40 / 42
40〈兄〉
しおりを挟む
相変わらず殺風景な部屋に座り込んだ彼の肩に、手を乗せた。
「大丈夫? 宗介くん……」
「……まさ、と」
顔を手で覆ってしまった。話しかけるより待ったほうがいいかなと、背中をトントンしながら部屋を見回す。
「……はぁ」
そこにあった表情は泣いているのでも、怒っているのでもなかった。呆れたような、疲れたような顔。
「なんで、いきなりこんなことになるかなぁ……」
はぁと溜め息をついて、髪の毛をちょっと引っ張った。
「正人のこと待ってたら外からうるさい声が響いてさ、何か嫌な予感がしたんだけど、まぁすぐ立ち去るだろうって無視してたら……ああ、あの虫が出てくるよりタチ悪いね。一気に疲れた」
「お、お疲れ様……」
「意味分かんない……なんであいつまで。しかも本当、ああ、帰ってくるなんて聞いてない。嘘でしょ……最悪」
苦虫、まるで例の虫がいるかのように顔をしかめている。なんて言ったらいいのか探している間に、コンコンと扉が叩かれた。
二人で顔を見合せ、宗介くんは扉から目を逸らしてしまった。僕は背筋を伸ばして、扉の方を見つめる。
「……入ってもいい?」
返事を待たずに扉から半身を潜り込ませて、そのまま背を壁につけた。腕を組んでニコニコしている。
「そんなに無視されたら悲しいんだけど? 前はもっと仲良かったじゃん俺達……あれ、そんなことなかったっけ」
「……っ」
「まぁ宗介が何も言わないってならこっちから言うけどさ、勘違いしてると思うよ? 父さんだって一緒に向こうに行くかって聞いたし、母さんがこっちの学校に受かったならここでいいんじゃないって……宗介は聞いてなかったのかな」
余裕そうな態度と、今にも消えてしまいそうな彼が対照的だ。無言の中で、絞り出すように宗介くんが声を出した。
「……もう、放っておいて」
「そこの彼と仲良くしていたいならいいけど、一方的に恨むのは疲れるからやめたらどう。彼だって他の家族の事情に巻き込まれて迷惑でしょ。とりあえず後一週間ぐらいはここにいるから、何か言いたいならそれまでに来たらいいよ。……次がいつになるかは分からないからね」
ぱたりと扉が閉まった。ぎこちなく左に目を動かすと、眉間にシワを寄せている。目を閉じて、手を握ってきた。
「はぁ……ごめんね正人」
こっちのお腹に腕を回して、扉の方を見た。
「……僕はあいつが苦手っていうか、生理的に無理。典型的な兄貴の方が優秀ってタイプだったんだ。小さい頃、僕はあれを追いかけて真似をした。けどダメだった。同じ食事をして、同じような生活を送ったのに、敵わなかったんだ。それをあいつもよく分かっていた。だから見えないところでいつも言われてた。諦めろって。そうした方が楽になるからって……」
僕は後ろに振り向いた。視線が合うと、泣きそうな顔で笑う。
「兄貴を憎んだり、嫉妬したりっていうんじゃなくて、怖かったんだ。僕にとって底知れない恐怖の対象だった。こんなに近しい人のはずなのに、あっちが考えてることを理解できない。同じようにはできないって分かったから、少しずつ諦めていったんだけど……本当は諦めきれてなかったんだ。もしかしたらいつかって。でも勝てないのに勉強しても、つまらないのに友人を作ってもって、思い始めたら止まらなくて……バランスがぐちゃぐちゃになった。第一志望の願書を破って、適当な学校に行った。今思えば……それは無駄じゃなかったね。正人と先輩に会えたから」
その細い体に抱きついた。ぎゅうと力を入れて名前を呼ぶ。
「僕たちみたいな関係は、人生の中であるかないかぐらいだと思うんだよ。他の場所じゃこんな出会いなかった……でもちょっと恥ずかしいな。この場所で正人に泣きついたのに、両親も兄貴も想像の中の態度とか物言いじゃ無くなってて、なんだか化かされたみたい」
「恥ずかしいことなんてないよ……宗介くんはあの時だって沢山悩んでた。苦しんでたのは嘘じゃないよ。僕は、それを知ってる」
いつもより体温が高い気がした。触れる手も、くっついている胸元も。
「……ありがとう」
好きだよと耳元で囁かれた。なんだかそれが今までの、全ての答えのような気がした。
顔を洗った宗介くんは僕を横に連れたまま、母親に向き合った。また来ますとはっきりした口調で言い放ち、家を出る。
振り返るとその場所は相変わらず大きくて、誰も触れてこなかったような綺麗さは残っている。けど車もあるし、電気もついているからか、あの時の寂しさはなくなったように思う。
先輩さんと合流して初めは恥ずかしそうに、居た堪れないように報告していたけど、あちらがなんて事のないように笑うので、宗介くんも憑き物が取れたみたいだった。
それから先輩さんも「ここに来なかったらお前らとは会えてなかったな」なんて同じようなことを言うので、二人で顔を合わせて笑ってしまった。
「大丈夫? 宗介くん……」
「……まさ、と」
顔を手で覆ってしまった。話しかけるより待ったほうがいいかなと、背中をトントンしながら部屋を見回す。
「……はぁ」
そこにあった表情は泣いているのでも、怒っているのでもなかった。呆れたような、疲れたような顔。
