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8〈尾行〉
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僕は気配を消すことには特化している。多分小さいからだろう。体が大きかったら悪目立ちしているはずだ。なんてチビであることを自分で妥協しているような言い方だけどその通りで、試しに図書室へ行ってみたら三上くんでさえ気がつかなかった。
後ろの扉から入ってそのまま前を素通りしても、作業をしていて、顔を上げることすらなかった。ただ彼が何も言わないだけかもしれないけど。
それで少し自信を持って、トイレの中でポチポチと携帯をいじっている。
一応何度も頭の中で練習を繰り返した。さりげなく音楽を聴いているフリで携帯をいじっていれば、ただ同じ学校の生徒ということしか分からないだろう。それから周りを軽く歩いてみたら、抜け道はありそうだった。その道を通る保証はないけど。
『終わった今から帰るから外で待機』
三上くんからは基本返信が禁じられている。気合いを入れ直して画面を閉じた。
トイレから出ると、普段僕があまり見ることのない部活組やらの生徒が束になっていた。そうか。人がいないと思ったけど、これなら誤魔化せそうだ。帰宅部だからすっかり忘れていた。
メッセージをすぐ打てるようにしてから、イヤホンを耳に入れる。少しゆっくり歩いて周りを確認したけど、三上くん達はいない。校門の見える木の陰から生徒を確認する。
注意しなきゃと思っていたけど、二人はあっさりと見つかった。何だか芸能人みたいだ。オーラが違うというか。まぁ僕は知り合いが少ないから、知った顔についてはよく覚えているんだろう。
二人が門を過ぎてからゆっくり歩き出す。何か話してから三上くんは右に、先輩は左に曲がった。ここからはどちらも一方通行、六十メートル先ぐらいで曲がり道。他の生徒に紛れてるけど、どちらに曲がったかだけは絶対に見なきゃ。三上くんの方をちらりと見てから足を動かす。
どのくらい離れればいいのか、どこまでついていったらおかしく思われるのか。駅に向かうなら怪しまれないで良いんだけど、地元なら困る。ああ、店に入る可能性もあるんだ。うわぁ……どうしよう。お願い、三上くんに褒められるぐらいの情報を下さい。
心臓のバクバクが高まっていたけど、真顔を留めた。
『右に曲がったよ』
その先も長い一本道だ。大丈夫、この先に進む生徒は結構いる。
『次も右だから駅だと思う』
ドキドキしながら、変な汗をかきながら、見つかりませんようにと祈った。袖で鼻の油を拭いながら液晶を確認する。既読マークがついていた。三上くんがリアルタイムで見てくれてる……。
十五分ぐらい歩いてから、最寄りの駅についた。安心して携帯に書き込もうとしたその一瞬で、先輩は人込みに紛れてしまった。
一気に汗が吹き出して、周りをキョロキョロする。大丈夫、まだ近くにいるはずだ。少し早歩きして店の中を覗いたら、高い身長の彼が本屋にいるのを見つけた。店の中へ入ってしまったのか。うーん入り口が見えて、不自然に思われない隠れ場所……女性のファッション雑誌のコーナー。絶対無理だ!
どうしようどうしようと変な足取りになると、突然腕を掴まれた。驚いて振り向くと、更に心臓が飛び出しそうになった。黒いシャツを着た綺麗な顔の人、三上くんがいたからだ。
「え、あっ……」
驚きを伝える暇も無く、強い力で引っ張られた。本屋の横から路地裏に入ると、騒音が消えていく。人混みから遮断されたみたいだ。僕はイヤホンと携帯をポケットに突っ込んで、彼の言葉を待つ。それより報告が先だろうか。
「お疲れ様、ここからは俺がやる」
「えっ?」
そういえば三上くんがここにいるということは、僕の後をつけてきていたのだろうか? 全然気がつかなかった。凄い。ストーカーのストーカーって、確かにストーカーをする人間は前の人間ばかり気にするから隙があるのかもしれないけど。三上くん程のオーラの塊がやり遂げてしまうのがさすがだ。
三上くんはご機嫌なのか、とても優しい笑みを浮かべている。彼女や友人に向けるのに近いような……でも僕相手だからちょっと違う。
「ご褒美、欲しい?」
いつも他所から見ていた顔が正面に迫る。その口から発せられる甘い声と、少女漫画のようなセリフに現実が遠ざかっていく。夢でもいいから、もう少し味あわせてほしい……。
瞳の中に僕の顔が映っているのが見えて恥ずかしくなる。喉が固まってしまったみたいに何も言えなくなって、コクンと頷いた。
「あっ……」
彼の手が頭に乗る。滑らせた指からほんのりと体温が伝わった。それから顔が近づき、暖かく柔らかい僕の感じたことのない感触が唇……の横に触れた。
「じゃあ行くから。帰っていいよ。あ、帰り道分かる?」
反射的に頷くと、そのままの笑みで片手を上げて人の中に紛れていった。気がつくと中腰のような不自然な格好で、ふっと力が抜ける。
ズルズルと尻が地面に落ちて、コンクリートの冷たさが伝わった。震えた手を見つめながら、何秒後かにカッと体が熱くなる。じわじわと感覚が蘇って、嬉しいのやらびっくりやらで、いつの間にか涙が出ていた。ここ最近泣いたことなんてなかったのに。
