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40〈兄〉

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相変わらず殺風景な部屋に座り込んだ彼の肩に、手を乗せた。
「大丈夫? 宗介くん……」
「……まさ、と」
顔を手で覆ってしまった。話しかけるより待ったほうがいいかなと、背中をトントンしながら部屋を見回す。
「……はぁ」
そこにあった表情は泣いているのでも、怒っているのでもなかった。呆れたような、疲れたような顔。
「なんで、いきなりこんなことになるかなぁ……」
はぁと溜め息をついて、髪の毛をちょっと引っ張った。
「正人のこと待ってたら外からうるさい声が響いてさ、何か嫌な予感がしたんだけど、まぁすぐ立ち去るだろうって無視してたら……ああ、あの虫が出てくるよりタチ悪いね。一気に疲れた」
「お、お疲れ様……」
「意味分かんない……なんであいつまで。しかも本当、ああ、帰ってくるなんて聞いてない。嘘でしょ……最悪」
苦虫、まるで例の虫がいるかのように顔をしかめている。なんて言ったらいいのか探している間に、コンコンと扉が叩かれた。
二人で顔を見合せ、宗介くんは扉から目を逸らしてしまった。僕は背筋を伸ばして、扉の方を見つめる。

「……入ってもいい?」
返事を待たずに扉から半身を潜り込ませて、そのまま背を壁につけた。腕を組んでニコニコしている。
「そんなに無視されたら悲しいんだけど? 前はもっと仲良かったじゃん俺達……あれ、そんなことなかったっけ」
「……っ」
「まぁ宗介が何も言わないってならこっちから言うけどさ、勘違いしてると思うよ? 父さんだって一緒に向こうに行くかって聞いたし、母さんがこっちの学校に受かったならここでいいんじゃないって……宗介は聞いてなかったのかな」
余裕そうな態度と、今にも消えてしまいそうな彼が対照的だ。無言の中で、絞り出すように宗介くんが声を出した。
「……もう、放っておいて」
「そこの彼と仲良くしていたいならいいけど、一方的に恨むのは疲れるからやめたらどう。彼だって他の家族の事情に巻き込まれて迷惑でしょ。とりあえず後一週間ぐらいはここにいるから、何か言いたいならそれまでに来たらいいよ。……次がいつになるかは分からないからね」
ぱたりと扉が閉まった。ぎこちなく左に目を動かすと、眉間にシワを寄せている。目を閉じて、手を握ってきた。
「はぁ……ごめんね正人」
こっちのお腹に腕を回して、扉の方を見た。
「……僕はあいつが苦手っていうか、生理的に無理。典型的な兄貴の方が優秀ってタイプだったんだ。小さい頃、僕はあれを追いかけて真似をした。けどダメだった。同じ食事をして、同じような生活を送ったのに、敵わなかったんだ。それをあいつもよく分かっていた。だから見えないところでいつも言われてた。諦めろって。そうした方が楽になるからって……」
僕は後ろに振り向いた。視線が合うと、泣きそうな顔で笑う。

「兄貴を憎んだり、嫉妬したりっていうんじゃなくて、怖かったんだ。僕にとって底知れない恐怖の対象だった。こんなに近しい人のはずなのに、あっちが考えてることを理解できない。同じようにはできないって分かったから、少しずつ諦めていったんだけど……本当は諦めきれてなかったんだ。もしかしたらいつかって。でも勝てないのに勉強しても、つまらないのに友人を作ってもって、思い始めたら止まらなくて……バランスがぐちゃぐちゃになった。第一志望の願書を破って、適当な学校に行った。今思えば……それは無駄じゃなかったね。正人と先輩に会えたから」
その細い体に抱きついた。ぎゅうと力を入れて名前を呼ぶ。
「僕たちみたいな関係は、人生の中であるかないかぐらいだと思うんだよ。他の場所じゃこんな出会いなかった……でもちょっと恥ずかしいな。この場所で正人に泣きついたのに、両親も兄貴も想像の中の態度とか物言いじゃ無くなってて、なんだか化かされたみたい」
「恥ずかしいことなんてないよ……宗介くんはあの時だって沢山悩んでた。苦しんでたのは嘘じゃないよ。僕は、それを知ってる」
いつもより体温が高い気がした。触れる手も、くっついている胸元も。
「……ありがとう」
好きだよと耳元で囁かれた。なんだかそれが今までの、全ての答えのような気がした。

顔を洗った宗介くんは僕を横に連れたまま、母親に向き合った。また来ますとはっきりした口調で言い放ち、家を出る。
振り返るとその場所は相変わらず大きくて、誰も触れてこなかったような綺麗さは残っている。けど車もあるし、電気もついているからか、あの時の寂しさはなくなったように思う。

先輩さんと合流して初めは恥ずかしそうに、居た堪れないように報告していたけど、あちらがなんて事のないように笑うので、宗介くんも憑き物が取れたみたいだった。
それから先輩さんも「ここに来なかったらお前らとは会えてなかったな」なんて同じようなことを言うので、二人で顔を合わせて笑ってしまった。
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