結婚する気なんかなかったのに、隣国の皇子に求婚されて困ってます

星降る夜の獅子

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リラとロイド

リラの結婚願望

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 その日の授業を終えて、リラは一度帰宅した。
 急いで、控えめなイブニングドレスに袖を通し身支度を整えた。

 ロイドとの晩餐会とはいえ非公式の場だ。
 あまりも目立ったドレスは憚られた。

 着替えを終えると侍女に軽く化粧をしてもらった。

「お嬢様、珍しいですわね。少しくまがございますわ。」

「昨日、なかなか眠れなくて…。」

「左様ですか。確かに昨日は、だいぶお疲れのご様子でしたものね。」

★ ★ ★

 昨夕。

 リラが学園からの帰宅後、侍女に晩餐に呼ばれるまで、着替えもせずに自分の部屋のベットで倒れ込むように横なっていた。

 夕食の準備ができたことを知らせに来た侍女は、リラがこのように元気のない姿は見たことがないと驚き、病気ではない疑い、あげく医者を呼ぼうとしていた。

 ベッドに横たわるリラは、鼻腔の奥に残る甘い薔薇の香りが鼻をくすぐり、目を閉じるとクライヴの顔が瞼に映り、首筋に走ったわずかな痛みが思い出され、ひとり頬を染め夢現だった。
 けれど、鏡を見れば首筋には、しっかり紅い痣があり、夢ではなく現実であることを強く主張していた。

 ぼんやりした頭で夕食を取ると浴を終え、気分転換に小説を読もうと思うも書類に目を通そうと思うも何も頭に入ってこなかった。

 仕方ないと思い、早めに休もうと思い、ベッドに横たわり瞼を閉じるものの眠気など微塵も感じず眠ることはできなかった。
 やはり、昼間のことが尾を引いていたのだろう。

(本当に私を婚約者として所望しているのかしら…。)

 ここまで、クライヴに言い寄られてもその真偽をリラは疑ってしまう。
 やはり、クライヴの行動自体が異常すぎて、未だにリラには受け入れられないのだろう。

(なんでそこまでして、私なのだろう…。)

 クライヴは誰もが魅了される美貌に加えて、第一皇子という地位である。
 わざわざリラを所望しなくとも婚約者は世界中の女性から選びたい放題なのである。

 リラの想像するクライヴの隣にいるのに相応しい女性は、クライヴに負けず劣らず美しく妖艶な体つきの女性か、侯爵家以上の資産が十分にある貴族もしくは国政にそれなりの発言権のある貴族なのだろう。

 リラは愛らしい顔立ちではあるが、クライヴの隣では華のない容姿であり、男を惑わすような豊満な体つきでもなかった。

 そして、リラの父であるアリエス伯爵は、アベリア国の有力者でもなんでもなかった。
 そう考えるリラにとって、クライヴからの求婚はとても納得いくものではなかった。



 また、どうやって自分を知ったのかも気になっていた。
 何度も言うが、アリエス伯爵は、アベリア国の有力者でもなんでもなく片田舎の領土を納めてるいるだけだった。

 アリエス伯爵もリラの兄も社交には皆目興味がなく、社交シーズンになってもほとんどタウンハウスを訪れることはなかった。
 ふたりは常にカントリーハウスで仕事三昧である。

 兄も結婚適齢期なのに浮いた話がひとつもなくて、リラからしても心配なくらいだった。
 そんな無名であろう自分を隣国の皇子が知っているなんて、リラには想像もできなかった。

(やはり、婚約の話はご冗談なのだろうか…。)

 リラは溜息を零した。
 一周回ってやはりそんな結論に達してしまう。

 しかし、万が一にも婚約の話が本気だとしたら、自分が次期アクイラ国の皇后になるのだろうか。

 そんなことがリラの頭を過った。

 けれど、そんなことあっていい筈がないと、ぶんぶんと首を横に振った。

 リラとしても、さすがにそんな大役は荷が重すぎるというものであった。
 そもそも今まで生きていて、そのような皇族に仕えるための教育など一斎受けたことがなかった。

 リラの最も得意とすることとあれば乗馬と羊の毛刈りくらいだ。

 それに、とてもリラ自身が国民の礎となるような器だとは思えなかった。
 やはり、このような大役は侯爵家以上の人間が適任なのだろう。

 リラは静かにひとり納得するのだった。

☆ ☆ ☆

 リラが東宮に着くと侍女にサロンに通され、暫くするとロイドとレナルドが現れた。

「ロイド様、レナルド様。本日はお忙しい中、このような場をご準備いただきありがとうございます。」

 リラは学園で行う挨拶とは異なり、敬意を持って最上級の礼をした。

「いや、そこまで気にしないでくれ。私もリラ嬢にそのことを色々話したかったのだ。」

「ありがとうございます。もし、可能でしたら、そのレナルド様もご同席いただけますでしょうか。その男性の意見を少しでも多くお伺いしたく…。」

 ロイドは、せっかくの晩餐がふたりきりではないことに少しがっかりした表情を浮かべたが、リラの悩みを解消することが先決と心良く了承した。



 晩餐は皇子専属の料理長が腕によりをかけたフルコースだった。

 それとなく、レナルドは今日の晩餐には大事な客がくると言伝たのだろう。
 ロイドが普段食べるそれよりも上等の素材が用意されていた。

 そんなこと何も知らないリラは、流石は皇子お抱えの料理長だと終始笑みを浮かべていた。



 和やかな晩餐は終わり、本題を話すため一同は場所をサロンに移した。
 侍女に紅茶と茶菓子を準備させると、レナルドは人払いをした。

「おふたりとも貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございます。」

 リラはソファに着席したまま、再び深々と礼をした。
 あまりに丁寧なリラの姿勢に、ロイドは自分にも下心があることが背後暗くなった。

「どこから何をおふたりにご相談していいのか…悩むところなのですが…。」

 三人は各々言葉を探るように、しばし沈黙が流れた。

「あの、確認なのですが、このアクイラ国との縁談は、本当なのでしょうか…。」

 リラが控えめにふたり尋ねたが、ふたりはまだリラが婚約を疑っている事実に驚いた。
 リラはふたりの表情から慌てて何故そう思ったのか経緯を付け加えた。

「その…。私とアクイラ国皇子に接点がまるでなく、本当に私をどこで存じたのか検討がつかず…。どこかですれ違ったにしましても、私は器量良しでもなく…。その…男性を満足させるような体つきでもなく。可愛らしい仕草もできず…。女性として魅力的なところなどあるとは到底思えなくてですね…。加えて、父もアベリア国の有力者でもないので、アクイラ国にも有益なものがなく…。未だに信じがたく…。」

 終始恥じらいながら答えるリラに、ふたりは多分に卑下し過ぎではないかと頭を悩ました。

(これは私が/ロイド様が求婚しても先が思いやられる…。)

「えー。どこでリラ嬢をお知りになったかはわかりませんが。求婚は本気だと思いますよ。」

 レナルドは咳払いをすると冷や汗をかきながら答えた。
 ふたりも心底冗談で通したいものの、クライヴのあの表情から察するに、下手なことを言えば国際問題になりかねないと思えた。

「確かに、あまりに突飛すぎますが、それでも一国の皇子です。本気以外で婚約を仄めかすことはないでしょう。」

 リラは腑に落ちない様子だが納得せざる得なかった。

「では…。どうやって、その、お断りすれば、その…角が立たないというか…。」

 その言葉にレナルドは驚き、ロイドは嬉しさのあまり顔がにやけるのを必死に堪えた。

「ちなみに、なぜそのように思われるのだろうか…。」

 レナルドは、すっかりリラがクライヴに傾倒しているとばかり思っていた。

「一番に大きな理由としては、身分違いですかね…。」

(やはりか…。)

 レナルドは、ぐっと奥歯を噛み締めた。
 ロイドは浮かれていたのが嘘のように暗い気持ちが押し寄せた。

「アクイラ国皇子の申し出を受けるということは、アクイラ国の時期皇后になる可能性がございます。そうでなくても、アクイラ国の中枢を担う身となるでしょう。私は片田舎の伯爵家の娘に過ぎません。そのような皇家に嫁ぐような教育を受けているわけでもありません。また皇后になれるような器も持ち合わせておりません。ロイド様とレナルド様は重々ご存知だと思いますが、皇族との結婚は、多くの民の命を預かるの立場になるのと同意。私にその重役が務まるでしょうか…。やはり、このようなことは幼い頃から教育を受けている侯爵家以上の身分の方が相応しいのではないでしょうか。」

 レナルドは思わず溜息を零しそうになった。
 レナルドがリラが断る尤もな理由があるとすればこれだろうと予想していた。
 けれど、これはロイドがリラに求婚したときも同じに理由で断られるのではないかと危惧された。

(どうしたものか…。)

 レナルドがそう思案する間もなくロイドは勢いよく立ち上がった。

「いや、それは違う。リラ嬢が素晴らしい女性だと言うことは三年間共に学園で学んだ私が誰よりも知っている。皇子として上手く振る舞うことのできない私のその術を教えてくれたのは、他ならないリラ嬢なのだ。あなたほど、聡明で心優しく、皆から慕われるものなど今まで出逢ったことなどない。皇族としての教育がなんだ。そんなものを初めから受けていても、上手く立ち振る舞えないものなど大勢いる。だから、どうか自分を卑下するようなことは言わないでほしい。」

 ロイドはこれまでの共に生活した三年間の感謝を想い言葉が自然と溢れ、思いの丈を無我夢中で言葉にした。

「ロイド様、落ち着いて。」

 レナルドは声を荒げるロイドを慌てて制止すると、ロイドも自分の熱量に驚き、慌てて着席した。

「だ、だからと言って、その、結婚しろ…と言っているわけではない…。」

 ロイドは今の言い回しだとクライヴとの結婚を推奨しているようで慌てて付け加えた。
 ロイドは純粋な気持ちでリラへの感謝と尊敬を伝えたかったのだった。

「あ、ありがとうございます。ロイド様がそのように思ってくださっていたなんて。実は少しばかりお節介ではないかと気に病んだこともございました。至極光栄でございます。」

 しかし、やはり気になるのはロイドの今の意見でリラがどう心が動いたかだ。
 リラは少しの沈黙の後に口を開いた。

「ですが、やはり、お断りしようかと思います。まだまだ家族と領民のことが心配なんですよね。私、元々学園に三年間いましたら、すぐには結婚はせずに領地経営に専念しようと父と兄に話しておりました。学園に入学したのも父のたっての希望で仕方なく、本当はカントリーハウスからも通える学校を所望しておりました。今はとりわけ家族が心配なんですよね。父は人柄は良いのですが、経営者向きではなく、その分、兄が馬車馬のように働いており…。兄もまだ嫁を迎えてませんし、せめて兄が結婚してから、自分のことを考えるべきかと思っております。いえ、そのお嫁さまにも色々教えなければなりませんし…。もう少し自分のことは後回しですかね。」

 ふたりはにこやかにそう語るリラを呆気に取られながら眺めていた。
 やはり、ロイドがリラに求婚するのも前途多難らしい。
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