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観劇
リラのお茶会
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劇場から帰りは、言うまでもなくクライヴに見送られた。
車中での話題は終始、今日は泊まるか泊まらないかであった。
「リラ、やっぱり泊まりに来ないか。ルーカスは了承していたではないか。」
クライヴはリラの隣に座り腰を引き寄せ、リラの頬に首にと口付けを送った。
「お、お兄様が了承しても、お父様はわかりませんから!」
リラは頬を紅らめ、くすぐったいのを我慢しながらそう言った。
クライヴはそんなリラにクスリッと意地悪く笑い、情欲に満ちた切ない視線を送った。
「もう!そんな顔しても行きませんよ!」
リラは顔を背けると、クライヴは後ろから力強くリラを抱きしめた。
リラは一層強く感じるクライヴの熱に甘い薔薇の香りに支配されそうになりながら、必死で理性を保とうとした。
そんな押し問答を続けていると、クライヴは何か閃いたような顔をしてクスリッと笑った。
「では、俺が泊まりに行こうか。」
その言葉にリラは衝撃を受けた。
そんな簡単に泊まりに来ようとしているにも驚くが、リラの滞在しているタウンハウスは一国の皇子を容易にもてなせるほどの豪奢な造りではもちろんないのだ。
それに、父も兄もおらずリラひとりでクライヴをもてなすことなど考えられなかった。
「そ、それはちょっと…。(無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理…!)」
リラは慌てて首をぶんぶん横に振ると、クライヴは吹き出したように笑い出した。
「すまない。可愛いリラの困った顔もまた愛しくて。」
クライヴは、そう言うとリラの額に口付けた。
「もう!」
そんな風に言われてはリラも怒る気になれず、唇を重ねた。
今日もこんな調子で、リラの屋敷に馬車はとっくに到着しているというのに、ふたりなかなか降りては来なかった。
☆ ☆ ☆
翌朝。
リラはアビーとクリスティーヌの茶会まで何をしようかと考えあぐねいていると、以前、学園で取り寄せてもらった編み物の書籍にまだ目を通していないことを思い出した。
(そういえば、あのときクライヴ様に何か作ることを約束していたな…。)
リラは自室に戻り、自前の毛糸の中から一番上等なものを取り出した。
そしてソファに座ると、編み物の書籍のページを捲りながら何を編もうか考え始めた。
昼過ぎ。
リラの屋敷にアビーとクリスティーヌは訪れ、リラはふたりをサロンに案内した。
そこには、急拵えで人気の茶菓子をいくつか取り寄せアフタヌーンティーセットが準備されていた。
ふたりは、それを見るなり目を輝かせて喜んだ。
ふたりがソファに座り、リラは正面のソファに腰掛けた。
侍女が紅茶を運んだのを見て、リラは恥ずかしそうに侍女に目配せをすると侍女も何かを察したのか和かに一礼するとその場を後にした。
リラの侍女は言葉にせずとも、リラとクライヴがただならぬ関係であることは、すでによく知っていた。
それに加えて口が固いためとても信頼できる、聞かれたとて何の差し支えもないだろう。
けれど、リラはこれから話すことがあまりに恥ずかしく、できれば聞く人は少ない方がいい、そう思ってのことだった。
最初は、三人で茶菓子を選びながら、和やかに過ごした。
けれど、ふたりは、本題のリラとクライヴのことが気になりそれどころではなかった。
「このマカロン本当に美味しいですわ。」
「このケーキ、一度いただいてみたかったの。」
口ではそう言うものの、内心はリラがいつ切り出すのかドキドキしていた。
アビーとクリスティーヌはクライヴがアベリア学園に見学に訪れた日から昨日まで、リラがクライヴとあんなにも親密になっているなど夢にも思わなかった。
(今日はどんな素敵な話が聞けるのでしょう。)
リラが結婚に興味ないことも、異性に対して一歩退いた態度をとっていることも、ふたりはよく知っていた。
それなのに、昨日はクライヴの腕をレベッカが掴んだだけで泣き崩れていたのだ。
普段、冷静なリラがあんなにも心を乱すところを見るのは、ふたりとも初めてだった。
この数日間で余程ドラマチックな出来事があったのだろうと、クリスティーナは恋愛小説を読むときのように心躍らせていた。
(今日はどうやったら素敵な殿方を落とせるのか、その秘訣を聞き出さなくては!)
