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レイラの薔薇
クライヴとシグネス川
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それからしばらくすると、クライヴは父であるアクイラ国皇から外交を任されるようになったのだった。
時を同じくしてシグネス川に掛かける新しい橋梁のアベリア国との共同建設事業が持ち上がった。
クライヴの補佐に命じられた役人は何の気なしに外交官になりたてのクライヴに初回の会合を見学しないかと持ちかけたのだった。
「来月、新しい橋梁建設現場の近くで主要な役人を集めて初回の会合が行われます。もしよろしければ殿下もご参加されてはいかがでしょうか。」
外交官になってからのクライヴは今まで以上に夜会や茶会に誘われることが多く嫌気がしていた。
そんなときに持ち上がった話であった。
会合にはさして興味はなかったものの、この共同事業の重要性も重々承知していた。
それにに会合に出るのは男ばかりでその後に夜会を催すことなどないだろう。
「ああ。参加するとしよう。」
宴を断り続けるのも逃げ回るのも飽き飽きしていたクライヴは気分転換にと二つ返事で承諾した。
会合当日。
クライヴは皇都から遥々三日ほどかけて、シグネス川のほとりまでやってきた。
この日、クライヴは表情には出さないが少しイライラしていた。
昨日、泊まったネロベルク伯爵家の長女が執拗にクライヴに迫ってきたからだ。
ネロベルク伯爵もアリエス伯爵と同じく現場責任者のひとりである。
クライヴが会合に参加するのであれば会合期間中は屋敷に滞在してほしいと強く求められたのだった。
クライヴは断りたくともネロベルク領は林業を営む田舎街であり、クライヴのような皇族が泊まれるような宿もなどひとつもなかった。
そのため仕方がなくこの申し出を受けるしかなかったのだ。
けれど、この伯爵の娘は顔を合わす度に上目遣いをして、胸を寄せて、あからさまにクライヴを誘おうとしていたのだった。
クライヴはそんな猛攻に、ほとほと疲れ果てていたのだった。
(来るのは間違いだっただろうか…。)
目的を果たす前からそんな後ろ向きな言葉が脳裏を過るほどだった。
そんなクライヴはネロベルク伯爵と共に橋梁建設予定地の近くにはある管理用の平屋に案内された。
ここは作業員の休憩所を兼ねており、中に入ると広々とした食堂兼会議室と最低限の台所が設置されていた。
そこには既にリラの父であるチャールズ・アリエス伯爵に兄であるルーカス・アリエス、他には身なりの良い役人から現場の街役人まで一堂に会し席についていた。
クライヴは今回この橋梁事業の重要人物ではなかったので会議の様子を端の席から見学していたのだった。
すると会議の合間の休憩で、とある街役人がルーカスに気軽な調子で声をかけた。
「ルーカスぼっちゃん。今日は、リラちゃんいないんですね。」
その言葉を聞き、他の街役人も驚いたようにあたりを見回した。
「おや!本当だね!リラちゃん、こういうの好きそうですけどね。」
「ああ。リラは今日、所用があって来れないそうだ。」
ルーカスは苦笑しながら役人たちにそう答えていた。
「ああ。珍しいこともあったもんだ。」
「こんな面白そうな話は飛んできそうなのにね。」
「リラちゃん、今頃悔しがっているんじゃないかな。」
役人たちは口々にそう言うのであった。
その様子をクライヴは遠巻きに眺めながら疑問に思った。
(『リラ』とは何者だ…?)
女性の名前のようにも聞こえるが、こんな橋梁の建設会議に興味を持つ女性などいるだろうか。
しばらくすると、会議が終わりクライヴとアクイラ国の役人たちはチャールズとルーカスにアリエス領の主要箇所を案内されることになった。
街を案内するアリエス伯爵に気のいい領民がにこやかに挨拶するのだった。
「伯爵様、こんにちは。あー。建設工事のお役人様の案内を。そりゃ、えらいことで。あれ、リラちゃんは?」
「伯爵様、ルーカス様、こんにちは。あら、今日はリラちゃんはご一緒ではないのですか?」
声をかける領民は然も当たり前のように『リラ』がいないことを指摘してきた。
さすがのクライヴも気になりチャールズに尋ねたのだった。
「失礼、アリエス伯爵。『リラ』とはどなたのことだろうか。」
するとチャールズは驚きつつ、申し訳なさそうな表情で話し始めた。
「リラは私の娘でして…。申し訳ないのですが本日は所用により欠席させていただいております。」
クライヴは目を見開き驚いた。
一国の皇子が訪れているというのだ。
どんなに不釣り合いな場所でも、自分の地位向上のために、貴族は自分の娘を何かの理由につけて紹介するものだと思っていた。
それなのに、この伯爵は娘は所用で欠席していると言うのだ。
今までこんなことが一度でもあっただろうか。
「明日はおそらく出席すると思いますので…。」
クライヴがあまりにも呆気に取られたような表情を浮かべたので、チャールズは申し訳なさそうにそう付け加えた。
「いや、問題ない。気になっただけだ。」
クライヴはチャールズがあまりにも慌てた様子だったので、右手を挙げて問題ないことを告げた。
翌る日。
管理小屋では早速スケジュールなどの説明や相談が行われた。
その会議の合間の休憩にまたしても、ある街役人はチャールズの元にやってきた。
「リラちゃんはいないんですか?」
