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11〔連絡〕
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滅多に鳴らない着信音が響いて、幻聴かと思った。毛布に包まれながら手探りで探して、頭が働かないままタップする。
「……は、い」
こんな寝ぼけて、声も掠れている時に電話してくる方が悪いんだ。何か簡単に終わる用であれ。
「……あ、おはようございます。良かったです。出てくれて」
「……?」
誰だ。こんな活発そうに話す人周りにいたっけ。
「僕の知らない親戚の方も調べてみたんですけどね、あまり僕のような特徴はないというか……ここ数年で長髪だった人はいないみたいなんです。顔も似ているのか微妙なところで……。でも僕の知らない間に日本に来ていて、それで髪を長くして……んー変装なのかな? 素性を隠して貴方に近づいていたということもありますしね」
「……あっ、そっか」
あの人だと、急に顔が頭に浮かんできた。正直来るとは思わなかったので驚いている。本気だったのか、あの日のこと。
「何か思い当たることありました? あれから……まだ帰ってきていませんか」
「あっ……すみません。えっと、音沙汰なしで。というかその、なんて説明したらいいか……」
「よければ写真を見に来ませんか。髪型が違っても、顔は同じでしょうから。違う姿で過ごしているのかもしれませんよ。……あ、その、色々な事情で」
もしそんなことがあったら、確実にこちらが捨てられただけの、よくある話だ。警察に言ってみたところで、あんなハイスペが恋人だとは信じてくれないだろう。鼻で笑われて終わりかもしれない。
「……あのー、色々協力してもらって本当にありがたいんですけど、実は」
彼はこの世に存在しないんです。
そう言おうとしたら、聞こえていないのか無視か、一方的に喋り出した。
「あの辺に住んでるってことは……まぁ近いかな。明日は空いてますか? 行こうと思ってたお店があって、もう予約してるんですけど、良かった貴方も来ませんか」
聞いているフリをして強引だ。こちらが強く出れないのもあって、捲し立てられてしまった。
仕方ない。こうなれば直接謝りにいこう。誰かに打ち明ければ、笑い話になるかもしれない。
「あーあ」
電話を切って、もうなんでもいいやと大の字に寝転がる。ジン帰ってきてと、部屋を徘徊するのももう疲れた。
「……」
うまくいってたはずなのに。喧嘩なんてしてないのに。どうして。
何度も考えて答えが出なかった。だから考えても無駄。人間が相手ならどうにか手を打てる。でも存在が消滅してしまったらどうすればいい。死んだとも言えない状態。やっぱり行方不明が一番感情としては近いかな。
「……寒い」
今となってはクリスマスもただの日常だ。再び毛布に潜り込み、隙間を埋めた。
スマホを開くと、シミュレーションの為に飾り付けたテーブルの写真が一番に出てくる。高いのは用意できなかったけど、一夜のパーティーにはこれぐらいが丁度いい。
他の人の飾り付けも参考にしながら、安いものでも高く見えるのを探しにいった。
写真を見ていると、頭の中で思い描いていた、幸せな一夜が再生される。
ジンの為に用意したペアグラス。表面がカットされていてね、角度を変えると、キラキラ光るんだ。
これをキャンドルの側に置くと……ね、雰囲気ばっちりでしょ?
俺でも飲めそうな、度数が低くて甘いシャンパン。俺酒なんてビールぐらいしか知らなかったし、飲まないから興味も湧かなかった。
でも、今夜は挑戦してみたいんだ。ジンにシャンパン入れちゃうよ! えへへ、ジンがホストだったら大変なことになっちゃうだろうね。皆には内緒で良かった。
えっと……そう、このチキンはお店のやつ。これは……俺が作ってみた。見た目でも楽しめるように、なんとか頑張ったけど難しすぎた。こっちのローストビーフは、まだ薔薇に見えないこともないでしょ? 初めから薄切りになってるからね。
この刺身の方が上手く切れなくて、全然花に見えなくなっちゃった。あはは、なんだろうねこれ。
ケーキは気合い入れたんだよ。だって絶対綺麗なのがいいもん。じゃじゃーん! ほら、赤いケーキなの! すっごくおしゃれ~。もうオシャンティすぎて何味かも分からなーい。
最近もやしばっか食べててダイエットか? とか聞いてたけど、これの為だったんだ。
……うん。いざデパート行ったら値段にビビっちゃって、一番小さいサイズしか買えなかったけど。でもこの控えめな感じが、二人のクリスマス感あっていいでしょ?
