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13〔酒〕
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「……あ、お待たせしちゃいましたか?」
コートの中に髪の毛が入って、正面からだと切ったように見える。なるべく目立たせないようにしているのだろうか。
待ってないですよーとか、イルミネーション見てたんでーとか適当な相槌を返すと、急に近寄ってきた。
「……えっ」
「ほら、凄く冷たくなってるじゃないですか。手袋は持ってないんですか? 中で待っていてくれても良かったのに」
突然自分の手袋を外して、こっちの指先を握ってきた。じわりと熱い体温を感じて、息が止まりそうになる。
「温かいものを用意したので、早く行きましょう」
なんだか初めて会った時よりも快活そうに見える。彼もこの暮れの雰囲気に飲まれているのだろうか。
意外にも繁華街の方へ向かっていき、着いたのはその中のビルだった。高級レストランじゃなくて良かったけど、少しだけガッカリもした。
二階へ上がると、既に賑わっていた。わいわいと集団が湧いている。
この中に入っていくのかとちょっと憂鬱になったけど、案内された場所は思ったよりも奥だった。
個室だ。障子で仕切ってあるだけなので、そこまで本格的なものじゃないけど、入口の方の喧騒さはだいぶ薄れている。
「僕好きなんですよね、これ。適当に頼んじゃってもいいですか? 食べられそうなもの好きに取っちゃってください。あ、辛いの平気ですか? 僕結構辛くしちゃうんですけど……はい、良かったらサイドメニューもどうぞ。それより先に飲物ですよね! どうしますか?」
「……」
気づいたら、目の前でぐつぐつ鍋が煮えていた。まさかのもつ鍋。ジュエリーブランドを持つお洒落な、ジンに似た彼が笑顔で鍋を掬っている。
なんか色々馬鹿らしくなって、知らない酒をぐびっと煽る。もうやけになるしかない。
「あー美味しい。体はあったまりましたか? ほらほら、もっと食べてください。追加しますんで」
進められるまま食べて、飲んでを繰り返し、腹が膨れて視界がまったりしてきた頃、体の奥から溢れ出した。
「……っ、はは。あの、えっとですねぇ。なんというかー、その。ほんとっに、もうしわけないです!」
酔ったのか、口が追いつくのが遅い。酔ったのだろう。なんか気分が良くなってきた。
「あははははっ。探してもらったところ、すみませんなんですけどー、これどうぞ!」
彼の親戚の写真の上に、死ぬ前に焼こうと思っていたノートを乗せた。そうだ。ジンのことが全て書いてある、最初のノートだ。
「あのね、ジンなんて存在しないんすよぉ。俺の妄想なんすよ、だからぁ、どこにもいるわけなくってぇ……」
向かいのホーム、路地裏の窓、こんなとこにいるはずもないのに……って、外を歩いているわけないのに。探しても無駄なのに、続けて……こうして迷惑かけて。
「あはっあは……あー、終わりだなぁ。こんな人間もう救いようがないよー」
さすがに無言で読まれると怖くなってきた。いや本当に怖いのはあっちの方か。
「こ、怖がらないでー。ね、冗談だから。遊びみたいなもんだから……ほら、子供の頃って自作すごろくとか作ったりするじゃん? ああいうノリでー……ねー、遊び遊び!」
そんなに読むところがあっただろうか。今更何を書いていたか思い出せなくて、焦りが湧いてきた。俺は何をどこまで書いたんだっけ?
「ほ、本気なわけないじゃないですかー。あの日はそう、ランニング中で……パジャマ、いや部屋着。部屋着ランニングってやつでーあはは。それで疲れてたってだけで、本気で想像の中の人間が歩いてると思ってないですよー。だってそんなの……」
そんなの、人としての一線を超えちゃってるじゃないか。
「……っ」
そこまで俺のこと壊したくせに、突然消えるんだね。突然終わるんだね。今更元に戻せると思ったの? 俺がまともになると思った?
