結婚する気なんかなかったのに、隣国の皇子に求婚されて困ってます

星降る夜の獅子

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執務室のふたり

リラの妄想

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 リラは浴を終えると、どさりとベッドに沈み込んだ。
 天井を眺めながら、今までのクライヴの行動を思い返した。

 今日のリラは幾分か冷静だった。
 クライヴに抱きしめられ、あの憂いを含んだあの瞳のまま別れていたらこうもいかなかっただろう。

 けれど、ルーカスのあの醜態を目の当たりにして嫌でも酔いが覚め、今こうして客観的に物事を考えられるのだ。
 そういう意味ではルーカスに感謝すべきだろうか。

 一瞬そう思えたが、一国の皇子の前であの醜態は、どんなにクライヴとルーカスが気心知れた仲とは言え、リラは肝が冷やさずにはいられなかった。

 リラはふぅっと深呼吸した。
 これ以上、あの醜態について脳内を埋め尽くしては腹の虫が治らないというものである。
 一旦考えるのをやめ頭を切り替えるためであった。



 状況を整理するとわかったことはふたつであった。

 一つ目はクライヴが今までリラの家族構成や領地での振る舞い、好みについて詳しいのは、ルーカスから伝え聞いたものであること。
 この疑問が解消されリラは大いに安堵した。

 それにしても、ふたりは、一体何処でどのように知り合ったのだろうか。
 ルーカスは社交などしないので、おそらく仕事関係だろう。

 ふたりは年も近く、まさかあれほどまでに仲が良いとは驚かされた。


 そして、リラについてルーカスはどこまで話したのかは些か不安ではあった。


 クライヴがリラについて質問すれば、ルーカスは余計なことも二、三個付け加えてペラペラと何でも話しそうであった。
 そういえば、頂いたドレスのサイズもぴったりで手直しなど必要なかったような気がした。

(お兄様には、後で何を話したかしっかり訊いておかないと…。)

 リラは眉間に皺を寄せ、眉がピクピクと動いた。
 リラは先ほどよりも大きく深呼吸し、寝返りをうった。


 二つ目にわかったことは、クライヴは以前からルーカスに縁談を持ち込んでいたということ。
 そうでなければ、このようなことが起こる筈もない。

 そして、おそらくリラの父もこの縁談を既に知っているのだろう。
 通りで、冬季休暇中に社交や縁談について、ふたりは一斎話を持ちかけないわけだ。

 今のリラは、結婚云々より領地に領民のことを考えることがずっとずっと面白かった。
 ふたりは、そんなリラの性分を理解した上で自由にさせてくれているか、男世帯だから娘の結婚に疎いかどちらかだと踏んでいた。


 そうではなく、既に申し出があったから、リラに催促する必要がなかったのだ。


 それにしても、縁談が持ち込まれているにも関わらず、父はリラに婚約者としてクライヴを紹介しないということは、どういう意図なのだろうか。

 そもそも一国の皇子が片田舎の伯爵家の令息から妹の話を伝え聞いた、たったそれだけで、婚約者として迎え入れたいと思うだろうか。

 それに、数多の見目美しい令嬢がいる中、わざわざ隣国の片田舎で何の政治的権力もない貴族の令嬢を選ぶことなどあるのだろうか。

 何より不思議なのは、既にかなりご執心ということだ。

 やはり、ひとつ謎が解けても、まだまだ根本的なことは未だに謎のままだった。

(本当は私ではなく誰か他のご令嬢と勘違いされているのかしら…。)

 そんなことが脳裏を過り、リラは少し胸が締め付けられた。



 不意に、リラはクライヴがアクイラ国皇子ということ以外に何も知らないことに気づいた。

 リラは『婚約=次期アクイラ国皇后』に拘っていたが、その前にクライヴの『妻』になるということなのだ。

 せっかく婚約の返事を先送りにしているのだ。
 この際にクライヴの人となりをよく知ってからでもいいのではないかと思えた。

 確かクライヴの家族構成は、父であるアクイラ国皇に、母であるアクイラ国皇后と弟がひとりいたと思う。

 クライヴの公務に関しては新聞に記載されているものを読む程度の知識だろうか。
 今回の外交の目的も、個人的にワインの輸入事業を行っているなど全く知らなかった。

 他には、誰もが見惚れる美貌に、印象的な紅い瞳、さらに皇族としての堂々とした立ち振る舞いに、優美な所作、そしてリラに向ける燃えるように熱くそれでいて甘い視線に、大胆な迫る数々のスキンシップ…。

 リラは急に顔が熱くなった。
 今まで散々クライヴに口説かれ絆された数々が思い出されたのだった。

 リラは恋愛経験は皆無。
 さらにいうと、男性に口説かれたことはおろか、好意を向けられたこともなかった。

 リラには、クライヴがあんなにも堂々と、女性を口説き婚約者でもない女性の手に髪に額に口付けしたりと大胆な行動が取っている事実にやっと気がついた。

 成人した男性は意中の女性を口説くためにあのような行動をとることが一般的なのだろうか。
 とは言え、あまりにも流れるように自然に行動ができ過ぎており、手慣れているのではないかと思えた。

(もしかして、『女ったらし』なのかしら…。)

 リラの脳裏に余計な言葉が浮かんだ。

 けれど、そう思うと手慣れた所作にも妙に納得がいくものであった。
 もしかしたら、クライヴの祖国であるアクイラ国では今まで数々の見目麗しい女性を泣かせて来たかもしれない。

 まさか、アベリア国滞在中もリラの知らないところで、あのように女性を口説いて回っているのかもしれない。
 リラもその中の可哀想な女性のひとりに過ぎず、本当は側室として迎える予定なのかもしれない。

 こうなってしまうと、リラの妄想は止まらなかった。
 頭を抱えて込むと、今日も眠れない夜になってしまった。

☆ ☆ ☆

 翌日。
 リラは昨日の帰宅が遅かったことと今日は学園がお休みということもあり、いつもより遅めに起床した。

 着替えを済ませ食堂に着くとブランチが用意されていた。
 やっぱりというべきか、そこにルーカスの姿はなかった。
 一応、侍女頭に尋ねると、部屋で昨日の格好のままベッドで、ぐったりしていたとのことだった。

「もう、端ない。一張羅が台無しだわ。」

 リラはそんな小言を溢しながら、リラはグッと拳を握りしめた。



 昼過ぎ。
 書斎の窓から見覚えのある黒塗りの四等立ての馬車が屋敷の前に止まるのが見えた。

 でかける前にルーカスに幾分か話を訊きたかったが、一向に起きて来ないまま迎えが来てしまった。
 リラは、準備しておいた鞄を持ち慌てて玄関ホールに向かうと、デイビッドが待ち構えていた。

「デイビッド様、わざわざお迎えいただいてありがとうございます。」

「いえいえ、殿下の大切な婚約者です。お迎えなど当然のことですよ。殿下もお迎えにあがりたいようだったのですが、急ぎの用事がございまして、叶うこともなく、僭越ながら私が参りました。さ、アリエス伯爵令嬢、お手をどうぞ。」

「いえ、クライヴ様にわざわざお越しいただくなど、とんでもございません。それから、私のことは、どうぞリラとお呼びください。」

 リラはデイビッドの手を取ると馬車に乗り込んだ。
 リラが座席につくとデイビッドは正面の席に座り御者に発車するように伝えた。
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