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27〔海〕
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部屋を見渡していると、壁に大きなテレビが付いていた。
「あー、あれもしかしてテレビ? でっかー。壁掛けじゃーん、何見るのアレで」
「……わざとやっているんですか」
「んー? 点けてみていい?」
リモコンらしきものを手にしてみると、パッと画面が点いた。目の前には一面の海が現れる。
「すげー綺麗。透き通った海だ。どこのリゾート地? っていうかこれ、電気屋で流れる謎の綺麗な映像じゃん。え、こういう番組あるの? はは、初めて見たー」
「……まぁいいか、酔わせたのはこっちだしね。……普段テレビは見ませんけど、たまにこうして流しているんです。親戚にこういうのを撮るのが好きな人がいて、彼が撮ったものや、オススメの映像を貰うんですよ」
「わぁ……行った気分になるー。いいなー。こんなに綺麗なのに誰もいないよ、プライベートビーチかなぁ」
「じゃあ一緒に行きますか」
隣に腰を下ろして、肩に腕を回してきた。香水なのか、爽やかな匂いが隣からする。
「夏に誘われるのでよく行くんですけど、見慣れた景色でも貴方となら楽しめそうですね」
「え、まさかこれって」
「彼の別荘です。さすがに全てがそうという訳ではないですけど。ああ、ここは見覚えがあるな……。明るい時も良いですけど、僕は夕方が一番好きですね」
「へぇ……」
「そこまで飛ばしましょうか」
綺麗な景色が突然止まって、不自然に乱れる。早送りなんて文字を見ると現実感が一気に増したけど、それもなんだか面白かった。
「この辺からですかね。自作動画ですから、チャプターとかもないので」
「あ、陽が沈んできた……」
ゆっくりと動く陽が波に反射する。遮るものも周りにはなく、ただ海とそれだけの光景だ。
波の音と、僅かに聞こえる互いの息の音。
水色の快晴だった部分が消えていき、夜を混ぜた空に変わっていく。神々しい儀式のような光景が、毎日行われているなんて信じられない。夕焼けなんて気にしたのはいつ以来だろう。
ただただ景色に引き込まれて、途中から息をするのも忘れていた。
「……夜に、なっちゃいましたね」
「夜も綺麗だよ」
白い月の下で、静かに波が揺れる。時折風で擦れた葉の音が入るぐらいの、静かな空間だ。ここにずっと一人でいると、何を考えるのだろう。
「……え?」
頬に暖かいものが触れた。二、三度口付けると、回していた腕に力がこもった。
「貴方が泣いていたから」
「……気づかなかった」
「この景色は見せたいけど、こんな貴方は誰にも見せたくない」
自分よりも高い体温に包まれるのは久しぶりだ。熱いぐらいの力で抱き締められていた。
「お前……なんか、たまに俺のこと好きみたいなこと、言うよな」
「……え?」
「いや……そんな言い回しするからさー」
「今更ですか。やっぱり気づいてなかった? 結構言ってたのに!」
「え、なになに。急に怒るなよ」
「……認めますよ、好きになったって。じゃないとこんな風に近づいたりしません。貴方は違うんですか、誰とでもここまで近づけるんですか!」
「お、落ち着けって……確かに俺はパーソナルスペース狭め人間だから、多少相手は選ぶけど……。それ以上の関係になるかどうかは、分からないというか」
「好きじゃなかったんですか僕のこと……それなのに何日も一緒に過ごしたり、泊まったりしようとしていたんですね」
「ちょ、顔怖いって。落ち着けー? つーかお前それ本気なの、だってほら継がなきゃいけないんだろ。あんなに立派な店持っててよ、その相手がこんなくたびれた男じゃ追い出されるだろ」
むっとした顔をしたまま、腕の力を少し緩めた。
「……僕の気持ちをなんだと思っているんです? 失礼じゃないですか。そんな程度の問題になんて振り回されませんよ。それにこのブランドは親戚一同で支えているものなので、僕一人いなくなったところで何にも影響ありませんし。一応祖父が代表になっていますけど、継ぐ人なんていくらでもいるわけです」
「え、祖父? あの写真載ってた人だろ、お父さんじゃないの? あのダンディで若々しいイケオジ様が祖父? 格好良すぎなんだが?」
