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観劇
リラの涙
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観劇当日の朝。
リラが学園に登校すると、レベッカが待ち構えていたように近寄って来た。
「あら、リラ様ではありませんか。あなた、クライヴ様にご贔屓にされ、求婚にされているようでしたが、その後の進展はございましたの?」
レベッカが人目を憚らず、見下したような表情でクライヴとの関係を尋ねて来た。
まだ朝早くということもあり、教室にはさほど生徒が多いわけではなかった。
けれど、婚約したかどうかを教室で堂々と尋ねるなど失礼にもほどがある。
そして、その相手は皇族なのだ。
もし実際に婚約していたとしても、皇室から公的な発表があるまでは何も話すことができないのが通常である。
それを知ってか知らずかレベッカは何食わぬ顔で尋ねてくるのだ。
リラはこのレベッカの不敬極まりない質問に表情が曇った。
それを見逃さないレベッカは、すかさずリラを睨みつけてきた。
「え、えっと…。」
リラはなんと説明しようか思い、クライヴとの始めあったときからを思い返した。
成人の宴でクライヴと知り合い、アベリア学園の見学に同行し、ルーカスに言われて仕事の手伝いをし行い、今では『恋人』になるまでふたりの関係は進んでいた。
リラからすると、この短期間で考えられないくらいに大進展であった。
しかし、それをレベッカに態々伝えるのとは別の話だ。
正直に話したとて、そんな子供の飯事のような関係を馬鹿にされるだけだろう。
何より恥ずかしくて言葉にすることも憚られた。
また、実際に『恋人』という関係を進展と呼ぶのかも悩ましかった。
それに、レベッカが聞きたいのは婚約したか否かだ。
口籠るリラに、レベッカはあからさまにイラついた表情を浮かべた。
「と、特には…。」
そもそも、レベッカにこんな質問をされたとて、答える必要が必ずあるのかも悩ましいところだが、誤魔化したところで曲解され根も葉もない噂を立てられても困るのだ。
リラは仕方がなく進展していない旨を伝えた。
「まあ、やっぱり。リラ様は、所詮、片田舎のご令嬢ですもの。遊ばれていたのでしょう。」
レベッカは、盛大に溜息を吐いて、周囲の生徒に聞こえるように少し大きめの声で呆れたように言い放った。
「何が言いたいのでしょうか。」
リラは、レベッカの発言に怒りが込み上げつつも、努めて冷静にレベッカに訊き返した。
(決して遊ばれてなどいない。クライヴ様は私のことをしっかりと愛してくれているわ。)
それはリラが毎日感じていることだった。
それなのに、部外者であるレベッカは、どうしてこのようにいつも高圧的な発言ができるのだろうか。
リラは拳を強く握りしめた。
「私、本日、クライヴ様とお見合いですの。」
レベッカは自信満々にそう発言したものの、リラはあまりの発言に耳を疑った。
昨日もクライヴに逢ったが、そのようなことは一言も発していなかったのだ。
「そのご様子ですと、クライヴ様から何もお伺いしていないようですね。やっぱり、ただ遊ばれていただけでしたのね。」
リラは、混乱し言葉がでなかった。
『決して遊ばれてなんかいませんわ!』
そう思うものの、見合いの話など一斎聞いていないのも事実だった。
そもそも、リラに一筋のような振る舞いをしていたのに、どうして見合いなどする必要もあるのだろうか。
『ただリラが断っても断っても何度でも求婚するつもりだ。』(Chapter 4 約束のワイン:Episode 22 リラの口紅より)
クライヴは以前、そんなこともリラに告げていた。
リラがいつまでも婚約に承諾しないから飽き飽きしたのだろうか。
けれど、昨日もいつもと変わらず、抱き合い何度も何度も唇を重ねていたというのに…。
「あら?何も仰らないんですの?」
レベッカは反応のないリラに退屈そうな表情を浮かべた。
しかし、リラはそれどころではなく、頭がもう真っ白だった。
