結婚する気なんかなかったのに、隣国の皇子に求婚されて困ってます

星降る夜の獅子

文字の大きさ
上 下
39 / 60
観劇

リラの涙

しおりを挟む
 観劇当日の朝。
 リラが学園に登校すると、レベッカが待ち構えていたように近寄って来た。

「あら、リラ様ではありませんか。あなた、クライヴ様にご贔屓にされ、求婚にされているようでしたが、その後の進展はございましたの?」

 レベッカが人目を憚らず、見下したような表情でクライヴとの関係を尋ねて来た。

 まだ朝早くということもあり、教室にはさほど生徒が多いわけではなかった。
 けれど、婚約したかどうかを教室で堂々と尋ねるなど失礼にもほどがある。

 そして、その相手は皇族なのだ。

 もし実際に婚約していたとしても、皇室から公的な発表があるまでは何も話すことができないのが通常である。

 それを知ってか知らずかレベッカは何食わぬ顔で尋ねてくるのだ。

 リラはこのレベッカの不敬極まりない質問に表情が曇った。
 それを見逃さないレベッカは、すかさずリラを睨みつけてきた。

「え、えっと…。」

 リラはなんと説明しようか思い、クライヴとの始めあったときからを思い返した。

 成人の宴でクライヴと知り合い、アベリア学園の見学に同行し、ルーカスに言われて仕事の手伝いをし行い、今では『恋人』になるまでふたりの関係は進んでいた。

 リラからすると、この短期間で考えられないくらいに大進展であった。

 しかし、それをレベッカに態々伝えるのとは別の話だ。

 正直に話したとて、そんな子供の飯事のような関係を馬鹿にされるだけだろう。
 何より恥ずかしくて言葉にすることも憚られた。

 また、実際に『恋人』という関係を進展と呼ぶのかも悩ましかった。
 それに、レベッカが聞きたいのは婚約したか否かだ。

 口籠るリラに、レベッカはあからさまにイラついた表情を浮かべた。

「と、特には…。」

 そもそも、レベッカにこんな質問をされたとて、答える必要が必ずあるのかも悩ましいところだが、誤魔化したところで曲解され根も葉もない噂を立てられても困るのだ。
 リラは仕方がなく進展していない旨を伝えた。

「まあ、やっぱり。リラ様は、所詮、片田舎のご令嬢ですもの。遊ばれていたのでしょう。」

 レベッカは、盛大に溜息を吐いて、周囲の生徒に聞こえるように少し大きめの声で呆れたように言い放った。

「何が言いたいのでしょうか。」

 リラは、レベッカの発言に怒りが込み上げつつも、努めて冷静にレベッカに訊き返した。

(決して遊ばれてなどいない。クライヴ様は私のことをしっかりと愛してくれているわ。)

 それはリラが毎日感じていることだった。

 それなのに、部外者であるレベッカは、どうしてこのようにいつも高圧的な発言ができるのだろうか。
 リラは拳を強く握りしめた。

「私、本日、クライヴ様とお見合いですの。」

 レベッカは自信満々にそう発言したものの、リラはあまりの発言に耳を疑った。
 昨日もクライヴに逢ったが、そのようなことは一言も発していなかったのだ。

「そのご様子ですと、クライヴ様から何もお伺いしていないようですね。やっぱり、ただ遊ばれていただけでしたのね。」

 リラは、混乱し言葉がでなかった。

『決して遊ばれてなんかいませんわ!』

 そう思うものの、見合いの話など一斎聞いていないのも事実だった。

 そもそも、リラに一筋のような振る舞いをしていたのに、どうして見合いなどする必要もあるのだろうか。

『ただリラが断っても断っても何度でも求婚するつもりだ。』(Chapter 4 約束のワイン:Episode 22 リラの口紅より)

 クライヴは以前、そんなこともリラに告げていた。

 リラがいつまでも婚約に承諾しないから飽き飽きしたのだろうか。
 けれど、昨日もいつもと変わらず、抱き合い何度も何度も唇を重ねていたというのに…。

「あら?何も仰らないんですの?」

 レベッカは反応のないリラに退屈そうな表情を浮かべた。
 しかし、リラはそれどころではなく、頭がもう真っ白だった。

「ふんっ。まあ、いいですわ。今日はリラ様にそのことだけ確認したくて、わざわざこんな朝から学園に参りましたの。さあ、帰宅してお見合いの準備をしなくては。それでは、ご機嫌よう。」

