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染 1
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あまりにも見慣れた自分の部屋。家具もカーテンも床も壁もドアも見飽きている。目を閉じてもどこに何があるか分かるぐらい。
そんな部屋で唯一、輝いているものがある。安っぽい白い光に照らされて、青白く見える身体。目でそのラインを追うと、筋肉や骨は作り物のように思えてくる。呼吸の為に胸が上下に動いていなければ、像と変わらない。それほどまでに、彼は美しかった。
黒い布で目を覆い、ただの床に転がす。手を後ろで縛って、口には白い布を噛ませた。
まだ夢の中だろうが、初めてしまおうか。
──染めたい。君を染めたい。自分一色に染めてしまいたい。
もちろん彼に染められるのも良い。しかし最後まで悩んだ結果、こちらになった。この美しいものを汚せるなんて、何度想像しても堪らない。あまりにも甘美な光景だ。何度も妄想しすぎて理想に現実が超えられるか心配になっていたが、実際の彼に触れると、それは杞憂だったと感じられる。
髪の間に指を通す。柔らかく、ふわふわとした髪。毛の長い動物のようだ。くしゃくしゃと何度か潰すように軽く握ってみたが、何の反応もなかった。
事前に外しておいたメガネを手に取る。フレームのない綺麗な透明のレンズ。緩く四角を描くような形で、横の部分は黒に見えるが、光に当てると僅かに茶色が透けている。
彼がいつもしているメガネだ。彼にも、スーツに似合う。
ぴちゃりと小さな音が鳴った。一番嫌であろうレンズ部分に唇を寄せる。ぴちゃぴちゃと舐めて、範囲を広げていく。彼の大事なものを汚しているという背徳に、体が熱くなってきた。
キスでもしているかのようにしゃぶり尽くした後、雑に放り投げた。床にカツンと音を立てて、そのまま少し滑った。
彼に近づいて、まずはじっくりと観察する。この綺麗な状態を忘れないように、全てを目に焼き付ける。最後に見れるのがこの光景とは、何と自分は幸福なのだろう。なんだか彼が天使とか神とか、そんな御大層なものにも思えてくる。
寝ているのだから手を外しても平気だろうか。しかし途中で遮られてしまったら困る。やはり足も縛っておくべきか。でも足を閉じたら、染められる部分が減ってしまう。出来るだけ、余すことなく塗り固めてしまいたい。
まぁいい。暴れそうになったら、他の手もある。とりあえず初めはオーソドックスに。
きっと誘拐犯というのは皆同じことをするのだろうと、そんなことを思った。まずは脱がせてみて、観察して、触って……。
触りすぎもよくないか。彼の体液が混ざると、こちらのが薄まってしまう。
ある程度滑らかな肌を堪能した後は、顔に戻ってくる。口に巻いた布は薄いので、僅かな唾液で潤んで透明に濡れていた。出来るだけ唇をくっつけるように指で押してから、そこへ口付けた。眠っているお姫様を起こすかのような、優しく親愛なる口付け。彼への想いをただの下心と捉えてほしくない。もちろん現代社会を生きる人間だから、それなりに悪い面もあることを知っている。それを加味しても、彼は許せる人間だった。許したいと思うような人だった。
憧れていた。憧れて観察していたらいつの間にか……汚したくなっていた。その肌を、心を、笑顔を、汚して歪ませて、その後とびきり優しくしてみたりして……。
でもその計画は叶わなくなってしまった。きっちり汚したいと思ったからだ。汚して汚して、全てを染め切ったら、それで終わる。きっと自分は満足する。
もういい。もう難しいことを考えるのはおしまいだ。ここからはきちんと彼に向き合ってあげなければ。
もう一度キスを落としてから、額にも口をつけた。隙間の内容に少しずつ吸って、舐めていく。顔は凹凸が多くて面白い。目隠しの下も舐めてから布を戻した。目が覚めてこんな光景を見てしまったらきっと驚いてしまう。それと、見るのはきちんと全てが染まりきった後にしてほしいから。
耳の奥まで舌を捻じ込んで、耳朶に軽く歯を立てた。少しだけ呼吸が乱れた気がするが気のせいだろうか。彼を汚している興奮と涙のせいで分からなくなってきた。自分の見ている景色が正しいのか、信用できない。
皮膚の薄いところを吸うと、ほんのりと色づいた。その下ではこんなことをされているとは知らないであろう血液達が循環している。きっと彼のものも綺麗だろう。それはそれはとびきりの赤の見せてくれる。
小さく皮膚が震えると、彼も喜んでいるのではと錯覚してしまう。まるで自分を誘ってくれているような……ぴくりと動く僅かな動作一つが艶かしく映る。一度舐めたのに、また触れたくなってしまう。それを堪えて、新たな場所に唇を落とした。
口づけと舌舐めを繰り返し、一通り体を唾液に染めることはできた。ここまではまだ準備段階のようなもの。ここからが本番だ。
シンプルな刃が一枚だけのカミソリ。鈍く光るそれを躊躇なく腕に滑らせる。それはポタポタと彼の胸元あたりに落ちていった。
やはり美しい。感嘆の溜め息を吐き、更に深く入れ込んだ。痛みは興奮で麻痺しているのか、あまり感じない。バイオリンでも弾くかのように優雅に、大胆に、恍惚と腕に赤い線を引いていく。