一方のアビーはリラがどうやって、クライヴを落としたのか知りたくて仕方がなかった。
浮いた話の話もなく、成人の宴が終わったというのに見合いの話がひとつないアビーは些か焦っていた。
そのため、もう二、三ヶ月後から始まる春の社交パーティーで魅力的な男性に少しでも気に入られるために、どのような所作をすればいいのかリラから少しでも学びたかったのだった。
リラはというとアビーとクリスティーヌの期待も露知らず、いつどのように話を切り出せばいいのか、自分のことで精一杯だった。
リラからすると、こんな話をふたりにすることさえ、とても恥ずかしいのだ。ふたりはリラの親友とも呼べるべき存在だ。
クライヴの元に通い出したときから、ふたりには経緯を話さなければと思っていた。
思っていたものの、あまりにも恥ずかしい。
ひとりで思い出すだけで頬を紅らめてしまうのだ。
ふたりに話すなど全く叶わないまま、今日この日を迎えてしまったのだ。
できることなら、今日はこのまま茶菓子を楽しんでお開きにしたい、そんな期待をうっすら寄せていた。
そんなリラの思いを察知したのかアビーは、口を開いた。
「それで、リラ様。私たちが知らない間にアクイラ国皇子と何がございましたのでしょうか。」
「え。えっと…。」
あまりにもニコヤカに尋ねてくるアビーに、リラはしどろもどろになりながら一部始終をふたりに話し始めた。
ルーカスの紹介でクライヴの事業を手伝うことになったこと。
クライヴがサプライズでドレスに加えてダンスフロアを準備していたこと。
仕事が終われば毎夜クライヴと晩餐を共にしていたこと。
ふたりは、終始驚きつつもうっとりしながらリラの話に耳を傾けた。
「そ、それで、今ではクライヴ様と恋人になっております。」
リラは真っ紅になりながら、話を終えた。
「はあ…。ふたりだけのダンスなんて…。なんてロマンチックなんでしょう。素敵ですわ…。」
クリスティーヌがうっとりしながら、そんな言葉を漏らした。
「はい。本当に素敵でした。」
リラは今でもあのときのことは鮮明に思い出され、頬をまた紅く染めた。
「それにしても、ルーカス様ともお知り合いなんですね。」
アビーは目を丸くしながら、そう呟いた。
「はい。私よりも、よっぱど親しそうにお話ししてました。」
リラは恥ずかしそうに、そう付け加えた。
「まあ、そうなんですの!アクイラ国皇子はルーカス様とどうやってお知り合いになりましたのでしょうか?」
「そ、それがわからなくて…。仕事関係だと思うのですが、兄に尋ねる前に帰ってしまいまして。」
リラは首を傾げながらアビーの質問に答えた。
「そうなんですの。そういえば、アクイラ国皇子はアリエス領でのリラ様をお見かけしたんですよね。そのときに、ルーカス様とお知り合いになったのではないでしょうか。」
アビーに言われて、リラはハッとした表情を浮かべ考え込んだ。
確かに、その可能性はあった。
ハンナさんのとこのマルクがまだ乳飲子と言っていたから四年ほど前だろうか。(第29話:リラの口角、参照。)
そのときに、何かクライヴがアリエス領に用事でもあるような出来事があったのだろうか。
リラは顎に手を当て考え込むも何も思い出されなかった。
「うーん。クライヴ様が領地に来るような特別な出来事など何もなかったと思うのですが。」
もし、アリエス領に訪れるとすれば、リラの父に挨拶のひとつでもするように言われるだろう。
それに、そんな大層な出来事があれば、印象に残っていると思うのだが、まるで思い出せなかった。
「それで、ご婚約はされたのですか。」
今度はクリスティーヌが尋ねてきた。
「い、いえ、実はまだお返事をしていなくて…。明日にでもお話ししようと思っております…。」
リラは俯きながら恥ずかしそうに答えた。
その表情を見て、アビーとクリスティーヌは顔を見合わせて微笑んだ。
「おめでとうございます。」
「お幸せになってください。」
「ありがとうございます。」
ふたりの賛辞にリラは満面の笑みで礼を言った。
「それで、それで、口付けはもうしましたの!?」
アビーがたまらずそんな話を持ちかけた。
「え、えっと。えっと…。」
「アビー様。そんなのもうお済みに決まっているじゃないですか。あんなに積極的なアクイラ国皇子ですよ。」
リラが言葉を詰まらせているとクリスティーヌはそう言った。
「それもそうね…。ああ、私も素敵な恋愛がしたいですわ。」
その後もふたりの質問は止まることなく、リラは息も絶え絶えに茶会を過ごしていた。
車中での話題は終始、今日は泊まるか泊まらないかであった。
「リラ、やっぱり泊まりに来ないか。ルーカスは了承していたではないか。」
クライヴはリラの隣に座り腰を引き寄せ、リラの頬に首にと口付けを送った。
「お、お兄様が了承しても、お父様はわかりませんから!」
リラは頬を紅らめ、くすぐったいのを我慢しながらそう言った。
クライヴはそんなリラにクスリッと意地悪く笑い、情欲に満ちた切ない視線を送った。
「もう!そんな顔しても行きませんよ!」
リラは顔を背けると、クライヴは後ろから力強くリラを抱きしめた。
リラは一層強く感じるクライヴの熱に甘い薔薇の香りに支配されそうになりながら、必死で理性を保とうとした。
そんな押し問答を続けていると、クライヴは何か閃いたような顔をしてクスリッと笑った。
「では、俺が泊まりに行こうか。」
その言葉にリラは衝撃を受けた。
そんな簡単に泊まりに来ようとしているにも驚くが、リラの滞在しているタウンハウスは一国の皇子を容易にもてなせるほどの豪奢な造りではもちろんないのだ。
それに、父も兄もおらずリラひとりでクライヴをもてなすことなど考えられなかった。
「そ、それはちょっと…。(無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理…!)」
リラは慌てて首をぶんぶん横に振ると、クライヴは吹き出したように笑い出した。
「すまない。可愛いリラの困った顔もまた愛しくて。」
クライヴは、そう言うとリラの額に口付けた。
「もう!」
そんな風に言われてはリラも怒る気になれず、唇を重ねた。
今日もこんな調子で、リラの屋敷に馬車はとっくに到着しているというのに、ふたりなかなか降りては来なかった。
☆ ☆ ☆
翌朝。
リラはアビーとクリスティーヌの茶会まで何をしようかと考えあぐねいていると、以前、学園で取り寄せてもらった編み物の書籍にまだ目を通していないことを思い出した。
(そういえば、あのときクライヴ様に何か作ることを約束していたな…。)
リラは自室に戻り、自前の毛糸の中から一番上等なものを取り出した。
そしてソファに座ると、編み物の書籍のページを捲りながら何を編もうか考え始めた。
昼過ぎ。
リラの屋敷にアビーとクリスティーヌは訪れ、リラはふたりをサロンに案内した。
そこには、急拵えで人気の茶菓子をいくつか取り寄せアフタヌーンティーセットが準備されていた。
ふたりは、それを見るなり目を輝かせて喜んだ。
ふたりがソファに座り、リラは正面のソファに腰掛けた。
侍女が紅茶を運んだのを見て、リラは恥ずかしそうに侍女に目配せをすると侍女も何かを察したのか和かに一礼するとその場を後にした。
リラの侍女は言葉にせずとも、リラとクライヴがただならぬ関係であることは、すでによく知っていた。
それに加えて口が固いためとても信頼できる、聞かれたとて何の差し支えもないだろう。
けれど、リラはこれから話すことがあまりに恥ずかしく、できれば聞く人は少ない方がいい、そう思ってのことだった。
最初は、三人で茶菓子を選びながら、和やかに過ごした。
けれど、ふたりは、本題のリラとクライヴのことが気になりそれどころではなかった。
「このマカロン本当に美味しいですわ。」
「このケーキ、一度いただいてみたかったの。」
口ではそう言うものの、内心はリラがいつ切り出すのかドキドキしていた。
アビーとクリスティーヌはクライヴがアベリア学園に見学に訪れた日から昨日まで、リラがクライヴとあんなにも親密になっているなど夢にも思わなかった。
(今日はどんな素敵な話が聞けるのでしょう。)
リラが結婚に興味ないことも、異性に対して一歩退いた態度をとっていることも、ふたりはよく知っていた。
それなのに、昨日はクライヴの腕をレベッカが掴んだだけで泣き崩れていたのだ。
普段、冷静なリラがあんなにも心を乱すところを見るのは、ふたりとも初めてだった。
この数日間で余程ドラマチックな出来事があったのだろうと、クリスティーナは恋愛小説を読むときのように心躍らせていた。
(今日はどうやったら素敵な殿方を落とせるのか、その秘訣を聞き出さなくては!)
