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6〔人形〕
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丁寧にカッターを当てていく。なんだか神聖な儀式のような感じがして、姿勢を正しながらやった。
ドッドッと主張している胸を押さえて、慎重に開いた。見えたのはただの紙だ。
「なんか色々入ってるな。チラシとか」
その下はぷちぷちが覆っている。そこからうっすらと見える中も、白い緩衝材に包まれていた。まだまだ会えるまで遠いらしい。
「焦らし……焦らしなのこれぇ」
様々な壁を乗り越え、ついに残り僅かとなった。震える手で、最後の一枚を取り払う。
「……っ」
数秒間何もできずに、ただ顔を見つめていた。人間と勘違いしてしまいそうな部分から、人工的な部分まで。まつげの長さや毛の質感が、僅かに人間のとは違う。
人差し指でそっと頰に触れた。ぷにぷにと柔らかい感触をしている。
「あ、どうしよう……ちょっと怖くなってきた」
顎に滑らせた指が、骨らしき物を捉えてぞっとした。明確な理由はない。本能的に何かを感じ取っているようだ。
顔だけでこうなんだから、全身だとどうなってしまうのか。慣れるまでしばらく、このまま放置しておいたほうがいいのか。
「で、でもこのままじゃ、ずっとこのままな気がする……うぅ」
よし! と震えた声で鼓舞し、ダンボールから起こしてみた。腕の中に美しい男性がいる。ひんやりとした……美しい。
「ひ、ひぃい……やっぱり人形だ。人形なんだああ」
ずっと一緒に暮らしていくのか? いつまで? このままじゃおはようからおやすみまで、年越しからお盆まで。いっしょ! ずっと! 二十四時間!
「ごめんなさいごめんなさい……まだ僕には早うございました。まだわたくしのような半人前が扱える代物ではございませんでした。すみません。許してください。軽い気持ちで買ってしまったこと、を……」
いや、軽い気持ちではなかった。ジンを作ると決めた時、魂を売っても良いと思っていたんだ。
でもあの時は全てに絶望していたし、何もかもがどうでもいい、ある意味無敵期間だった。
あれからジンという存在によって人生に楽しみを見い出し、幸せな思考に変わってきた自分には、やっぱり早かったのかもしれない。
「ほ、ほらー。ジンのせいだぞー。買えっていうから……なぁ、どうすればいいんだよ。どこに運べばいい。ベッド? 俺寝るとこ無くなるんだけど。ていうかこれ持てるかな。何キロあんだろ」
何か下に敷くべき? 服着せる? 空中に話しかけながら、ぐっと脇の下に手を回した。
「う、ぐう……うう。でかい、重い!」
シーツの上に乗せてみる。でかい。端っこギリギリに寄せても、空いたスペースはほんのちょっとだった。まぁ凄く寝にくいけど、寝れないこともない。
そうっと添い寝をしてみる。もちろんだけど、相手は動かない。
「あ、ここも大きいな……」
手に触れて、合わせてみる。ひとまわりぐらい大きい。指を絡ませて、肩元に頭を寄せる。
「ごめん。さっきは怖いとか言っちゃって……ちょっとずつやれば慣れていくよね。多分……え、なに?」
後ろからジンが背中を突いた。透けてるから感触はないけど。
俺にはこうした、普通なら見えない仕草も分かってしまう。なぜなら、俺がジンを常に思い描いているから。
今の状態はふわふわその辺に漂っていて、気まぐれにこっちに近づいてくる。
「キッ……! いやいや待って。いきなりそんな、今は手だけでも結構限界なんだからね? 開封作業で疲れたしさー」
なんかこう二人に囲まれてると、間男みたいだな。一気に良い男二人を捕まえちゃったハンターになってるよ。
ジンはやれと命令してくる。彼の立場では複雑じゃないのだろうか。ジンって嫉妬とかしてくれたりするの?
