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【4、?】
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ぽつぽつと水が当たる音がする。袖が濡れているのを見て、思わず溜め息を吐いた。ずっと傘を持っているのも億劫だし、気がつくとあちこちが濡れているのも気に入らない。
だけど雨の音が大きくて、人の気配をあまり感じないのだけは良い点だった。からっからに晴れた日よりは生きやすい。
なんとなくもやもやとしたものを抱えながら、ただ歩いた。雨のせいか、それとも……。
星占いの結果が最下位だとか、なかなか自販機に札が入らないとか、そんなちょっとした嫌な感じが、今日はずっとつきまとっていた。
それでも家までつくとほっとして、扉を開ける。いつものように「ただいま」と言おうとしたところで、いつもの日常じゃないことに気がついた。
誰かいる。あいつ以外の気配がした。ここに俺たち以外の誰かを呼んだことはないし、そうなった時は相談ぐらいしてくれるだろう。賑やかさ的には三人以上いそうだ。
意を決してリビングの扉を開ける。何度かまばたきを繰り返した。自分の瞳が映していたものは、あまりに現実離れしていたからだ。そのとき繰り広げられていたものを、自分の頭で理解することは不可能だった。
「あっ、こうたんだ! おかえりぃ~」
「お帰り、光太郎。今日は早く帰れたんだな」
「……お帰り、なさい」
「お、おかえ……っあ! 待て今、動くな……っ」
「何言ってんの。お前ここ、好きなんでしょ」
「ああっ……!」
「むむぅ? こうたぁーん。ぼぉーっとして、どうしたの」
「雨に濡れてしまったか? 風邪ひくといけないから、早く着替えた方がいいな」
勢いよくこちらに来ると、後ろに回って腰に抱きついてきた。その横からゆっくりと歩き、軽く頭を撫でられる。
「お疲れ様。そろそろご飯用意しようか」
目線の先では一見プロレス技のように体を交わらせながら、縛っていた赤い紐を引っ張った。
「っあ……ばかっ! やばいって、も……っ」
「そんな言葉遣いして良いなんて、教えてないよね?」
体にはくっきり跡が残るぐらい締め上げているのに、更に力任せに引っ張る。
「……ふぁあっ! だっ、ああっ!」
「ほら、ちゃんと言いなよ」
「きも、ち……っい、です……から……ぁ」
俺の頭はおかしくなってしまったんだろうか。いや、前からおかしかったのかもしれない。それにしたってこんなの……一体どう処理しろというんだ。
「ねぇねぇこうたーん? だいじょぶ?」
「顔色が悪いな、心配だ」
「光太郎……後でいつもの作ってあげるね」
「えっと、こないだの薬……あれ効くって」
「……お前ら何でここにいる」
やっと出た一言は震えていた。全員が同じきょとんとした顔になる。
「なんでって……どういうことぉ?」
もしかして自分は浮気をしていたのだろうか。だとしたらこれは修羅場というやつ……にしては空気がおかしいだろう。誰も相手を傷つけようとはしていない。寧ろお互いが友達以上の、恋人のような親しい間柄に見える。
「光太郎、とりあえず座ったら? なんで突っ立ってるの」
「こうたんの上着ぃ、お預かりしまーす」
「貸せ、ここにかけておく」
「うん、ありがとぉ~」
一つだけ仮説を立ててみよう。俺が気づかない間に(というのもあり得ないが)、四人と関係を持っていたとする。その場合、復讐の為にわざと仲の良いフリをして、後で俺を殺したり……。
「何か飲む?」
「あーそれならさ……、えっとこないだネットで買ったのが」
「わーいっ! それ僕も飲むぅ!」
「じゃあ全員分のコップ出しておくよ」
全員が我が物顔で、ここに居座っている。本当にいつも通り。ただおかしいのは人数だけで、あとは何も変わらない。
「お前、達……知り合いだった、のか?」
「こうたんってば……もーどうしたの? さっきから。僕たちなら前からここに住んでるじゃない」
何を今更という顔で見つめ返された。
「これは重症かもね。明日は休んだら」
「お、俺も……それがいいと思う」
「熱はないようだが」
咄嗟に部屋を飛び出す。寝室に入って、布団を頭から被った。心臓がばくばくと動き出している。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……こんなの有り得ないっ」
だって俺たちはいつも二人きりで……二人だけの世界で、お互いしかいなくて。なのに……なのに……。
「なんで……」
コンコンとノックの音で、体がびくっと跳ねた。
「こうたぁーん……大丈夫?」
そう心配するように紡がれた言葉は、まるっきり今までと同じように聞こえる。
「……入るよぉ?」
控えめに開けられた扉から小さな手が見えた。少し泣きそうな表情を浮かべて、こちらに近寄る。意識はしていないが、怖い顔をしてしまっていたのかもしれない。少し傷ついた顔で隣に座った。
「こうたん……」
「……っ」
「なんで、僕から逃げるの。僕のこと嫌いになっちゃったの……?」
「……いくつか、質問していいか」
そう答えると、表情はいつものように戻った。
「うん! なぁに?」
「ここは何人で住んでる」
「んっと~、僕と……こうたんと、いちにーさん、五人だね。えへへ、変な質問」
「じゃあ……お前の恋人は何人だ」
「……ふぇ?」
聞いちゃいけないことだったかもしれない。黙り込んでしまった。しばらく待ってみると、いきなり腕に飛びついてきた。
「だからみんなも好きだけどぉ……一番はこうたんだって言ったでしょ」
「……ら」
「えっ?」
「いつから、付き合ってる」
「こうたん……やっぱり変だよぉ」
変なのはお前たちだという言葉も、自信がなくて飲み込む。本当におかしいのは俺なのか? 俺だけが異質なのか?