ふふ、キャンドルに照らされるジンは綺麗だなぁ。最高のプレゼントって感じ。あ、プレゼントと言えば……。
「はぁーーー…………」
盛大に溜息を吐く。クリスマス前に振られた人は数多くいるだろうけど、こんなにも悲惨なのか。
まだ本番前なのに、ここまで一人で盛り上がっている自分もヤバいとは思う。でもそれ以上に期待しまくった上、理由も分からず捨てられた(確定ではないけど)方も痛ましくて、自分ですらもう目を当てられない惨状だ。
花も色々買ったし、プレゼントだって一つに絞れなくて、押し入れにラッピングされた箱が並んでいる。そのどれも大して高くないのが、更に自分をグサグサ刺してきた。
ハイスペックな男を求めるくせに、自分はこんだけしか稼げなくて、相手を狭い部屋に閉じ込めて……もっと良い場所に住もうなんて軽々しく言えない。冗談にもならない。
ジンが好きそうな家具も、服も、何一つだって持っていない。
ベッドの人形を押し出す気力もなく床に丸まって、休日はスマホ見るか寝るかだけ。
「解放してあげられて良かったのかもしれない」
最後に夢を見させてくれてありがとう。
なぜ人は最後に綺麗に散りたがるのだろうか。見栄なのか、本当に穏やかな気持ちになるのか。だとしたら最後の最後の一瞬にだけ、神か仏か何かが救いを一滴落とすのかもしれない。今まで生きたご褒美として。
このあまりにも惨めでちっぽけな体に、これ以上生命活動をさせるのも嫌だ。でも死ぬのも面倒臭い。誰かどうにかして。放っておいて。
「…………」
不貞腐れて、トイレにでも行く為に立ち上がると少し冷静になる。でもまたつまらない画面を覗いていると、鬱々としてくる。でもそれ以外する気もない。
「……えっ」
なんとなく名刺を眺めて、知らない会社だったので検索してみた。
「あの人、ジュエリーショップやってんの? あ、顔似てる。この人が社長? 親が社長で、それ継ぐってこと? かー……ええですなぁ。恵まれてる人は」
容姿だってばっちりなのに、宝石に囲まれてるとか。少女漫画の世界。パピーも渋くて良い男だし。
「ロベル・ヴェストンって言うんだー。かっけー。ブランドの名前はヴェストル? あは、かっけー」
ジンに用意したアクセサリーとは二桁三桁……違う本物の宝石。もう見てておかしくなってきた。
滅多に鳴らない着信音が響いて、幻聴かと思った。毛布に包まれながら手探りで探して、頭が働かないままタップする。
「……は、い」
こんな寝ぼけて、声も掠れている時に電話してくる方が悪いんだ。何か簡単に終わる用であれ。
「……あ、おはようございます。良かったです。出てくれて」
「……?」
誰だ。こんな活発そうに話す人周りにいたっけ。
「僕の知らない親戚の方も調べてみたんですけどね、あまり僕のような特徴はないというか……ここ数年で長髪だった人はいないみたいなんです。顔も似ているのか微妙なところで……。でも僕の知らない間に日本に来ていて、それで髪を長くして……んー変装なのかな? 素性を隠して貴方に近づいていたということもありますしね」
「……あっ、そっか」
あの人だと、急に顔が頭に浮かんできた。正直来るとは思わなかったので驚いている。本気だったのか、あの日のこと。
「何か思い当たることありました? あれから……まだ帰ってきていませんか」
「あっ……すみません。えっと、音沙汰なしで。というかその、なんて説明したらいいか……」
「よければ写真を見に来ませんか。髪型が違っても、顔は同じでしょうから。違う姿で過ごしているのかもしれませんよ。……あ、その、色々な事情で」
もしそんなことがあったら、確実にこちらが捨てられただけの、よくある話だ。警察に言ってみたところで、あんなハイスペが恋人だとは信じてくれないだろう。鼻で笑われて終わりかもしれない。
「……あのー、色々協力してもらって本当にありがたいんですけど、実は」
彼はこの世に存在しないんです。
そう言おうとしたら、聞こえていないのか無視か、一方的に喋り出した。
「あの辺に住んでるってことは……まぁ近いかな。明日は空いてますか? 行こうと思ってたお店があって、もう予約してるんですけど、良かった貴方も来ませんか」
聞いているフリをして強引だ。こちらが強く出れないのもあって、捲し立てられてしまった。
仕方ない。こうなれば直接謝りにいこう。誰かに打ち明ければ、笑い話になるかもしれない。
「あーあ」
電話を切って、もうなんでもいいやと大の字に寝転がる。ジン帰ってきてと、部屋を徘徊するのももう疲れた。
「……」
うまくいってたはずなのに。喧嘩なんてしてないのに。どうして。
何度も考えて答えが出なかった。だから考えても無駄。人間が相手ならどうにか手を打てる。でも存在が消滅してしまったらどうすればいい。死んだとも言えない状態。やっぱり行方不明が一番感情としては近いかな。
「……寒い」
今となってはクリスマスもただの日常だ。再び毛布に潜り込み、隙間を埋めた。
スマホを開くと、シミュレーションの為に飾り付けたテーブルの写真が一番に出てくる。高いのは用意できなかったけど、一夜のパーティーにはこれぐらいが丁度いい。
他の人の飾り付けも参考にしながら、安いものでも高く見えるのを探しにいった。
写真を見ていると、頭の中で思い描いていた、幸せな一夜が再生される。
ジンの為に用意したペアグラス。表面がカットされていてね、角度を変えると、キラキラ光るんだ。
これをキャンドルの側に置くと……ね、雰囲気ばっちりでしょ?
