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14〈アパート〉

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「……あ、ここですか」
緑色の看板を掲げたよく見るタイプのスーパーマーケット。主婦の中に紛れて入るのは恥ずかしいような、妙な気分だった。前に来たのが思い出せない程、あまり来ることがない場所なので、思わずキョロキョロと見てしまう。自分達は浮いている気がしたけど、先輩は慣れた手つきでオカズをカゴの中に入れていた。
「そういうのが好きなんですか」
「好きつーか、普通に定番だろ」
ちくわの天ぷらやきんぴらごぼう。イカの唐揚げなどの渋めのラインナップだ。でも置いてあるのはそういうオカズばかりらしい。
「ほら、今食うやつ適当に選べ」
そう言われてお菓子のコーナーに来たけれど、どれを選んだらいいか分からなかった。先輩の好みもだけど、まず何の種類かも分からなくて、期間限定や新発売の文字が頭の中でぐるぐる回る。
普段は買ってきて貰うか、ネットで注文するだけだ。人の家に行くのに相応しい菓子とは何なのか? この年齢の人たちは普段何を食べているのか? 考えれば考える程、世間の常識が分からない。ああこういう時の為に無駄な付き合いは必要なんだと、今更反省したところで遅い。あいつらが何を食べていたかなんて全く思い出せない。
「せ、先輩のお好きに……」
あまりに困惑した顔をしていたのかもしれない。目が合うと何かを察したような表情で、ぽんぽんとカゴに投げ入れていった。
「一応売り物なんだし、そこまでマズイってのも無いだろ。ま、あってもそれはそれで賭けだ」
「……はぁ」
思わず感動してしまった。もし逆の立場ならこう言えただろうか。自分はリスクを恐れすぎているのかもしれない。でも先輩のことにおいて、失敗はできるだけしたくない。
そんな調子で唸りながらも店内を徘徊した。ただ後ろで離れないように、一定の距離を保ちながらついていくことしか出来なかったけど。レジに並んで、二人同時のタイミングで財布を取り出す。
「えっ」
「……いやなんでお前」
「だ、ダメですよ! こっちが迷惑かけるのにそんなこと」
「つーかほとんど俺のものだし、そんなつもりで来てないから」
結局先輩に精算の終わったカゴを押しつけられ、レジから離されてしまった。
その間に払われた二千円と、それを中にしまう店員。一通りの流れを見つめていると、またじわじわと泣きそうになってしまった。涙脆いとかではなく、もう様々な感情が表に出てこようとしているのかもしれない。
とにかく奢ってもらったことなんか初めてで、どうしたら返せるのだろうと、なかなか開かない袋に苦闘しながら考える。なぜ隣の主婦は簡単に開けられるのだろう。日々訓練しているのか。しかしそんなことはどうでもよく、頭の中はさっきの先輩の言葉や顔ばかりが占めていた。また口元が緩んでしまう。
「あの……ありがとう、ございます」
おうとワンテンポ遅れて返事した顔がなかなか見れなかった。先輩は濡れふきんを指で掴むと、すぐに離して袋を開けた。テーブルを拭く為のものだと思っていたのに。同じようにやってみると、確かに簡単に開いた。また一つ先輩の日常を知ることができた。

視線は二つのレジ袋をずっと捉えている。並ぶ影と倍になる足音。それが自分達なんだと思うと、袋を持った手に力が入った。
「こっから電車な」
「……はい」
ただの電車、景色は日常的なもののはずなのに、先輩といると非日常になった。服に汚れや匂いが無いかとか、手すりの掴まり方とか、小さなことが一つ一つ気になってしまう。
ぽつりぽつりと言葉を交わすスタイルはいつも通りだけど、自分の言葉は書き出してみたら、普段以上に内容の無いものだろう。先輩の心に引っかかる魔法のキーワードは何だろう。必死に探してぶつけてみても、それはアナウンスだったり、人のちょっとした動作に負けてしまう。

嬉しいはずなのに上手くいかないから、落ち込んだまま先輩の家の前まで来ていた。ここから先は初めて見る。一階の端の部屋といっても、隣には一部屋しかない小さなアパートだ。背筋を伸ばして、その扉が開くのを待った。
「掃除とかちゃんとしてねーから期待すんなよ」
これは単に、人を招き入れる時のお決まりというやつなのだろうか。それにも何て答えるのが正解なのか分からず、はいとだけ返す。後から思い返してみても、こんな対応は先輩を困らせるだけだったのにと反省しつつ、目線はその中に興味津々だった。

二人でいっぱいになってしまう程の玄関で靴を脱ぐ。入ってすぐに台所と和室が見えた。スーパーの袋を冷蔵庫の前に並べ、ぎこちなく畳の上に正座してから胡座に崩した。
部屋の中には机代わりのコタツと、テレビ以外にはあまり目立った物が無かった。テレビの横にゲームの箱や漫画が乱雑に置かれているけど、奥にもう一部屋あるから、そこが先輩の部屋なのかもしれない。
初めてなのに、先輩の部屋だというのに妙に落ち着くのは、夕焼けに照らされた畳のせいか。思っていたよりもすんなりと進んでしまった出来事に、今更困惑しながら先輩が入れてくれたお茶を啜る。
「落ち着いていて、良いお家ですね」
「狭いだけだろ」
言い方からはあまり愛着を感じなかったけど、慣れた様子で足を崩している姿はリラックスしているように見える。まぁ図書室でもこんな感じだからあまり変化はないけど。
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