チャールズはその言葉にビクリッとし言葉をまごつかせていると、違う街役人が会話に割って入ってきた。
「リラちゃんは、ハンナさんとこの子供の世話しているよ。朝、パン屋で話したんだ。」
「あー。ハンナさんとこ!そういや。子供産まれたばっかだったね!」
「ハンナさん、一昨日から体調崩しているんだってさ。それで昨日から面倒見に行っているみたいだよ。いい子だねー。ほんっと、優しいねー。」
「いやー、リラちゃんには頭があがらないねー。でも残念だね。リラちゃんがいればこんな話し早そうなのに。」
街役人たちはクライヴの目の前で、リラが不在の理由をぺらぺら話していたのだった。
クライヴは内心驚いたものの、その会話に静かに耳を傾けていた。
伯爵令嬢の不在の理由が、一領民の子守りだなんて前代未聞であり、クライヴはリラに益々興味が湧いた。
一方のチャールズはクライヴの視線を感じ気まずそうにクライヴの元にやってきた。
「アクイラ国皇子、本当に申し訳ございません。明日は必ず来るように娘に伝えますので…。」
チャールズは冷や汗を垂らしながら、誠心誠意深々とクライヴに頭を下げた。
「所用があるなら仕方がない。けれど、その娘に興味が湧いたのも事実。明日、逢えるのを楽しみしている。」
チャールズはまた深々と頭を下げて、席に戻った。
(領民の子守りを買って出て、会議に参加すると話が早い令嬢とは、どのような女性だろう…。)
クライヴは口元を緩ませ、明日は一体どんな令嬢が現れるのか期待に胸を膨らませた。
その翌日。
チャールズはクライヴを見かけるなり、滝ような汗をかきながら深々と頭を下げた。
「アクイラ国皇子、本当に本当に…申し訳ありません。その、娘が…。今日も忙しく…。」
その言葉にクライヴは、呆気に取られた。
けれど、断固として自分の仕事を優先して来ないことが、なんだか愉快にも感じ苦笑した。
「子守りに忙しいと?」
「はい…。」
チャールズは渋々頷いたのだった。
「いや、自分の責任を果たすことは素晴らしいことだ。むしろ、連れて来いと言った私が不躾だった。どうぞ、頭をあげてくれ。」
クライヴがそういうもチャールズは何度も頭を下げるのだった。
クライヴはその日の会議が終わると、すっとチャールズの元に歩み寄った。
「アリエス伯爵。時間はあるだろうか?」
時を同じくしてシグネス川に掛かける新しい橋梁のアベリア国との共同建設事業が持ち上がった。
クライヴの補佐に命じられた役人は何の気なしに外交官になりたてのクライヴに初回の会合を見学しないかと持ちかけたのだった。
「来月、新しい橋梁建設現場の近くで主要な役人を集めて初回の会合が行われます。もしよろしければ殿下もご参加されてはいかがでしょうか。」
外交官になってからのクライヴは今まで以上に夜会や茶会に誘われることが多く嫌気がしていた。
そんなときに持ち上がった話であった。
会合にはさして興味はなかったものの、この共同事業の重要性も重々承知していた。
それにに会合に出るのは男ばかりでその後に夜会を催すことなどないだろう。
「ああ。参加するとしよう。」
宴を断り続けるのも逃げ回るのも飽き飽きしていたクライヴは気分転換にと二つ返事で承諾した。
会合当日。
クライヴは皇都から遥々三日ほどかけて、シグネス川のほとりまでやってきた。
この日、クライヴは表情には出さないが少しイライラしていた。
昨日、泊まったネロベルク伯爵家の長女が執拗にクライヴに迫ってきたからだ。
ネロベルク伯爵もアリエス伯爵と同じく現場責任者のひとりである。
クライヴが会合に参加するのであれば会合期間中は屋敷に滞在してほしいと強く求められたのだった。
クライヴは断りたくともネロベルク領は林業を営む田舎街であり、クライヴのような皇族が泊まれるような宿もなどひとつもなかった。
そのため仕方がなくこの申し出を受けるしかなかったのだ。
けれど、この伯爵の娘は顔を合わす度に上目遣いをして、胸を寄せて、あからさまにクライヴを誘おうとしていたのだった。
クライヴはそんな猛攻に、ほとほと疲れ果てていたのだった。
(来るのは間違いだっただろうか…。)
目的を果たす前からそんな後ろ向きな言葉が脳裏を過るほどだった。
そんなクライヴはネロベルク伯爵と共に橋梁建設予定地の近くにはある管理用の平屋に案内された。
ここは作業員の休憩所を兼ねており、中に入ると広々とした食堂兼会議室と最低限の台所が設置されていた。
そこには既にリラの父であるチャールズ・アリエス伯爵に兄であるルーカス・アリエス、他には身なりの良い役人から現場の街役人まで一堂に会し席についていた。
クライヴは今回この橋梁事業の重要人物ではなかったので会議の様子を端の席から見学していたのだった。
すると会議の合間の休憩で、とある街役人がルーカスに気軽な調子で声をかけた。
「ルーカスぼっちゃん。今日は、リラちゃんいないんですね。」
その言葉を聞き、他の街役人も驚いたようにあたりを見回した。
「おや!本当だね!リラちゃん、こういうの好きそうですけどね。」
「ああ。リラは今日、所用があって来れないそうだ。」
ルーカスは苦笑しながら役人たちにそう答えていた。
「ああ。珍しいこともあったもんだ。」
「こんな面白そうな話は飛んできそうなのにね。」
「リラちゃん、今頃悔しがっているんじゃないかな。」
役人たちは口々にそう言うのであった。
その様子をクライヴは遠巻きに眺めながら疑問に思った。
(『リラ』とは何者だ…?)
