥へとループ。一体誰がこんな戦略を作ったのか。それに乗れない自分は劣等種なのか。
何年も悩んだ。恨んだ。なくなってしまえばいいのにと願って、それは無理だったから自分の中から消した。幸せだと噛み締めるような幸福の象徴を、人々の笑顔を別の世界のことだと、消した。

「ケーキセットです。こちらからショートケーキ、チョコレートロール……」
ミニケーキがお皿の上に並んでいる。クリスマス仕様になっていて、スノーマン型のクッキーや、ツリーのように盛り付けたタルトもある。空いた部分には、チョコレートでオシャレにメリークリスマスの文字が書いてあった。
「わ、可愛い。こんなサービスしてくれるんですね。普通のケーキはよく食べましたけど、ミニのセットは初めて見ました。写真撮っちゃおうかな」
パシャリと、相手よりも先に音が鳴る。
「あ、また急に撮りましたね。いいですけど、今度ちゃんと正面向いているのも撮ってくださいよ」
子供が喜びそうな可愛らしいトッピングとは、正直アンバランスだ。それなのに、昨日よりも似合っている。ジンの為に……美しい男の為にと考えた装飾だったのに、負けてしまった。でも全然悔しくない。ケーキが甘いから。
「……ふー、ちょっと食べ過ぎたかな。でもしょうがないですよね、そういう時期ですし」
そういえば汚してはいけないスーツを着ていたはずなのに、それが気にならなかった。お揃いなことも店員は気付いただろうに。そういうことすら頭に浮かばなかった。
「お前、明日は?」
「……明日も、会えるなら会いたいです」
「……っ不意打ちに可愛いこと言うのやめて」
「それこそ不意打ちです! 急にそんな顔で笑わないでください」
「どんな顔?」
「……また好きになりそうな顔」
誰もいないとはいえ、こんなところで何を言い合っているんだと、同じタイミングで吹き出した。うるさいと店員が来てしまうかもしれない。それなのに止まらなくて、言葉もなくただ笑い合っていた。


24
「実はもう一つ、貴方に見せたいものがあるんです」
外に出て、当たり前のように手を繋いできた。もうこちらも何も思わない。
「隣に教会があるでしょう? 多分今年もやっているはずです」
中には二人ぐらいしかいなかった。座っている人物は目を閉じ、手を合わせているだけなので音はしない。
小さな場所だ。窓ぐらいの大きさの丸いステンドグラスが外からの光を受けて、床に青い模様を映している。
「ここも綺麗なんですけど、本命はこちらです」

教会から出たと思ったら、裏側へ回った。水の流れる音が控えめに聞こえ始める。
「夜だと見えづらいんですけど、ここは公園のようになっていて、橋の下に川が流れているんです」
「……これは」
「クリスマスの時はこの川沿いに向かって、キャンドルを並べるのが定番なんです。こういう使い方も綺麗でしょう?」
柔らかい光が等間隔で並び、水の周りをぼんやりと照らしている。そのまま並べているだけなのに、美しく暖かい光景だ。
緩やかに音を立てる水の流れが心地良い。いつまで見ていても飽きない、浸れる空間がそこにあった。
「これで僕の一番好きなクリスマスの過ごし方が、全部貴方にバレてしまいました」
後ろから抱きしめると、くすぐったそうに笑った。顔は見えないけど、その表情はもう知っているものだ。
背中に暖かい体温を感じながら、しばらく二人でそれを見つめていた。
「こういうところで告白とか、プロポーズをするんですかね。貴方は好きなシチュエーションですか」
「まぁな。憧れはある……でも俺なんかは普段からすぐ言っちゃうから、ダメだろうな」
「あ、それ今僕も言おうとしました。場所や機会を探す前に、伝えてしまいます。勝手に口から出ている。今日も何度かそんなことがありましたけど」
溢れる気持ちを抑えられず、毎日毎日好きだと伝えた。それを彼は呆れ混じりに笑って、知っていると答える。そのやりとりを含めて好きだった。
お前にならそれをあげてもいいと思ってしまう。彼としたやりとりを、日々を……書き換えてもいいのかもしれない。
ジン……君は何と言うだろう。どんな言葉を今の俺にかけるだろう。
「こんなに僕が愛しているのに、まだ自信が持てませんか? 今の貴方はモッテモテですよ。ここまで強烈なアプローチをされているのだから、少しぐらい調子に乗ってください」
「……そういう風に見えた?」
自信の問題なのだろうか。ただ脳内のことを説明しようもないので、誤魔化した。
「僕の方を見て。僕がいることを、忘れないで……」
そうだよな、お前だって寂しかったんだから。きっと、やっと見つけた希望なんだ。
「可愛いよ、お前は。一緒に過ごしていても波長が合う。気が楽だ。この先大きな障害もなく、協力し合えると思う」
遠くの方にぼんやりと光るシルエットが見えた。それが誰かなんて分かりきっている。
後ろから回される腕に手を添えたまま、数秒それと見つめ合った。

「お前がそこまで言うなら、俺も調子に乗らせてもらう。側から見れば誰が言ってんだって発言をする。……お前ははっきり言って俺の死角なんだ。なんでこんなに顔が良くて相性がいいやつを好きになりきれないのか、自分でも不思議だ。だから逆に無限の可能性を秘めているのかもしれない。この俺が今まで妄想したことがないイケメンになってくれないか。俺の想像を超えてくれ」
動揺したのか、巻きついている腕がもぞっと動いた。
「今でも謎がいっぱいボーイではあるんだけど、俺をときめかせるには後一歩足りない。まぁこの先はお前も言ってた通り、ずっと一緒にいれば変わってくるかもしれない」
「貴方は近づいたと思ったら離れて……縮まってまた遠ざかる……難しい」
「お前が新しい俺の可能性を見出してくれ。いつの間にかお前特化型人間になっているかもしれない」
「なんですかそれぇ……」
白く光っているだけだから、顔がこちらを向いているかは分からない。だんだん小さくなっていく光を横目に、後ろから顔を引き寄せた。
「……っ、貴方から来てくれると思わなかった」
口を離した後もう一度見たら、光は消えていた。

「寒くないか? そろそろ移動しようか」
レストランの方から賑やかな声が聞こえる。食べ終わった子供達がはしゃいでいるのか、走り回る音も近づいてきた。
「……そうですね、ここは僕達だけの場所じゃないですし。あの、最後のプランが残っているんですけど、付き合ってもらえますか」
返事の代わりに頭を撫でると、照れたように笑った。
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