「いつからなんて忘れちゃったよぉ……だってこうたん記念日とか面倒くさがるでしょお」
「……っ!」
おかしい。記念日が嫌いだと話したのはアイツにだけだ。いやでも確かに面倒だから、気にしなくていいとは全員に伝えた気も……いやそんなのあり得ない。どうやって同じ時間に一人一人と会える? 毎日一緒に寝て、起きて……過ごしていたはずだ。
「ねぇ……光太郎。何をそんなに考えてるのかは分からないけどさ、それってそんなに重要なことなのかな」
「えっ……」
「考えなくて良いことまで考えてたら疲れちゃうよ~。ね、それにまだお帰りなさいのちゅー……してないし」
「……っ」
その動きで全身や頭の中までも溶けていくように痺れて……やがて、消えた。
正常な意識なんて初めから無かったのかもしれない。
「ふふ、光太郎まだ足りないって顔してる」
「こうたんってばぁー、元気ぃー」
「っあ、あ……っはぁ」
「はぁ……もっと欲しい……っこれ、早くくれよ……」
「そろそろこっちも欲しくなってきたんじゃないか?」
でも、もうこれでいいかなって……これが正解なんじゃないかって。
正しいなんて、そんなの誰が決めたんだ。ただただ溺れるように快楽の中で生きれたら、それで死ねたら……それが一番良い気がした。
なぁ、お前たちは俺の恋人だよな……?
だけど雨の音が大きくて、人の気配をあまり感じないのだけは良い点だった。からっからに晴れた日よりは生きやすい。
なんとなくもやもやとしたものを抱えながら、ただ歩いた。雨のせいか、それとも……。
星占いの結果が最下位だとか、なかなか自販機に札が入らないとか、そんなちょっとした嫌な感じが、今日はずっとつきまとっていた。
それでも家までつくとほっとして、扉を開ける。いつものように「ただいま」と言おうとしたところで、いつもの日常じゃないことに気がついた。
誰かいる。あいつ以外の気配がした。ここに俺たち以外の誰かを呼んだことはないし、そうなった時は相談ぐらいしてくれるだろう。賑やかさ的には三人以上いそうだ。
意を決してリビングの扉を開ける。何度かまばたきを繰り返した。自分の瞳が映していたものは、あまりに現実離れしていたからだ。そのとき繰り広げられていたものを、自分の頭で理解することは不可能だった。
「あっ、こうたんだ! おかえりぃ~」
「お帰り、光太郎。今日は早く帰れたんだな」
「……お帰り、なさい」
「お、おかえ……っあ! 待て今、動くな……っ」
「何言ってんの。お前ここ、好きなんでしょ」
「ああっ……!」
「むむぅ? こうたぁーん。ぼぉーっとして、どうしたの」
「雨に濡れてしまったか? 風邪ひくといけないから、早く着替えた方がいいな」
勢いよくこちらに来ると、後ろに回って腰に抱きついてきた。その横からゆっくりと歩き、軽く頭を撫でられる。
「お疲れ様。そろそろご飯用意しようか」
目線の先では一見プロレス技のように体を交わらせながら、縛っていた赤い紐を引っ張った。
「っあ……ばかっ! やばいって、も……っ」
「そんな言葉遣いして良いなんて、教えてないよね?」
体にはくっきり跡が残るぐらい締め上げているのに、更に力任せに引っ張る。
「……ふぁあっ! だっ、ああっ!」
「ほら、ちゃんと言いなよ」
「きも、ち……っい、です……から……ぁ」
俺の頭はおかしくなってしまったんだろうか。いや、前からおかしかったのかもしれない。それにしたってこんなの……一体どう処理しろというんだ。
「ねぇねぇこうたーん? だいじょぶ?」
「顔色が悪いな、心配だ」
「光太郎……後でいつもの作ってあげるね」
「えっと、こないだの薬……あれ効くって」
「……お前ら何でここにいる」
やっと出た一言は震えていた。全員が同じきょとんとした顔になる。
「なんでって……どういうことぉ?」
もしかして自分は浮気をしていたのだろうか。だとしたらこれは修羅場というやつ……にしては空気がおかしいだろう。誰も相手を傷つけようとはしていない。寧ろお互いが友達以上の、恋人のような親しい間柄に見える。
「光太郎、とりあえず座ったら? なんで突っ立ってるの」