女性の名前のようにも聞こえるが、こんな橋梁の建設会議に興味を持つ女性などいるだろうか。
しばらくすると、会議が終わりクライヴとアクイラ国の役人たちはチャールズとルーカスにアリエス領の主要箇所を案内されることになった。
街を案内するアリエス伯爵に気のいい領民がにこやかに挨拶するのだった。
「伯爵様、こんにちは。あー。建設工事のお役人様の案内を。そりゃ、えらいことで。あれ、リラちゃんは?」
「伯爵様、ルーカス様、こんにちは。あら、今日はリラちゃんはご一緒ではないのですか?」
声をかける領民は然も当たり前のように『リラ』がいないことを指摘してきた。
さすがのクライヴも気になりチャールズに尋ねたのだった。
「失礼、アリエス伯爵。『リラ』とはどなたのことだろうか。」
するとチャールズは驚きつつ、申し訳なさそうな表情で話し始めた。
「リラは私の娘でして…。申し訳ないのですが本日は所用により欠席させていただいております。」
クライヴは目を見開き驚いた。
一国の皇子が訪れているというのだ。
どんなに不釣り合いな場所でも、自分の地位向上のために、貴族は自分の娘を何かの理由につけて紹介するものだと思っていた。
それなのに、この伯爵は娘は所用で欠席していると言うのだ。
今までこんなことが一度でもあっただろうか。
「明日はおそらく出席すると思いますので…。」
クライヴがあまりにも呆気に取られたような表情を浮かべたので、チャールズは申し訳なさそうにそう付け加えた。
「いや、問題ない。気になっただけだ。」
クライヴはチャールズがあまりにも慌てた様子だったので、右手を挙げて問題ないことを告げた。
翌る日。
管理小屋では早速スケジュールなどの説明や相談が行われた。
その会議の合間の休憩にまたしても、ある街役人はチャールズの元にやってきた。
「リラちゃんはいないんですか?」
チャールズはその言葉にビクリッとし言葉をまごつかせていると、違う街役人が会話に割って入ってきた。
「リラちゃんは、ハンナさんとこの子供の世話しているよ。朝、パン屋で話したんだ。」
「あー。ハンナさんとこ!そういや。子供産まれたばっかだったね!」
「ハンナさん、一昨日から体調崩しているんだってさ。それで昨日から面倒見に行っているみたいだよ。いい子だねー。ほんっと、優しいねー。」
「いやー、リラちゃんには頭があがらないねー。でも残念だね。リラちゃんがいればこんな話し早そうなのに。」
街役人たちはクライヴの目の前で、リラが不在の理由をぺらぺら話していたのだった。
クライヴは内心驚いたものの、その会話に静かに耳を傾けていた。
伯爵令嬢の不在の理由が、一領民の子守りだなんて前代未聞であり、クライヴはリラに益々興味が湧いた。
一方のチャールズはクライヴの視線を感じ気まずそうにクライヴの元にやってきた。
「アクイラ国皇子、本当に申し訳ございません。明日は必ず来るように娘に伝えますので…。」
チャールズは冷や汗を垂らしながら、誠心誠意深々とクライヴに頭を下げた。
「所用があるなら仕方がない。けれど、その娘に興味が湧いたのも事実。明日、逢えるのを楽しみしている。」
チャールズはまた深々と頭を下げて、席に戻った。
(領民の子守りを買って出て、会議に参加すると話が早い令嬢とは、どのような女性だろう…。)
クライヴは口元を緩ませ、明日は一体どんな令嬢が現れるのか期待に胸を膨らませた。
その翌日。
チャールズはクライヴを見かけるなり、滝ような汗をかきながら深々と頭を下げた。
「アクイラ国皇子、本当に本当に…申し訳ありません。その、娘が…。今日も忙しく…。」
その言葉にクライヴは、呆気に取られた。
けれど、断固として自分の仕事を優先して来ないことが、なんだか愉快にも感じ苦笑した。
「子守りに忙しいと?」
「はい…。」
チャールズは渋々頷いたのだった。
「いや、自分の責任を果たすことは素晴らしいことだ。むしろ、連れて来いと言った私が不躾だった。どうぞ、頭をあげてくれ。」
クライヴがそういうもチャールズは何度も頭を下げるのだった。
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