俺の恋人はタルパ様

迷空哀路

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31〔仕事中に〕

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その真相を確かめる為に、意を決して扉を開けた。まずはこのでかいマンションから抜け出せるかのミッションだ。
結局迷って廊下を往復しまくったり、見るからに金持そうなやつとエレベーターが被って睨まれたりしたけど、なんとか脱出できた。
ここからは地図アプリに全てお任せする。
「晴れの日の冬って気持ちいいんだよなー。良さげなカップルに嫉妬する以外は、割と好きな方の季節」
でも今年は妬まなくて済む。一人じゃないというだけでここまで心強いのか。普段とあまりにも差がある。早く独り身のやつに世話ロボット配布する未来が来てくれよ。
頭の中でどんなロボットにしようか色々カスタマイズしていたら、いつの間にか到着していた。

「……おっ、確かに繁盛してる」
前来た時よりも、店内にいる人の数が多い。客も店員も。
「……入ってみるか」
入り口付近はセールになっているものもある。その辺に客が溜まっていた。中の方では店員がガラスケースから、あれこれと次々に商品を勧めている。
ぱっと探してみたところ、あいつはいない。裏で作業をしているのか?
「……忙しそうだしなぁ」
なんとなく買う気のないアクセサリーを眺めていると、ちょっと周りがざわついた。何かと思って顔を上げると、綺麗な髪を揺らしながら近づいてきていた。
「……あっ、バレた」
「まさか来るとは思いませんでした。ちょっと来てください」
客だけではなく店員も意外なのか、じろじろ見られて居た堪れないまま二階へ上がった。
ポニーテールのようにきっちり縛った髪。シワひとつないグレーのスーツ。そこには昨日あげたネクタイを着けていた。普通の会社なら浮くだろうけど、こいつには似合う。

「……ごめんなさい。邪魔しました。今すぐ帰ります」
頭を下げて去ろうとすると、腕を掴まれる。
「あはは、怒ってると思ったんですか? 大丈夫ですよ、ただ驚いただけで。なんとなくカメラを見たら貴方っぽい人がいるから、コーヒー零しそうになりました」
「……ご、ごめん」
「なんでそんなにしおらしい感じなんですか。普通に接してくださいよ」
「だって忙しそうだし……」
「まぁ客は多いですけど、やっていることは普段と変わらないですしね。むしろ細かな対応をせずに流れ作業なので楽です。いつもは色々試してもらったりするんですけど、なかなかこの状況で言い出す人はいない。僕はここで在庫の確認とかしながら座っているのがほとんどなので、別に忙しくないですよ。もっと客が増えたらヘルプに入りますけど、多分そこまでは来ないんじゃないかと予想してます」
二階も客が来れないのが勿体無いほど綺麗に作られていた。壁の薄いブルーの上には美しい模様……あ、これが例のダマスク柄というやつか? はっきりした色だともう少しインパクトが強いけど、控えめな金色なのでそこまで目立たない。
あいつは社長のように、優雅にでかい椅子に腰掛けている。真っ白な机の上で作業するのはどんな気分だろうか。俺だったら怖くて水しか飲めないな。
「こうして仕事中に貴方に会えると嬉しいですね。つい高揚してしまいます。よければ貴方にも何か勧めましょうか?」
「分かりきった冗談を言うなよ。この世のどこに俺に似合うアクセサリーがあるんだ」
「……では見えないところに着けるのはどうですか?」
「は、なんだそれ。なぞなぞか?」
立ち上がると、座る気になれずに棒立ちしていた俺の方に近寄ってきた。
「な、なんだよ」
「貴方は好きなんじゃないですか。こういうの」
スーツの上から指で胸元に触れた。円を描くようになぞってくる。
「ここでもいいですし、ああ……おへそも定番ですね。でも、それよりこっちの方がいいでしょう?」
「……お前っ、ここをどこだと思ってんだよ」
「ふふ、焦るのは僕の方じゃないですか? 貴方は時々ぶっ飛んだ事を言うのに、普段は常識人ですね」
「分かったら、その手を止めろっ」
刺激を与えられるなんて思ってもいなかった部分に触れられて、冷や汗が滲み出てくる。俺はこれ以上常識を失いたくないのだ。
下半身を弄っていた手を止めて、満足そうに微笑んだ。
「ボディピアスに興味が出たら教えてください。貴方に似合いそうな石を考えておきます。どうしようかな、何がいいかなー」
「や、やらないからな、そんなの」
ちょっとだけ興味があるのは内緒だ。こいつの行動力だと、速攻で開けられかねない。

「……はぁ、もっとこうして貴方と遊んでいたいんですけどね。ちょっと連絡しなければいけないのが溜まってて。一度昼頃に帰ろうと思っていたんですけど、こうして会えたなら我慢しようかな。貴方は好きなところで食べていてください。夜は早めに上がるので、準備ができたら連絡します」
「……うん。分かった」
「あれ寂しくなっちゃいましたか? ならぎゅってしてくださいよ。あとキスも。そしたら頑張れそうです」
「……」
邪魔したのとか、相手がちゃんと働いているのに申し訳ないとか、それが切ないのと似た感情になって胸に広がる。いや、もしかしたら寂しいのかもしれない。
そっと抱きしめた後に、誰に見られるかも分からないのに唇を合わせた。
「……っはぁ、やばいなこれ。想像以上にいい。癖になりそう。また仕事中に貴方を呼び出しちゃおうかな」
「お前、俺のことなんて説明するつもりだよ。もう何人かに見られちゃったじゃねーか」
「そんなのなんとでもなりますよ。いっそのこと恋人って言っちゃおうかな。いい加減断るのにもうんざりしてきた。はは、ありがとうございます。元気出ました」
「……ああ、じゃあまた後で」
「あれ、さっぱりしてるなー。寂しくなったらメッセージ送ってきてもいいですからね。……あー電話来ちゃった。それじゃあ外も人が多いので、気をつけてくださいね」
軽く手を振ると、すぐに椅子まで戻っていった。肩身が狭いまま階段を降りると、何か聞きたげな目を通り過ぎて店を出る。後はあいつに任せよう。


21
人がこう多いと、華やかというよりも俗っぽさを感じる。和の国だから限界があるのかもしれないが、こう正月飾りと一緒に出されてしまうと、ロマンティックもクソもなくなるのだ。
でもイベント事は好きだし、クリスマスには負けるが、こうして年末の慌ただしさを感じながら歩くのも嫌いではない。まぁその為の準備はしないので、家族がいる人は大変だなーと他人事のように波に逆らっている。
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