「こうたんの上着ぃ、お預かりしまーす」
「貸せ、ここにかけておく」
「うん、ありがとぉ~」
一つだけ仮説を立ててみよう。俺が気づかない間に(というのもあり得ないが)、四人と関係を持っていたとする。その場合、復讐の為にわざと仲の良いフリをして、後で俺を殺したり……。
「何か飲む?」
「あーそれならさ……、えっとこないだネットで買ったのが」
「わーいっ! それ僕も飲むぅ!」
「じゃあ全員分のコップ出しておくよ」
全員が我が物顔で、ここに居座っている。本当にいつも通り。ただおかしいのは人数だけで、あとは何も変わらない。
「お前、達……知り合いだった、のか?」
「こうたんってば……もーどうしたの? さっきから。僕たちなら前からここに住んでるじゃない」
何を今更という顔で見つめ返された。
「これは重症かもね。明日は休んだら」
「お、俺も……それがいいと思う」
「熱はないようだが」
咄嗟に部屋を飛び出す。寝室に入って、布団を頭から被った。心臓がばくばくと動き出している。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……こんなの有り得ないっ」
だって俺たちはいつも二人きりで……二人だけの世界で、お互いしかいなくて。なのに……なのに……。
「なんで……」
コンコンとノックの音で、体がびくっと跳ねた。
「こうたぁーん……大丈夫?」
そう心配するように紡がれた言葉は、まるっきり今までと同じように聞こえる。
「……入るよぉ?」
控えめに開けられた扉から小さな手が見えた。少し泣きそうな表情を浮かべて、こちらに近寄る。意識はしていないが、怖い顔をしてしまっていたのかもしれない。少し傷ついた顔で隣に座った。
「こうたん……」
「……っ」
「なんで、僕から逃げるの。僕のこと嫌いになっちゃったの……?」
「……いくつか、質問していいか」
そう答えると、表情はいつものように戻った。
「うん! なぁに?」
「ここは何人で住んでる」
「んっと~、僕と……こうたんと、いちにーさん、五人だね。えへへ、変な質問」
「じゃあ……お前の恋人は何人だ」
「……ふぇ?」
聞いちゃいけないことだったかもしれない。黙り込んでしまった。しばらく待ってみると、いきなり腕に飛びついてきた。
「だからみんなも好きだけどぉ……一番はこうたんだって言ったでしょ」
「……ら」
「えっ?」
「いつから、付き合ってる」
「こうたん……やっぱり変だよぉ」
変なのはお前たちだという言葉も、自信がなくて飲み込む。本当におかしいのは俺なのか? 俺だけが異質なのか?
「いつからなんて忘れちゃったよぉ……だってこうたん記念日とか面倒くさがるでしょお」
「……っ!」
おかしい。記念日が嫌いだと話したのはアイツにだけだ。いやでも確かに面倒だから、気にしなくていいとは全員に伝えた気も……いやそんなのあり得ない。どうやって同じ時間に一人一人と会える? 毎日一緒に寝て、起きて……過ごしていたはずだ。
「ねぇ……光太郎。何をそんなに考えてるのかは分からないけどさ、それってそんなに重要なことなのかな」
「えっ……」
「考えなくて良いことまで考えてたら疲れちゃうよ~。ね、それにまだお帰りなさいのちゅー……してないし」
「……っ」
その動きで全身や頭の中までも溶けていくように痺れて……やがて、消えた。
正常な意識なんて初めから無かったのかもしれない。
「ふふ、光太郎まだ足りないって顔してる」
「こうたんってばぁー、元気ぃー」
「っあ、あ……っはぁ」
「はぁ……もっと欲しい……っこれ、早くくれよ……」
「そろそろこっちも欲しくなってきたんじゃないか?」
でも、もうこれでいいかなって……これが正解なんじゃないかって。
正しいなんて、そんなの誰が決めたんだ。ただただ溺れるように快楽の中で生きれたら、それで死ねたら……それが一番良い気がした。
なぁ、お前たちは俺の恋人だよな……?
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