「……なるほど。このような方法があるのは初めて聞きました。幼い頃から持っていた人形やぬいぐるみを捨てられない人はいると聞いたことがありますが、想像だけで作り出すのはなかなかの精神力ですねぇ」
「……」
他の人間からしたらそんなもんか。自分一人で盛り上がっちゃって、俺の言い訳も苦しみも、簡単に説明できるものだ。
「……まぁ分からないと思いますけどぉ、理解しなくてもいいので~。謝罪はするから許してほしいっていうか……ごめんなさいとしか言えない……」
机に突っ伏して頭を下げる。頭が少しふらふらし始めて気持ち悪い。もっと酔って訳分かんなくなりたい。
「あの、このジンって人が貴方の理想なんですよね?」
「えー? あー、はい……」
「じゃあ僕と彼を見間違えたってことは、僕は貴方の理想ってことですか?」
「はぁー、あー……えっ?」
もうお腹に入らないのでコップの表面をなぞっていたら、急に変化球が来た。思わず顔を上げると、上機嫌そうに笑っている。
「ん、んー? まぁ近いっていうか……あー、ほらその辺にはいない容姿じゃないですか。だから間違えたっていうか……はは。でもジンとはやっぱちょっと違うかな。み、見た目より性格のが大事だし……っ」
「貴方、いじめられたいんですか」
「へっ」
書いてあったか、そこまで。もうアルコールで顔が熱くて、羞恥なんて溶け込んでいる。さっきからへらへら笑いが止まらない。
「ははっ、それはカッコいい人がやるからいいのであってー、その辺の人にやられてもムカつくだけというか……あー」
こんなに完璧な人がいるなら、自分はダメで仕方ないんだって思いたかった。ジンみたいに奇跡が沢山集まった存在じゃないとできないんだって。それがいつの間にか性癖に変わっていた。
「……そろそろ返してくださーい。そんなに見るとこないでしょ。もう弄り終わったでしょ」
「返しません。なんなら貰おうかと思ってます」
「はぁー? なんで」
「面白いから」
「……なにこいつ。変なやつ」
手を伸ばしたら、ノートを持つ手を上に伸ばした。こういう子供みたいなやりとりを強いられるのが面倒臭い。
諦めて、無理やり残っているのを飲む。そういえば前はこんな風に、喋りたくない時に飲んでたな。でも飲み終わったら注文しなくちゃいけなくて、そこで目立つのが嫌だから、氷が溶けるのをひたすら待っていた。
目の前のこいつも、あいつだって、あそこで肩組んで歌ってる奴だって、そんな経験ないんだろうな。不思議なんだろうなぁ。理解できないんだろうな。
だって俺もジンがいたときは我慢なんてしなかったもん。ジンがいるから、他人なんて切り捨てて早く帰ってたもん……。
コートの中に髪の毛が入って、正面からだと切ったように見える。なるべく目立たせないようにしているのだろうか。
待ってないですよーとか、イルミネーション見てたんでーとか適当な相槌を返すと、急に近寄ってきた。
「……えっ」
「ほら、凄く冷たくなってるじゃないですか。手袋は持ってないんですか? 中で待っていてくれても良かったのに」
突然自分の手袋を外して、こっちの指先を握ってきた。じわりと熱い体温を感じて、息が止まりそうになる。
「温かいものを用意したので、早く行きましょう」
なんだか初めて会った時よりも快活そうに見える。彼もこの暮れの雰囲気に飲まれているのだろうか。
意外にも繁華街の方へ向かっていき、着いたのはその中のビルだった。高級レストランじゃなくて良かったけど、少しだけガッカリもした。
二階へ上がると、既に賑わっていた。わいわいと集団が湧いている。
この中に入っていくのかとちょっと憂鬱になったけど、案内された場所は思ったよりも奥だった。
個室だ。障子で仕切ってあるだけなので、そこまで本格的なものじゃないけど、入口の方の喧騒さはだいぶ薄れている。
「僕好きなんですよね、これ。適当に頼んじゃってもいいですか? 食べられそうなもの好きに取っちゃってください。あ、辛いの平気ですか? 僕結構辛くしちゃうんですけど……はい、良かったらサイドメニューもどうぞ。それより先に飲物ですよね! どうしますか?」
「……」
気づいたら、目の前でぐつぐつ鍋が煮えていた。まさかのもつ鍋。ジュエリーブランドを持つお洒落な、ジンに似た彼が笑顔で鍋を掬っている。
なんか色々馬鹿らしくなって、知らない酒をぐびっと煽る。もうやけになるしかない。
「あー美味しい。体はあったまりましたか? ほらほら、もっと食べてください。追加しますんで」
進められるまま食べて、飲んでを繰り返し、腹が膨れて視界がまったりしてきた頃、体の奥から溢れ出した。
「……っ、はは。あの、えっとですねぇ。なんというかー、その。ほんとっに、もうしわけないです!」
酔ったのか、口が追いつくのが遅い。酔ったのだろう。なんか気分が良くなってきた。
「あははははっ。探してもらったところ、すみませんなんですけどー、これどうぞ!」
彼の親戚の写真の上に、死ぬ前に焼こうと思っていたノートを乗せた。そうだ。ジンのことが全て書いてある、最初のノートだ。
「あのね、ジンなんて存在しないんすよぉ。俺の妄想なんすよ、だからぁ、どこにもいるわけなくってぇ……」
向かいのホーム、路地裏の窓、こんなとこにいるはずもないのに……って、外を歩いているわけないのに。探しても無駄なのに、続けて……こうして迷惑かけて。
「あはっあは……あー、終わりだなぁ。こんな人間もう救いようがないよー」
さすがに無言で読まれると怖くなってきた。いや本当に怖いのはあっちの方か。
「こ、怖がらないでー。ね、冗談だから。遊びみたいなもんだから……ほら、子供の頃って自作すごろくとか作ったりするじゃん? ああいうノリでー……ねー、遊び遊び!」
そんなに読むところがあっただろうか。今更何を書いていたか思い出せなくて、焦りが湧いてきた。俺は何をどこまで書いたんだっけ?