俺でも飲めそうな、度数が低くて甘いシャンパン。俺酒なんてビールぐらいしか知らなかったし、飲まないから興味も湧かなかった。
でも、今夜は挑戦してみたいんだ。ジンにシャンパン入れちゃうよ! えへへ、ジンがホストだったら大変なことになっちゃうだろうね。皆には内緒で良かった。
えっと……そう、このチキンはお店のやつ。これは……俺が作ってみた。見た目でも楽しめるように、なんとか頑張ったけど難しすぎた。こっちのローストビーフは、まだ薔薇に見えないこともないでしょ? 初めから薄切りになってるからね。
この刺身の方が上手く切れなくて、全然花に見えなくなっちゃった。あはは、なんだろうねこれ。
ケーキは気合い入れたんだよ。だって絶対綺麗なのがいいもん。じゃじゃーん! ほら、赤いケーキなの! すっごくおしゃれ~。もうオシャンティすぎて何味かも分からなーい。
最近もやしばっか食べててダイエットか? とか聞いてたけど、これの為だったんだ。
……うん。いざデパート行ったら値段にビビっちゃって、一番小さいサイズしか買えなかったけど。でもこの控えめな感じが、二人のクリスマス感あっていいでしょ?
ふふ、キャンドルに照らされるジンは綺麗だなぁ。最高のプレゼントって感じ。あ、プレゼントと言えば……。
「はぁーーー…………」
盛大に溜息を吐く。クリスマス前に振られた人は数多くいるだろうけど、こんなにも悲惨なのか。
まだ本番前なのに、ここまで一人で盛り上がっている自分もヤバいとは思う。でもそれ以上に期待しまくった上、理由も分からず捨てられた(確定ではないけど)方も痛ましくて、自分ですらもう目を当てられない惨状だ。
花も色々買ったし、プレゼントだって一つに絞れなくて、押し入れにラッピングされた箱が並んでいる。そのどれも大して高くないのが、更に自分をグサグサ刺してきた。
ハイスペックな男を求めるくせに、自分はこんだけしか稼げなくて、相手を狭い部屋に閉じ込めて……もっと良い場所に住もうなんて軽々しく言えない。冗談にもならない。
ジンが好きそうな家具も、服も、何一つだって持っていない。
ベッドの人形を押し出す気力もなく床に丸まって、休日はスマホ見るか寝るかだけ。
「解放してあげられて良かったのかもしれない」
最後に夢を見させてくれてありがとう。
なぜ人は最後に綺麗に散りたがるのだろうか。見栄なのか、本当に穏やかな気持ちになるのか。だとしたら最後の最後の一瞬にだけ、神か仏か何かが救いを一滴落とすのかもしれない。今まで生きたご褒美として。
このあまりにも惨めでちっぽけな体に、これ以上生命活動をさせるのも嫌だ。でも死ぬのも面倒臭い。誰かどうにかして。放っておいて。
「…………」
不貞腐れて、トイレにでも行く為に立ち上がると少し冷静になる。でもまたつまらない画面を覗いていると、鬱々としてくる。でもそれ以外する気もない。
「……えっ」
なんとなく名刺を眺めて、知らない会社だったので検索してみた。
「あの人、ジュエリーショップやってんの? あ、顔似てる。この人が社長? 親が社長で、それ継ぐってこと? かー……ええですなぁ。恵まれてる人は」
容姿だってばっちりなのに、宝石に囲まれてるとか。少女漫画の世界。パピーも渋くて良い男だし。
「ロベル・ヴェストンって言うんだー。かっけー。ブランドの名前はヴェストル? あは、かっけー」
ジンに用意したアクセサリーとは二桁三桁……違う本物の宝石。もう見てておかしくなってきた。
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