17 / 60
リラとロイド
ロイドの情欲
しおりを挟む
その日から、何かにつけてロイドはリラを晩餐や観劇などに誘ったり、何か贈ろうとしたが悉く断られ、その度にレナルドと深夜の座談会を繰り広げていた。
リラが断る理由は大きく二つだった。
一つ目は、ただの学友なのだから、お礼は不要とのことだった。
これはロイドが不器用な過ぎると幾度とレナルドに小言を言われただろうか。
はじめての学園祭の終わりに、ロイドはリラに労いを込めて首飾りを贈ろうとしていた。
それとなく探りを入れれば良いものをロイドは緊張と興奮のあまり馬鹿正直に事と次第をリラに話してしまったのだ。
大抵の令嬢なら、皇子からの首飾りなど願ったり叶ったりだろう。
学園でのヒエラルキーの上位にも立つことができる特別なものである。
だが、リラはこの話を聞いて大慌てだった。
「あ、当たり前のことをしただけなのに、そんな高価なものは頂くことはできません!」
リラは必死にロイドを説き伏せていた。
あまりにもリラが懇願するのでロイドはなくなく諦めたのだった。
二つ目は、他の女子生徒への配慮であった。
その中でも主に婚約者候補と言われてる二人の侯爵令嬢だろう。
ひとりは同じクラスのレベッカ・ユングフラウ侯爵令嬢、もうひとりは一つ下の学年のサラ・ブロッケン侯爵令嬢だった。
特にレベッカはロイドにご執心で、熱心にロイドを誘っていた。
それに加えレベッカは侯爵家、片やリラは伯爵家である。
身分だけで言えば明らかにレベッカの方が高く、そしてロイドの婚約者候補であるのだ。
そんなレベッカを差し置いて、自分がロイドと出かけるなど烏滸がましいというのがリラの心情だろう。
「ロイド様がアクイラ国皇子の十分の一でも押しが強ければなー。」
レナルドが、ボソッとそんなことを漏らした。
今のロイドにクライヴの名は禁忌とも言えるが、ここは敢えてのことだろう。
「あー。そうだな。どうせ、へたれだよ。」
ロイドはイライラを隠さず、頬杖をつき貧乏ゆすりをしていた。
一国の皇子であるにも関わらずこのように子供のように駄々をこねる態度を取るとはなんとも情けない。
レナルドは頬杖をつき溜息を零した。
(情けない…。これではリラ嬢でなくても願い下げだろう。)
レナルドも皇族の血を引いており将来は国の中枢となることが強いられた人間であった。
ロイドの恋情を置いも国のことを思うなら、ロイドにリラは必要に思えた。
ロイドはリラに出逢ってから見違えたように、公務に積極的になった。
今まで何処かぎこちなかった立ち振る舞いも何かコツを掴んだのか、少しずつ堂々と様になっていった。
そのことを感じているのは、レナルドだけではなく国皇や皇后をはじめとする皇宮のものなら誰しもだった。
(なんとか、ふたりを取り持ちたいが、リラ嬢はどう思っているのだろうか。)
ロイドは自分がリラの気を惹く方法ばかり考えでいるが、ここまでクライヴに振り回されている状況で、リラがロイドを意識する隙などあるだろうか。
不貞腐れているロイドを他所にレナルドはこれまでのクライヴの行動を思い返した。
クライヴは以前からリラのことを知っている様子から、おそらくクライヴは元々リラに求婚するつもりだったのだろう。
そして、たまたま参加した成人の宴でリラを見かけ、予想以上にリラを狙う令息が多かったため慌てて声をかけた。
更に、周囲の令息への牽制の意を込めて、わざとあのような公の場で、半ば強引に婚約を仄めかしたのだろう。
隣国の皇子に婚約を持ちかけられた令嬢に手を出せるような権力や度胸があるものなどそうはいない。
リラもここまで堂々と婚約の話が広まっては易々と断ることはできないと踏んだのだろう。
それに、断ったところで隣国の皇子の求婚を断る不敬な令嬢と悪評がたつやもしれない。
