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染 4
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「普通……あんなことがあったら、距離を置く奴がほとんどだと思うけど」
「普通に心配だから来たって考えはないのか? まぁさすがに衝撃だったから色々考えてはみたんだけどさ……最初は凄い恨まれてるんだと思ったよ。でも、そうだったらこっちを殺すよな。目の前で死ぬってのも嫌がらせ? 遠回りじゃね。お前の嫌がらせの方法は知らないけどさ、俺だったら嫌いな相手には関わりたくないね。それなのに誘拐して……あ、あの時のコーヒーに薬でも混ぜてたのか? うわドラマみたい。すげー」
メガネは仕事中しかかけないので、今はそれが見当たらない。あれも新調したのだろうか、さすがに。メガネ代ぐらいはすぐに渡しておくべきだろうか。
彼の言葉を頭の上部半分ぐらいで流し聞きしながら、なんとかかき集められる金を数えていた。これって入院になるのか、ああ面倒だな。他に何が必要でいくらかかっているのか、想像するのも嫌だ。
「なぁ聞いてる? なんであんなことしたわけ」
ベッドの真上から覗き込むようにされると、もう顔を逸らすことしか逃げ道がない。
「……好き、だったから」
「えっ」
「……染まるのが、好きだったから。誰かの体が触れると、まるで体液をぶっかけられたような不快さがある。洗っても落ちないような感じがして気持ち悪い。……でも、大丈夫だった。肩によく触れてくるけど、それはただ暖かいだけで……初めてだった、そんなこと。貴方のおかげで少し潔癖症がマシになって、でも逆にもっと触れてほしくなって。全部に触ってくれたら全部染まって、そしたらこの体がなくなって、生まれ変われそうな気がした」
相手の顔を見る勇気はないので、一人壁に向かって感情を吐き出す。
「でも相手から触れてもらうことはできない。今回みたいに眠らせて無理やりやればいいんだろうけど、それはダメだった。温度がなくて、何も感じなかった。だから染めた。そっちも一緒になれるように、同じ存在になるように。でも今回はそれだけじゃなくて、全部渡したかった。この体の全てを捧げて、受け取ってもらえなくても無理やり押し付けて。最後に貴方の体の中で……死ぬというより、溶けるように、流れて消えていきたかった」
大袈裟に染められた白い腕を持ち上げて顔を隠す。あんなに液体を流し出したつもりだったのに、まだ溢れてくる。新たな液体を作って、体を作り始めている。体は優秀なのに、思考だけが残念だ。こんなご主人様でごめんと謝りたくなる。
「……そういうこと、だったんだ」
ふと、指先が暖かいものに包まれた。思わずそちらへ顔を向けると、眉が下がった笑顔と目が合ってしまった。
「嫌われてると思ってたんだけど、あれって照れ隠しだったのか。すぐ顔赤くなるしね。怒ってるのかと思ったけど、そんなふうに考えてたんだ。俺って負けず嫌いっていうか変なとこ頑固でさ、しつこいぐらい構ってみたら心開いてくれるようにならないかなーとか考えてたんだけど……そっか、そんなとこまでいってたのか」
「い、いやそういう普通の感じの好きとかそういうのじゃなくて……もっと神聖な感じで」
「でも、好きって言われてちょっとドキッとしちゃった」
「えっ……」
「へへ、今ドキッとした?」
手を振り払って、再び顔を背ける。初めて好きになった相手がこんな奴で、こんな結果になってしまった自分は呪われてるとしか思えない。身に覚えがないので先祖のせいかもしれない。
「ね、死ぬ予定も遅れちゃったことだし、これからもう少し生きていくんでしょ?」
「死ねって言うなら、今から飛び降りてきますけど。今度は失敗しないように事前に心臓をぶっ刺していきます」
「怖っ、想像しちゃったじゃん。ヘビージョークだなぁ。はは、まぁ仕方ないから当分のお金は俺がなんとかしてやるよ」
「なんで……」
「あ、もちろんタダじゃないよ。しばらくは俺の命令通りに動いて。主に家事だね、家事得意? じゃないか。あのゴミだらけの部屋を見たら……いや散らばってるのは全部ゴミだったから、捨てたら綺麗になるのかな。本棚とか綺麗にしまってあったし……血だらけだけど。あ、思い出しちゃった。あれ結構トラウマになったんだからな、その分も要求してやる」
「いや、だったら普通に働かせて、給料毎月いくら請求とかそうすればいいじゃないか」
「そんなの何年かかると思ってるの。それに、死ななかったとはいえ重傷であることには変わりないんだから。しかも自殺未遂だよ、分かってる? 普通に働くなんて無理だから」
「た、確かに……」
「ほら、待ってるから早く元気になって。召使さん」
