結婚する気なんかなかったのに、隣国の皇子に求婚されて困ってます

星降る夜の獅子

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番外編

リラのマフィン

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 これはリラたちがアベリア学園二年生のときのお話しです。

 アベリア学園では二ヶ月に一度ほど女生徒には調理実習の授業があった。
 庶民の家庭料理から、簡単な焼き菓子などを教えていた。

 けれど、貴族の名門学園では調理実習の授業など飯事に等しい。
 一般的な貴族の屋敷では料理人を雇っており、食事の準備はすべてそのものが行うのが当たり前であって、自ら野菜を切ったり炒めたることなど日常では行うことなど皆無であった。
 そのため、調理実習に無関心な令嬢が多く、露骨に食材を触るのを嫌がるものもしばしばいるくらいだった。

 しかし、今日の授業は一味違う。今日は女性が男性に菓子と共に想いを伝える日、バレンタインデーである。
 昨今、自分で作った菓子を意中の男性に贈るのが人気になっており、教員が気を利かせて、人気のスイーツカフェのパティシエを臨時講師に招き、簡単な焼き菓子を作ることになったのだった。

 これには普段、調理実習に無関心な令嬢も黙ってはいない。
 いつになく積極的に最前列の席を陣取り、パティシエの説明を熱心に聞くのであった。

 令嬢たちが調理実習を行うのは、家庭科室という専用の教室で、流し台がついた調理台が数台配置されていた。
 台の上にはすでにレシピと卵や小麦などの材料に加えて、ドライフルーツやチョコレートにナッツなどが数種類が準備されていた。

 今日の作る菓子はマフィンである、材料を混ぜ生地を型に流し込むだけなので然程難しくはなく、調理が不得手な令嬢でも比較て簡単にできる。
 けれど、それだけでは皆等しく同じ見た目で、味気ない。

 そこで、パティシエは気を利かせて、トッピングにドライフルーツやチョコレートなどを使って、オリジナリティ溢れるマフィンを作って楽しめるようにしたのだ。

 パティシエは、令嬢を集めて、教員用の調理台でレシピに沿って、材料を混ぜプレーンの生地を作ってみせた。
 それを食い入るように見ると令嬢たちは自分の調理台に戻り同じように作り始めるのだった。

 その頃、リラはというと、アビーとクリスティーヌと共に一番後ろの調理台に戻り、三人で仲良く話をしながら材料を混ぜ生地を作っていた。
 リラは昔から菓子作りが好きで、領地では収穫祭に子供たちとかぼちゃのタルトを作ったこともしばしばあるくらいだ。(※第12話『クライヴの確認』参照。)リラにとってマフィンは幾度となく作ったことがあり、レシピを見るまでもなかった。

「リラ様、こちらでよろしいですか。」

 そんなリラの料理好きを知っているふたりは、令嬢たちに質問攻めに合っているパティシエではなくリラに手順を確認するのだった。

「はい。クリスティーヌ様はよろしいかと思いますよ。アビー様はもう少し混ぜたほうがよろしいかと。」

「わかりましたわ。私、ドライフルーツを使いたいのですが、いつ入れればいいのでしょう。」

「そうなんですね。生地が混ぜ終わったら最後に入れて混ぜ合わせましょう。」

 そんな話をしながら三人は順調に生地を作り、それぞれ四つの型に流し込んだ。

 焼き釜は隣の部屋に調理台と同じ数だけあり、調理台に記載されている番号の釜に出来上がった調理台から焼いていくのだった。

 リラたちも焼き釜にマフィンを入れ、焼き上がるまで紅茶でも飲みながら楽しく待つのであった。

「リラ様。こちらのマフィン誰かにお渡しされますの。」

「ふたつはおふたりに差し上げようと思います。」

「まあ、ありがとうございます!私のも良かったらもらっていただけませんか。」

「ありがとうございます!私のも是非!」

 ふたりは大喜びだった。何度かリラの菓子をもらったことがあるが、そのどれもが人気のスイーツカフェと遜色ないほどに美味しいのだった。

「ちなみに他のはどうしますの。」

「あとは、いつもお世話になっている司書のマーク様に差し上げようかと思っております。他は、侍女か執事に差し上げようかと。」

「まあ、ロイド様にはお渡ししないのですか。」

 クリスティーヌは思わず尋ねた。アビーも大きく頷いた。
 ふたりは、ロイドがリラを好いていることに気づいており、密かにロイドを応援していたのだ。

「そうですね。けれど、今日のロイド様は、マフィンが恐くなるくらいに、たくさんいただくことになるのではないでしょうか。」

 リラは苦笑いしながら、そう言った。

((まあ、そうかもしれませんが、それとこれとは話が別というか…。))

 ふたりもリラの言葉に納得しつつも苦笑した。

 そんな話をしていると、ふっくらした狐色のマフィンは焼き上がり、授業終了のベルが鳴った。
 そのベルを合図に、マフィンを持った令嬢たちは一斉に家庭科室から飛び出し、我先にとロイドの待つ教室へと向かうのだった。