断る尤もな理由があるとすれば、自国の皇子であるロイドと婚約している、あるいは恋仲にあるということぐらいだ。
レナルドはクライヴのあまりの計算の深さに感心すると共に冷や汗をかいた。
ここから挽回する手立てなど思いつくのだろうか。
ふたりは小一時間ほど思案するも理想的な打開案は浮かばなかった。
クライヴが一枚二枚どころではなく百枚も千枚も上手なのに加えて、おそらくリラにはもうロイドは学友というレッテルが貼られており、更にリラは元々恐ろしくガードが硬い。
「とりあえず一度リラ嬢とお話になってはいかがでしょうか。実際のところリラ嬢の気持ちもわかりませんし…。」
リラは今のところ婚約を了承してはいないかった。
頬を染め満更でもないような表情も見受けられるが、あの美貌の皇子にあれだけの迫られて頬を染めない令嬢などいるだろうか。
「それはそうだが、ど、どのように誘えばいいか…。」
ロイドは口をもごもごさせた。
それも仕方がないだろう。ロイドの誘いなど今まで一度も成功したことはないのだ。
「それは、やはりアクイラ国皇子のことで、と…。」
「いやだ!」
レナルドの提案にロイドは間髪入れずに拒否をした。
恋敵の名前で誘き出すなど皇子として、いや、男として情けないにもほどがあるのだろう。
しかし、これがレナルドの考えうる唯一の成功法なのだ。
「しかし、嘘ではないでしょう。」
それからレナルドはロイドを説き伏せるのに小一時間ほどかかった。
翌る日。
あまり眠れなかったロイドは早めに学園に向かい、そのまま図書館に向かった。
自室にいても昨日のことで悶々とし、仕事をするにしても中途半端な時間だ。
こんなときは図書館で書籍でも読んで頭を切り替えてしまおう、そう考えたのだった。
館内に足を踏み入れると誰もいないのかと思わせるほど、シーンッ寝りかえっていた。
それもその筈、まだ授業開始までだいぶ時間があり、館内どころか園内にもほとんど生徒がいなかった。
ロイドはどの書籍にしようかと、ぐるりと歩いた。
ここには、リラとの思い出が詰まっていた。
リラには色々な書籍を勧めてもらった。
館内の所々にある自習スペースで、勉学を教わったこともあった。
少しばかり思いに耽りながら館内を歩くと、ロイドは一冊の本を手に取った。
ロイドはそれを持ち、リラとよく使った二階のお気に入りの自習用の長テーブルへ向かうと、既にひとりの令嬢が座っているではないか。
(こんな朝早くから先客か…。)
ロイドは少し残念に思いながら、邪魔をしないようにと彼女から少し離れた席に腰を下ろそうと思った。
けれど、不意に興味本位でその令嬢の顔を覗き込んで見ると、そこにはなんとリラがいたのだった。
しかも、あろうことか行儀悪く書籍を枕に突っ伏して、すやすやと眠っているではないか。
ロイドは思わず近寄り、リラの寝顔をまじまじと見つめた。
艶のある茶色がかかった黒髪。
弧を描いた長い睫毛。
真珠のように白く滑らかな肌。
ぷっくりとした紅い唇。
(愛らしい…。)
ロイドはリラに触れたい欲求が沸々と湧き上がった。
クライヴは何故あんなに容易くリラに触れることができるのだろうか。
ロイドなんてリラに触れることができるのはダンスの授業で三ヶ月に一度か二度がやっとだ。
この状況、クライヴならもう既にリラに触れているだろうか。
その顳顬に口付けのひとつやふたつなど容易く溢しているだろうか。
(触れたい…。)
おそらく無意識だったのだろう。
ロイドは気がつくと、リラに手を伸ばし、その髪からその頬まですっと撫でた。
すべすべでふっくらとした肌。
ロイドが想像した何倍も柔らかな肌だった。
自分のそれとは全然違うそれに興奮しもっと触れたいと欲望が湧き上がり、ロイドはまた手を伸ばした。
「んん…。」
リラが寝言か何かを零し、ロイドはハッと我に返った。
自分は今何をやっていたのだろうか。
皇子として紳士としてあるまじき行為だ。
