結婚する気なんかなかったのに、隣国の皇子に求婚されて困ってます

星降る夜の獅子

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リラとロイド

ロイドの回想

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 ロイドは着替えもせずに自室のソファに、崩れ落ちるようにだらしなく座った。
 時刻はもう二十二時時を過ぎていた。

 クライヴを見送った後、やっとの思いで教室に辿り着き、そのまま荷物を持って帰宅した。
 その後、会議への参加や書類作業に取り組み、その合間に晩餐、そしてまた書類作業を行なっていた。
 普段ならもっと早く進むはずだが、会議も書類作業もほとんど上の空のロイドに変わってレナルドが助言するいつになく多かった。

 ロイドは、溜息を零すと、更にソファに崩れ落ち、ほとんど寝そべっていた。
 口をぽかんと開き、目は虚で何処を見ているのか…。
 これを放心状態というのだろう。

 そんなところに、ノックの音と共にレナルドが入ってきた。

「ロイド様、夜分に失礼します。ここの書類にもサインを…。」

 そう言いながら部屋に入るも、ロイドの無惨な姿にレナルドは驚愕した。

(こんな態度はいつぶりだろう…。)

 ロイドとレナルドは従兄弟同士で同い年ということもあり、気づいたときには既に隣にいた。
 遊ぶのも、食事をするのも、勉強も、そして怒られるのも。
 ふたりは主従の前に従兄弟であり、兄弟であり、親友であった。

(そういえば、リラ嬢を初めて観劇か食事かのお誘いを断れたときもこんな姿だったような…。いやいや、これよりはだいぶマシだったか…。)

 夜分とは言え、誰か来るかもしれない。
 主の醜態は己の醜態と言い聞かせ、レナルドは仕方なしにロイドの肩を叩いた。

「あ、レナルドか。」

「すいません、勝手に入ってしまって。先ほどの件で、サインがひとつ漏れてまして…。」

 そう話を進めようとするもロイドは全く起き上がりもせずに、寝そべったまま顔を手で覆っていた。

(はあ、こうなっては。先に話を聞くしかない。)

 レナルドは、まだ見学時に何があったか何も聞いていなかった。
 教室に戻ってきたロイドはげっそうりしたように蒼い顔をし、リラは校内を走ってきたのかというくらいに真っ紅な顔をしていた。
 何かあったのは確かなのだろう。

(これだから、早めにリラ嬢に気持ちをお伝えした方が良いと何度も進言したのに…。)

「ロイド様。見学でのことお伺いしてもよろしいですか。」

 ロイドは顔を覆ったまま、微動だにしなかった。

「ロイド様。流石に何も話していただけないと、ご相談には乗れませんよ。」

 それでもロイドは動かなかった。

「書類ここに置いておきますよ。では、私は失礼しますね。」

 レナルドは溜息を吐き立ち去ろうとすると、ロイドはレナルドの裾をぐっと握りしめた。

「は、話すにも、心の準備が必要なのだ…。」

(子供か…。)

「はいはい。」

 レナルドは我が主ながら情けないと思いつつ、寝ているロイドの正面のソファに腰掛けた。

 ロイドは昔から何かとレナルドに話を聞いてもらうことが多かった。
 皇子としての立ち振る舞いを周囲に強く求められてきたせいなのだろう。

 弱音を吐くな。
 甘えるな。
 愚痴を溢すな。

 常にそう教育を受けており、その言葉は真面目なロイドにとって、それは重く伸し掛かった。
 それでも耐えてこられたのはレナルドという唯一無二の親友のおかげなのだろう。

「それで、いかがだったのですか。」

 ロイドはようやく起き上がり、ソファに座り直した。しかし、まともに座ってはられないのか、膝の上に肘をつき下を向いて項垂れていた。

「順を追って話すと、最初は応接室で簡単な説明があり、授業風景や礼拝堂などの施設を見学をした…。そ、そこまでは何事もなかったのだが…。図書館に入ったときに、アクイラ国皇子に付き添いリラが奥へ進むので私も後を追おうとしたのだが、側近のデイビッド殿に呼び止められた…。」

 あのときロイドは内心焦っていた。
 今までのクライヴのリラに対する態度を見れば当然なのだろう。

 クライヴの皇子らしからぬ振る舞いが目に余る。
 隙あらば、リラに触れ、リラを口説こうとしていた。

 ふたりきりともなれば、どんなことをしでかすかと思い後を追いたいものの、デイビッドの質問を無碍にすることもできなかった。

「結局、ふたりは本棚をひとつ隔てた向こうで何やら、楽しげに話をしていたのだが、リラ嬢はアクイラ国皇子に贈り物をする約束をしていたのだ…。そ、それも手作りの…。」

いやいや、そんな筈はない、リラが笑顔で了承したとは到底思いたくない。

 ロイドはふたりの会話を漏れ聞いただけで、全てを正確に聞いたわけではなかった。
 もちろん、ふたりの表情など一斎窺えはしなかった。
 それでも、なぜかロイドの脳裏に笑顔のリラが浮かんで仕方がなかった。