「ふんっ。まあ、いいですわ。今日はリラ様にそのことだけ確認したくて、わざわざこんな朝から学園に参りましたの。さあ、帰宅してお見合いの準備をしなくては。それでは、ご機嫌よう。」
そういうとレベッカは、無反応のリラに嫌らしく手を振り去っていった。
取り残されたリラは、未だに動くこともできず、立ちすくんでいた。
今までのクライヴがとても嘘だとは思えなかった。
いつも自分に向ける熱い眼差しも、蕩かすような甘い言葉も、包み込む優しい腕も、全部が全部、嘘だったというのだろうか。
(そんな筈がない。)
(きっと、お見合いなど、何かの間違いなのでしょう。)
リラは祈るような思いだった。
けれど、やはり不安が込み上げ、今すぐにでもクライヴに確認したいが、そんな手段もなく、リラは俯き、震えながら必死で涙を堪えるしかなかった。
☆ ☆ ☆
帰宅後、リラは衣装部屋に向かった。
早く着替えて、劇場に向かわなくてはならないのはわかっていたが、その足取りはひどく重かった。
今朝方、レベッカの言われた言葉がどうもひっかかり忘れることができず、結局一日中上の空だった。
昨日までは、あれほどまでに楽しみにしていた観劇が嘘のように気が重く、叶うことなら今すぐクライヴの元にでかけたい、そんな気持ちだった。
衣装部屋に入ると、そこには先日クライヴからもらった緑色のドレスが準備されていた。
リラのお気に入りのドレスだった。
昨夜のうちに、観劇にはこのドレスを着ていく旨を侍女頭に伝え準備させたのだった。
リラは、そのドレスを見るなりポタポタと涙を流し、その場にしゃがみ込みんだ。
「お嬢様。どうなされたのですか?」
侍女頭は、今まで見たこともないリラの様子に驚き慌てふためいた。
当のリラは、嗚咽を溢しながら泣きじゃくり答えることなどとてもできなかった。
学園では涙を堪え気丈に振る舞っていたが、クライヴから贈られたドレスを目の当たりにし、ふたりの蕩けるような甘い数々の情事がまざまざと思い出され、我慢していた不安が溢れ出したのだ。
(苦しい…。)
(お見合いなんて嘘であってほしい…。)
(私とは遊びなんかではない…。)
(逢いたい…。)
(寂しい…。)
そんな不安がリラを蹂躙していった。
侍女頭はそんなリラの様子に最初こそ戸惑ったものの、寄り添い背中を優しく摩り始めた。
この侍女頭は、リラが物心付いたときは既にアリエス家で働いており、リラにとっては第二の母のような存在であった。
リラはひとしきり泣くと、侍女頭に今日レベッカに言われた一部始終を話し始めた。
「まあ。お嬢様、そのようなことが…。」
クライヴとの関係は、アビーとクリスティーヌには未だ話しておらず、身近で事情を知っているのは、この侍女頭と執事だけなのだった。
「お嬢様、大丈夫ですよ。アクイラ国皇子の想いは本物ですわ。」
侍女頭は自信に満ちた目でリラを見つめた。
侍女頭もクライヴがリラを大変大切にしている様子を何度も目の当たりにしていた。
リラがクライヴの元から帰ってくるときは、必ずクライヴに送られることは当たり前で、更に馬車が屋敷に到着しても名残惜しいのかふたりはなかなか降りて来ず、やっと降りてきたと思っても玄関ホールでも毎度熱い抱擁に加えて、手に頬に額にと口付けをしてから、別れていた。
こんなにもリラを溺愛しているクライヴの愛が嘘であるなど、誰にも思えないのだった。
「ご心配でしたら、アクイラ国皇子の元に、お出かけになりますか。」
「それは、先触れがなくては失礼なのではないでしょうか。」
侍女頭の提案にそれは流石に失礼ではないかとリラは戸惑った。けれど、侍女頭はにっこり優しい笑うと首を横に振った。
「大丈夫ですよ。以前、アクイラ国皇子が、リラに何かあれば、いつでもすぐに尋ねて来てくれとおっしゃってました。」
その言葉を聞き、リラはまた涙を浮かべた。
たかがレベッカの言葉に動揺し弱気になってどうするのだ。
クライヴはしっかり自分を愛してくれている、それはリラ自身が一番わかっているのだ。
それなのに、少しのことで動揺し、疑うなんて情けない。
リラは、そう思えて仕方がなかった。
リラが学園に登校すると、レベッカが待ち構えていたように近寄って来た。
「あら、リラ様ではありませんか。あなた、クライヴ様にご贔屓にされ、求婚にされているようでしたが、その後の進展はございましたの?」
レベッカが人目を憚らず、見下したような表情でクライヴとの関係を尋ねて来た。
まだ朝早くということもあり、教室にはさほど生徒が多いわけではなかった。
けれど、婚約したかどうかを教室で堂々と尋ねるなど失礼にもほどがある。
そして、その相手は皇族なのだ。
もし実際に婚約していたとしても、皇室から公的な発表があるまでは何も話すことができないのが通常である。
それを知ってか知らずかレベッカは何食わぬ顔で尋ねてくるのだ。
リラはこのレベッカの不敬極まりない質問に表情が曇った。
それを見逃さないレベッカは、すかさずリラを睨みつけてきた。
「え、えっと…。」
リラはなんと説明しようか思い、クライヴとの始めあったときからを思い返した。
成人の宴でクライヴと知り合い、アベリア学園の見学に同行し、ルーカスに言われて仕事の手伝いをし行い、今では『恋人』になるまでふたりの関係は進んでいた。
リラからすると、この短期間で考えられないくらいに大進展であった。
しかし、それをレベッカに態々伝えるのとは別の話だ。
正直に話したとて、そんな子供の飯事のような関係を馬鹿にされるだけだろう。
何より恥ずかしくて言葉にすることも憚られた。
また、実際に『恋人』という関係を進展と呼ぶのかも悩ましかった。
それに、レベッカが聞きたいのは婚約したか否かだ。
口籠るリラに、レベッカはあからさまにイラついた表情を浮かべた。
「と、特には…。」
そもそも、レベッカにこんな質問をされたとて、答える必要が必ずあるのかも悩ましいところだが、誤魔化したところで曲解され根も葉もない噂を立てられても困るのだ。
リラは仕方がなく進展していない旨を伝えた。
「まあ、やっぱり。リラ様は、所詮、片田舎のご令嬢ですもの。遊ばれていたのでしょう。」
レベッカは、盛大に溜息を吐いて、周囲の生徒に聞こえるように少し大きめの声で呆れたように言い放った。
「何が言いたいのでしょうか。」
リラは、レベッカの発言に怒りが込み上げつつも、努めて冷静にレベッカに訊き返した。
(決して遊ばれてなどいない。クライヴ様は私のことをしっかりと愛してくれているわ。)
それはリラが毎日感じていることだった。
それなのに、部外者であるレベッカは、どうしてこのようにいつも高圧的な発言ができるのだろうか。
リラは拳を強く握りしめた。
「私、本日、クライヴ様とお見合いですの。」
レベッカは自信満々にそう発言したものの、リラはあまりの発言に耳を疑った。
昨日もクライヴに逢ったが、そのようなことは一言も発していなかったのだ。
「そのご様子ですと、クライヴ様から何もお伺いしていないようですね。やっぱり、ただ遊ばれていただけでしたのね。」
リラは、混乱し言葉がでなかった。
『決して遊ばれてなんかいませんわ!』
そう思うものの、見合いの話など一斎聞いていないのも事実だった。
そもそも、リラに一筋のような振る舞いをしていたのに、どうして見合いなどする必要もあるのだろうか。
『ただリラが断っても断っても何度でも求婚するつもりだ。』(Chapter 4 約束のワイン:Episode 22 リラの口紅より)
クライヴは以前、そんなこともリラに告げていた。
リラがいつまでも婚約に承諾しないから飽き飽きしたのだろうか。
けれど、昨日もいつもと変わらず、抱き合い何度も何度も唇を重ねていたというのに…。
「あら?何も仰らないんですの?」
レベッカは反応のないリラに退屈そうな表情を浮かべた。
しかし、リラはそれどころではなく、頭がもう真っ白だった。
「ふんっ。まあ、いいですわ。今日はリラ様にそのことだけ確認したくて、わざわざこんな朝から学園に参りましたの。さあ、帰宅してお見合いの準備をしなくては。それでは、ご機嫌よう。」
そういうとレベッカは、無反応のリラに嫌らしく手を振り去っていった。
取り残されたリラは、未だに動くこともできず、立ちすくんでいた。
今までのクライヴがとても嘘だとは思えなかった。
いつも自分に向ける熱い眼差しも、蕩かすような甘い言葉も、包み込む優しい腕も、全部が全部、嘘だったというのだろうか。
(そんな筈がない。)
(きっと、お見合いなど、何かの間違いなのでしょう。)
リラは祈るような思いだった。
けれど、やはり不安が込み上げ、今すぐにでもクライヴに確認したいが、そんな手段もなく、リラは俯き、震えながら必死で涙を堪えるしかなかった。
☆ ☆ ☆
帰宅後、リラは衣装部屋に向かった。
早く着替えて、劇場に向かわなくてはならないのはわかっていたが、その足取りはひどく重かった。
今朝方、レベッカの言われた言葉がどうもひっかかり忘れることができず、結局一日中上の空だった。
昨日までは、あれほどまでに楽しみにしていた観劇が嘘のように気が重く、叶うことなら今すぐクライヴの元にでかけたい、そんな気持ちだった。
衣装部屋に入ると、そこには先日クライヴからもらった緑色のドレスが準備されていた。
リラのお気に入りのドレスだった。
昨夜のうちに、観劇にはこのドレスを着ていく旨を侍女頭に伝え準備させたのだった。
リラは、そのドレスを見るなりポタポタと涙を流し、その場にしゃがみ込みんだ。
「お嬢様。どうなされたのですか?」
侍女頭は、今まで見たこともないリラの様子に驚き慌てふためいた。
当のリラは、嗚咽を溢しながら泣きじゃくり答えることなどとてもできなかった。
学園では涙を堪え気丈に振る舞っていたが、クライヴから贈られたドレスを目の当たりにし、ふたりの蕩けるような甘い数々の情事がまざまざと思い出され、我慢していた不安が溢れ出したのだ。
(苦しい…。)
(お見合いなんて嘘であってほしい…。)
(私とは遊びなんかではない…。)
(逢いたい…。)
(寂しい…。)
そんな不安がリラを蹂躙していった。
侍女頭はそんなリラの様子に最初こそ戸惑ったものの、寄り添い背中を優しく摩り始めた。
この侍女頭は、リラが物心付いたときは既にアリエス家で働いており、リラにとっては第二の母のような存在であった。
リラはひとしきり泣くと、侍女頭に今日レベッカに言われた一部始終を話し始めた。
「まあ。お嬢様、そのようなことが…。」
クライヴとの関係は、アビーとクリスティーヌには未だ話しておらず、身近で事情を知っているのは、この侍女頭と執事だけなのだった。
「お嬢様、大丈夫ですよ。アクイラ国皇子の想いは本物ですわ。」
侍女頭は自信に満ちた目でリラを見つめた。
侍女頭もクライヴがリラを大変大切にしている様子を何度も目の当たりにしていた。
リラがクライヴの元から帰ってくるときは、必ずクライヴに送られることは当たり前で、更に馬車が屋敷に到着しても名残惜しいのかふたりはなかなか降りて来ず、やっと降りてきたと思っても玄関ホールでも毎度熱い抱擁に加えて、手に頬に額にと口付けをしてから、別れていた。
こんなにもリラを溺愛しているクライヴの愛が嘘であるなど、誰にも思えないのだった。
「ご心配でしたら、アクイラ国皇子の元に、お出かけになりますか。」
「それは、先触れがなくては失礼なのではないでしょうか。」
侍女頭の提案にそれは流石に失礼ではないかとリラは戸惑った。けれど、侍女頭はにっこり優しい笑うと首を横に振った。
「大丈夫ですよ。以前、アクイラ国皇子が、リラに何かあれば、いつでもすぐに尋ねて来てくれとおっしゃってました。」
その言葉を聞き、リラはまた涙を浮かべた。
たかがレベッカの言葉に動揺し弱気になってどうするのだ。
クライヴはしっかり自分を愛してくれている、それはリラ自身が一番わかっているのだ。
それなのに、少しのことで動揺し、疑うなんて情けない。
リラは、そう思えて仕方がなかった。
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