結婚する気なんかなかったのに、隣国の皇子に求婚されて困ってます

星降る夜の獅子

文字の大きさ
上 下
13 / 60
アベリア学園の見学

リラに紅痣

しおりを挟む
 リラの脳内に『好きな子』という言葉が木霊した。

(告白?いやいや、そんな他人伝えに聞いただけで、そんなまさか…。)

 リラはあまりの恥ずかしさに顔を手で覆った。

「じゃあ、婚約してくれるね。」

 クライヴはリラの両手を取り、顔を覗き込んだ。
 艶やかな紅い瞳がじっとリラを見つめられ、思わず首を縦にふりそうになった。

「え、えっと。私には恐れ多くて、正直なところ未だに信じらず…。どこで私のことを調べたのか存じませんが、そ、そんなことを鵜呑みして、よ、よろしいのでしょうか…。」

 リラはゆっくり斜め左下に視線を逸らしながらぎこちなく答えた。
 その答えを聞くとクライヴは、吹き出したように笑い出した。

「ふふ、はははは。やっぱりリラは面白いね。大抵の令嬢なら飛びつく話なのに。そもそも貴族同士の結婚なんて一度も顔を合わせずに資産保持のために親同士が勝手に決めることが多い。アリエス家には、これ以上ない好条件なのに、体よく断ろうとするとは…。あはははは。」

 クライヴはおかしすぎるのか、お腹を抱えて涙ぐんでいた。
 自分はおかしなことを言っていないと、リラはムッとした表情を浮かべた。

 カーン。カーン。カーン。

 そのとき授業の終了を知らせる鐘がなった。

 リラはハッとした。
 些か話が大ごとなので忘れかけていたが、ここは学園のカフェテリアだ。
 いつ誰が来てもおかしくない。
 なんとかして、クライヴを制止することが先決なのである。

「も、申し訳ないのですが、今このお話は、その、やめていただけないでしょうか。」

「了承すればすぐ終わる話なのだけど…。」

 クライヴは頬杖を付きリラを情熱に満ちた紅い瞳で見つめた。
 しかし、リラも譲ることなどできない。

「ここでは、恥ずかし過ぎます。」

「『ロイド様』に見られてるから?」

「ロイド様など関係なく、ここは学園のカフェテリアです。もうすぐ誰か参ります。そのような話を誰かに聞かれては。それに、父とも相談したいので。」

「そう。」

 クライヴは、つまらなそうに呟くと、やっと視線を逸らした。



 リラは一息付こうと席に座り直し、すっかり冷え切った紅茶を手に取ると、視界の隅に映るロイドの様子が明らかにおかしいことに気づいた。
 何やらぐったりとテーブルに肘をついて頭を抱え込んでいるではないか。

「え!?ロイド様。ご体調が優れないですか?」

 リラは慌てて立ち上がりロイド背中をさすりながら顔を覗き込んだ。

 ロイドは完全に顔色が悪かった。この短時間に何が起こったのだろうか。
 傍にいながら、体調の変化に一斎気づくことのなかった自分を恥じた。

 一方のロイドがこの状態なのは、当然なのだろう。
 なにせ三年間も好きだった相手が目の前で、これでもかと口説かれおり、今まさに婚約しようとしているのだ。

 それに加え、リラは終始頬を染めて満更でもないように伺えるのだから、たまったものではない。
 ロイドにとってはこの状況はボディーブローに次ぐボディーブローで、完膚なきまでに打ちのめされている。

 むしろ、この場から逃げ出さないだけでも、その根性を誉めてほしいくらいだ。

 ロイドは真っ蒼な顔で苦しそうに浅く呼吸をしていた。

「ぜえ。ぜえ。」

 そんなロイドを心配そうにリラは青緑色の瞳を潤ませて、覗き込んだ。
 そのリラのあまりにも愛らしい表情にロイドはドキリッとし、これ以上リラにみっともない姿を見せてなるものかと顔を上げ姿勢を正そうとした。

「だ、大丈夫だ。」

 ロイドがそう答えるか否かのときに、クライヴはグイッとリラの腰を引き寄せ自身の膝に座らせたのだった。

 一瞬、何が起こったか理解に苦しむふたり。

「え、ちょっと、おろしていただけますか…?」

「嫌だ。」

 リラはわけがわからず、クライヴの腕を引き離そうとするもびくともしなかった。
 一方のクライヴは何も気にした様子がなく、リラの髪をソッと片側にまとめると、顕になった白く美しい首筋に唇を押し当て吸い付いたのだった。

 一瞬、鈍い痛みと共にリラは何が起こったかわからず足をジタバタさせた。
 一方のロイドは顔から血の気が引いたかのように白くなり今にも後ろに倒れそうなほどだった。

「ロ、ロイド様!?大丈夫ですか?」



 そうこうしていると、向こうから離席していた学園長たち三人の姿が見えてくるではいか。
 リラは半ば強引にクライヴの腕から抜け出した。

 頬を真っ紅にして慌てふためきながらロイドに話しかけるリラ。
 誰の声も耳に入らないのか顔面蒼白気絶寸前のロイド。
 笑いを堪えるように上品に口元を手で隠すクライヴ。

 学園長は、この予想外の状況に戸惑い、どこから質問して良いのか、はたまた聞いてはならないのか口をまごつかせ、デイビッドは何かを察したのか額に手をあて溜息を吐いていた。



 その後の案内は何事もなかったが、リラとロイドはカフェテリアの一件で全生命力を使い果たしたように終始上の空だった。

 こんな波乱の見学になると誰が予想したことだろう。
 なんとか見学も終わり、クライヴとデイビッドを見送るために六人は正門に向かった。

 時刻はもう夕刻。
 帰宅する生徒たちは、やはり誰しもクライヴの美貌に見惚れていた。

 クライヴは背筋を伸ばし、遠くを見据えて周囲の生徒が自分を羨望の眼差しで見つめることなど微塵も見えていないかのようにだった。

 クライヴからすると、それは周りが草木であるかのように、また時折上がる黄色い悲鳴も風の音ぐらいにしか思っていないように悠々と歩いていた。

 リラは、またしても無意識に、そんなクライヴの様子を斜め後ろから眺めていた。
 リラもまた周囲の生徒と同じように思わず羨望の眼差しを送っていたのだろう。

 それに気づいたクライヴはリラの方にチラリッと視線を送りニヤリと意地悪く笑うのだった。

(いかん、いかん。また、やってしまった…。)

 リラはクライヴと視線を絡ませると、首をぶんぶんと横に振り胸を張り姿勢を正した。



 六人が正門に着くと、そこには既に馬車が到着していた。

 馬車は四輪で、黒く塗られており、アクイラ国皇家の紋章である鷲が扉に施されていた。また、草木をモチーフとした繊細な彫刻が所々に施されており、重厚感ある豪華なものであった。

「アクイラ国皇子、本日は我がアベリア学園にお越しいただきまして、誠にありがとうございました。」

 学園長が深々と礼するのに習って四人はも同じように礼をした。

「いえ、とても有意義な時間でした。ありがとうございました。」

 クライヴは学園長と握手を交わすと、リラに近寄った。

「リラ、この続きはまた日を改めて。」

 クライヴは、すっとリラの手を取り口づけると何事もなかったように馬車に乗り込んだ。

 周囲の生徒は口を手で覆うもの、思わずきゃーっと黄色い悲鳴を上げるもの、誰しもがその光景に釘付けだった。

(また、やられた…。)

 取り残されたリラは、悔しいやら恥ずかしいやらで体が小刻みに震えた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

処理中です...