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12〔宝石〕
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「なんで声をかけてきたんだろ。あれ、詐欺か? 詐欺じゃね。無理やり契約させて、払えなくなって破滅させようとしてる? 俺の将来地下闘技場ですか? それもいいかもなー。刺激はありそうだし」
いや、マジでなんで話しかけてきたんだ。よっぽど良い人? 世間知らず?
「あれ、待てこれ」
ジンの当初の設定(予定)と逆じゃね? あれは俺が金持ちのジンに近寄る貧乏人だったけど、これは金持ちが貧乏人に近づいてきたぞ。
「え、だから何? 目的は?」
ただでさえ参っているんだから、これ以上混乱させないでくれ。
一応確認してみても、通話履歴にばっちり残ってる。幻覚じゃない。
「こんな金持ちなら奢ってもらえるかもしれないから、食いにいこー! タダ飯タダ飯ー! 次期社長が奢ってくれないとかダサいー! 一銭だって持って行かないもんねー! べー!」
知るか。もう全て知るか。俺は明日高い飯を食って、満足して寝る。それだけだ。それ以降の日常なんて知らない。誰も気にするな、知らせるな。もう俺に何も考えさせるな。
「はーくそくそ。また俺の勝ちー。普段からゲームしかやってないだろうに素人なの? そのランクは見せかけのもの? 恥ずかしくないの?」
オンラインゲームで煽りまくってみたり、女の子のフリをして男性プレイヤーに付きまとった後、男だとバラしてみたり……そんなことをしても鬱憤は晴れなかった。
むしろなんて恥ずかしいことをしたのだと後悔が襲ってくる。でももう知らないんだ。俺には明日しか存在しないんだ。それ以上考えちゃいけないんだ。あー楽だなぁ。
12
どんなお店に連れて行かれるか、当日になって怖くなってきた。一応安物のスーツにアイロンを数年ぶりにかけておいたけど、そもそもぺらぺら生地じゃ追い返される?
その時は一人で、半額の惣菜買って帰るからいいもーん。
「……そういえば」
待ち合わせ前に、ふと行ってみたくなった。今日行く場所が彼のお店の近くにあるというから、例のジュエリーショップもその辺にあるはずだ。
裏道をこそこそ通ってきたけど、もちろん表通りに存在している。一歩足を踏み出してみると、ちらちらと横切る人がお店の前を見ていた。
ポスターや飾ってある商品を外からなんとなく眺めているだけで、足を止めようとはしない。
まぁそうだよな。高そうだもんな。
俺もそれに倣って外側だけ眺めていると、一人の男が中へ入っていった。
見たところ高いものを買えるような人間には見えない。俺と似た空気を感じるからだ。
「あっ……」
夕方になり、まだ明るいけど、街に一斉に光が宿った。包み込まれるようなイルミネーションに目が奪われる。
そうか、プレゼントを買いにきたのか。恐らく今が一番儲かる時だろう。
大理石のような模様の白い外観。ガラスの扉の先には、大きなシャンデリアが見える。
その下には様々な宝石達が並んでいるのだろう。さっきの人は何を買うんだろうな。指輪かもしれない。
「……っ」
多分もう二度と来ない。というか来れない。物理的にもキラキラが多すぎる。今の俺には全てが眩しすぎる。
今ならプレゼントの為に色々なお店を見て参考にしているとか言えば、買わなくても誤魔化せるかもしれない。
……最後だから、こんなところに来るのは。
息を吐いて、透明のガラスの前に立った。
ピアノの繊細な音が優しく店内を包んでいる。白い手袋を着けた女性が静かに頭を下げた。
俺みたいな冷やかしがいるから、最初から案内はしないのだろう。どうすればいいか分からなかったので、とりあえず近くのものから見始める。
雪の結晶のようなデザイン。ピンクゴールドのチェーンに繋がれていて、全体的な大きさも控えめだ。
豪華な宝石ではなく、小さな石を沢山使っている。その為か、値段も泣く程ではない。少し頑張れば買えそうな範囲。
大きな石を使ったものは店員の近くにある。多分あのゾーンは相当やばい。
それにしても、このピンクゴールドという色は綺麗だ。ジンなら金もシルバーも似合うだろう。でもこの色も絶対似合う。ちょっと柔らかい雰囲気になって……うーん、ブレスレットがいいかなぁ。細いデザインで、控えめに石が入ったやつ。それがシャツの袖からちらりと見えたら、絶対素敵だ。
「……っ、素敵だなぁ」
急に涙腺に来た。でも店員に話しかけられる方が怖い。今の俺には二万の資金しかないのだ。昨日奢り確定! とか言ってたけど、怖くなってこれだけ持ってきた。足りなかったらどうしよう。
その時は庶民を突然高級店に連れて行くほうが悪いんだ。もう知らないぞ。客に高い宝石買わせといて、割り勘なんて許さないからな!