「告白した男の前で、他の男を褒めるなんて余裕がありますね! ……いやさすがにあの写真は数十年前に撮ったものだと思うんですけど、そんなことはどうでもよくてですね……はぁー。一筋縄じゃいかないと思ってはいたけど、想像よりも厄介だなぁ」
「……俺が言うのもなんだけどさ。大丈夫か、頭……というか趣味悪くない? え、マジで言ってる?」
手を掴まれて床に倒された。相手がこいつだから怖くはないけど、顔がよく見えない。
「おーい?」
「……はぁ、こんなつもりじゃなかったのに。貴方にちゃんとクリスマス気分を届けようと、スマートに動けるように準備してたのに……っ、こんなことになるなんて」
「悪かったって茶化すような真似して~。な、とりあえず離して。話せば分かるよ、話し合い~」
「うるさい。もう酔ってるんでしょ。こんな時に話し合えませんよ、もう寝たらどうです」
「えー、そんな拗ねんなって。あーでもお前は明日も仕事なのかぁ。じゃあ休んでもいいかもな」
「は、本気で寝るつもりですか!」
「いやお前が言ったんじゃん……」
「……っ、あの日から貴方に会えるまで、毎日ドキドキしながら待ってたのに……っ、これ以上弄ばないでくださいよ」
「も、弄ぶだなんてそんな……ドールとジンに囲まれて間男プレイしてた時の俺じゃあるまいし……。まぁそんなことはともかく……あーなんか良さげな事を言いたいんだが、頭が働かない」
こういう時、何を言うべきなんだ。俺の憧れたキャラや人達はどんな事を言っていた? 降りてこい、良さげなセリフ……。
「考える事じゃないでしょ。パッと出てこないなら、そんなものはいりません」
腕を離して、拗ねたようにそっぽを向いてしまった。
あまりに現実味がないというか、慣れてなさすぎて、どうしても自分のことだと思えない。知らない第三者の痴話喧嘩を聞いているようだ。
「……他の奴とこういうことしようとは思わないよ。確かにお前は特別で、ずっと一緒に居ても苦じゃない。でも俺は普通の付き合いをしたことがないから、いまいち分からない。俺にとっての好きは従順で、奉仕で、全てを捧げるような状態の事を指すから、それには当てはまらないと思う。推しの最上位というか、俺が一方的に憧れる関係性が好きなんだ。というかそれしか知らない」
膝を抱えて子供のような拗ね方をするので、後ろから腕を回した。
「あー、あれもしかしてテレビ? でっかー。壁掛けじゃーん、何見るのアレで」
「……わざとやっているんですか」
「んー? 点けてみていい?」
リモコンらしきものを手にしてみると、パッと画面が点いた。目の前には一面の海が現れる。
「すげー綺麗。透き通った海だ。どこのリゾート地? っていうかこれ、電気屋で流れる謎の綺麗な映像じゃん。え、こういう番組あるの? はは、初めて見たー」
「……まぁいいか、酔わせたのはこっちだしね。……普段テレビは見ませんけど、たまにこうして流しているんです。親戚にこういうのを撮るのが好きな人がいて、彼が撮ったものや、オススメの映像を貰うんですよ」
「わぁ……行った気分になるー。いいなー。こんなに綺麗なのに誰もいないよ、プライベートビーチかなぁ」
「じゃあ一緒に行きますか」
隣に腰を下ろして、肩に腕を回してきた。香水なのか、爽やかな匂いが隣からする。
「夏に誘われるのでよく行くんですけど、見慣れた景色でも貴方となら楽しめそうですね」
「え、まさかこれって」
「彼の別荘です。さすがに全てがそうという訳ではないですけど。ああ、ここは見覚えがあるな……。明るい時も良いですけど、僕は夕方が一番好きですね」
「へぇ……」
「そこまで飛ばしましょうか」
綺麗な景色が突然止まって、不自然に乱れる。早送りなんて文字を見ると現実感が一気に増したけど、それもなんだか面白かった。
「この辺からですかね。自作動画ですから、チャプターとかもないので」
「あ、陽が沈んできた……」
ゆっくりと動く陽が波に反射する。遮るものも周りにはなく、ただ海とそれだけの光景だ。
波の音と、僅かに聞こえる互いの息の音。
水色の快晴だった部分が消えていき、夜を混ぜた空に変わっていく。神々しい儀式のような光景が、毎日行われているなんて信じられない。夕焼けなんて気にしたのはいつ以来だろう。
ただただ景色に引き込まれて、途中から息をするのも忘れていた。
「……夜に、なっちゃいましたね」
「夜も綺麗だよ」