クライヴに些か影響されたのだろうか。
(いかん。いかん。リラには誠実でありたいと思っていたのに…。あんな破廉恥な皇子と一緒にされてはたまらない。)
ロイドは、羞恥と自責の念から頬を染め上げると首をぶんぶんと横に振った。
そうして落ち着きを取り戻すと、自分の上着をリラにかけ隣に座り選んだ書籍のページを捲った。
どれくらいの時間が過ぎただろうか。
長いようで短く、おそらくものの数分だろう。
ロイドはひとつも書籍に集中することができず、館内に自分たちの他に誰もいないことをいいことに、リラの寝顔をチラチラと盗み見ていた。
こんな無防備なリラを見たのは初めてだった。
可愛らしく、このまま時が止まればいいのにとさえ思えてしまった。
数日前まではリラと婚約して、結婚して、そんな夢を見ていたのが嘘のようだった。
許されることなら、このままリラを攫って何処かに閉じ込めておきたい。
そんな欲望さえ沸々と湧き上がるようだった。
「…ロイド様?」
リラは、ロイドがいることに気づくと慌てて飛び起き、姿勢を正し髪を手櫛で整えた。
「おはよう、リラ嬢。(可愛い…。)」
愛らしいリラの寝起きにロイドは思わず顔がにやけそうになった。
「え?ロイド様。すいません、お見苦しいところを…。き、昨日あまり眠れなく…。」
リラは慌てて弁明した。
リラも昨日の見学での出来事に相当疲れていたのだった。
「いや、とても可愛らしい寝顔だった。」
「か、揶揄わないでください。う、上着まですいません!」
リラは頬を染めながら、ロイドの上着を手渡した。
ロイドはそっとリラの手を包むように上着を受け取った。
「いや、とんでもない。」
ロイドはリラのはにかむ笑顔に、なんだか照れ臭くなり視線を落とした。
するとリラが枕にしていた書籍が目に入った。
「そ、それは…。(アクイラ国の歴史書?まさか、婚約の決意をしたのだろうか…。)」
ロイドは一瞬にして心臓が押し潰されそうになった。
「あ、えっと。その、アクイラ国皇子にどのように納得してもらおうかと思いまして。まずは、背景から探ろうと…。」
「…納得?」
ロイドはリラの言葉の意味がわからず、聞き返した。
リラは周囲をキョロキョロと見回し、誰もいないことを確認すると、恥ずかしそうに口をもごもごしながらすっとロイドに近づいた。
「えっと…。私のような田舎娘では、妃に相応しくないということの説明を、ですね…。」
リラは口元に手を当て、ロイドの耳元で小さくそう話した。
ロイドはリラの吐息がかかり耳がこそばゆく、また婚約を断ろうとしている事実を知り思わず顔がにやけそうになった。
「あ、ロイド様。今日か明日か少しお時間ございますか?この件でご相談したくて…。」
リラは申し訳なさそうにロイドに尋ねた。
「ああ。もちろん、確保しよう。」
他でもない愛らしいリラの頼みである。
ロイドも決して暇であるわけではないが、クライヴからの婚約の打診を断る算段を相談したいなど願ったりかなったりであった。
ふたりは、晩餐の約束をして、教室へ向かった。
リラが断る理由は大きく二つだった。
一つ目は、ただの学友なのだから、お礼は不要とのことだった。
これはロイドが不器用な過ぎると幾度とレナルドに小言を言われただろうか。
はじめての学園祭の終わりに、ロイドはリラに労いを込めて首飾りを贈ろうとしていた。
それとなく探りを入れれば良いものをロイドは緊張と興奮のあまり馬鹿正直に事と次第をリラに話してしまったのだ。
大抵の令嬢なら、皇子からの首飾りなど願ったり叶ったりだろう。
学園でのヒエラルキーの上位にも立つことができる特別なものである。
だが、リラはこの話を聞いて大慌てだった。
「あ、当たり前のことをしただけなのに、そんな高価なものは頂くことはできません!」
リラは必死にロイドを説き伏せていた。