その怒りによって、涙が引っ込んだので安心する。ちょっと早いけど、他に見るところもないし、先に待ち合わせ場所に行っておこう。
今は姿が見えないけど、ここにいたら会えるのかな。だったらそっちの方が早くないか?
でもここで彼の名前を言ったら、どんなお得意様だと警戒されそうなので、一言も話さずに店から出た。
駅前なので、どこを見てもキラキラしている。明日は休日だからか、通り過ぎる人達がなんとなく浮き足立っているように見える。来週はクリスマスにぶち当たるから、更に混雑するのだろう。
はしゃいでいる奴らも、余裕そうな大人っぽい奴らも、どいつもこいつも笑顔で去っていく。今からレストランに行くのか、デパートに行くのか。映画を見たり、家でゆっくり過ごす為に、酒やケーキなんかを買いに行くのか。
全てが遠い存在のようだった。側から見たら、一人でイルミネーションに紛れている男の方が異様に見えるだろう。人を睨んでいると警戒されて通報とかされかねないから、スマホ見てるフリをする。もうゲームもやる気ないし、メッセージだって誰からも来ない。
ぼうっとしていたら、いつの間にか数十分ぐらい経っていた。そろそろ待ち合わせの時間になる。なんとなく人混みの方を見ていると、そこだけ光っていた。
遠いのに分かる。これがオーラというやつだろうか。美しい髪が人々の間を通り抜ける。一瞬ジンが、彼に似合う大企業で働いている姿が浮かんだ。本来ならああいう風にコートを翻して、他の視線には目もくれず、革靴を颯爽と響かせて歩いていただろう。
ジンが本物だったら……人間だったらな。でも本当に人間なら、俺と交わることもなかっただろう。
結局ジンが俺を好きになってくれていたのかは分からない。でも一緒には居られたから、あれで良かったんだ。少しの間だけでも、あんなに幸せをくれたのだから。
いや、マジでなんで話しかけてきたんだ。よっぽど良い人? 世間知らず?
「あれ、待てこれ」
ジンの当初の設定(予定)と逆じゃね? あれは俺が金持ちのジンに近寄る貧乏人だったけど、これは金持ちが貧乏人に近づいてきたぞ。
「え、だから何? 目的は?」
ただでさえ参っているんだから、これ以上混乱させないでくれ。
一応確認してみても、通話履歴にばっちり残ってる。幻覚じゃない。
「こんな金持ちなら奢ってもらえるかもしれないから、食いにいこー! タダ飯タダ飯ー! 次期社長が奢ってくれないとかダサいー! 一銭だって持って行かないもんねー! べー!」
知るか。もう全て知るか。俺は明日高い飯を食って、満足して寝る。それだけだ。それ以降の日常なんて知らない。誰も気にするな、知らせるな。もう俺に何も考えさせるな。
「はーくそくそ。また俺の勝ちー。普段からゲームしかやってないだろうに素人なの? そのランクは見せかけのもの? 恥ずかしくないの?」
オンラインゲームで煽りまくってみたり、女の子のフリをして男性プレイヤーに付きまとった後、男だとバラしてみたり……そんなことをしても鬱憤は晴れなかった。
むしろなんて恥ずかしいことをしたのだと後悔が襲ってくる。でももう知らないんだ。俺には明日しか存在しないんだ。それ以上考えちゃいけないんだ。あー楽だなぁ。
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どんなお店に連れて行かれるか、当日になって怖くなってきた。一応安物のスーツにアイロンを数年ぶりにかけておいたけど、そもそもぺらぺら生地じゃ追い返される?
