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レイラの薔薇
リラとルーカス
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それからルーカスはリラに任せている事業の話に普段の様子など様々な話をクライヴにした。
クライヴはその全てを食い入るように聞いていた。
純粋で心優しく聡明なリラはクライヴが思い描いた以上の女性だった。
「是非、婚約を申し出たい…。」
クライヴは思わずそう呟いた。
ルーカスはその言葉に驚きのあまり笑い出した。
「いやー。我が妹ながら皇子様にまで見染められるとは…。」
それは決して馬鹿にしているようではなく、何処か自慢しているように楽しげだった。
「あいつは昔からいろんな子息に好かれたが、本当に碌な男がいなくて兄としてはほとほと困り果てていたんですよ。」
ルーカスは以前リラに持ちこまわれた縁談の話を始めた。
取引先の伯爵家当主がリラの経営力に惚れ込み、息子に嫁がせたいとのことだった。
ルーカスも何度か顔を合わせていたが、この息子は口下手で頼りなく、可愛い妹の婿になるとは考えたくもなかった。
ただアリエス家と同等の爵位に加えて、財力はアリエス家よりもあり、財産保持の一点だけを取れば申し分はなかった。
ルーカスは不満に思っていたが、曲がりなりにも取引先、当人同士が納得しているならば致し方ないと傍観していたが、リラは何の躊躇いもなく断ったのだ。
「婚約は成人を迎えてからと法律で決まっております。ご縁がございましたら、三年後にお声がけください。」
リラの言葉は、この国の法律を考えると最もな意見であった。
リラの父であるチャールズ・アリエスは、本人が望まないのだから致し方ないと丁重に断ったそうだ。
ルーカス曰く、このようなやり取りが今まで数回あり、今ではリラに相談するまでもなくチャールズは縁談をすべて断っているそうだ。
ルーカスの話を聞き、クライヴはハッとした。
「アベリア国では成人を迎えないと婚約が成立しないのか。では、今、婚約を申し込んでも断られるということか。」
「でしょうね。」
ルーカスは肩をすくめた。
法律では婚約は成人後となっているが、貴族の間で口約束の婚約を行なっているものもいた。
けれど、一国の皇子となれば別の話であろう。
国民の手本となり一番に法律を重んじなければならない立場である。
いくら他国の皇子とはいえ、それを例外とすることはできない。
「しかし、三年後までに誰かに盗られないか、心配ではあるな…。」
クライヴは、そんな言葉を漏らすとルーカスは盛大に笑った。
「ははは。いや、それはないかと思いますよ。あの子は恋愛にかなり疎いところがありますから。」
ルーカスはクライヴにその根拠を裏付けるようにある話を始めた。
リラへの縁談を断るようになってから、数多くの令息たちからは絶えずデートの誘いや手紙が送られてきたが、リラはそのすべて断っていた。
「リラ嬢、この後時間があれば一緒に昼食などいかがだろうか。」
ちょうど商談を終え、ある令息が恥じらいながらもリラを誘うのだった。
(これで何度目だろうか…。)
たまたま一緒にいたルーカスはポケットに手を入れながら、その様子を眺めていた。
「ありがとうございます。ですが、『やらなければならない仕事』が詰まっておりまして。またの機会にお誘いいただけますか。」
リラの場合の『やらなければならない仕事』とは、書類仕事なんて一般的なものではなく、羊の世話、ハンナさんの愚痴の聞き、子供たちの料理教室であった。
リラは自分の仕事はなるべく早く済ませ、空いた時間は『やらなければならない仕事』のために馬にまたがり出かけていり姿をよく目にしていた。
「そ、そうですか。またお誘いさせていただきますね。」
「はい。楽しみにしております。」
(これでは、魔性の女だな…。)
リラはにっこり挨拶するのを他所に、ルーカスはやれやれという表情を浮かべた。
「なんで、いつも断るんだ。一度くらい付き合ってやってもいいだろう。」