 そういうとレベッカは、無反応のリラに嫌らしく手を振り去っていった。

 取り残されたリラは、未だに動くこともできず、立ちすくんでいた。

 今までのクライヴがとても嘘だとは思えなかった。

 いつも自分に向ける熱い眼差しも、蕩かすような甘い言葉も、包み込む優しい腕も、全部が全部、嘘だったというのだろうか。

(そんな筈がない。)

(きっと、お見合いなど、何かの間違いなのでしょう。)

 リラは祈るような思いだった。

 けれど、やはり不安が込み上げ、今すぐにでもクライヴに確認したいが、そんな手段もなく、リラは俯き、震えながら必死で涙を堪えるしかなかった。

☆ ☆ ☆

 帰宅後、リラは衣装部屋に向かった。
 早く着替えて、劇場に向かわなくてはならないのはわかっていたが、その足取りはひどく重かった。

 今朝方、レベッカの言われた言葉がどうもひっかかり忘れることができず、結局一日中上の空だった。

 昨日までは、あれほどまでに楽しみにしていた観劇が嘘のように気が重く、叶うことなら今すぐクライヴの元にでかけたい、そんな気持ちだった。

 衣装部屋に入ると、そこには先日クライヴからもらった緑色のドレスが準備されていた。
 リラのお気に入りのドレスだった。
 昨夜のうちに、観劇にはこのドレスを着ていく旨を侍女頭に伝え準備させたのだった。

 リラは、そのドレスを見るなりポタポタと涙を流し、その場にしゃがみ込みんだ。

「お嬢様。どうなされたのですか?」

 侍女頭は、今まで見たこともないリラの様子に驚き慌てふためいた。
 当のリラは、嗚咽を溢しながら泣きじゃくり答えることなどとてもできなかった。

 学園では涙を堪え気丈に振る舞っていたが、クライヴから贈られたドレスを目の当たりにし、ふたりの蕩けるような甘い数々の情事がまざまざと思い出され、我慢していた不安が溢れ出したのだ。

(苦しい…。)

(お見合いなんて嘘であってほしい…。)

(私とは遊びなんかではない…。)

(逢いたい…。)

(寂しい…。)

 そんな不安がリラを蹂躙していった。

 侍女頭はそんなリラの様子に最初こそ戸惑ったものの、寄り添い背中を優しく摩り始めた。

 この侍女頭は、リラが物心付いたときは既にアリエス家で働いており、リラにとっては第二の母のような存在であった。

 リラはひとしきり泣くと、侍女頭に今日レベッカに言われた一部始終を話し始めた。

「まあ。お嬢様、そのようなことが…。」

 クライヴとの関係は、アビーとクリスティーヌには未だ話しておらず、身近で事情を知っているのは、この侍女頭と執事だけなのだった。

「お嬢様、大丈夫ですよ。アクイラ国皇子の想いは本物ですわ。」

 侍女頭は自信に満ちた目でリラを見つめた。

 侍女頭もクライヴがリラを大変大切にしている様子を何度も目の当たりにしていた。

 リラがクライヴの元から帰ってくるときは、必ずクライヴに送られることは当たり前で、更に馬車が屋敷に到着しても名残惜しいのかふたりはなかなか降りて来ず、やっと降りてきたと思っても玄関ホールでも毎度熱い抱擁に加えて、手に頬に額にと口付けをしてから、別れていた。

 こんなにもリラを溺愛しているクライヴの愛が嘘であるなど、誰にも思えないのだった。

「ご心配でしたら、アクイラ国皇子の元に、お出かけになりますか。」

「それは、先触れがなくては失礼なのではないでしょうか。」

 侍女頭の提案にそれは流石に失礼ではないかとリラは戸惑った。けれど、侍女頭はにっこり優しい笑うと首を横に振った。

「大丈夫ですよ。以前、アクイラ国皇子が、リラに何かあれば、いつでもすぐに尋ねて来てくれとおっしゃってました。」

 その言葉を聞き、リラはまた涙を浮かべた。

 たかがレベッカの言葉に動揺し弱気になってどうするのだ。
 クライヴはしっかり自分を愛してくれている、それはリラ自身が一番わかっているのだ。

 それなのに、少しのことで動揺し、疑うなんて情けない。
 リラは、そう思えて仕方がなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...