 一方のロイドは教室で次の授業の準備をのんびりしていると、息を切らした令嬢たちが目の色を変えて自分に向かってくるではないか。

「ロイド様、私のマフィンをいただいてくださいませんか。」

「ロイド様。私、ロイド様のことを思って作りましたの。」

「ロイド様。私のは、ブルーベリーチョコマフィンですの。誰のよりも美味しいですわ。」

 有無を言わせないその形相に圧倒されながら、ロイドはマフィンを受け取っていった。

「あ、ありがとう…。」

 ロイドは押し寄せる令嬢にひとりひとり感謝の言葉を贈りながら、今日はなぜこんなにもマフィンをもらうのかと疑問を抱いた。

「ロイド様、今日はバレンタインデーですよ。」

 ロイドの頭に疑問符が浮かんでいると察知したレナルドはすかさず、ロイドに耳打ちした。

「バレンタインデー…。そうか、今日だったか。」

 このところ公務に忙殺され、この行事を完全に忘れていた。
 昨年は学園の令嬢たちからの菓子を受け取るだけでも一苦労だった。それに加え、貰った菓子を見てみると無害なものから得体の知れないものまで、その後一ヶ月は菓子恐怖症になったことを思い出した。

 今、受けっ取っているマフィンも見目がいいものから、生焼けではないかと見るからにネットリしたもの、また毒々しい色のものまで様々だった。とても同じレシピで同じ講師に教えてもらったとは思えなかった。

 その後ロイドは休み時間の度に令嬢からマフィンを受け取っていた。
 ロイドは期待を胸に時折リラの様子を伺うも、リラは何も気づかぬ様子でアビーとクリスティーヌと談笑をしていた。

(そういえば、昨年も菓子をもらえなかったな…。)

 不意にロイドはそんなことを思い出した。


★ ★ ★

 昨年、リラはロイドに日頃の感謝を込めて手作りの菓子を渡そうと思っていたが、ロイドに菓子を渡す令嬢たちの列があまりに長く、放課後の遅い時間にゆっくり渡す予定だった。
 しかし、リラがロイドに菓子を渡しに来たのは、長い行列が終わり、まさにぐったりしているそのときだった。

「も、もう、菓子はいらん…。」

 思わず、教室に入ってくるリラに気づかずロイドはそう呟いてしまったのだった。

 これを耳にしたリラは思わず、手に持っていた包みを引っ込めたのだ。
 慌てふためくロイド、リラの菓子など喉から手が出るくらいに欲しい。

「すいません。もう甘いものは十分ですよね。」

「いや、あ、えっと…。その…。」

 素直に、欲しいと言えばいいものを先ほど自分で要らないと呟いてしまった手前言葉が出てこなかった。

「いえ、すでに沢山いただいていらっしゃるみたいですし、とてもこんな量とても食べきれないと思いますので、お気を遣わないで大丈夫ですよ。」

 リラは、普段と変わらずにっこり笑ってそう告げた。

☆ ☆ ☆

 授業終わり。
 リラは、ロイドの前に長蛇の列ができているのを横目に、予定通り図書館に向かった。もちろん、目的は司書のマークにマフィンを渡すためだった。

 その後は、少し調べ物をしつつ、教室に戻ると予想通りぐったりしたロイドとレナルドに出会した。

「おつかれさまです、ロイド様、レナルド様。」

 リラはロイドとレナルドに労いの言葉をかけると、ロイドはリラの優しい言葉に顔をほころばせた。

「ああ、リラ嬢もマフィンをくれるのか。」

「え。」

 ロイドは一気に緊張が解けた勢いで思わず本音を溢してしまったのだ。
 自分の発言をすぐさま理解し、ロイドは一瞬にして赤面した。

 リラもまたロイドから出た予想外の言葉に驚いた。
 なぜなら、すでにロイドの机には数十個というマフィンが積まれているのだ。これをすべてひとりで食べると思うと、見ただけで胃もたれしそうだった。

「ロイド様。そんなに甘いものお好きだったのですか。」

 リラは、好きにしても食べ過ぎではないかと困惑するが、ロイドからするとリラのだから欲しいのだ。

「あ、いや、すまない。なんというか、先ほどまでずっと令嬢からマフィンを受け取っていて、その流れで出てしまった言葉だ。」

「ふふふ。そうですよね。食べ過ぎにはお気をつけください。」

 けれど、素直になれないロイドはまたもや正直な気持ちを誤魔化すのだった。
 そんなロイドに頬杖を付き冷たい視線を送るレナルドだった。

(欲しいと言えば良いのに…。)

 不意にリラはレナルドの机に目をやるとあることに気づいた。

「あれ。レナルド様はマフィンいただいてないのですか。」

 ロイドは何十個というマフィンが積まれているのに対して、レナルドの手元にはひとつもマフィンがないことに気づいた。
 レナルドも学園では人気の令息トップファイブに入るほどだ。レナルドがマフィンをもらえないなどある筈がない。おそらくロイドにマフィンを渡すための令嬢の整理や警護などでマフィンを受け取ることを断ったのだろう。

「もしよろしければ、おひとついかがですか。」

 そういうとリラはにっこり笑ってレナルドにマフィンをひとつ手渡した。
 突然のことにレナルドは頬を染めた。

「あ、ありがとうございます。」

 ロイドは目を見開き口をあんぐり開け動けずにいた。

(なぜ、レナルドなのだ…。)

「では、私は失礼しますね。ロイド様、お身体を大事に、甘いものはほどほどにしてくださいね。」

 そう言ってリラはにこやかに手を振ると帰宅していった。


 リラが教室を去った後、ロイドはリラからもらったレナルドのマフィンをじろりと見た。

「レナルド、寄越せ!」

「嫌ですよ!いっぱいあるじゃないですか。」

「全部やるから、それを寄越せ!」

「そんな物騒なもの要らないですよー。」
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