彼の体にまた一つ、自分の色が移っていく。
ああ、美しい──。染まっている、ちゃんと……。
そんな部屋で唯一、輝いているものがある。安っぽい白い光に照らされて、青白く見える身体。目でそのラインを追うと、筋肉や骨は作り物のように思えてくる。呼吸の為に胸が上下に動いていなければ、像と変わらない。それほどまでに、彼は美しかった。
黒い布で目を覆い、ただの床に転がす。手を後ろで縛って、口には白い布を噛ませた。
まだ夢の中だろうが、初めてしまおうか。
──染めたい。君を染めたい。自分一色に染めてしまいたい。
もちろん彼に染められるのも良い。しかし最後まで悩んだ結果、こちらになった。この美しいものを汚せるなんて、何度想像しても堪らない。あまりにも甘美な光景だ。何度も妄想しすぎて理想に現実が超えられるか心配になっていたが、実際の彼に触れると、それは杞憂だったと感じられる。
髪の間に指を通す。柔らかく、ふわふわとした髪。毛の長い動物のようだ。くしゃくしゃと何度か潰すように軽く握ってみたが、何の反応もなかった。
事前に外しておいたメガネを手に取る。フレームのない綺麗な透明のレンズ。緩く四角を描くような形で、横の部分は黒に見えるが、光に当てると僅かに茶色が透けている。
彼がいつもしているメガネだ。彼にも、スーツに似合う。
ぴちゃりと小さな音が鳴った。一番嫌であろうレンズ部分に唇を寄せる。ぴちゃぴちゃと舐めて、範囲を広げていく。彼の大事なものを汚しているという背徳に、体が熱くなってきた。
キスでもしているかのようにしゃぶり尽くした後、雑に放り投げた。床にカツンと音を立てて、そのまま少し滑った。
彼に近づいて、まずはじっくりと観察する。この綺麗な状態を忘れないように、全てを目に焼き付ける。最後に見れるのがこの光景とは、何と自分は幸福なのだろう。なんだか彼が天使とか神とか、そんな御大層なものにも思えてくる。
寝ているのだから手を外しても平気だろうか。しかし途中で遮られてしまったら困る。やはり足も縛っておくべきか。でも足を閉じたら、染められる部分が減ってしまう。出来るだけ、余すことなく塗り固めてしまいたい。
まぁいい。暴れそうになったら、他の手もある。とりあえず初めはオーソドックスに。
きっと誘拐犯というのは皆同じことをするのだろうと、そんなことを思った。まずは脱がせてみて、観察して、触って……。
触りすぎもよくないか。彼の体液が混ざると、こちらのが薄まってしまう。
ある程度滑らかな肌を堪能した後は、顔に戻ってくる。口に巻いた布は薄いので、僅かな唾液で潤んで透明に濡れていた。出来るだけ唇をくっつけるように指で押してから、そこへ口付けた。眠っているお姫様を起こすかのような、優しく親愛なる口付け。彼への想いをただの下心と捉えてほしくない。もちろん現代社会を生きる人間だから、それなりに悪い面もあることを知っている。それを加味しても、彼は許せる人間だった。許したいと思うような人だった。
憧れていた。憧れて観察していたらいつの間にか……汚したくなっていた。その肌を、心を、笑顔を、汚して歪ませて、その後とびきり優しくしてみたりして……。
でもその計画は叶わなくなってしまった。きっちり汚したいと思ったからだ。汚して汚して、全てを染め切ったら、それで終わる。きっと自分は満足する。
もういい。もう難しいことを考えるのはおしまいだ。ここからはきちんと彼に向き合ってあげなければ。
もう一度キスを落としてから、額にも口をつけた。隙間の内容に少しずつ吸って、舐めていく。顔は凹凸が多くて面白い。目隠しの下も舐めてから布を戻した。目が覚めてこんな光景を見てしまったらきっと驚いてしまう。それと、見るのはきちんと全てが染まりきった後にしてほしいから。
耳の奥まで舌を捻じ込んで、耳朶に軽く歯を立てた。少しだけ呼吸が乱れた気がするが気のせいだろうか。彼を汚している興奮と涙のせいで分からなくなってきた。自分の見ている景色が正しいのか、信用できない。
皮膚の薄いところを吸うと、ほんのりと色づいた。その下ではこんなことをされているとは知らないであろう血液達が循環している。きっと彼のものも綺麗だろう。それはそれはとびきりの赤の見せてくれる。
小さく皮膚が震えると、彼も喜んでいるのではと錯覚してしまう。まるで自分を誘ってくれているような……ぴくりと動く僅かな動作一つが艶かしく映る。一度舐めたのに、また触れたくなってしまう。それを堪えて、新たな場所に唇を落とした。
口づけと舌舐めを繰り返し、一通り体を唾液に染めることはできた。ここまではまだ準備段階のようなもの。ここからが本番だ。
シンプルな刃が一枚だけのカミソリ。鈍く光るそれを躊躇なく腕に滑らせる。それはポタポタと彼の胸元あたりに落ちていった。
やはり美しい。感嘆の溜め息を吐き、更に深く入れ込んだ。痛みは興奮で麻痺しているのか、あまり感じない。バイオリンでも弾くかのように優雅に、大胆に、恍惚と腕に赤い線を引いていく。
彼の体にまた一つ、自分の色が移っていく。
ああ、美しい──。染まっている、ちゃんと……。
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