あまりにもリラが懇願するのでロイドはなくなく諦めたのだった。
二つ目は、他の女子生徒への配慮であった。
その中でも主に婚約者候補と言われてる二人の侯爵令嬢だろう。
ひとりは同じクラスのレベッカ・ユングフラウ侯爵令嬢、もうひとりは一つ下の学年のサラ・ブロッケン侯爵令嬢だった。
特にレベッカはロイドにご執心で、熱心にロイドを誘っていた。
それに加えレベッカは侯爵家、片やリラは伯爵家である。
身分だけで言えば明らかにレベッカの方が高く、そしてロイドの婚約者候補であるのだ。
そんなレベッカを差し置いて、自分がロイドと出かけるなど烏滸がましいというのがリラの心情だろう。
「ロイド様がアクイラ国皇子の十分の一でも押しが強ければなー。」
レナルドが、ボソッとそんなことを漏らした。
今のロイドにクライヴの名は禁忌とも言えるが、ここは敢えてのことだろう。
「あー。そうだな。どうせ、へたれだよ。」
ロイドはイライラを隠さず、頬杖をつき貧乏ゆすりをしていた。
一国の皇子であるにも関わらずこのように子供のように駄々をこねる態度を取るとはなんとも情けない。
レナルドは頬杖をつき溜息を零した。
(情けない…。これではリラ嬢でなくても願い下げだろう。)
レナルドも皇族の血を引いており将来は国の中枢となることが強いられた人間であった。
ロイドの恋情を置いも国のことを思うなら、ロイドにリラは必要に思えた。
ロイドはリラに出逢ってから見違えたように、公務に積極的になった。
今まで何処かぎこちなかった立ち振る舞いも何かコツを掴んだのか、少しずつ堂々と様になっていった。
そのことを感じているのは、レナルドだけではなく国皇や皇后をはじめとする皇宮のものなら誰しもだった。
(なんとか、ふたりを取り持ちたいが、リラ嬢はどう思っているのだろうか。)
ロイドは自分がリラの気を惹く方法ばかり考えでいるが、ここまでクライヴに振り回されている状況で、リラがロイドを意識する隙などあるだろうか。
不貞腐れているロイドを他所にレナルドはこれまでのクライヴの行動を思い返した。
クライヴは以前からリラのことを知っている様子から、おそらくクライヴは元々リラに求婚するつもりだったのだろう。
そして、たまたま参加した成人の宴でリラを見かけ、予想以上にリラを狙う令息が多かったため慌てて声をかけた。
更に、周囲の令息への牽制の意を込めて、わざとあのような公の場で、半ば強引に婚約を仄めかしたのだろう。
隣国の皇子に婚約を持ちかけられた令嬢に手を出せるような権力や度胸があるものなどそうはいない。
リラもここまで堂々と婚約の話が広まっては易々と断ることはできないと踏んだのだろう。
それに、断ったところで隣国の皇子の求婚を断る不敬な令嬢と悪評がたつやもしれない。
断る尤もな理由があるとすれば、自国の皇子であるロイドと婚約している、あるいは恋仲にあるということぐらいだ。
レナルドはクライヴのあまりの計算の深さに感心すると共に冷や汗をかいた。
ここから挽回する手立てなど思いつくのだろうか。
ふたりは小一時間ほど思案するも理想的な打開案は浮かばなかった。
クライヴが一枚二枚どころではなく百枚も千枚も上手なのに加えて、おそらくリラにはもうロイドは学友というレッテルが貼られており、更にリラは元々恐ろしくガードが硬い。
「とりあえず一度リラ嬢とお話になってはいかがでしょうか。実際のところリラ嬢の気持ちもわかりませんし…。」
リラは今のところ婚約を了承してはいないかった。
頬を染め満更でもないような表情も見受けられるが、あの美貌の皇子にあれだけの迫られて頬を染めない令嬢などいるだろうか。
「それはそうだが、ど、どのように誘えばいいか…。」
ロイドは口をもごもごさせた。
それも仕方がないだろう。ロイドの誘いなど今まで一度も成功したことはないのだ。
「それは、やはりアクイラ国皇子のことで、と…。」
「いやだ!」
レナルドの提案にロイドは間髪入れずに拒否をした。
恋敵の名前で誘き出すなど皇子として、いや、男として情けないにもほどがあるのだろう。
しかし、これがレナルドの考えうる唯一の成功法なのだ。
「しかし、嘘ではないでしょう。」
それからレナルドはロイドを説き伏せるのに小一時間ほどかかった。
翌る日。
あまり眠れなかったロイドは早めに学園に向かい、そのまま図書館に向かった。
自室にいても昨日のことで悶々とし、仕事をするにしても中途半端な時間だ。
こんなときは図書館で書籍でも読んで頭を切り替えてしまおう、そう考えたのだった。
館内に足を踏み入れると誰もいないのかと思わせるほど、シーンッ寝りかえっていた。
それもその筈、まだ授業開始までだいぶ時間があり、館内どころか園内にもほとんど生徒がいなかった。
ロイドはどの書籍にしようかと、ぐるりと歩いた。
ここには、リラとの思い出が詰まっていた。
リラには色々な書籍を勧めてもらった。
館内の所々にある自習スペースで、勉学を教わったこともあった。
少しばかり思いに耽りながら館内を歩くと、ロイドは一冊の本を手に取った。
ロイドはそれを持ち、リラとよく使った二階のお気に入りの自習用の長テーブルへ向かうと、既にひとりの令嬢が座っているではないか。
(こんな朝早くから先客か…。)
ロイドは少し残念に思いながら、邪魔をしないようにと彼女から少し離れた席に腰を下ろそうと思った。
けれど、不意に興味本位でその令嬢の顔を覗き込んで見ると、そこにはなんとリラがいたのだった。
しかも、あろうことか行儀悪く書籍を枕に突っ伏して、すやすやと眠っているではないか。
ロイドは思わず近寄り、リラの寝顔をまじまじと見つめた。
艶のある茶色がかかった黒髪。
弧を描いた長い睫毛。
真珠のように白く滑らかな肌。
ぷっくりとした紅い唇。
(愛らしい…。)
ロイドはリラに触れたい欲求が沸々と湧き上がった。
クライヴは何故あんなに容易くリラに触れることができるのだろうか。
ロイドなんてリラに触れることができるのはダンスの授業で三ヶ月に一度か二度がやっとだ。
この状況、クライヴならもう既にリラに触れているだろうか。
その顳顬に口付けのひとつやふたつなど容易く溢しているだろうか。
(触れたい…。)
おそらく無意識だったのだろう。
ロイドは気がつくと、リラに手を伸ばし、その髪からその頬まですっと撫でた。
すべすべでふっくらとした肌。
ロイドが想像した何倍も柔らかな肌だった。
自分のそれとは全然違うそれに興奮しもっと触れたいと欲望が湧き上がり、ロイドはまた手を伸ばした。
「んん…。」
リラが寝言か何かを零し、ロイドはハッと我に返った。
自分は今何をやっていたのだろうか。
皇子として紳士としてあるまじき行為だ。
クライヴに些か影響されたのだろうか。
(いかん。いかん。リラには誠実でありたいと思っていたのに…。あんな破廉恥な皇子と一緒にされてはたまらない。)
ロイドは、羞恥と自責の念から頬を染め上げると首をぶんぶんと横に振った。
そうして落ち着きを取り戻すと、自分の上着をリラにかけ隣に座り選んだ書籍のページを捲った。
どれくらいの時間が過ぎただろうか。
長いようで短く、おそらくものの数分だろう。
ロイドはひとつも書籍に集中することができず、館内に自分たちの他に誰もいないことをいいことに、リラの寝顔をチラチラと盗み見ていた。
こんな無防備なリラを見たのは初めてだった。
可愛らしく、このまま時が止まればいいのにとさえ思えてしまった。
数日前まではリラと婚約して、結婚して、そんな夢を見ていたのが嘘のようだった。
許されることなら、このままリラを攫って何処かに閉じ込めておきたい。
そんな欲望さえ沸々と湧き上がるようだった。
「…ロイド様?」