「ほ、本気なわけないじゃないですかー。あの日はそう、ランニング中で……パジャマ、いや部屋着。部屋着ランニングってやつでーあはは。それで疲れてたってだけで、本気で想像の中の人間が歩いてると思ってないですよー。だってそんなの……」
そんなの、人としての一線を超えちゃってるじゃないか。
「……っ」
そこまで俺のこと壊したくせに、突然消えるんだね。突然終わるんだね。今更元に戻せると思ったの? 俺がまともになると思った?
「……なるほど。このような方法があるのは初めて聞きました。幼い頃から持っていた人形やぬいぐるみを捨てられない人はいると聞いたことがありますが、想像だけで作り出すのはなかなかの精神力ですねぇ」
「……」
他の人間からしたらそんなもんか。自分一人で盛り上がっちゃって、俺の言い訳も苦しみも、簡単に説明できるものだ。
「……まぁ分からないと思いますけどぉ、理解しなくてもいいので~。謝罪はするから許してほしいっていうか……ごめんなさいとしか言えない……」
机に突っ伏して頭を下げる。頭が少しふらふらし始めて気持ち悪い。もっと酔って訳分かんなくなりたい。
「あの、このジンって人が貴方の理想なんですよね?」
「えー? あー、はい……」
「じゃあ僕と彼を見間違えたってことは、僕は貴方の理想ってことですか?」
「はぁー、あー……えっ?」
もうお腹に入らないのでコップの表面をなぞっていたら、急に変化球が来た。思わず顔を上げると、上機嫌そうに笑っている。
「ん、んー? まぁ近いっていうか……あー、ほらその辺にはいない容姿じゃないですか。だから間違えたっていうか……はは。でもジンとはやっぱちょっと違うかな。み、見た目より性格のが大事だし……っ」
「貴方、いじめられたいんですか」
「へっ」
書いてあったか、そこまで。もうアルコールで顔が熱くて、羞恥なんて溶け込んでいる。さっきからへらへら笑いが止まらない。
「ははっ、それはカッコいい人がやるからいいのであってー、その辺の人にやられてもムカつくだけというか……あー」
こんなに完璧な人がいるなら、自分はダメで仕方ないんだって思いたかった。ジンみたいに奇跡が沢山集まった存在じゃないとできないんだって。それがいつの間にか性癖に変わっていた。
「……そろそろ返してくださーい。そんなに見るとこないでしょ。もう弄り終わったでしょ」
「返しません。なんなら貰おうかと思ってます」
「はぁー? なんで」
「面白いから」
「……なにこいつ。変なやつ」
手を伸ばしたら、ノートを持つ手を上に伸ばした。こういう子供みたいなやりとりを強いられるのが面倒臭い。
諦めて、無理やり残っているのを飲む。そういえば前はこんな風に、喋りたくない時に飲んでたな。でも飲み終わったら注文しなくちゃいけなくて、そこで目立つのが嫌だから、氷が溶けるのをひたすら待っていた。
目の前のこいつも、あいつだって、あそこで肩組んで歌ってる奴だって、そんな経験ないんだろうな。不思議なんだろうなぁ。理解できないんだろうな。
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