俺の恋人はタルパ様

迷空哀路

文字の大きさ
上 下
24 / 45

24〔イブ〕

しおりを挟む
「そこまで言うなら、お前の好きにしてくれよ。俺はもうなんでもいいからさ」
照れ臭くなって顔を逸らした。こいつ急に懐いてきてないか?
「はい、任せてください」
二人分のトレーをまとめると、笑顔のまま運んでいった。

「あー眩し。晴れやかな朝だこと」
伸びをして太陽の光を浴びる。空気は冷たいけど、背中はじんわりと暖かい。
「なんか寂しいなー。今から帰らないといけないの」
「なんだよそれ。そんなキャラだったか? 急に態度変えすぎだろ」
「そうですか? 割と普段からこんなものだと思いますけど……でもまぁ」
逆光になるから目を細めつつ横を見ると、ずっと絶やしてなかった笑みを更に深くした。
「貴方のこと、気に入ってしまったので」
「……ふーん」
「ふーんって。貴方だって僕が嫌いじゃないから、一緒に居るんでしょ?」
「……まぁな」
「そういう態度だって、照れているだけですよね」
「そうかもなー」
はぐらかしていたら、急に手に触れてきたので驚いてしまった。思わず大きな声を出してしまうと、くすくす笑われる。
「言ってからにしろよ。つーか、ちらほら通行人いるし」
何を言っても微笑んでいるだけだ。いまいちこいつのやることはよく分からない。
「まぁいいや。好きにしろよ」
でも別に嫌じゃなかった。とっくの昔に終わった俺には、今更世間の目なんて気にする必要もない。それよりも暖かい体温の方が大事だ。

「はは、今あいつ綺麗な二度見した。漫画みたいに転けそうになっててウケる」
「……っ」
「見たか? 今のやつ。……ん、どうした。まさか知り合いだったとか?」
「違いますよ。それに僕は見られても構いません。悪いことなんてしてないし」
「……そうだな。それに二人だと、全然怖くない」
「……はい」
人が多くなってきた。絡ませた指を体にくっつけて間を埋めると、ぱっと見では気がつかないだろう。もう少しだけと互いに思っているのか、なんとなく離す気にはならなかった。
貴方は不意打ちで笑うから、心臓に悪いんですよ。
駅前で呟かれた小さな声。多分横から発せられたものだと思うけど、空耳かもしれない。
あいつはここで、俺は電車に乗る為に別れた。やっぱり名残惜しい。
改札越しに手を振るなんて、何年振りだろう。そこで気がついた。ジンとはこういうことをしなかったな。いや不可能なのか。離れても、俺が居てほしいところに来るのだから。
体の奥がじんわりするような暖かい別れもあるのだと、窓の外を眺めながら感じた。



17
パンを齧りつつ、適当にリモコンに手を伸ばす。テレビの画面には、クリスマスマーケットの映像が流れていた。
「ふぃー……ついに来やがったな。〝イブ〟がよぉ」
客達は大きなマグを手に、暖かそうな格好で小さい店に行列を作っている。こういうところで過ごすのも良かったな。来年の参考にするか。
「なんかオシャレだなー。画面が眩しい」
煌めく朝日の下で光るビール。優雅に乾杯して、骨つきウィンナーを掲げている。これは大人の楽しみ方というやつだ。
「あの人達が飲んでるのはなんだろ。ホットチョコレート、エッグ……なんだ? ほーんエッグノッグって言うんだ。卵と牛乳と砂糖を混ぜたホットドリンク。カスタードみたいな風味……スパイスと、ブランデーなどの酒を入れてもいい」
ネット上の情報を読みながら味を想像する。これはクリスマスの温もり感を演出するにはぴったりだ。
「あーまたやりたいことが一個追加されちゃった」
なんとなく視線を上に向ける。そこにも、横にも姿は見えない。
でも本当に吹っ切れたのか、寂しさは感じなかった。静か過ぎる部屋が気になることはたまにあるけど、一人でも平気になっていた。

「……さて、着替えるとするか。今日の夜はちゃんとしなきゃだから、このネクタイも持っていっちゃお」
ジンの為に買ったプレゼントの一つを開ける。控えめな模様で、角度を変えると上品に艶めく(セール品だけど)。
俺には微妙かもしれないけど、きっとこの街の夜には似合うから。
「……っ」
ネクタイにそんな効果はないはずなのに、なぜか胸元が暖かい気がした。

「この色を着けていたら目立つから、夜まではいつもので過ごすよ。なんか浮かれてるみたいで恥ずかしいじゃん」
年末年始、盆もいつも予定がない。恋人の有無を聞かれたことすらない。そんなにも一人が滲み出ているだろうか。
明日休みを取ると言ったら最初ちょっと驚かれたけど、彼女ができるわけないよなと笑って流された。失礼な奴らだけど、それでいい。
「……そういえば前に、女性に興味ありませんとか言っちゃった気がする」
それで腫れ物扱いを受けているのだろうか。酒の席での出来事なんだから、忘れていてほしいけど。

「……ふー。まぁ寝室にさえ入らなきゃ大丈夫だろ。飾り付けは予定より控えめになっちゃったけど」
夜に効果を発揮するものなので、明るいうちから見ても安いインテリアでしかないのだ。
あいつが来れるぐらいには片付けて、食器などのセッティングもしておいた。
「……行ってくるね」
名前は呼ばなかった。虚空に呟いた声は、空気に溶けていってしまう。
「……っ」 
その次にぼんやりと、なんとか形が分かるぐらいの煙みたいなものが一瞬、部屋の中に舞った。
本物じゃない。俺が記憶から引っ張り出した幻影。あの日のジンの姿を思い描いただけだ。
それでも少し泣きそうになったのを堪えて、扉を開けた。


白い息を吐きながら、一人帰り道を歩く。昔は呪っていた光景、ここ数年は気にすることすらしなくなった。ただの寒い日でしかない。
そう開き直っているのに、イルミネーションが明るいから、そこから隠れる為に裏道を歩いた。
甘いものは好きだけど混んでいる店内に入る勇気はなく、コンビニやスーパーで翌日安くなったものを狙ったりと、そんな思い出しかない。
その俺がこんな洒落た箱を持って、しかも中身がケーキだなんて。
なんだか誇らしい。お店で見た美しいケーキに会えるのが楽しみだ。
「……寒いけど、寒くないんだ」
分かる? と頭の中の誰かに聞いてみた。その辺で売っていたマフラーを巻き付けながら、箱を振らないように軽やかに道を歩く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

「優秀で美青年な友人の精液を飲むと頭が良くなってイケメンになれるらしい」ので、友人にお願いしてみた。

和泉奏
BL
頭も良くて美青年な完璧男な友人から液を搾取する話。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

処理中です...