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レイラの薔薇

クライヴの徒労

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 その翌週。
 リラは何事もなかったかのように会合に参加した。

 会合への参加が遅くなったことに対してネロベルク伯爵をはじめとする現場責任者へ非礼を詫びたが、形式だけの上流貴族の参加は既に終えておりリラを咎めるものはいなかった。

 むしろ議題に上がっていた数々の問題へ的確に意見を述べるリラをアクイラ国の役人たちは終始呆気に取られていた。



 半年後。
 現場作業はいよいよ始動した。

 クライヴはシグネス川近くで視察があったため、無理を言って予定を調整し、橋梁建設現場を見学に訪れたのだった。
 目的はただひとつリラに逢うためであった。

 クライヴはこの半年間、リラを目の当たりにしたあの光景を忘れた日はなかった。

 公務の合間に橋梁建設の資料に目を通したりや関係する役人に話を聞くと会議では、とても聡明な少女が会議に参加しているため予定よりも順調だということだった。
 クライヴはすぐさまそれがリラだと気づき、自分のことのように嬉しくなった。



 クライヴは逸る気持ちを抑えて、まずは建設現場に訪れると、作業員たちが口々にリラの名前を言っているのだった。

「いやー、リラちゃん。本当に可愛かったなー。」

「本当、あんなご令嬢見たことないよ。」

「長く建設業の仕事をしているがこんな懇親会が開かれたのは初めてだよ。」

(懇親会…?)

 不思議に思ったクライヴは近くの作業員に尋ねた。

「おい。懇親会とは何のことだ?」

 作業員はクライヴは柄になく少し苛立っているように見受けられた。

「な、なんだよ。昨日、参加してなかったのか。お昼に懇親会が開かれて、リラちゃんがみんなの食事を準備してくれたんだよ。」

 クライヴはその話を聞くも驚きのあまりに耳を疑った。
 こんなただの建設現場で作業員のために食事が振る舞われるなど聞いたことがなかったのだった。

「なんだよ。俺らも暇じゃないんだ。詳しく知りたいなら、管理小屋にいるサム様んとこ行ってくれ。あいつはいつも暇そうにしているから。まったく貴族ってだけでいいご身分で。いつも偉そうにしやがって。ほんとリラちゃんの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだよ。これだから、お貴族様は。」

 作業員はそういうと去っていった。
 どうやら、この作業員は皇子の顔を知らないようだった。身なりだけを見て貴族だと思ったのだろう。

 しかし、そんな不敬な態度もクライヴにとってはどうでもよかったのだ。
 昨日何が起こったのか気になり、すぐさま管理小屋へ向かった。

 管理小屋ではネロベルク伯爵の嫡子であるサム・ネロベルクがひとり鼻歌混じりに優雅に紅茶を飲んでいた。

 ドンッ。

 クライヴは勢いよく管理小屋の扉を開けるとズカズカとサムに近寄った。

「ででででで、殿下…!?」

 サムは突然のクライヴの登場に驚き思わず紅茶を零した。

「あちっ。」

「昨日の報告をしろっ。」

 クライヴはそう告げた。
 しかし、サムにはさっぱり意味がわからなかった。

 昨日は定例会議の後に懇親会を終え、今日の現場作業に備えて早々に解散になったのだった。
 クライヴに報告するような特筆したものはなかった。

 けれど、クライヴのこの剣幕である、日頃から何かにつけて仕事をサボり癖のあるサムは、会議で何か重要事項を聞き逃したのかと思い急いで議事録を確認しようと書類棚へ向かった。

「そうではない。懇親会の様子を報告してほしいのだ。」

 クライヴは書類を確認するサムを制止した。

「へ?」

 サムはクライヴのあまりの剣幕に対して予想外の言葉に驚き書類をバサバサと落とした。

「昨日の懇親会でのリラ嬢の様子を報告しろ。」

「リラちゃんの様子?」

「チッ。(リラちゃんだと馴れ馴れしい…。)」

 クライヴはサムをものすごい形相で睨みつけながら舌打ちをした。
 サムはこの状況の意味がわからず説明を求めたい気もするが、クライヴのあまりの怒気に気圧され聞き返すことはできなかった。