「なんで、いきなりこんなことになるかなぁ……」
はぁと溜め息をついて、髪の毛をちょっと引っ張った。
「正人のこと待ってたら外からうるさい声が響いてさ、何か嫌な予感がしたんだけど、まぁすぐ立ち去るだろうって無視してたら……ああ、あの虫が出てくるよりタチ悪いね。一気に疲れた」
「お、お疲れ様……」
「意味分かんない……なんであいつまで。しかも本当、ああ、帰ってくるなんて聞いてない。嘘でしょ……最悪」
苦虫、まるで例の虫がいるかのように顔をしかめている。なんて言ったらいいのか探している間に、コンコンと扉が叩かれた。
二人で顔を見合せ、宗介くんは扉から目を逸らしてしまった。僕は背筋を伸ばして、扉の方を見つめる。
「……入ってもいい?」
返事を待たずに扉から半身を潜り込ませて、そのまま背を壁につけた。腕を組んでニコニコしている。
「そんなに無視されたら悲しいんだけど? 前はもっと仲良かったじゃん俺達……あれ、そんなことなかったっけ」
「……っ」
「まぁ宗介が何も言わないってならこっちから言うけどさ、勘違いしてると思うよ? 父さんだって一緒に向こうに行くかって聞いたし、母さんがこっちの学校に受かったならここでいいんじゃないって……宗介は聞いてなかったのかな」
余裕そうな態度と、今にも消えてしまいそうな彼が対照的だ。無言の中で、絞り出すように宗介くんが声を出した。
「……もう、放っておいて」
「そこの彼と仲良くしていたいならいいけど、一方的に恨むのは疲れるからやめたらどう。彼だって他の家族の事情に巻き込まれて迷惑でしょ。とりあえず後一週間ぐらいはここにいるから、何か言いたいならそれまでに来たらいいよ。……次がいつになるかは分からないからね」
ぱたりと扉が閉まった。ぎこちなく左に目を動かすと、眉間にシワを寄せている。目を閉じて、手を握ってきた。
「はぁ……ごめんね正人」
こっちのお腹に腕を回して、扉の方を見た。
「……僕はあいつが苦手っていうか、生理的に無理。典型的な兄貴の方が優秀ってタイプだったんだ。小さい頃、僕はあれを追いかけて真似をした。けどダメだった。同じ食事をして、同じような生活を送ったのに、敵わなかったんだ。それをあいつもよく分かっていた。だから見えないところでいつも言われてた。諦めろって。そうした方が楽になるからって……」
僕は後ろに振り向いた。視線が合うと、泣きそうな顔で笑う。
「兄貴を憎んだり、嫉妬したりっていうんじゃなくて、怖かったんだ。僕にとって底知れない恐怖の対象だった。こんなに近しい人のはずなのに、あっちが考えてることを理解できない。同じようにはできないって分かったから、少しずつ諦めていったんだけど……本当は諦めきれてなかったんだ。もしかしたらいつかって。でも勝てないのに勉強しても、つまらないのに友人を作ってもって、思い始めたら止まらなくて……バランスがぐちゃぐちゃになった。第一志望の願書を破って、適当な学校に行った。今思えば……それは無駄じゃなかったね。正人と先輩に会えたから」
その細い体に抱きついた。ぎゅうと力を入れて名前を呼ぶ。
「僕たちみたいな関係は、人生の中であるかないかぐらいだと思うんだよ。他の場所じゃこんな出会いなかった……でもちょっと恥ずかしいな。この場所で正人に泣きついたのに、両親も兄貴も想像の中の態度とか物言いじゃ無くなってて、なんだか化かされたみたい」
「恥ずかしいことなんてないよ……宗介くんはあの時だって沢山悩んでた。苦しんでたのは嘘じゃないよ。僕は、それを知ってる」
いつもより体温が高い気がした。触れる手も、くっついている胸元も。
「……ありがとう」
好きだよと耳元で囁かれた。なんだかそれが今までの、全ての答えのような気がした。
顔を洗った宗介くんは僕を横に連れたまま、母親に向き合った。また来ますとはっきりした口調で言い放ち、家を出る。
振り返るとその場所は相変わらず大きくて、誰も触れてこなかったような綺麗さは残っている。けど車もあるし、電気もついているからか、あの時の寂しさはなくなったように思う。
先輩さんと合流して初めは恥ずかしそうに、居た堪れないように報告していたけど、あちらがなんて事のないように笑うので、宗介くんも憑き物が取れたみたいだった。
それから先輩さんも「ここに来なかったらお前らとは会えてなかったな」なんて同じようなことを言うので、二人で顔を合わせて笑ってしまった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
台風の目はどこだ
あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。
政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。
そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。
✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台
✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました)
✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様
✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様
✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様
✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様
✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。
✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
キミの次に愛してる
Motoki
BL
社会人×高校生。
たった1人の家族である姉の由美を亡くした浩次は、姉の結婚相手、裕文と同居を続けている。
裕文の世話になり続ける事に遠慮する浩次は、大学受験を諦めて就職しようとするが……。
姉への愛と義兄への想いに悩む、ちょっぴり切ないほのぼのBL。
浮気性のクズ【完結】
REN
BL
クズで浮気性(本人は浮気と思ってない)の暁斗にブチ切れた律樹が浮気宣言するおはなしです。
暁斗(アキト/攻め)
大学2年
御曹司、子供の頃からワガママし放題のため倫理観とかそういうの全部母のお腹に置いてきた、女とSEXするのはただの性処理で愛してるのはリツキだけだから浮気と思ってないバカ。
律樹(リツキ/受け)
大学1年
一般人、暁斗に惚れて自分から告白して付き合いはじめたものの浮気性のクズだった、何度言ってもやめない彼についにブチ切れた。
綾斗(アヤト)
大学2年
暁斗の親友、一般人、律樹の浮気相手のフリをする、温厚で紳士。
3人は高校の時からの先輩後輩の間柄です。
綾斗と暁斗は幼なじみ、暁斗は無自覚ながらも本当は律樹のことが大好きという前提があります。
執筆済み、全7話、予約投稿済み
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
恋のキューピットは歪な愛に招かれる
春於
BL
〈あらすじ〉
ベータの美坂秀斗は、アルファである両親と親友が運命の番に出会った瞬間を目の当たりにしたことで心に深い傷を負った。
それも親友の相手は自分を慕ってくれていた後輩だったこともあり、それからは二人から逃げ、自分の心の傷から目を逸らすように生きてきた。
そして三十路になった今、このまま誰とも恋をせずに死ぬのだろうと思っていたところにかつての親友と遭遇してしまう。
〈キャラクター設定〉
美坂(松雪) 秀斗
・ベータ
・30歳
・会社員(総合商社勤務)
・物静かで穏やか
・仲良くなるまで時間がかかるが、心を許すと依存気味になる
・自分に自信がなく、消極的
・アルファ×アルファの政略結婚をした両親の元に生まれた一人っ子
・両親が目の前で運命の番を見つけ、自分を捨てたことがトラウマになっている
養父と正式に養子縁組を結ぶまでは松雪姓だった
・行方をくらますために一時期留学していたのもあり、語学が堪能
二見 蒼
・アルファ
・30歳
・御曹司(二見不動産)
・明るくて面倒見が良い
・一途
・独占欲が強い
・中学3年生のときに不登校気味で1人でいる秀斗を気遣って接しているうちに好きになっていく
・元々家業を継ぐために学んでいたために優秀だったが、秀斗を迎え入れるために誰からも文句を言われぬように会社を繁栄させようと邁進してる
・日向のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している
・運命の番(日向)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づくと同時に日向に向けていた熱はすぐさま消え去った
二見(筒井) 日向
・オメガ
・28歳
・フリーランスのSE(今は育児休業中)
・人懐っこくて甘え上手
・猪突猛進なところがある
・感情豊かで少し気分の浮き沈みが激しい
・高校一年生のときに困っている自分に声をかけてくれた秀斗に一目惚れし、絶対に秀斗と結婚すると決めていた
・秀斗を迎え入れるために早めに子どもをつくろうと蒼と相談していたため、会社には勤めずにフリーランスとして仕事をしている
・蒼のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している
・運命の番(蒼)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づいた瞬間に絶望をして一時期病んでた
※他サイトにも掲載しています
ビーボーイ創作BL大賞3に応募していた作品です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる