結婚する気なんかなかったのに、隣国の皇子に求婚されて困ってます

星降る夜の獅子

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アベリア学園の見学

リラの承諾

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 三人は応接室入ると、既に学園長と広報主任、それに身なりのいい男性が話をしていた。
 三人はリラたちの入室に気がつくと男性が慌てて駆け寄ってきた。

「殿下。用事があると先に向かわれたのに、いらっしゃらないので心配しましたよ。」

「ああ。すまない。」

 クライヴは悪びれもなく笑顔で返した。

「アベリア国皇子、アリエス伯爵令嬢、お初お目にかかります。殿下の側近しております、デイビッド・ジェミニと申します。どうぞ、デイビッドとお呼びください。」

 デイビッドはロイドとリラに深々と礼をした。

「アクイラ国皇子、よくぞいらっしゃっていただきました。アベリア学園、学園長のマーガレット・スコルピオと申します。」

「いえいえ、急なお願いにもご対応いただき感謝しております。改めまして、クライヴ・レオ・アクイラと申します。スコルピオ学園長、本日はどうぞよろしくお願いいたします。」

 次いで学園長が挨拶を行うと、クライヴは学園長に手を差し出し、ふたりは握手を交わした。



 応接室では広報主任から学園の簡単な歴史や授業方針や施設についての説明があり、一通り終わると施設を回ることとなった。
 学園長と広報主任が先導し、続いてクライヴとデイビッド、その後ろにリラとロイドはついて歩いた。

 応接室に行くまでは散々クライヴに翻弄されていたため、見学中もそのような試練が続くのかとリラはドキドキしていたが、クライヴは何事もなかったように見学に集中していた。
 そのため、最初は身構えていたリラも次第にいつも通りに落ち着きを取り戻していった。

 そもそも何かあるかもしれない、そんな憶測が烏滸がましいというものだ。
 クライヴは今日、学園の見学を目的に訪れているわけで、リラが目的では一斎ない。

(存外、この皇子はただの女ったらしで、今回たまたま自分がその標的になっただけなのかもしれない…。)

 リラは冷静になるに従って、そんなことまで思うようになった。

(せっかく案内役として任命されたのだから、自分のできる限りの手伝いをしなくては…。)

 リラは気を取りなおすと背筋を伸ばした。



 六人は校舎を一通り巡った後に中庭を抜けて図書館へ向かった。
 この学園の図書館は三階建ての建物で一つの学園が所有するには驚くべきの大きさで、国内外から集められた何万冊もの書物が並んでいた。

「すごい蔵書ですね…。」

 クライヴが思わずそう言葉を漏らした。

「はい。学園の生徒が今後どんな分野に興味を持ってもいいように幅広く取りそら得ております。これほどの所蔵は国内を探してもそれほど多くないと思いますよ。」

 学園長は誇らしげに答えた。

「少し中を拝見してもよろしいでしょうか。」

 クライヴは、そう言うと図書館の奥へと入っていった。
 リラは少し離れてクライヴの後に付いて歩いた。

「リラはここへよく来るの?」

 不意にクライヴが書籍がずっしりと並べられている本棚を見ながら質問をした。

「はい。城下町にある書店や図書館よりもずっと多くの書籍がございますし、外国の書籍や専門書なども数多く取り揃えております。申請すれば書籍を取り寄せ、また購入することもできるので、かなり重宝しておりますね。」

「へー。それはすごい。どんなものを読むの?」

「えっと、気になったものは何でもというか…。経済学、経営学、心理学、小説など色々ですね。」

 リラはクライヴとそんな話をしていると、ひとりの年配の司書がリラの後ろ姿を見かけて話しかけてきた。

「あ、リラちゃん。頼んでいた本が届いたよ。今持ってくかい。」

 この司書は慣れた様子でリラに話しかけた。どうやらこの司書はクライヴに気づいていなかったようだった。

「ありがとうございます。今、お客様をご案内しておりますので、夕方お伺いしますね。」

 リラは振り返り、にこやかにそう応えると、司書は状況を察したのか、軽く謝りとその場を後にした。

「何の書籍を頼んだの?」

 クライヴは興味を持ったのかリラに向き直り甘く尋ねた。

「え、えっと…。編み物の本ですね…。」

「へー。編み物…。誰かに贈り物でも?」

 クライヴは少し怪訝な表情を浮かべた。

「いえ、ま、まさか。私はそんな大層なものできません。」

 リラは慌てて首を横に振るも、クライヴは疑うように目を細めて、たじろぐリラに詰め寄ってきた。リラは途端に鼓動が早まった。

「え、えっと。我がアリエス領では牧羊が盛んなのですが、今まで羊毛は問屋におろしていました。けれど近年、羊毛の商品化を検討しておりまして…その、少し自分でどんなものがいいか考えてみようと…」

 リラは仕方なく事と次第を説明した。
 これにクライヴも納得したと思ったものの、クライヴはニヤリッと笑みをこぼし、更に詰め寄った。
 リラは慌てて半歩後退ろうとするが、蛇に睨まれた蛙のように動くことができずクライヴと視線を絡ませた。

「なるほどね。では、今度、何か俺に作ってくれないか。」

 クライヴはそう言うと、リラの頬に手を添えて親指でゆっくり唇をなぞった。

「いえ、あの、先ほど申し上げましたように、皇家に納品できるような代物ではなく…。」

「皇家にではなく、俺が個人的に欲しいんだ。」

 目を細めて、情欲に満ちた紅い瞳でリラの唇を見つめていた。
 リラはその麗しい紅い瞳に吸い込まれそうになるも、これもアクイラ国流の冗談、絆されてはいけないと気を引き締めるように、拳を強く握りしめた。

「…わ、わかりました。(どうせ、誰にでも言う口説き文句だろう。はいはい、と答えておけば丸く治るだろう。)」

 リラは顔を少し紅らめながら仕方なくと言った表情で承諾した。

「ありがとう。なんでも構わない。ド派手なマフラーでも、サイズ違いの手袋でも、穴だらけのセーターでも。」

 クライヴは嬉しそうに顔を綻ばせ、無邪気にそう付け加えた。

「そ、そこまで下手ではございません!」

 リラは一瞬、クライヴのあどけない笑顔にドキリッとしながら、口をもごもごさせ慌てて否定した。

「あはは、楽しみにしている。」

 クライヴは満面の笑みでリラにそう告げると、入り口の方へ歩いていった。
 リラはそんなクライヴの後ろ姿を頬を染めながら暫く眺めていた。
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