「えっと、昨日…」

 サムによれば、リラの提案で、現場作業員の懇親会として昼食を振る舞ったそうだ。
 管理小屋では、朝早くから無骨な長テーブルには、につ詳しくないほどの綺麗なテーブルクロスが敷かれ、アリエス伯爵家の料理人たちが準備した料理や地元の果実が並べられていたそうだった。

 当のリラは、準備の手伝いから給仕まで行い、その後は現場作業員ひとりひとりに丁寧に挨拶をして回ったそうだった。

「そのときの優しい笑顔はもう天使か女神のようで誰もが魅了されておりました…。」

 サムは祈るように両手を組み目を輝かせうっとりしながら、そう話すのだった。

 クライヴはその話を終始驚きながらも感心したように耳を傾けながら、リラに益々興味を惹かれるのだった。

 クライヴに今まで言い寄ってきた人間など自分の私利私欲のために、自分の媚を売る者たちだった。
 リラのように他人のために何か行動する人間などみたことがなかったのだった。

「いいか、サム。今後、リラ嬢が何か催すときはあらかじめ俺に通達するように。」

 クライヴはそう言い残すと管理小屋を飛び出していった。
 残されたサムは何が何だかわからないまま、その場に佇んでいた。

 クライヴはそのまま馬に跨ると、急いでアリエス伯爵邸に向かった。
 クライヴは高揚していた。
 今まで感じたことのない感情を抑えるのに必死だった。



 伯爵家に到着すると、アリエス伯爵ことリラの父であるチャールズ・アリエスは息を切らしたクライヴの到着に腰を抜かしそうなほどに驚いた。
 しかし、一国の皇子の来訪を無碍にすることもできず、急いでサロンに案内した。

 クライヴはソファに腰を下ろすも、くつろぐ様子もなく背筋を伸ばしたままだった。
 チャールズはクライヴの正面に腰掛けるも、そのただならぬ様子に冷や汗が止まらなかった。

「先触れもなく訪ねて申し訳ない。アリエス伯爵、急ぎ尋ねたいことがあった。」

「いかがされたのでしょうか…。」

 チャールズは少し声を振るわせながら尋ねた。

「その、リラ・アリエスと話がしたくて…。」

 クライヴは珍しく少し躊躇いながらそう口にした。
 クライヴが女性の名前を口にするのは、もしかしたら人生で初めてかもしれなかった。

 一方、チャールズは何を勘違いしたのか顔が真っ蒼になっていた。

(リラが何かアクイラ国皇子に粗相でもしたのだろうか…。)

 チャールズがそう思うのも無理はなかった。
 そうでなければ、クライヴのような皇族がわざわざ片田舎の伯爵家に先触れもなく出向くなど考えられないのだった。
 まさかクライヴがリラに惹かれていて直々に訪ねてきたなどチャールズは考えもしなかった。

 先日の会合でクライヴがリラに面会を要請したにも関わらず子守が忙しいと断っていたのが、それがそんなにも気に入らなかったのだろうか。
 それとも自分の知らない間に何か不敬を働いたのだろうか。

 チャールズは今にも心臓が飛び出そうなほどに早鐘を打ち座っているのも苦しいほどだった。

「む、娘が何かいたしましたでしょうか…。」

 チャールズは恐る恐るクライヴに尋ねると、クライヴは静かに首を横に振った。

「いや、話がしたいだけだ。昨日、素晴らしい懇親会が開かれたとのことで是非話してみたくなって。」

 クライヴは恥じらいを隠しきれずに少し俯き頬を染めた。

「あ、そういうことですか。それはそれは娘もきっと喜びます。帰ってきたら伝えておきますよ。」

 チャールズはほっと胸を撫で下ろして、笑顔でそう告げた。

「いや、そうではなくて、自分で伝えたいので。その、リラ嬢のいる場所を教えてもらえないだろうか。」

 クライヴは逸る気持ちを抑えて努めて丁寧に話した。
 しかしチャールズの表情は次第に険しくなっていったのだった。

「も、申し訳ありません。リラは今朝から皇都に出掛けておりまして一週間ほど帰宅する予定はないのですが…。」

(皇都…。)

 クライヴは愕然とした。
 昨日までアリエス領にいたのに、たった一日違いでこんなにも逢えないとは、何ともやるせない思いに包まれた。
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