白い月の下で、静かに波が揺れる。時折風で擦れた葉の音が入るぐらいの、静かな空間だ。ここにずっと一人でいると、何を考えるのだろう。
「……え?」
頬に暖かいものが触れた。二、三度口付けると、回していた腕に力がこもった。
「貴方が泣いていたから」
「……気づかなかった」
「この景色は見せたいけど、こんな貴方は誰にも見せたくない」
自分よりも高い体温に包まれるのは久しぶりだ。熱いぐらいの力で抱き締められていた。
「お前……なんか、たまに俺のこと好きみたいなこと、言うよな」
「……え?」
「いや……そんな言い回しするからさー」
「今更ですか。やっぱり気づいてなかった? 結構言ってたのに!」
「え、なになに。急に怒るなよ」
「……認めますよ、好きになったって。じゃないとこんな風に近づいたりしません。貴方は違うんですか、誰とでもここまで近づけるんですか!」
「お、落ち着けって……確かに俺はパーソナルスペース狭め人間だから、多少相手は選ぶけど……。それ以上の関係になるかどうかは、分からないというか」
「好きじゃなかったんですか僕のこと……それなのに何日も一緒に過ごしたり、泊まったりしようとしていたんですね」
「ちょ、顔怖いって。落ち着けー? つーかお前それ本気なの、だってほら継がなきゃいけないんだろ。あんなに立派な店持っててよ、その相手がこんなくたびれた男じゃ追い出されるだろ」
むっとした顔をしたまま、腕の力を少し緩めた。
「……僕の気持ちをなんだと思っているんです? 失礼じゃないですか。そんな程度の問題になんて振り回されませんよ。それにこのブランドは親戚一同で支えているものなので、僕一人いなくなったところで何にも影響ありませんし。一応祖父が代表になっていますけど、継ぐ人なんていくらでもいるわけです」
「え、祖父? あの写真載ってた人だろ、お父さんじゃないの? あのダンディで若々しいイケオジ様が祖父? 格好良すぎなんだが?」
「告白した男の前で、他の男を褒めるなんて余裕がありますね! ……いやさすがにあの写真は数十年前に撮ったものだと思うんですけど、そんなことはどうでもよくてですね……はぁー。一筋縄じゃいかないと思ってはいたけど、想像よりも厄介だなぁ」
「……俺が言うのもなんだけどさ。大丈夫か、頭……というか趣味悪くない? え、マジで言ってる?」
手を掴まれて床に倒された。相手がこいつだから怖くはないけど、顔がよく見えない。
「おーい?」
「……はぁ、こんなつもりじゃなかったのに。貴方にちゃんとクリスマス気分を届けようと、スマートに動けるように準備してたのに……っ、こんなことになるなんて」
「悪かったって茶化すような真似して~。な、とりあえず離して。話せば分かるよ、話し合い~」
「うるさい。もう酔ってるんでしょ。こんな時に話し合えませんよ、もう寝たらどうです」
「えー、そんな拗ねんなって。あーでもお前は明日も仕事なのかぁ。じゃあ休んでもいいかもな」
「は、本気で寝るつもりですか!」
「いやお前が言ったんじゃん……」
「……っ、あの日から貴方に会えるまで、毎日ドキドキしながら待ってたのに……っ、これ以上弄ばないでくださいよ」
「も、弄ぶだなんてそんな……ドールとジンに囲まれて間男プレイしてた時の俺じゃあるまいし……。まぁそんなことはともかく……あーなんか良さげな事を言いたいんだが、頭が働かない」
こういう時、何を言うべきなんだ。俺の憧れたキャラや人達はどんな事を言っていた? 降りてこい、良さげなセリフ……。
「考える事じゃないでしょ。パッと出てこないなら、そんなものはいりません」
腕を離して、拗ねたようにそっぽを向いてしまった。
あまりに現実味がないというか、慣れてなさすぎて、どうしても自分のことだと思えない。知らない第三者の痴話喧嘩を聞いているようだ。
「……他の奴とこういうことしようとは思わないよ。確かにお前は特別で、ずっと一緒に居ても苦じゃない。でも俺は普通の付き合いをしたことがないから、いまいち分からない。俺にとっての好きは従順で、奉仕で、全てを捧げるような状態の事を指すから、それには当てはまらないと思う。推しの最上位というか、俺が一方的に憧れる関係性が好きなんだ。というかそれしか知らない」
膝を抱えて子供のような拗ね方をするので、後ろから腕を回した。
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