苦しいぐらい不恰好な姿でしゃっくりのような嗚咽を交えながら、必死に涙を拭っていく。ふとポケットに入っていた存在に気がついた。それはあの日三上くんから渡されたハンカチだった。
堪らなくなってぎゅっと顔を押し付ける。そのまましばらくそこに居た。
後ろの扉から入ってそのまま前を素通りしても、作業をしていて、顔を上げることすらなかった。ただ彼が何も言わないだけかもしれないけど。
それで少し自信を持って、トイレの中でポチポチと携帯をいじっている。
一応何度も頭の中で練習を繰り返した。さりげなく音楽を聴いているフリで携帯をいじっていれば、ただ同じ学校の生徒ということしか分からないだろう。それから周りを軽く歩いてみたら、抜け道はありそうだった。その道を通る保証はないけど。
『終わった今から帰るから外で待機』
三上くんからは基本返信が禁じられている。気合いを入れ直して画面を閉じた。
トイレから出ると、普段僕があまり見ることのない部活組やらの生徒が束になっていた。そうか。人がいないと思ったけど、これなら誤魔化せそうだ。帰宅部だからすっかり忘れていた。
メッセージをすぐ打てるようにしてから、イヤホンを耳に入れる。少しゆっくり歩いて周りを確認したけど、三上くん達はいない。校門の見える木の陰から生徒を確認する。
注意しなきゃと思っていたけど、二人はあっさりと見つかった。何だか芸能人みたいだ。オーラが違うというか。まぁ僕は知り合いが少ないから、知った顔についてはよく覚えているんだろう。
二人が門を過ぎてからゆっくり歩き出す。何か話してから三上くんは右に、先輩は左に曲がった。ここからはどちらも一方通行、六十メートル先ぐらいで曲がり道。他の生徒に紛れてるけど、どちらに曲がったかだけは絶対に見なきゃ。三上くんの方をちらりと見てから足を動かす。
どのくらい離れればいいのか、どこまでついていったらおかしく思われるのか。駅に向かうなら怪しまれないで良いんだけど、地元なら困る。ああ、店に入る可能性もあるんだ。うわぁ……どうしよう。お願い、三上くんに褒められるぐらいの情報を下さい。
心臓のバクバクが高まっていたけど、真顔を留めた。
『右に曲がったよ』
その先も長い一本道だ。大丈夫、この先に進む生徒は結構いる。
『次も右だから駅だと思う』
ドキドキしながら、変な汗をかきながら、見つかりませんようにと祈った。袖で鼻の油を拭いながら液晶を確認する。既読マークがついていた。三上くんがリアルタイムで見てくれてる……。
十五分ぐらい歩いてから、最寄りの駅についた。安心して携帯に書き込もうとしたその一瞬で、先輩は人込みに紛れてしまった。
一気に汗が吹き出して、周りをキョロキョロする。大丈夫、まだ近くにいるはずだ。少し早歩きして店の中を覗いたら、高い身長の彼が本屋にいるのを見つけた。店の中へ入ってしまったのか。うーん入り口が見えて、不自然に思われない隠れ場所……女性のファッション雑誌のコーナー。絶対無理だ!
どうしようどうしようと変な足取りになると、突然腕を掴まれた。驚いて振り向くと、更に心臓が飛び出しそうになった。黒いシャツを着た綺麗な顔の人、三上くんがいたからだ。
「え、あっ……」
驚きを伝える暇も無く、強い力で引っ張られた。本屋の横から路地裏に入ると、騒音が消えていく。人混みから遮断されたみたいだ。僕はイヤホンと携帯をポケットに突っ込んで、彼の言葉を待つ。それより報告が先だろうか。
「お疲れ様、ここからは俺がやる」
「えっ?」
そういえば三上くんがここにいるということは、僕の後をつけてきていたのだろうか? 全然気がつかなかった。凄い。ストーカーのストーカーって、確かにストーカーをする人間は前の人間ばかり気にするから隙があるのかもしれないけど。三上くん程のオーラの塊がやり遂げてしまうのがさすがだ。
三上くんはご機嫌なのか、とても優しい笑みを浮かべている。彼女や友人に向けるのに近いような……でも僕相手だからちょっと違う。
「ご褒美、欲しい?」
いつも他所から見ていた顔が正面に迫る。その口から発せられる甘い声と、少女漫画のようなセリフに現実が遠ざかっていく。夢でもいいから、もう少し味あわせてほしい……。
瞳の中に僕の顔が映っているのが見えて恥ずかしくなる。喉が固まってしまったみたいに何も言えなくなって、コクンと頷いた。
「あっ……」
彼の手が頭に乗る。滑らせた指からほんのりと体温が伝わった。それから顔が近づき、暖かく柔らかい僕の感じたことのない感触が唇……の横に触れた。
「じゃあ行くから。帰っていいよ。あ、帰り道分かる?」
反射的に頷くと、そのままの笑みで片手を上げて人の中に紛れていった。気がつくと中腰のような不自然な格好で、ふっと力が抜ける。
ズルズルと尻が地面に落ちて、コンクリートの冷たさが伝わった。震えた手を見つめながら、何秒後かにカッと体が熱くなる。じわじわと感覚が蘇って、嬉しいのやらびっくりやらで、いつの間にか涙が出ていた。ここ最近泣いたことなんてなかったのに。
苦しいぐらい不恰好な姿でしゃっくりのような嗚咽を交えながら、必死に涙を拭っていく。ふとポケットに入っていた存在に気がついた。それはあの日三上くんから渡されたハンカチだった。
堪らなくなってぎゅっと顔を押し付ける。そのまましばらくそこに居た。
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