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29〈灯〉
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波浦side《6》
静かに、音を立てずに膝から崩れ落ちた。声も出さずに瞳から涙が零れるので、慌てて側に近寄る。
どれだけ近づいてもその瞳が僕と合うことはなく、ただ重力に従って落ちた雫が床に溜まっていた。
「……宗介くん」
ゆっくりと慎重に頬に触れた。親指で涙を拭いながらその顔を見ていると、胸が詰まったように苦しくなる。可哀想だ……彼ばかり。
唇をそっと近づけた。触れた部分は暖かくて、少し安心する。全く動かない体をどうにかしようと、もう少し続けた。慣れなくてぎごちないかもしれないけど、今は僕がどうにかしなくちゃいけない。
「……っ」
ようやく瞳が動いた。かける言葉が見つからなくて抱きしめると、少しずつこちらに寄りかかってくる。
この状況には色々な感情が混ざり合っていた。僕もこの部屋に来たのは初めてだったけど、まさか先輩を呼んでくるとは。しかもここに監禁しようとしていたなんて、想像が足りなかった。
ちょっとだけ羨ましかったから、先輩が帰ってしまったことにホッとした。でも三上くんがここまで弱ってしまったので、どうしたらいいか分からない。
「僕は帰らないよ……帰れない」
戒めのように呟いた言葉がどこか台詞めいて聞こえた。なんとなくカッコつけたからかもしれない。
「宗介くん、せっかく買ってきたから作ろうよ。お腹空いちゃうよ」
背中を撫でて少しずつ起こした。三上くんは顔を洗ってくると言って、よろよろしながら部屋を出ていった。
僕も立ち上がって袋の中を取り出す。シチューの材料を買ってきて正解だった。これなら僕にでもできそう。温まるし。
鍋を持ってきて火をつけた。って言ってもガスじゃないから目には見えないけど。
多少歪になりながら野菜を切っていく。意外と難しかったり、楽しくなってきたりして、その上、彼が食べるのだと思ったらやる気も出てきた。
そんな調子で奮闘していると、控えめに足音が響いた。振り返る前に耳元で囁かれる。
「包丁置いて」
「えっ……」
その通りに置いた後、後ろから抱き締められた。背中が暖かくなる。
「……宗介、く」
頬を後ろに向かせられて、何度か激しく舌を絡められた。不規則な呼吸を繰り返しながら、最後に軽くくっつけられる。半分意識がとろけてしまいそうなまま、腕に身を任せた。
「僕も、手伝う……一緒にやろ」
まだどこか弱々しい笑顔のまま、腕を捲った。
前よりもずっとずっと彼のことが愛おしくなっていると、つくづく感じながら作業を再開させた。
「思ったより簡単だったね」
「うん。上手く出来て、良かった」
野菜の形以外はそこそこ完璧なシチューが出来上がった。部屋の電気を少し落として、テーブルのキャンドルを灯す。窓の外の夜景と相まった幻想的な景色は、さっきまでのことが無かったかのように穏やかなものだった。
そういえば前に三上くんが言っていた。照明が変われば全然印象が違って見えるんだって。確かに元々高級マンションだけど、更に魅力が増して、一流ホテルのディナーみたいになっている。
「美味しいよ、正人」
「うん、そうだね……っ」
三上くんの為だったのに、自分が一番この状況に慰められていた。知らない幸せが一杯で、すぐに心の中を満たしていく。そこから溢れ出たものを誤魔化した。
ゆったりと時間が流れている。現実の話が無いのが気になるけど、それを話したら空気が変わってしまいそうで出来なかった。
どこか暖かい場所に行きたいとか、綺麗な景色が見れるところがいいねとか、抽象的な理想の場所を語り合って食事が終わった。
片付けている間に引き寄せられて、腕の中に閉じ込められた。そのまま流れでお風呂場まで連れていかれた時に、初めてちょっと焦った。
「なんで? 一緒に入ろうよ」
「っあ、でも……その、恥ずかしくて」
「ダメだよこれから慣れていかないと」
くすくす笑って自分のシャツに手を伸ばした。外されていくボタンを見て良いのか、ダメなのか、キョロキョロと目を動かす。白いシャツから露わになったのも白い体で、その美しさに息を飲んだ。よく見ると胸の下に切れたような傷がある。
「これは……そうだね、女の子がやってるリストカットみたいなものだよ。見えるところを切る勇気はなかったんだ。でもこんな傷じゃそのうち消えちゃうね。そんな程度の……ことだから」
僕の服を掴むと、するりと脱がした。簡単な服を着てたのも悪いけど、突然のことに対処できなかった。
「ちょっと待って……! そっちはあのっ」
「この前も見てるのに、ダメなの?」
明るいのが恥ずかしいと言うと、しょうがないなと半分照明を消した。更にそんな雰囲気になってしまったけど、もう決心するしかないとベルトを緩めた。
「自分で脱いでくれるの?」
パンツだけになったらやっぱり恥ずかしくて、下にしゃがみこむ。
「もう……ほらタオルあげるから。脱いだら入ってきて」
さらっと服を脱ぎ捨てると、そのまま中へ入ってしまった。初めての裸を見逃したことを後悔しつつ、あまり長引かせると形状が変わってからかわれる未来が容易に想像できたので、タオルを巻いて扉を開ける。
壁や床は黒で、スタイリッシュでモダンな室内に、こんなお洒落なお風呂があるんだと驚いた。カビとかそんなものが一切存在しない空間の窓から、また夜景が広がっている。その中に浮かぶ白い背中は、先程のキャンドルなんかより淡くて綺麗だ。
「はい、こっちおいで」
手を引っ張って、前に座るように指示される。拳を握り締めて目を閉じると、シャワーで全身を濡らされた。その間にいつの間にかタオルが取れていて、それに何か言う前に、石鹸をつけたスポンジが胸元に触れる。
「ほら暴れないで。上手く洗えないよ」
「……うぅ」
優しいその手つきがこそばゆい。ぬるぬるとしたままの手が絡められた。今度は素肌で、胸と背中がぴたりとくっついている。
「凄いドキドキしてるけど、死なないでね?」
耳に唇が触れた。胸元に当てられている手を感じながら、静かにしてと命令しても聞いてくれない。鼓動が激しく動き続けている。
「……でも僕も、ドキドキしてるって気づいてる?」
「えっ?」
振り向く前に手が動いた。足の間にすっと入ってきて思わず声を上げてしまう。
「あっ……ちょ、ちょっと待って……っ」
顔を見てもにっこりと微笑んだままで、何も言ってくれない。手の動きだけが早くなる。
頭がぼうっとする中で、お尻に当てられた硬い感触に気づいた。もしかしてと思って振り向くと、手がそこに持っていかれる。どこか恥ずかしそうだけど穏やかな表情がそこにあって、色々なことがすっ飛んでしまった。今までは受け身だったのに、彼が世界一可愛く見えて、その存在が欲しいと強く感じた。
「はぁ……宗介、くん……っ」
「っ……正人」
ただ快楽を引っ張り出すための行為の中にも、暖かいものがあった。萎えることなくずぶずぶと沈んでいくように、その体を追いかける。いつもは躊躇するような言葉も次々と口から零れて、伝えようと必死になっていた。
静かに、音を立てずに膝から崩れ落ちた。声も出さずに瞳から涙が零れるので、慌てて側に近寄る。
どれだけ近づいてもその瞳が僕と合うことはなく、ただ重力に従って落ちた雫が床に溜まっていた。
「……宗介くん」
ゆっくりと慎重に頬に触れた。親指で涙を拭いながらその顔を見ていると、胸が詰まったように苦しくなる。可哀想だ……彼ばかり。
唇をそっと近づけた。触れた部分は暖かくて、少し安心する。全く動かない体をどうにかしようと、もう少し続けた。慣れなくてぎごちないかもしれないけど、今は僕がどうにかしなくちゃいけない。
「……っ」
ようやく瞳が動いた。かける言葉が見つからなくて抱きしめると、少しずつこちらに寄りかかってくる。
この状況には色々な感情が混ざり合っていた。僕もこの部屋に来たのは初めてだったけど、まさか先輩を呼んでくるとは。しかもここに監禁しようとしていたなんて、想像が足りなかった。
ちょっとだけ羨ましかったから、先輩が帰ってしまったことにホッとした。でも三上くんがここまで弱ってしまったので、どうしたらいいか分からない。
「僕は帰らないよ……帰れない」
戒めのように呟いた言葉がどこか台詞めいて聞こえた。なんとなくカッコつけたからかもしれない。
「宗介くん、せっかく買ってきたから作ろうよ。お腹空いちゃうよ」
背中を撫でて少しずつ起こした。三上くんは顔を洗ってくると言って、よろよろしながら部屋を出ていった。
僕も立ち上がって袋の中を取り出す。シチューの材料を買ってきて正解だった。これなら僕にでもできそう。温まるし。
鍋を持ってきて火をつけた。って言ってもガスじゃないから目には見えないけど。
多少歪になりながら野菜を切っていく。意外と難しかったり、楽しくなってきたりして、その上、彼が食べるのだと思ったらやる気も出てきた。
そんな調子で奮闘していると、控えめに足音が響いた。振り返る前に耳元で囁かれる。
「包丁置いて」
「えっ……」
その通りに置いた後、後ろから抱き締められた。背中が暖かくなる。
「……宗介、く」
頬を後ろに向かせられて、何度か激しく舌を絡められた。不規則な呼吸を繰り返しながら、最後に軽くくっつけられる。半分意識がとろけてしまいそうなまま、腕に身を任せた。
「僕も、手伝う……一緒にやろ」