(そんな筈はない…。リラが笑顔で了承するなど到底思えない…。)

 ロイドはそんな妄想を払拭するように頭を掻きむしった。

「それは、なかなか…。」

 レナルドは冷や汗をかいた。
 ロイドがリラからの贈り物を喉から手が出るほどに欲しいことは重々承知だった。

 それが手作りの品なら泣いて喜ぶと言っても過言ではないだろう。
 今日とは別の意味で仕事が手につかない様子が容易に想像できた。

「もちろん、詳細はわからないし、何を贈るかわからないのだが…。」

 なぜか、クライヴの楽しそうな声が忘れられないず、ふたりの良からぬ妄想が膨らんで仕方がなかった。

「そ、そこまでなら、まだ、まだ良かったのだが…。」

 ロイドは声をあらげながらそう言った。
 思い出したのだろう、思い出したくもないこれから起こる悲惨な光景を…。

「その後、カフェテリアに行き、また婚約の話を持ちかけたのだ…。」

 レナルドも流石に度肝を抜かれ口をあんぐり開けた。

「そ、それは、なかなか大胆な…。」

 大胆ということばで肩つくのだろうか。
 カフェテリアで婚約の話を問答無用で進めようとする皇子など前代未聞だ。

「私もリラ嬢も大層驚いていたのだが、どうやら婚約の申し出は本気だったようだ。しかも、カフェテリアだと言うのに…アクイラ国皇子はひとつも気にした様子もなく話を進めていた。」

「おお…。カフェテリアで…。」

 あまりに非常識なことにレナルドも言葉を失った。

 婚約の話は一般的に両家の親同士を交えて、どちらかの屋敷で行うものだ。
 皇族ともなれば、宮中のサロンで行うことになるだろう。

 それに、実際に婚約をするまで気密事項だ。
 正式に婚約するまでは決して表沙汰にしない。

 そんな大事な話を学園の誰でも入れるカフェテリアで、しかも他国の皇子の目の前で行うなど、常人の思考回路では到底行うことなどできない。

「念のためにリラ嬢に既に婚約者がいないか確認し、更に私とリラ嬢が恋仲ではないか確認したものの…リラ嬢が首をぶんぶん振って否定していた…。」

(いや、そりゃそうだろう。)

 レナルドは思わず心の中で突っ込み、少し怪訝な表情をした。

「いや、わかっている!恋仲ではないのはわかっているが、異性として意識もされていないような態度にショックで…。」

(あー…。)

 ロイドは顔を赤くして、慌てて弁明するもレナルドの視線は心なしか冷たかった。

「それに、どうやらアクイラ国皇子は以前からリラ嬢を知っているようで、リラ嬢の身辺調査も済んでいるようだった。」

「あ。成人の宴で、一目惚れしたわけではなかったのですね…。」

 ロイドは頷き、レナルドは驚いた。
 一目惚れなら身辺調査等で時間がかかるため、その隙にロイドが奪い去る猶予があると思いきや、どうやら、そうもいかなさそうだ。

(何なら、婚約証書も準備しているかもしれない。)

 レナルドは不意にそう思ったが、これを口にするとロイドが失神してしまうと思い口を閉ざした。

「そして、私より領地でのリラ嬢の生活に詳しかった…。どこで、仕入れたんだ!あの情報は!」

(それは、あなたが聞くのが下手なのでは…?)

 この発言には流石のレナルドもロイドの肩を持てなかった。
 ロイドはリラの前では、たじたじになり、言葉が思うように出てこないのだ。
 せっかく、ふたりきりにしてもリラがロイドの言葉を引き出そうとしている姿をよく見かけた。

「そ、そして、最後にあろうことか…。クライヴはリラを自身の膝の上に座らせて…。」

 ロイドは口籠った。
 そう。あの光景がまざまざと浮かぶが、やはり言葉にはしたくないのだった。

 しばらく、沈黙が流れるが、目の前のロイドが怒りと嫉妬で真っ赤な顔にし震え、なかな言葉が出てこなかった。
 先ほどの言葉だけでも、なかなか信じ難い光景ではあるが、その後も何かとてつもないことが起こったのだろう。
 レナルドも心中をっ察し黙って待つしかなかった。

「リ、リラ嬢の首筋に、痣をつけたのだ…。」

「痣?痣とは?」

 ロイドが言葉を濁したせいで、レナルドには瞬時に意味がわからなかった。
 ロイドはやっとの思いで濁した言葉を汲み取ってもらえず、イライラするも仕方がない。

「キ、キ、キ、キスマークだ…。あ゛あ゛あ゛ーーー!!!」

 ロイドは言葉を吐き捨てると顔を手で覆い天井に向かって叫ぶと、子供のようにジタバタと取り乱した。

「ロイド様。人が来ますよ!(す、すごいものを見せられましたね…。)」

 レナルドは慌ててロイドを制止すると、ロイドは目に涙を浮かべ鼻息は荒かった。
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