「あーこれアイマスクで隠すのもったいないなぁ。まつげが潰れたりしたら嫌だし、目も綺麗だから見ていたいし。まぁジンの色とは違うってのがアレだけど。ウィッグもサイズ合わないかもなぁ。まぁあれはあれで別に使うか」
唇を指でそっとさわさわする。ちゃんとシワまで入っていて、少し開くと真っ白な歯が見える。
「これ中どうなってんだろ。舌もあるのかな。口開くの? 開いて舌なかったら、それはそれで怖いね。わ、分かったって! そんなに睨まないでよ」
時間稼ぎしてるのがバレたらしい。ぬっと俺と人形の間に浮いて、静かに見つめてくる。冷たい目で。
「なんか意識すると恥ずかしいよ……」
ぎゅっと目を閉じて、くっつけた。そこから飛ぶように一瞬で離れる。この冷たくぶよぶよとした感触は……。
似ているものがあった。さぁっと熱が冷めていって、一度ベッドから降りる。久しぶりに虚しくなってしまった。なにやってるんだろう感が襲ってくる。
「大丈夫、死体みたいだとか思ってない。愛する男と結ばれなかったから殺して、家に連れてきて、恋人ごっこしてるサイコな感じとか想像してないから! 怖くないから!」
でもこれをジンとは思えないことは確かだ。どうすればいい? と問いかける。
「とりあえず仲良くなること? なにそれ。慣れろ、全身に触りまくれって……まぁやるけどさぁ。そ、そのうち……今日は許して」
すっとジンは消えていった。
「あ、寝返り打てないじゃん」
ドッドッと主張している胸を押さえて、慎重に開いた。見えたのはただの紙だ。
「なんか色々入ってるな。チラシとか」
その下はぷちぷちが覆っている。そこからうっすらと見える中も、白い緩衝材に包まれていた。まだまだ会えるまで遠いらしい。
「焦らし……焦らしなのこれぇ」
様々な壁を乗り越え、ついに残り僅かとなった。震える手で、最後の一枚を取り払う。
「……っ」
数秒間何もできずに、ただ顔を見つめていた。人間と勘違いしてしまいそうな部分から、人工的な部分まで。まつげの長さや毛の質感が、僅かに人間のとは違う。
人差し指でそっと頰に触れた。ぷにぷにと柔らかい感触をしている。
「あ、どうしよう……ちょっと怖くなってきた」
顎に滑らせた指が、骨らしき物を捉えてぞっとした。明確な理由はない。本能的に何かを感じ取っているようだ。
顔だけでこうなんだから、全身だとどうなってしまうのか。慣れるまでしばらく、このまま放置しておいたほうがいいのか。
「で、でもこのままじゃ、ずっとこのままな気がする……うぅ」
よし! と震えた声で鼓舞し、ダンボールから起こしてみた。腕の中に美しい男性がいる。ひんやりとした……美しい。
「ひ、ひぃい……やっぱり人形だ。人形なんだああ」
ずっと一緒に暮らしていくのか? いつまで? このままじゃおはようからおやすみまで、年越しからお盆まで。いっしょ! ずっと! 二十四時間!
「ごめんなさいごめんなさい……まだ僕には早うございました。まだわたくしのような半人前が扱える代物ではございませんでした。すみません。許してください。軽い気持ちで買ってしまったこと、を……」
いや、軽い気持ちではなかった。ジンを作ると決めた時、魂を売っても良いと思っていたんだ。
でもあの時は全てに絶望していたし、何もかもがどうでもいい、ある意味無敵期間だった。
あれからジンという存在によって人生に楽しみを見い出し、幸せな思考に変わってきた自分には、やっぱり早かったのかもしれない。
「ほ、ほらー。ジンのせいだぞー。買えっていうから……なぁ、どうすればいいんだよ。どこに運べばいい。ベッド? 俺寝るとこ無くなるんだけど。ていうかこれ持てるかな。何キロあんだろ」
何か下に敷くべき? 服着せる? 空中に話しかけながら、ぐっと脇の下に手を回した。
「う、ぐう……うう。でかい、重い!」
シーツの上に乗せてみる。でかい。端っこギリギリに寄せても、空いたスペースはほんのちょっとだった。まぁ凄く寝にくいけど、寝れないこともない。
そうっと添い寝をしてみる。もちろんだけど、相手は動かない。
「あ、ここも大きいな……」
手に触れて、合わせてみる。ひとまわりぐらい大きい。指を絡ませて、肩元に頭を寄せる。
「ごめん。さっきは怖いとか言っちゃって……ちょっとずつやれば慣れていくよね。多分……え、なに?」
後ろからジンが背中を突いた。透けてるから感触はないけど。
俺にはこうした、普通なら見えない仕草も分かってしまう。なぜなら、俺がジンを常に思い描いているから。
今の状態はふわふわその辺に漂っていて、気まぐれにこっちに近づいてくる。
「キッ……! いやいや待って。いきなりそんな、今は手だけでも結構限界なんだからね? 開封作業で疲れたしさー」
なんかこう二人に囲まれてると、間男みたいだな。一気に良い男二人を捕まえちゃったハンターになってるよ。
ジンはやれと命令してくる。彼の立場では複雑じゃないのだろうか。ジンって嫉妬とかしてくれたりするの?
「あーこれアイマスクで隠すのもったいないなぁ。まつげが潰れたりしたら嫌だし、目も綺麗だから見ていたいし。まぁジンの色とは違うってのがアレだけど。ウィッグもサイズ合わないかもなぁ。まぁあれはあれで別に使うか」
唇を指でそっとさわさわする。ちゃんとシワまで入っていて、少し開くと真っ白な歯が見える。
「これ中どうなってんだろ。舌もあるのかな。口開くの? 開いて舌なかったら、それはそれで怖いね。わ、分かったって! そんなに睨まないでよ」
時間稼ぎしてるのがバレたらしい。ぬっと俺と人形の間に浮いて、静かに見つめてくる。冷たい目で。
「なんか意識すると恥ずかしいよ……」
ぎゅっと目を閉じて、くっつけた。そこから飛ぶように一瞬で離れる。この冷たくぶよぶよとした感触は……。
似ているものがあった。さぁっと熱が冷めていって、一度ベッドから降りる。久しぶりに虚しくなってしまった。なにやってるんだろう感が襲ってくる。
「大丈夫、死体みたいだとか思ってない。愛する男と結ばれなかったから殺して、家に連れてきて、恋人ごっこしてるサイコな感じとか想像してないから! 怖くないから!」
でもこれをジンとは思えないことは確かだ。どうすればいい? と問いかける。
「とりあえず仲良くなること? なにそれ。慣れろ、全身に触りまくれって……まぁやるけどさぁ。そ、そのうち……今日は許して」
すっとジンは消えていった。
「あ、寝返り打てないじゃん」
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