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執務室のふたり
レナルドの書状
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クライヴが滞在する屋敷に着くと、昨日のように執務室に案内された。
クライヴは昨日と同じように、執務机に向かったまま挨拶をした。
「おはよう、リラ。早くから来てくれて、ありがとう。今日も急ぎの書状が届いていて。すまないが、そこのテーブルの上の書籍でも眺めていてくれないだろうか。良かったらあとで感想を聞かせてくれ。」
「おはようございます。承知しました。拝読させていただきます。(何の書籍だろう…。)」
クライヴに言われると、リラはソファに浅く腰掛けローテーブルに置かれた一冊の書籍を手に取った。
表紙を見るに、その書籍はどうやら専門書のようで、リラが不得手な分野であった。
(この分野の感想と言われましても大層なことはお答えできないかもしれないわ…。)
つい、苦手意識が先走り、リラは眉間に皺を寄せた。
それでもクライヴがわざわざ自分に用意した書籍というのにも興味があり、リラは気を取り直して書籍を開いた。
しかし、その書籍はリラの予想とは反し、堅物な専門書ではなく、分かり易く図入りで書かれ、初心者でも概要が掴みやすいような工夫がされ、今まで読んだどの専門書よりも画期的に分かり易かった。
リラは、今までの苦手意識が、嘘のように頭に入ってくるのだった。
(どんな方が書かれたものだろう…。)
数ページ目を通したところで、やはり気になるのは著者だった。
これほど読み易い書籍だ、他にシリーズ化されているなら是非とも読んでみたいと好奇心を擽られた。
図書館通いが絶えないリラでも、この書籍を見かけた覚えはなかった。
もしかしたら、アクイラ国の書籍かもしれない。
アベリア国では、外国の専門書はあまり見かけたことがなかった。
アクイラ国ではこのように図解して分かり易い書籍が一般的なのだろうか。
これだけでもアクイラ国に対するリラの興味は深まった。
リラは、著者が記さられたページを開くとそこには幾人かの名前が記されていた。
リラは、その一人一人の名前を確認するように目でおったが、見かけたことのない名前だった。
(やっぱり著者はアクイラ国の専門家なのかしら。)
リラがそう思っていると、最後に記された監修者の名前で目が留まった。
(クライヴ・レオ・アクイラ。)
リラはハッとして思わず執務机のクライヴに目をやるも、相変わらず忙しそうに書類を見入っていた。
トントンッ。
「失礼します。」
リラが驚いていると、ノックの音と共にデイビッドが現れた。
「リラ嬢、大変お待たせしました。本日は私の方から、お仕事の話をさせていただきます。どうぞ、こちらにいらしてください。」
言われるがままにリラはクライヴの執務室から出ていきデイビッドの執務室に案内された。
そうしてリラはデイビッドから仕事の説明を受けると、昨日に引き続きクライヴのワイン事業の手伝いを行なっていた。
デイビッドの話では、どうやらこのワイン事業は主にデイビッド主導で行っているらしい。
今朝方、車中でデイビッドがワインを専門の商家出身と聞いていたので、リラはすんなり納得した。
「殿下は日々の公務でなかなかご多忙なので、業務責任者は僭越ながら私が務めさせていただいております。もちろん殿下は経営責任者として、色々ご助言いただいております。」
「デイビッド様も十分にお忙しいのに…。」
「はは。殿下に比べたらまだまだですよ。」
デイビッドは終始笑顔で答えた。
デイビッドはクライヴの側近である、忙しくないわけがないのに、いつもこの笑顔だ。
リラは感心させられるばかりだった。
そのままデイビッドの仕事を手伝っていると、太陽はすっかり真上に昇り、侍女が昼食を知らせに訪れた。
デイビッドと共に食堂に向かうとクライヴが既に席で待っており、ふたりが席に着くと間もなく食事が運ばれてきた。
「リラ、午前中は相手をできなくて申し訳ない。デイビッドはよくやっているか。何かわからないことはないか。」
クライヴは優しくリラに尋ねた。
昨日のこともあり、クライヴがリラを見つめる紅い瞳は、更に艶やかなものに見え、リラは仄かに頬を染めた。
「い、いえ。デイビッド様のご説明もとてもわかり易くて、特に困ったことはございませんわ。むしろ、私の方が至らないことがないか、心配なほどです。」
「いえ、とんでもございません。リラ嬢はとても仕事が早くて本当に助かっています。私がひとりでやっていたら、どれほど時間がかかっていたか。」
クライヴは、今までより打ち解けているふたりのやり取りを見て少し面白くなさそうな顔をした。
「ふーん。楽しそうだね…。」
クライヴは少しデイビッドを睨むようにじっと見た。
「えっと。リラ嬢。そういえば、今朝方、殿下から渡された書籍は、ご覧になりましたか。」
デイビッドは、その視線に直ぐ様気づくなり慌てて話題を変えた。
「はい、拝見させていただきました。すごい分かり易くて感心しました。それに、監修のお名前にクライヴ様が記載されていたことにも大変驚きました。」
リラが、そう言うとクライヴは機嫌を取り戻し、笑みを浮かべた。
その様子を見てデイビッドはほっと肩を撫で下ろした。
「大したことはしていないよ。図解の工夫や言い回しなどに少し助言した程度だ。」
その言葉を聞き、リラは驚いた。
では、あの図解や分かり易い言い回しはクライヴの提案だったとは思いもよらなかったのだった。
リラは、ますます書籍の成り立ちに興味を惹かれた。
「私、お恥ずかしながら、あの分野は不得手でして。図解などがあるおかげか、そんな私でもすんなり理解でき、大変、感銘を受けました。それに、今まで、あのように図解のある専門書は拝読したことなどなく、アクイラ国では一般的なのでしょうか。どのよな経緯であのようになたのかもかなり感心がございます。」
クライヴは大したことないと言うが、リラにとっては専門書の監修を行うなど大したものであった。
それに、リラにとっては、あの書籍は本当に目から鱗だった。
リラは、あの分野についてきちんと理解しようと色々書籍を探すもののなかなか自分が理解しやすいものが見つからずに、結果、不得手のまま半ば諦めていたのだ。
それが、あの書籍は、リラの頭にすんなり入ってくるのだ。
「ははは。そんなに褒めてくれるとは、ありがたい。けれど、それは、また今度にしようか。この後はリラとゆっくり話したくてね。」
食事を終えると、クライヴはいつものようにリラをエスコートして、執務室ではなくサロンへ招いた。
クライヴは、ローテーブルを挟んで、リラの正面に腰掛けた。
侍女が紅茶と茶菓子をローテーブルに置くと、一礼すると静かにその場を後にした。
クライヴはふたりきりになったのを確認すると静かに話し始めた。
「リラ。昨日、アベリア国第二皇子の『ロイド様』の側近であるレナルド殿から私宛に書状が届いてね。確認したところ、リラから、婚約についての申し立てがあるとのことだった。そのため、リラとそのことについて相談できる時間と場所を用意してもらえないかということだったが、もし良かったら、そのことについて詳しく聞きいてもいいかな…。」
(あ、えっと…。あ…。)
クライヴはいつものように優しく言うが、リラは一気に緊張が走り思わず息を飲んだ。
どう説明すればいいのかわからず、口をもごもごさせた。
確かに、三日前にロイドとレナルドとクライヴにどう婚約を断ればいいのか相談していた。
その翌日には、ルーカスが突然タウンハウスに訪れ、そのまま商談と称してクライヴの元に半ば強引に連れて行かれた。
そして、クライヴとルーカスが既に知り合いだったという衝撃の事実を知り、晩餐後は、ふたりきりでロマンチックなダンスを行っていると、ルーカスがまさかのひとり泥酔をしていた。
またその翌日は、クライヴのワイン事業の手伝いを行っており、現在に至っている。
そんな怒涛の二日間を過ごし、決して書状の件を忘れていたわけではないが、ロイドとレナルドに相談したことなどリラにとっては遠い過去のようだった。
言い訳のように聞こえるが、クライヴにそのことを伝える隙もなどひとつもないほど多忙な二日間だった。