リラは、ロイドがいることに気づくと慌てて飛び起き、姿勢を正し髪を手櫛で整えた。
「おはよう、リラ嬢。(可愛い…。)」
愛らしいリラの寝起きにロイドは思わず顔がにやけそうになった。
「え?ロイド様。すいません、お見苦しいところを…。き、昨日あまり眠れなく…。」
リラは慌てて弁明した。
リラも昨日の見学での出来事に相当疲れていたのだった。
「いや、とても可愛らしい寝顔だった。」
「か、揶揄わないでください。う、上着まですいません!」
リラは頬を染めながら、ロイドの上着を手渡した。
ロイドはそっとリラの手を包むように上着を受け取った。
「いや、とんでもない。」
ロイドはリラのはにかむ笑顔に、なんだか照れ臭くなり視線を落とした。
するとリラが枕にしていた書籍が目に入った。
「そ、それは…。(アクイラ国の歴史書?まさか、婚約の決意をしたのだろうか…。)」
ロイドは一瞬にして心臓が押し潰されそうになった。
「あ、えっと。その、アクイラ国皇子にどのように納得してもらおうかと思いまして。まずは、背景から探ろうと…。」
「…納得?」
ロイドはリラの言葉の意味がわからず、聞き返した。
リラは周囲をキョロキョロと見回し、誰もいないことを確認すると、恥ずかしそうに口をもごもごしながらすっとロイドに近づいた。
「えっと…。私のような田舎娘では、妃に相応しくないということの説明を、ですね…。」
リラは口元に手を当て、ロイドの耳元で小さくそう話した。
ロイドはリラの吐息がかかり耳がこそばゆく、また婚約を断ろうとしている事実を知り思わず顔がにやけそうになった。
「あ、ロイド様。今日か明日か少しお時間ございますか?この件でご相談したくて…。」
リラは申し訳なさそうにロイドに尋ねた。
「ああ。もちろん、確保しよう。」
他でもない愛らしいリラの頼みである。
ロイドも決して暇であるわけではないが、クライヴからの婚約の打診を断る算段を相談したいなど願ったりかなったりであった。
ふたりは、晩餐の約束をして、教室へ向かった。
0
お気に入りに追加
206
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!

追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

順番を待たなくなった側室と、順番を待つようになった皇帝のお話 〜陛下!どうか私のことは思い出さないで〜
白猫
恋愛
主人公のレーナマリアは、西の小国エルトネイル王国の第1王女。エルトネイル王国の国王であるレーナマリアの父は、アヴァンジェル帝国との争いを避けるため、皇帝ルクスフィードの元へ娘を側室として差し出すことにした。「側室なら食べるに困るわけでもないし、痛ぶられるわけでもないわ!」と特別な悲観もせず帝国へ渡ったレーナマリアだが、到着してすぐに己の甘さに気付かされることになる。皇帝ルクスフィードには、既に49人もの側室がいたのだ。自分が50番目の側室であると知ったレーナマリアは呆然としたが、「自分で変えられる状況でもないのだから、悩んでも仕方ないわ!」と今度は割り切る。明るい性格で毎日を楽しくぐうたらに過ごしていくが、ある日…側室たちが期待する皇帝との「閨の儀」の話を聞いてしまう。レーナマリアは、すっかり忘れていた皇帝の存在と、その皇帝と男女として交わることへの想像以上の拒絶感に苛まれ…そんな「望んでもいない順番待ちの列」に加わる気はない!と宣言すると、すぐに自分の人生のために生きる道を模索し始める。そして月日が流れ…いつの日か、逆に皇帝が彼女の列に並ぶことになってしまったのだ。立場逆転の恋愛劇、はたして二人の心は結ばれるのか?
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる