俺の恋人はタルパ様

迷空哀路

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22〔吹っ切れたのは〕

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「足りない?」
「うーん、どうでしょうねー……」
恐らくあっちも、まだ全てが抜けきっている訳ではないけど、心地良い疲労感がいい感じに眠気を誘ってきているので、それでもいいかもという状況だろう。
「眠れそうな気もするけど、興奮状態が続いて寝れないかも」
「……もし、眠れなかったら」
「ん?」
「明日食べたいものでも、考えていてくださいよ。今度はそっちが食べたいもの教えて」
「……ん、分かった」
「今日だけじゃなくて……」
指先を繋いで、軽く力を込めてきた。隣を見ると、もう目を閉じている。
「……頭がごちゃごちゃする時は、僕としたいことを、考えて。そうしたら……いつでも、一人じゃない、です」
返事の代わりに手を繋ぎ直して、見えてないだろうけど、顔を逸らした。 
緩みそうになる頬を片手で押さえて、笑うのを止めようとしたけど無理だった。 
ああ、今まで色んな良い声の奴から、散々トキメキ台詞を聞いてきたというのに、こんな簡単な……真っ直ぐな言葉が効くなんて。 

「もつ鍋に勝つなら、ヤサイマシマシニンニクアブラカラメだな」
「……なにそれ」
「起きてんじゃねーか。動けるならシャワー浴びてこい。二人ともべちゃべちゃだぞ」
「一緒にすんなら、行く」
「……分かった分かった、ほら起きろ」
「……ん」
ここに来た時とはまるで逆だ。起こそうと腕を回したのに、そのまま抱き着いてきた。もうこのまま引きずる体力は残ってない。
「はは、止まっちゃったな」
「……貴方って」
「ん?」
「……やっぱりいいや。教えたくなくなった」
「なんだよ」
風呂場に向かう途中、こそっと「吹っ切れたら普通にモテそう」と呟いた。そんな訳ないだろと返しておく。
「お前が相当変なだけだって」
「いいですよもう、絶対認めないんだからー」
「ほら、面倒だから二人まとめて浴びるぞ。顔にかかったら言え」
なんかまだごちゃごちゃ言ってたけど、頭から全身びしょ濡れになった。
「うー……乾かすのめんどくさいー」
「俺がやってやるから、ぐにゃぐにゃすんな」
するりと抱きついた腕に身動きが取れなくなる。ぬるめの湯が降り注ぐ中で、ちゅっと口を押し付けてきた。
「やっぱ、まだ足んねぇのか」
「……んー、そんなことないー」
「あーほら、危ないからふらふらすんなって。お前も今更酔いが回ってきたのか?」
わーわー言いながら、気がつくともう二人揃って、ベッドの上にだらりと寝ていた。眠すぎて半分意識がないままやっていたのに、人間案外どうにかなるものだ。
 


15
起きた時、少し不安だった。昨日のことが全て消えて、また関係が初めに戻るんじゃないかと。そんなことがふと過ぎった。
まさかその前の段階で、俺の限界値を超えて作られた妄想だったらどうしよう。知らない人を拉致して、それに付き合わせていたらどうしよう。
一応隣に眠る熱は本物のはずだ。だって体つねってみたら痛みはあるし、ぱちぱちしても景色は変わらない。目がおかしくなったわけじゃない。

「……っはー、こういう朝にさらっとタバコとか吸ってると絵になるんだけどなー。高いし、匂いからして試す気が起きないけど」
こいつがいくら出して泊まっているのかは知らないが、どうせなら出る前に少しでも元を取るか。また贅沢バスタイムやっちまおうか。
「……起きねえな。爆睡してんのか?」
顔は反対を向いてしまっているのでよく見えない。見えたとしても、髪でほとんど隠れているだろう。
「あーあ、暖房入れっぱなしとか贅沢。あちーぐらいだ」
毎朝震えている俺の我慢が馬鹿らしくなる。時間を確認しようと立ち上がって、部屋の中を見渡した。
入り口の扉ギリギリのところに荷物が置かれている。それを見ていると、昨日のひどい有様が蘇った。
ちょっとだけこいつの方が背が低いけど、体格的にはほぼ同じぐらい。そんな奴をここまで引っ張ってきたと考えると、詫びたくなってきた。目的はあったとはいえ……あれも実際どこまでが本気だったのだろう。全力で拒否すれば、深く追うようなタイプにも見えなかった。

「……吹っ切れたのは俺もお前も、か?」
起こさないように、そっと指先で毛を撫でつけた。相変わらず、するすると引っ掛かりなく通っていく。
「喉ガラってるなー。うがいしてこよう」
小声で呟いて立ち上がる。髪が枕の上で、僅かに揺れたのを見届けながら。


一通りさっぱりした後、部屋に帰ると起きていた。サラサラした髪だから寝癖はついていないけど、分け目がぐちゃぐちゃだ。
「大丈夫か? 体ダルいとか」
「……っ」
手櫛で軽くとかしてやると、ぼうっとこちらを見上げた後、すっと顔を背けた。
「どうした?」
「……なんか照れた、これ」
「えー、本気かぁ?」
「……じゃ僕も、顔洗ってきます」
「おー、転ぶなよー」
あちらこちらに散らばる服を拾って、軽くシワを伸ばす。見た目じゃ分かんないけど、触ると一発で違いが分かった。シャツ一枚でここまで違うんだなぁと感心してしまう。

ジャケットを羽織りながら窓の外を見る。綺麗な快晴だ。釣られて爽やかな心地になってくる。
「なぁ、食べたいもん決まったわ」
「あの呪文みたいなやつですか」
「あれは重すぎるだろ、こんな朝には……」
シチューパイだよと呟いた。今日食べたいというよりは、ここ最近ずっと頭にあったものだけど。
「ああ……あの上にパイが乗ってて、崩して食べるやつですね。でもそんなの見たことないですよ。洋食屋ならあるんでしょうか?」
「……はは、大丈夫。任せとけ」
互いに昨日、何があったのかなんて吹き飛ぶような顔つきで部屋から出た。本当に、しぶといものだ。
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