相手が何も考えずに触れていることは分かってる。でも彼が触った場所は不思議と熱が残って、しばらくはずっと暖かいままだ。その熱に導かれるように、穏やかな眠りに沈んでいった。
「普通に心配だから来たって考えはないのか? まぁさすがに衝撃だったから色々考えてはみたんだけどさ……最初は凄い恨まれてるんだと思ったよ。でも、そうだったらこっちを殺すよな。目の前で死ぬってのも嫌がらせ? 遠回りじゃね。お前の嫌がらせの方法は知らないけどさ、俺だったら嫌いな相手には関わりたくないね。それなのに誘拐して……あ、あの時のコーヒーに薬でも混ぜてたのか? うわドラマみたい。すげー」
メガネは仕事中しかかけないので、今はそれが見当たらない。あれも新調したのだろうか、さすがに。メガネ代ぐらいはすぐに渡しておくべきだろうか。
彼の言葉を頭の上部半分ぐらいで流し聞きしながら、なんとかかき集められる金を数えていた。これって入院になるのか、ああ面倒だな。他に何が必要でいくらかかっているのか、想像するのも嫌だ。
「なぁ聞いてる? なんであんなことしたわけ」
ベッドの真上から覗き込むようにされると、もう顔を逸らすことしか逃げ道がない。
「……好き、だったから」
「えっ」
「……染まるのが、好きだったから。誰かの体が触れると、まるで体液をぶっかけられたような不快さがある。洗っても落ちないような感じがして気持ち悪い。……でも、大丈夫だった。肩によく触れてくるけど、それはただ暖かいだけで……初めてだった、そんなこと。貴方のおかげで少し潔癖症がマシになって、でも逆にもっと触れてほしくなって。全部に触ってくれたら全部染まって、そしたらこの体がなくなって、生まれ変われそうな気がした」
相手の顔を見る勇気はないので、一人壁に向かって感情を吐き出す。
「でも相手から触れてもらうことはできない。今回みたいに眠らせて無理やりやればいいんだろうけど、それはダメだった。温度がなくて、何も感じなかった。だから染めた。そっちも一緒になれるように、同じ存在になるように。でも今回はそれだけじゃなくて、全部渡したかった。この体の全てを捧げて、受け取ってもらえなくても無理やり押し付けて。最後に貴方の体の中で……死ぬというより、溶けるように、流れて消えていきたかった」
大袈裟に染められた白い腕を持ち上げて顔を隠す。あんなに液体を流し出したつもりだったのに、まだ溢れてくる。新たな液体を作って、体を作り始めている。体は優秀なのに、思考だけが残念だ。こんなご主人様でごめんと謝りたくなる。
「……そういうこと、だったんだ」
ふと、指先が暖かいものに包まれた。思わずそちらへ顔を向けると、眉が下がった笑顔と目が合ってしまった。
「嫌われてると思ってたんだけど、あれって照れ隠しだったのか。すぐ顔赤くなるしね。怒ってるのかと思ったけど、そんなふうに考えてたんだ。俺って負けず嫌いっていうか変なとこ頑固でさ、しつこいぐらい構ってみたら心開いてくれるようにならないかなーとか考えてたんだけど……そっか、そんなとこまでいってたのか」
「い、いやそういう普通の感じの好きとかそういうのじゃなくて……もっと神聖な感じで」
「でも、好きって言われてちょっとドキッとしちゃった」
「えっ……」
「へへ、今ドキッとした?」
手を振り払って、再び顔を背ける。初めて好きになった相手がこんな奴で、こんな結果になってしまった自分は呪われてるとしか思えない。身に覚えがないので先祖のせいかもしれない。
「ね、死ぬ予定も遅れちゃったことだし、これからもう少し生きていくんでしょ?」
「死ねって言うなら、今から飛び降りてきますけど。今度は失敗しないように事前に心臓をぶっ刺していきます」
「怖っ、想像しちゃったじゃん。ヘビージョークだなぁ。はは、まぁ仕方ないから当分のお金は俺がなんとかしてやるよ」
「なんで……」
「あ、もちろんタダじゃないよ。しばらくは俺の命令通りに動いて。主に家事だね、家事得意? じゃないか。あのゴミだらけの部屋を見たら……いや散らばってるのは全部ゴミだったから、捨てたら綺麗になるのかな。本棚とか綺麗にしまってあったし……血だらけだけど。あ、思い出しちゃった。あれ結構トラウマになったんだからな、その分も要求してやる」
「いや、だったら普通に働かせて、給料毎月いくら請求とかそうすればいいじゃないか」
「そんなの何年かかると思ってるの。それに、死ななかったとはいえ重傷であることには変わりないんだから。しかも自殺未遂だよ、分かってる? 普通に働くなんて無理だから」
「た、確かに……」
「ほら、待ってるから早く元気になって。召使さん」
相手が何も考えずに触れていることは分かってる。でも彼が触った場所は不思議と熱が残って、しばらくはずっと暖かいままだ。その熱に導かれるように、穏やかな眠りに沈んでいった。
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