「そんなこと言われましても、『やらなければならない仕事』がたくさんございますもの。」
揺れる馬車の中でルーカスは恋愛に興味がなさそうなリラの真意を尋ねてみるも、リラは車窓を眺めながら不貞腐れたように答えるだけだった。
「それって子供たちの料理教室だろう。」
ルーカスは呆れたように肩をすくめた。
ルーカスも子供が嫌いなわけではないが、リラの子供好きには敵わなかった。
リラは基本的に月に一度は子供を屋敷に招いてで料理を教えていた。
「そんな言い方よくないですよ。みんなとっても楽しみにしているんですよ。それに、子供の発想は豊かでこちらが勉強させられますよ。」
この料理教室はリラの母が時折開いていた。
それを受け継ぐように今年になって、この教室をリラは初めていたのだった。
リラは亡き母に親孝行をしているつもりなのだろう。
さすがのルーカスもその想いを否定する気は全くないのだが、リラは当時十五歳であった。
大抵の娘はこの年齢になれば、恋や異性の話題で持ちきりなのではないかとルーカスは思った。
また、一般的な貴族令嬢であれば結婚を意識して男性を見ていてもおかしくない年齢なのだろう。
ルーカスも時折商談で訪れた屋敷で、リラと同じくらいの年齢の令嬢が必要以上に自分をアピールされることがあるくらいだ。
法律上、婚約や結婚は成人してからではあるが、貴族同士の政略結婚を考えるとそれでは遅すぎると思う者も多いだろう。
根回しというべきか、口約束は当たり前のように行われていた。
「そうではなくて、男には興味ないのかと聞いているんだ。」
痺れを切らしたルーカスは単刀直入にリラに尋ねてみた。
「男性に興味が必要なのですか?」
リラは意味が首を傾げた。
これまたルーカスの意図が理解できていないようなとぼけた表情にも伺えた。
「いや。まあ。必ずしもではないが、恋人のひとりやふたりくらい欲しいのではないのか、と思っただけだ。」
質問しておきながら馬鹿馬鹿しい気持ちが沸々と湧き上がりつつ、けれどこの恋愛に疎い妹のためにもう少し噛み砕いてルーカスは言葉を付け加えた。
「恋人をつくると領地が豊かになるのでしょうか。第一、毎日忙しくて恋人と過ごす時間などございませんわ。」
リラは当たり前のようにサラッと答えたのだった。
ルーカスは一瞬呆気に囚われ目が点になったが、次の瞬間リラが吃驚するほどに盛大に笑い出した。
「あははは。さすが、我が妹だ。これでは嫁に行くのは当分先だろうな。」
「当たり前ですわ。まだ成人しておりませんもの。」
リラはあまりにもルーカスが笑うので、少し恥しそうにしながらムッとした表情でそう答えるのだった。
「あれは意思が固いから、成人するまで男性をそういった目で見ることは自分から憚るでしょうね。まったく面白味のない妹ですよ。」
ルーカスは苦笑しながら溜息混じりでクライヴにそう言うのだった。
そうは言われてもクライヴも容易に安心できるわけではなかった。
クライヴは皇子としての公務があり、容易にここに訪れることが許されるわけではなかった。
「次はいつ帰省するのだろうか。予定など決まっていれば確認させてもらえないだろうか。」
「あー。ちょっと執事に聞いてみますね。」
クライヴからルーカスの執事からリラの学園行事に大まかな予定を見せてもらうと、ささっと書き写した。
ルーカスは驚くほどに熱心なクライヴの姿勢にますます興味を惹かれた。
「夏頃、また訪ねても問題ないだろうか。」
クライヴは確実な日程をルーカスに伝えることはできなかった。
リラが成人するまで縁談を持ち込むことは難しいため、正式な名目で訪れることは難しく、しばらくは公務の合間を縫って訪れるしかないだろう。
「はい。もちろんですよ。そのときはリラに逢えるといいですね。」
ルーカスは苦笑いしながら、そう言った。
クライヴも確実な予定を告げられない現状、リラを常に屋敷に縛り付けることはできなかった。
「ああ。ありがとう。」
クライヴはそう挨拶すると屋敷を出て行った。