まだどこか弱々しい笑顔のまま、腕を捲った。
前よりもずっとずっと彼のことが愛おしくなっていると、つくづく感じながら作業を再開させた。
「思ったより簡単だったね」
「うん。上手く出来て、良かった」
野菜の形以外はそこそこ完璧なシチューが出来上がった。部屋の電気を少し落として、テーブルのキャンドルを灯す。窓の外の夜景と相まった幻想的な景色は、さっきまでのことが無かったかのように穏やかなものだった。
そういえば前に三上くんが言っていた。照明が変われば全然印象が違って見えるんだって。確かに元々高級マンションだけど、更に魅力が増して、一流ホテルのディナーみたいになっている。
「美味しいよ、正人」
「うん、そうだね……っ」
三上くんの為だったのに、自分が一番この状況に慰められていた。知らない幸せが一杯で、すぐに心の中を満たしていく。そこから溢れ出たものを誤魔化した。
ゆったりと時間が流れている。現実の話が無いのが気になるけど、それを話したら空気が変わってしまいそうで出来なかった。
どこか暖かい場所に行きたいとか、綺麗な景色が見れるところがいいねとか、抽象的な理想の場所を語り合って食事が終わった。
片付けている間に引き寄せられて、腕の中に閉じ込められた。そのまま流れでお風呂場まで連れていかれた時に、初めてちょっと焦った。
「なんで? 一緒に入ろうよ」
「っあ、でも……その、恥ずかしくて」
「ダメだよこれから慣れていかないと」
くすくす笑って自分のシャツに手を伸ばした。外されていくボタンを見て良いのか、ダメなのか、キョロキョロと目を動かす。白いシャツから露わになったのも白い体で、その美しさに息を飲んだ。よく見ると胸の下に切れたような傷がある。
「これは……そうだね、女の子がやってるリストカットみたいなものだよ。見えるところを切る勇気はなかったんだ。でもこんな傷じゃそのうち消えちゃうね。そんな程度の……ことだから」
僕の服を掴むと、するりと脱がした。簡単な服を着てたのも悪いけど、突然のことに対処できなかった。
「ちょっと待って……! そっちはあのっ」
「この前も見てるのに、ダメなの?」
明るいのが恥ずかしいと言うと、しょうがないなと半分照明を消した。更にそんな雰囲気になってしまったけど、もう決心するしかないとベルトを緩めた。
「自分で脱いでくれるの?」
パンツだけになったらやっぱり恥ずかしくて、下にしゃがみこむ。
「もう……ほらタオルあげるから。脱いだら入ってきて」
さらっと服を脱ぎ捨てると、そのまま中へ入ってしまった。初めての裸を見逃したことを後悔しつつ、あまり長引かせると形状が変わってからかわれる未来が容易に想像できたので、タオルを巻いて扉を開ける。
壁や床は黒で、スタイリッシュでモダンな室内に、こんなお洒落なお風呂があるんだと驚いた。カビとかそんなものが一切存在しない空間の窓から、また夜景が広がっている。その中に浮かぶ白い背中は、先程のキャンドルなんかより淡くて綺麗だ。
「はい、こっちおいで」
手を引っ張って、前に座るように指示される。拳を握り締めて目を閉じると、シャワーで全身を濡らされた。その間にいつの間にかタオルが取れていて、それに何か言う前に、石鹸をつけたスポンジが胸元に触れる。
「ほら暴れないで。上手く洗えないよ」
「……うぅ」
優しいその手つきがこそばゆい。ぬるぬるとしたままの手が絡められた。今度は素肌で、胸と背中がぴたりとくっついている。
「凄いドキドキしてるけど、死なないでね?」
耳に唇が触れた。胸元に当てられている手を感じながら、静かにしてと命令しても聞いてくれない。鼓動が激しく動き続けている。
「……でも僕も、ドキドキしてるって気づいてる?」
「えっ?」
振り向く前に手が動いた。足の間にすっと入ってきて思わず声を上げてしまう。
「あっ……ちょ、ちょっと待って……っ」
顔を見てもにっこりと微笑んだままで、何も言ってくれない。手の動きだけが早くなる。
頭がぼうっとする中で、お尻に当てられた硬い感触に気づいた。もしかしてと思って振り向くと、手がそこに持っていかれる。どこか恥ずかしそうだけど穏やかな表情がそこにあって、色々なことがすっ飛んでしまった。今までは受け身だったのに、彼が世界一可愛く見えて、その存在が欲しいと強く感じた。
「はぁ……宗介、くん……っ」
「っ……正人」
ただ快楽を引っ張り出すための行為の中にも、暖かいものがあった。萎えることなくずぶずぶと沈んでいくように、その体を追いかける。いつもは躊躇するような言葉も次々と口から零れて、伝えようと必死になっていた。
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