そして、現在、リラの心情はそのときとだいぶ異なっていた。
そのすべてをクライヴにどこから話せばいいか、リラは考えあぐねいていた。
クライヴは昨日と同じように、執務机に向かったまま挨拶をした。
「おはよう、リラ。早くから来てくれて、ありがとう。今日も急ぎの書状が届いていて。すまないが、そこのテーブルの上の書籍でも眺めていてくれないだろうか。良かったらあとで感想を聞かせてくれ。」
「おはようございます。承知しました。拝読させていただきます。(何の書籍だろう…。)」
クライヴに言われると、リラはソファに浅く腰掛けローテーブルに置かれた一冊の書籍を手に取った。
表紙を見るに、その書籍はどうやら専門書のようで、リラが不得手な分野であった。
(この分野の感想と言われましても大層なことはお答えできないかもしれないわ…。)
つい、苦手意識が先走り、リラは眉間に皺を寄せた。
それでもクライヴがわざわざ自分に用意した書籍というのにも興味があり、リラは気を取り直して書籍を開いた。
しかし、その書籍はリラの予想とは反し、堅物な専門書ではなく、分かり易く図入りで書かれ、初心者でも概要が掴みやすいような工夫がされ、今まで読んだどの専門書よりも画期的に分かり易かった。
リラは、今までの苦手意識が、嘘のように頭に入ってくるのだった。
(どんな方が書かれたものだろう…。)
数ページ目を通したところで、やはり気になるのは著者だった。
これほど読み易い書籍だ、他にシリーズ化されているなら是非とも読んでみたいと好奇心を擽られた。
図書館通いが絶えないリラでも、この書籍を見かけた覚えはなかった。
もしかしたら、アクイラ国の書籍かもしれない。
アベリア国では、外国の専門書はあまり見かけたことがなかった。
アクイラ国ではこのように図解して分かり易い書籍が一般的なのだろうか。
これだけでもアクイラ国に対するリラの興味は深まった。
リラは、著者が記さられたページを開くとそこには幾人かの名前が記されていた。
リラは、その一人一人の名前を確認するように目でおったが、見かけたことのない名前だった。
(やっぱり著者はアクイラ国の専門家なのかしら。)
リラがそう思っていると、最後に記された監修者の名前で目が留まった。
(クライヴ・レオ・アクイラ。)
リラはハッとして思わず執務机のクライヴに目をやるも、相変わらず忙しそうに書類を見入っていた。
トントンッ。
「失礼します。」
リラが驚いていると、ノックの音と共にデイビッドが現れた。
「リラ嬢、大変お待たせしました。本日は私の方から、お仕事の話をさせていただきます。どうぞ、こちらにいらしてください。」
言われるがままにリラはクライヴの執務室から出ていきデイビッドの執務室に案内された。
そうしてリラはデイビッドから仕事の説明を受けると、昨日に引き続きクライヴのワイン事業の手伝いを行なっていた。
デイビッドの話では、どうやらこのワイン事業は主にデイビッド主導で行っているらしい。
今朝方、車中でデイビッドがワインを専門の商家出身と聞いていたので、リラはすんなり納得した。
「殿下は日々の公務でなかなかご多忙なので、業務責任者は僭越ながら私が務めさせていただいております。もちろん殿下は経営責任者として、色々ご助言いただいております。」
「デイビッド様も十分にお忙しいのに…。」
「はは。殿下に比べたらまだまだですよ。」
デイビッドは終始笑顔で答えた。
デイビッドはクライヴの側近である、忙しくないわけがないのに、いつもこの笑顔だ。
リラは感心させられるばかりだった。
そのままデイビッドの仕事を手伝っていると、太陽はすっかり真上に昇り、侍女が昼食を知らせに訪れた。
デイビッドと共に食堂に向かうとクライヴが既に席で待っており、ふたりが席に着くと間もなく食事が運ばれてきた。
「リラ、午前中は相手をできなくて申し訳ない。デイビッドはよくやっているか。何かわからないことはないか。」
クライヴは優しくリラに尋ねた。
昨日のこともあり、クライヴがリラを見つめる紅い瞳は、更に艶やかなものに見え、リラは仄かに頬を染めた。
「い、いえ。デイビッド様のご説明もとてもわかり易くて、特に困ったことはございませんわ。むしろ、私の方が至らないことがないか、心配なほどです。」
「いえ、とんでもございません。リラ嬢はとても仕事が早くて本当に助かっています。私がひとりでやっていたら、どれほど時間がかかっていたか。」
クライヴは、今までより打ち解けているふたりのやり取りを見て少し面白くなさそうな顔をした。
「ふーん。楽しそうだね…。」
クライヴは少しデイビッドを睨むようにじっと見た。
「えっと。リラ嬢。そういえば、今朝方、殿下から渡された書籍は、ご覧になりましたか。」
デイビッドは、その視線に直ぐ様気づくなり慌てて話題を変えた。
「はい、拝見させていただきました。すごい分かり易くて感心しました。それに、監修のお名前にクライヴ様が記載されていたことにも大変驚きました。」
リラが、そう言うとクライヴは機嫌を取り戻し、笑みを浮かべた。
その様子を見てデイビッドはほっと肩を撫で下ろした。
「大したことはしていないよ。図解の工夫や言い回しなどに少し助言した程度だ。」
その言葉を聞き、リラは驚いた。
では、あの図解や分かり易い言い回しはクライヴの提案だったとは思いもよらなかったのだった。
リラは、ますます書籍の成り立ちに興味を惹かれた。
「私、お恥ずかしながら、あの分野は不得手でして。図解などがあるおかげか、そんな私でもすんなり理解でき、大変、感銘を受けました。それに、今まで、あのように図解のある専門書は拝読したことなどなく、アクイラ国では一般的なのでしょうか。どのよな経緯であのようになたのかもかなり感心がございます。」
クライヴは大したことないと言うが、リラにとっては専門書の監修を行うなど大したものであった。
それに、リラにとっては、あの書籍は本当に目から鱗だった。
リラは、あの分野についてきちんと理解しようと色々書籍を探すもののなかなか自分が理解しやすいものが見つからずに、結果、不得手のまま半ば諦めていたのだ。
それが、あの書籍は、リラの頭にすんなり入ってくるのだ。
「ははは。そんなに褒めてくれるとは、ありがたい。けれど、それは、また今度にしようか。この後はリラとゆっくり話したくてね。」
食事を終えると、クライヴはいつものようにリラをエスコートして、執務室ではなくサロンへ招いた。
クライヴは、ローテーブルを挟んで、リラの正面に腰掛けた。
侍女が紅茶と茶菓子をローテーブルに置くと、一礼すると静かにその場を後にした。
クライヴはふたりきりになったのを確認すると静かに話し始めた。
「リラ。昨日、アベリア国第二皇子の『ロイド様』の側近であるレナルド殿から私宛に書状が届いてね。確認したところ、リラから、婚約についての申し立てがあるとのことだった。そのため、リラとそのことについて相談できる時間と場所を用意してもらえないかということだったが、もし良かったら、そのことについて詳しく聞きいてもいいかな…。」
(あ、えっと…。あ…。)
クライヴはいつものように優しく言うが、リラは一気に緊張が走り思わず息を飲んだ。
どう説明すればいいのかわからず、口をもごもごさせた。
確かに、三日前にロイドとレナルドとクライヴにどう婚約を断ればいいのか相談していた。
その翌日には、ルーカスが突然タウンハウスに訪れ、そのまま商談と称してクライヴの元に半ば強引に連れて行かれた。
そして、クライヴとルーカスが既に知り合いだったという衝撃の事実を知り、晩餐後は、ふたりきりでロマンチックなダンスを行っていると、ルーカスがまさかのひとり泥酔をしていた。
またその翌日は、クライヴのワイン事業の手伝いを行っており、現在に至っている。
そんな怒涛の二日間を過ごし、決して書状の件を忘れていたわけではないが、ロイドとレナルドに相談したことなどリラにとっては遠い過去のようだった。
言い訳のように聞こえるが、クライヴにそのことを伝える隙もなどひとつもないほど多忙な二日間だった。
そして、現在、リラの心情はそのときとだいぶ異なっていた。
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