一方のアビーはリラがどうやって、クライヴを落としたのか知りたくて仕方がなかった。
浮いた話の話もなく、成人の宴が終わったというのに見合いの話がひとつないアビーは些か焦っていた。
そのため、もう二、三ヶ月後から始まる春の社交パーティーで魅力的な男性に少しでも気に入られるために、どのような所作をすればいいのかリラから少しでも学びたかったのだった。
リラはというとアビーとクリスティーヌの期待も露知らず、いつどのように話を切り出せばいいのか、自分のことで精一杯だった。
リラからすると、こんな話をふたりにすることさえ、とても恥ずかしいのだ。ふたりはリラの親友とも呼べるべき存在だ。
クライヴの元に通い出したときから、ふたりには経緯を話さなければと思っていた。
思っていたものの、あまりにも恥ずかしい。
ひとりで思い出すだけで頬を紅らめてしまうのだ。
ふたりに話すなど全く叶わないまま、今日この日を迎えてしまったのだ。
できることなら、今日はこのまま茶菓子を楽しんでお開きにしたい、そんな期待をうっすら寄せていた。
そんなリラの思いを察知したのかアビーは、口を開いた。
「それで、リラ様。私たちが知らない間にアクイラ国皇子と何がございましたのでしょうか。」
「え。えっと…。」
あまりにもニコヤカに尋ねてくるアビーに、リラはしどろもどろになりながら一部始終をふたりに話し始めた。
ルーカスの紹介でクライヴの事業を手伝うことになったこと。
クライヴがサプライズでドレスに加えてダンスフロアを準備していたこと。
仕事が終われば毎夜クライヴと晩餐を共にしていたこと。
ふたりは、終始驚きつつもうっとりしながらリラの話に耳を傾けた。
「そ、それで、今ではクライヴ様と恋人になっております。」
リラは真っ紅になりながら、話を終えた。
「はあ…。ふたりだけのダンスなんて…。なんてロマンチックなんでしょう。素敵ですわ…。」
クリスティーヌがうっとりしながら、そんな言葉を漏らした。
「はい。本当に素敵でした。」
リラは今でもあのときのことは鮮明に思い出され、頬をまた紅く染めた。
「それにしても、ルーカス様ともお知り合いなんですね。」
アビーは目を丸くしながら、そう呟いた。
「はい。私よりも、よっぱど親しそうにお話ししてました。」
リラは恥ずかしそうに、そう付け加えた。
「まあ、そうなんですの!アクイラ国皇子はルーカス様とどうやってお知り合いになりましたのでしょうか?」
「そ、それがわからなくて…。仕事関係だと思うのですが、兄に尋ねる前に帰ってしまいまして。」
リラは首を傾げながらアビーの質問に答えた。
「そうなんですの。そういえば、アクイラ国皇子はアリエス領でのリラ様をお見かけしたんですよね。そのときに、ルーカス様とお知り合いになったのではないでしょうか。」
アビーに言われて、リラはハッとした表情を浮かべ考え込んだ。
確かに、その可能性はあった。
ハンナさんのとこのマルクがまだ乳飲子と言っていたから四年ほど前だろうか。(第29話:リラの口角、参照。)
そのときに、何かクライヴがアリエス領に用事でもあるような出来事があったのだろうか。
リラは顎に手を当て考え込むも何も思い出されなかった。
「うーん。クライヴ様が領地に来るような特別な出来事など何もなかったと思うのですが。」
もし、アリエス領に訪れるとすれば、リラの父に挨拶のひとつでもするように言われるだろう。
それに、そんな大層な出来事があれば、印象に残っていると思うのだが、まるで思い出せなかった。
「それで、ご婚約はされたのですか。」
今度はクリスティーヌが尋ねてきた。
「い、いえ、実はまだお返事をしていなくて…。明日にでもお話ししようと思っております…。」
リラは俯きながら恥ずかしそうに答えた。
その表情を見て、アビーとクリスティーヌは顔を見合わせて微笑んだ。
「おめでとうございます。」
「お幸せになってください。」
「ありがとうございます。」
ふたりの賛辞にリラは満面の笑みで礼を言った。
「それで、それで、口付けはもうしましたの!?」
アビーがたまらずそんな話を持ちかけた。
「え、えっと。えっと…。」
「アビー様。そんなのもうお済みに決まっているじゃないですか。あんなに積極的なアクイラ国皇子ですよ。」
リラが言葉を詰まらせているとクリスティーヌはそう言った。
「それもそうね…。ああ、私も素敵な恋愛がしたいですわ。」
その後もふたりの質問は止まることなく、リラは息も絶え絶えに茶会を過ごしていた。
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