その時は一人で、半額の惣菜買って帰るからいいもーん。
「……そういえば」
待ち合わせ前に、ふと行ってみたくなった。今日行く場所が彼のお店の近くにあるというから、例のジュエリーショップもその辺にあるはずだ。
裏道をこそこそ通ってきたけど、もちろん表通りに存在している。一歩足を踏み出してみると、ちらちらと横切る人がお店の前を見ていた。
ポスターや飾ってある商品を外からなんとなく眺めているだけで、足を止めようとはしない。
まぁそうだよな。高そうだもんな。
俺もそれに倣って外側だけ眺めていると、一人の男が中へ入っていった。
見たところ高いものを買えるような人間には見えない。俺と似た空気を感じるからだ。
「あっ……」
夕方になり、まだ明るいけど、街に一斉に光が宿った。包み込まれるようなイルミネーションに目が奪われる。
そうか、プレゼントを買いにきたのか。恐らく今が一番儲かる時だろう。
大理石のような模様の白い外観。ガラスの扉の先には、大きなシャンデリアが見える。
その下には様々な宝石達が並んでいるのだろう。さっきの人は何を買うんだろうな。指輪かもしれない。
「……っ」
多分もう二度と来ない。というか来れない。物理的にもキラキラが多すぎる。今の俺には全てが眩しすぎる。
今ならプレゼントの為に色々なお店を見て参考にしているとか言えば、買わなくても誤魔化せるかもしれない。
……最後だから、こんなところに来るのは。
息を吐いて、透明のガラスの前に立った。
ピアノの繊細な音が優しく店内を包んでいる。白い手袋を着けた女性が静かに頭を下げた。
俺みたいな冷やかしがいるから、最初から案内はしないのだろう。どうすればいいか分からなかったので、とりあえず近くのものから見始める。
雪の結晶のようなデザイン。ピンクゴールドのチェーンに繋がれていて、全体的な大きさも控えめだ。
豪華な宝石ではなく、小さな石を沢山使っている。その為か、値段も泣く程ではない。少し頑張れば買えそうな範囲。
大きな石を使ったものは店員の近くにある。多分あのゾーンは相当やばい。
それにしても、このピンクゴールドという色は綺麗だ。ジンなら金もシルバーも似合うだろう。でもこの色も絶対似合う。ちょっと柔らかい雰囲気になって……うーん、ブレスレットがいいかなぁ。細いデザインで、控えめに石が入ったやつ。それがシャツの袖からちらりと見えたら、絶対素敵だ。
「……っ、素敵だなぁ」
急に涙腺に来た。でも店員に話しかけられる方が怖い。今の俺には二万の資金しかないのだ。昨日奢り確定! とか言ってたけど、怖くなってこれだけ持ってきた。足りなかったらどうしよう。
その時は庶民を突然高級店に連れて行くほうが悪いんだ。もう知らないぞ。客に高い宝石買わせといて、割り勘なんて許さないからな!
その怒りによって、涙が引っ込んだので安心する。ちょっと早いけど、他に見るところもないし、先に待ち合わせ場所に行っておこう。
今は姿が見えないけど、ここにいたら会えるのかな。だったらそっちの方が早くないか?
でもここで彼の名前を言ったら、どんなお得意様だと警戒されそうなので、一言も話さずに店から出た。
駅前なので、どこを見てもキラキラしている。明日は休日だからか、通り過ぎる人達がなんとなく浮き足立っているように見える。来週はクリスマスにぶち当たるから、更に混雑するのだろう。
はしゃいでいる奴らも、余裕そうな大人っぽい奴らも、どいつもこいつも笑顔で去っていく。今からレストランに行くのか、デパートに行くのか。映画を見たり、家でゆっくり過ごす為に、酒やケーキなんかを買いに行くのか。
全てが遠い存在のようだった。側から見たら、一人でイルミネーションに紛れている男の方が異様に見えるだろう。人を睨んでいると警戒されて通報とかされかねないから、スマホ見てるフリをする。もうゲームもやる気ないし、メッセージだって誰からも来ない。
ぼうっとしていたら、いつの間にか数十分ぐらい経っていた。そろそろ待ち合わせの時間になる。なんとなく人混みの方を見ていると、そこだけ光っていた。
遠いのに分かる。これがオーラというやつだろうか。美しい髪が人々の間を通り抜ける。一瞬ジンが、彼に似合う大企業で働いている姿が浮かんだ。本来ならああいう風にコートを翻して、他の視線には目もくれず、革靴を颯爽と響かせて歩いていただろう。
ジンが本物だったら……人間だったらな。でも本当に人間なら、俺と交わることもなかっただろう。
結局ジンが俺を好きになってくれていたのかは分からない。でも一緒には居られたから、あれで良かったんだ。少しの間だけでも、あんなに幸せをくれたのだから。
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