それからクライヴはリラの夏季休暇、冬季休暇などの長期休暇の合間に何度かアリエス領を訪れるも一度も顔を合わせることは叶わず、毎度ルーカスに連れられてアリエス領を見学する羽目になったのだった。
クライヴはその全てを食い入るように聞いていた。
純粋で心優しく聡明なリラはクライヴが思い描いた以上の女性だった。
「是非、婚約を申し出たい…。」
クライヴは思わずそう呟いた。
ルーカスはその言葉に驚きのあまり笑い出した。
「いやー。我が妹ながら皇子様にまで見染められるとは…。」
それは決して馬鹿にしているようではなく、何処か自慢しているように楽しげだった。
「あいつは昔からいろんな子息に好かれたが、本当に碌な男がいなくて兄としてはほとほと困り果てていたんですよ。」
ルーカスは以前リラに持ちこまわれた縁談の話を始めた。
取引先の伯爵家当主がリラの経営力に惚れ込み、息子に嫁がせたいとのことだった。
ルーカスも何度か顔を合わせていたが、この息子は口下手で頼りなく、可愛い妹の婿になるとは考えたくもなかった。
ただアリエス家と同等の爵位に加えて、財力はアリエス家よりもあり、財産保持の一点だけを取れば申し分はなかった。
ルーカスは不満に思っていたが、曲がりなりにも取引先、当人同士が納得しているならば致し方ないと傍観していたが、リラは何の躊躇いもなく断ったのだ。
「婚約は成人を迎えてからと法律で決まっております。ご縁がございましたら、三年後にお声がけください。」
リラの言葉は、この国の法律を考えると最もな意見であった。
リラの父であるチャールズ・アリエスは、本人が望まないのだから致し方ないと丁重に断ったそうだ。
ルーカス曰く、このようなやり取りが今まで数回あり、今ではリラに相談するまでもなくチャールズは縁談をすべて断っているそうだ。
ルーカスの話を聞き、クライヴはハッとした。
「アベリア国では成人を迎えないと婚約が成立しないのか。では、今、婚約を申し込んでも断られるということか。」
「でしょうね。」
ルーカスは肩をすくめた。
法律では婚約は成人後となっているが、貴族の間で口約束の婚約を行なっているものもいた。
けれど、一国の皇子となれば別の話であろう。
国民の手本となり一番に法律を重んじなければならない立場である。
いくら他国の皇子とはいえ、それを例外とすることはできない。
「しかし、三年後までに誰かに盗られないか、心配ではあるな…。」
クライヴは、そんな言葉を漏らすとルーカスは盛大に笑った。
「ははは。いや、それはないかと思いますよ。あの子は恋愛にかなり疎いところがありますから。」
ルーカスはクライヴにその根拠を裏付けるようにある話を始めた。
リラへの縁談を断るようになってから、数多くの令息たちからは絶えずデートの誘いや手紙が送られてきたが、リラはそのすべて断っていた。
「リラ嬢、この後時間があれば一緒に昼食などいかがだろうか。」
ちょうど商談を終え、ある令息が恥じらいながらもリラを誘うのだった。
(これで何度目だろうか…。)
たまたま一緒にいたルーカスはポケットに手を入れながら、その様子を眺めていた。
「ありがとうございます。ですが、『やらなければならない仕事』が詰まっておりまして。またの機会にお誘いいただけますか。」
リラの場合の『やらなければならない仕事』とは、書類仕事なんて一般的なものではなく、羊の世話、ハンナさんの愚痴の聞き、子供たちの料理教室であった。
リラは自分の仕事はなるべく早く済ませ、空いた時間は『やらなければならない仕事』のために馬にまたがり出かけていり姿をよく目にしていた。
「そ、そうですか。またお誘いさせていただきますね。」
「はい。楽しみにしております。」
(これでは、魔性の女だな…。)
リラはにっこり挨拶するのを他所に、ルーカスはやれやれという表情を浮かべた。
「なんで、いつも断るんだ。一度くらい付き合ってやってもいいだろう。」
「そんなこと言われましても、『やらなければならない仕事』がたくさんございますもの。」
揺れる馬車の中でルーカスは恋愛に興味がなさそうなリラの真意を尋ねてみるも、リラは車窓を眺めながら不貞腐れたように答えるだけだった。
「それって子供たちの料理教室だろう。」
ルーカスは呆れたように肩をすくめた。
ルーカスも子供が嫌いなわけではないが、リラの子供好きには敵わなかった。
リラは基本的に月に一度は子供を屋敷に招いてで料理を教えていた。
「そんな言い方よくないですよ。みんなとっても楽しみにしているんですよ。それに、子供の発想は豊かでこちらが勉強させられますよ。」
この料理教室はリラの母が時折開いていた。
それを受け継ぐように今年になって、この教室をリラは初めていたのだった。
リラは亡き母に親孝行をしているつもりなのだろう。
さすがのルーカスもその想いを否定する気は全くないのだが、リラは当時十五歳であった。
大抵の娘はこの年齢になれば、恋や異性の話題で持ちきりなのではないかとルーカスは思った。
また、一般的な貴族令嬢であれば結婚を意識して男性を見ていてもおかしくない年齢なのだろう。
ルーカスも時折商談で訪れた屋敷で、リラと同じくらいの年齢の令嬢が必要以上に自分をアピールされることがあるくらいだ。
法律上、婚約や結婚は成人してからではあるが、貴族同士の政略結婚を考えるとそれでは遅すぎると思う者も多いだろう。
根回しというべきか、口約束は当たり前のように行われていた。
「そうではなくて、男には興味ないのかと聞いているんだ。」
痺れを切らしたルーカスは単刀直入にリラに尋ねてみた。
「男性に興味が必要なのですか?」
リラは意味が首を傾げた。
これまたルーカスの意図が理解できていないようなとぼけた表情にも伺えた。
「いや。まあ。必ずしもではないが、恋人のひとりやふたりくらい欲しいのではないのか、と思っただけだ。」
質問しておきながら馬鹿馬鹿しい気持ちが沸々と湧き上がりつつ、けれどこの恋愛に疎い妹のためにもう少し噛み砕いてルーカスは言葉を付け加えた。
「恋人をつくると領地が豊かになるのでしょうか。第一、毎日忙しくて恋人と過ごす時間などございませんわ。」
リラは当たり前のようにサラッと答えたのだった。
ルーカスは一瞬呆気に囚われ目が点になったが、次の瞬間リラが吃驚するほどに盛大に笑い出した。
「あははは。さすが、我が妹だ。これでは嫁に行くのは当分先だろうな。」
「当たり前ですわ。まだ成人しておりませんもの。」
リラはあまりにもルーカスが笑うので、少し恥しそうにしながらムッとした表情でそう答えるのだった。
「あれは意思が固いから、成人するまで男性をそういった目で見ることは自分から憚るでしょうね。まったく面白味のない妹ですよ。」
ルーカスは苦笑しながら溜息混じりでクライヴにそう言うのだった。
そうは言われてもクライヴも容易に安心できるわけではなかった。
クライヴは皇子としての公務があり、容易にここに訪れることが許されるわけではなかった。
「次はいつ帰省するのだろうか。予定など決まっていれば確認させてもらえないだろうか。」
「あー。ちょっと執事に聞いてみますね。」
クライヴからルーカスの執事からリラの学園行事に大まかな予定を見せてもらうと、ささっと書き写した。
ルーカスは驚くほどに熱心なクライヴの姿勢にますます興味を惹かれた。
「夏頃、また訪ねても問題ないだろうか。」
クライヴは確実な日程をルーカスに伝えることはできなかった。
リラが成人するまで縁談を持ち込むことは難しいため、正式な名目で訪れることは難しく、しばらくは公務の合間を縫って訪れるしかないだろう。
「はい。もちろんですよ。そのときはリラに逢えるといいですね。」
ルーカスは苦笑いしながら、そう言った。
クライヴも確実な予定を告げられない現状、リラを常に屋敷に縛り付けることはできなかった。
「ああ。ありがとう。」
クライヴはそう挨拶すると屋敷を出て行った。
それからクライヴはリラの夏季休暇、冬季休暇などの長期休暇の合間に何度かアリエス領を訪れるも一度も顔を合わせることは叶わず、毎度ルーカスに連れられてアリエス領を見学する羽目になったのだった。
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