結婚する気なんかなかったのに、隣国の皇子に求婚されて困ってます

星降る夜の獅子

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観劇

クライヴの怒号

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 落ち着きを取り戻したリラは、ドレスに着替えると急いで劇場へと向かった。

「リラ様。こちらですわ。」

 劇場に到着したリラに小さく手を振るのは、アビーとクリスティーヌだった。
 傍には、ロイドとレナルドの姿もあり、リラが最後の到着だった。

「皆様、お待たせして申し訳ございません。」

 リラは慌てて駆け寄り、非礼を詫びた。

「いえ、お昼はとてもお顔色が悪くしていらっしゃったので、心配しておりました。ご体調は大丈夫でしょうか。」

 昼間のリラはレベッカの言動が終始気になり気が伏せており、アビーとクリスティーヌから度々心配されていたのだ。

「大丈夫です。ご心配おかけしました。」

 リラは笑顔で答えた。
 昼間よりも余程顔色の良いリラに、ふたりはほっと胸を撫で下ろした。

「さあ。リラ嬢もいらっしゃったことですし、まだ開演まで時間がございます。個室の待合室を予約しております。そちらで少しお話ししましょう。」

 レナルドが手を挙げると、劇場の従業員は五人に駆け寄りサロンに案内した。

 待合室に到着すると、そこには成人の宴で目にしたなデザートビュッフェのように壁際にデザートがびっしり並べられていた。

 待合室自体も一等客用に誂えた特別豪勢な作りなのだろうが、三人はそれ以上に見目美しい数々のデザートに一瞬にして魅了された。

 三人は予想外の光景に驚き、ロイドとレナルドの顔を見入った。

「ロイド様からのサプライズです。どうぞ、好きなものをいただいてください。」

 レナルドはにっこり笑ってそういうのだった。
 それを聞くと三人は大喜びで、目を輝かせた。

「ロイド様。レナルド様。ありがとうございます。まさか、こんな素敵なサプライズがあるなんて。」

 リラは、にっこり笑ってロイドに礼を言った。
 アビーとクリスティーヌも口々にお礼を言うと、三人は楽しそうにデザートを見渡し選び始めた。

 そんなリラの笑顔にロイドはドキドキしながら、ロイドは然りげなくリラの隣に立った。

「そ、その良かったら私にも選んでくれないだろうか…。」

 ロイドは今までリラにこのように甘えるお願いをしたことがなかった。

 ロイドはどこか、リラに甘えてはならないそう思っていたのかもしれない。
 聡明で気丈なリラには、頼りになり甘えっさせられる男こそが似合いだ。
 ロイドは、自然とそう思え、そうなるべく気丈に振る舞っていた。

 しかし、本心ではクライヴのように素直に自分の欲望を口にしたくて仕方がなかった。

 今日はこれほど入念にリラのために準備をしたのだ。
 今日ばかりは、多少甘えたとてリラも快く答えてくれるだろう。
 そう願うように、恥じらい照れながらも口にしたのだった。

「はい、もちろんです!ロイド様は、どちらをお召しになりたいですか。」

「えっと。リラのお勧めをお願いしたい。」

 ロイドの決意とは裏腹にリラは笑顔でロイドに応じた。
 ロイドの顔が自然と綻んだ。

(どうすれば、リラに近づけるだろう…。)

 そんなことを考えながら、リラの後ろ姿を眺めていると、不意に結い上げた髪の合間に、うっすらとした紅痣が目に入った。

(こ、これは…。)

 ロイドは、直様、これが何の痣なのか気付き怯みそうになったが、決意を持って拳を強く握りしめた。

(クライヴとふたりが恋仲なのは分かっている、その上でリラを手にいれると決めたのだ…。)

 リラとクライヴの仲に嫉妬するなど今更であった。
 それを百も二百も承知で、今からリラの彼女の気を惹こうと思案しているのである。
 ここで冷静さを欠いては、せっかく今日のために準備した計画が水の泡であった。

「ロイド様。こちらでよろしいでしょうか。」

 そんなロイドの心情を何も知らないリラは嬉しそうに更に盛ったデザートをロイドに見せた。

「ああ、ありがとう。(愛らしい笑顔だ…。)」

 その屈託のない笑顔にロイドは思わず頬が赤らめながらも、わざとリラの手を触れるように皿を受け取った。

 たった一瞬ではあるがリラの絹のように滑らかな肌が指先に触れ、ロイドは高揚し益々顔が赤らんでいった。

「ロイド様。お顔が赤いですが、大丈夫ですか。熱でもございますか。」

 リラは、突然様子がおかしくなるロイドに驚き慌てて尋ねた。

「いや、寒いと思って少し厚着しただけだ。問題ない。」

 ロイドは熱った顔を隠すように、リラから顔を背けると何事もなかったかのようにそう告た。



 皆がデザートを取り終えると、ソファに並んで腰掛けた。

「んー。とっても美味しいですわ。」

 アビーが一口頬張ると目を閉じて、その味わいを堪能した。
 それを見て、リラもまた頬張ると口の中に優しい甘味が広がった。

 こんな宝石のようなデザートを目にしたことは今まで一度もなかった。
 ロイドとレナルドが手配したことから推測すると皇室御用達の一流パティシエの味だろうか。

 リラは、成人の宴ではクライヴとの騒動があり、デザートを食べ損ねていたので、このサプライズは本当に嬉しかった。

 芝居など観ずとも、これだけで大満足!
 三人にそう思わせるくらいに、幸せな甘味にどっぷり浸り、とても贅沢なサプライズだった。

 ロイドは、リラの笑顔に終始見惚れていた。

「ロイド様。どうなされたのですか。」

「いや、リラ嬢があまりにも美味しそうに食べるので、準備してよかったと本当に思えて…。」

 ロイドは照れながら、そう答えると恥じらいを隠すように自身も菓子を頬張った。



 一頻りデザートを堪能すると、リラの正面に座るクリスティーヌがリラのドレスをまじまじ見ながら話し始めた。

「先ほどから思っていたのですが、リラ様、とても素敵なお召し物ですね。リラ様の美しさが何倍にも引き出されているような…。どちらのブティックでご購入されたのですか。」

「いただきものなのです…。」

 リラは頬を紅めながらそう答えた。

 その言葉にロイドは、このドレスがクライヴからの贈り物であることを察し一瞬眉を顰めると、首を横に振った。

 クリスティーヌの言う通り、ロイドも先ほどから、リラにとてもよく似合っていてかつ上品で美しい、そう思っていた。

 悔しくて堪らないが、ここでそれを気に病んでは、せっかく計画が台無しである。

(私もこれからドレスを贈れば良いだけのことだ。そうだ、明日にでも仕立て人を呼びリラに贈るドレスを相談しよう。)

 リラの優しい笑顔の隣でロイドは穏やかにそう思うことにした。
 そんな和やかな雰囲気の中、従業員から間もなく開演であることを知らせ受けた。



 五人は待合室から出ると、玄関ホールの方に人だかりができているのが見えた。
 更に、聞き覚えのある少し低い声が聞こえてきたのだった。

「ユングフラウ侯爵、これでは話と違うのだが…。」

 その声にリラは嫌な予感がし、瞬時にリラの脳裏にレベッカの言葉が思い出された。

『私、本日、クライヴ様とお見合いですの。』

(そんな筈ない…。)

 焦る気持ちを必死に抑えながら、リラはひとり皆を置いて玄関ホールに駆けて行った。

 人だかりを掻き分け、騒ぎになっている中心を目にするや否や、リラは青緑色の瞳を潤ませ堪らず息を飲んだ。

 なんとそこには、クライヴとデイビッドそれにレベッカ、そしてレベッカの父であるユングフラウ侯爵の姿があったのだった。

(お見合いは、本当でしたの…?)

 一瞬そう思えたが、よくよく見るとどうやら揉めているようだった。

「俺は観劇などに呼ばれたつもりはない。」

「殿下がせっかく、アベリア国にいらっしゃったのに、観光もせずに視察だの会議だのばかりとお伺いしましたので、たまにはご観光でもと思いまして。」

「必要ないと書状にも記した筈だ。」

 クライヴは声を荒げるとまではいかないが、迷惑そうな顔を浮かべ心なしか侯爵を睨みつけていた。

「そう、おっしゃらずに。それに、せっかくここまでお越しいただきましたので、私の可愛らしい娘とご鑑賞はいかがでしょうか。」

 そういうと、侯爵の隣にいるレベッカは、にっこりと作り笑顔を浮かべ、優雅にスカートの端を摘み上げ、クライヴに一礼をするのだった。

「クライヴ様。私、この日を楽しみにしておりましたの。ささ、お席はお二階ですわ。」

 レベッカは容赦なくクライヴの腕を掴もうとするも、クライヴは機敏にそれをかわすのだった。

 どうやら、この親子は全くクライヴの話に耳を貸す気もないらしい。
 傍目から見ても些か強引であるように見え、クライヴが不憫に思えたことだろう。

 けれど、この親子が、アベリア国では有力貴族であることは周知の事実であるため、従業員も迂闊に手を出すことはできなかった。

「すまないが、俺は帰らせてもらう。」

 そうクライヴが踵をかえそうとしたときに、人だかりの中に顔を蒼くするリラの姿に気づいた。

「リラ…。」

 クライヴは咄嗟にリラに駆け寄ろうとした隙に、レベッカにがっしりと腕を掴まれたのだった。

(え…。)

 リラの表情は益々蒼くなっていった。
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