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6〈崩壊〉

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恋は麻薬に近いなんて言うけど、確かにいきなり全てをぶつけたくなるような危うさがある。逆の立場なら理解が追いつかないかもしれないのに、自分がどれだけ貴方を見ていて、これからこうしていきたいのだと、声高々に叫びたくなる。逆なら何も感じないのに。むしろ気味悪がるかもしれない。でもこの時の自分はできることなら彼を抱きしめて、もっと匂いや体温を明確に感じたがっていた。
そんな調子で近づいた一歩。
「先輩は今、付き合ってる人はいないんですよね」
「なんだよ。俺の話なら何も出ないぞ」
「これからも作らないんですか?」
「そんなの……期限がある訳じゃないんだから、気になった人ができたタイミングでいいだろ」
自分のことを話すのは恥ずかしいのか、先輩の頬は少し赤に染まった。
「でもなんとなくのイメージはあるんでしょ? 先輩ってどんな人が良いんですか。想像つかないですけど」
頭の中で色々想定してみたものの、自分が先輩の弱みを握りながら隣に居るみたいな歪んだイメージしか出てこない。そんなことを知らない先輩は、居心地悪そうに頭を掻いた。
「んぁーそうだな。綺麗な人かな、あんまり派手じゃない感じの」
絞り出したように呟いた単語を拾ってなるほどと呟くと、何がなるほどだと軽く拳がぶつけられた。
「髪はロングで、服装は白いブラウスにフレアスカート。趣味は読書に映画鑑賞……そんな人で大体合ってます?」
からかうように言ってみると照れたのか、携帯を取り出して目的のない動作を始めた。小さくまぁなと呟く様子がまた愛らしい。
「休日は植物に水をあげながら、ちょっと凝った料理を作って、普段から綺麗なあまり汚れていない部屋を掃除。一息つくと、お手製のアイスティを飲みながらお気に入りの本を開いて……」
ハッと気がつくと、先輩が携帯を持ったまま凄い目でこちらを見ていた。今度はこっちが恥ずかしくなって、すみませんと謝る。
「なんだその女像。ははっ、お前興味なさそうなのにちゃっかし知ってるのな。まるで同棲してるみたいに詳しいじゃん。実際いたわけ?」
「いや、想像ですけど……」
「お前ってやっぱ変な奴」
「えっ」
「ラノベの主人公から、ライバルポジションに変更な」
曖昧な返事をすると、先輩はいかに魅力的な敵キャラが大事なのかを話し始めた。そして大抵変人がライバル自身か、その仲間にいるらしい。よく分からなかったけど、今の話から逸れてよかった。
先輩には言う予定のなかった言葉や話がぽんぽんと出てきてしまって怖い。嫌わないで下さいとお願いしたところで、逆効果だろう。
その場合誰が主人公になるんでしょうね。さりげなく吐いた言葉は、本を返却しに来た生徒によって消えた。
こんな調子でぽんと貴方の世界を壊してみても、何事も無かったように消すことはできるのだろうか。



ピンク色の飲み物がストローに吸い込まれていく。彼女が自分によく似合う期間限定ものを飲みに来たのは、二回目だった。その正面で味の無い珈琲を飲んでいる自分の頭の中では、あるイメージが浮かんでいた。
ストロベリーの風味がするであろうそれと似たピンク色の頰。普段はラフな格好も多いけど、もうすこししたら大人に似合う服も着出すだろう。ぽろりとジェンガが一つ崩れた。
何か話しかけているけど、その声は聞こえない。反応が薄いのはいつものことか。まるで意識の無い人形に話しかけているみたいだ。
ぽろぽろとジェンガが落ちていく。

「お前の彼女ってさ、どこで会ったの?」
「会ったって……クラスも近いですし、知り合いになる機会なんていつでもありますよ」
先輩もやっとこちらに興味を持ったのかと少し浮上した心で見つめると、何かが違うことに気づいた。確かに落ち着きがなく、そわそわしているけど。
「まーそうだよな。同級生だもんな」
頰を指先で擦って、宙に視線を逃した。
「もしかして……本当は気になっている人がいるんですか?」
「いや、気になってるっていうか……」
いつもより詰まった話し方だ。少し急かすように質問を続けた。
「でも、少しは興味あるんでしょ? 同級生の人ですか?」
「……いや、なんでもない」
「ちょっとここまで来てそれは無いですよ」
先輩の顔は気まずそうだ。これ以上しつこくすると危ないかもしれない。別角度から攻めてみようと咄嗟に浮かんだのは、こんなことだった。
「でも先輩に興味を持ってもらえるなんて良いですね。付き合ったら優しそうだし……俺も本命の人ができたら変わるのでしょうか」
自分としてはさりげない愚痴のような、アピールのようなもののつもりだった。振り向くと、その先の顔は難しい表情をしていた。怒ってる? 
「お前さ……」
言葉はそこで止まってしまった。つい出てしまったというように。そのまま終わるかと思ったら声は続いた。
「そんな態度でいたら相手に失礼だろ。そりゃお前はそういう、彼女とかすぐ作れるのかもしれないけど。そういうところが本気になれない理由なんじゃないのか」
「……っ」
ここで本当のことを言うだけなら簡単だ。貴方が好きだから他の誰も見えないというのに。でも俺よりも先輩が傷ついた様子なのは何故だ。自分との間柄を気にしてくれているのか? それとも何か……。
「ごめん。それはお前達の問題だったな」
「もしかして……」
自分から出た声が低かったからか、少し驚いた顔で振り返った。
「もしかして、彼女のことが気になっているんですか」
「……は、……え」
それは否定するには、余りに弱い態度だった。バラバラと崩れていくジェンガは押さえても止まらない。
この空気に耐えられなくなったのか何か言い出そうとしていたけど、その視線から逃げた。
「……すみません。この話はまたにしましょう」
その場から逃げて誰もいない場所に行きたかったのに、レナはまるで見えない糸で拘束するように、メッセージを送って来ていた。

もう一度、何が先輩の心を刺激してしまったのか見極めようと思ったのに、頭の中では先程の光景が浮かんできて集中できない。気を抜くと泣いてしまいそうな程にはショックを受けている。
レナの話を聞くフリをしながら、新しいメッセージを書き込んだ。このぐらいじゃ諦められない。納得できない。
今から新しく、一から積み上げてあげますから、一緒にやりましょうね。
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