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アベリア学園の見学
クライヴと昼食(前編)
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学園長室に入ると、学園長は頬杖をついて書類を睨んでいた。
学園長は六十過ぎの白髪混じりの淑女であった。髪をひとつに結いあげ、赤銅色の上品なドレスを着ていた。
リラは緊張した面持ちで学園長の前に立つと、学園長は顔をあげた。
「レディ・リラ、お待ちしておりました。レディ・リラ、貴方ににお話がありこちらに呼びました。」
リラはやはり咎められるのではないかと、身体が小刻みに震えるのを抑えるように拳を強く握りしめた。
「明後日、アクイラ国皇子が我がアベリア学園に訪れます。今朝方、アクイラ皇子からの書状が届きまして、成人の宴でのレディ・リラのもてなしに深く感銘したとのことでした。もし、よろしければ彼女にもご案内をお願いしたいとのことですが、レディ・リラ、お願いできますか。」
リラは予想外の学園長からの申し出に呆気に取られ、口をあんぐらり開けて目を丸くしていた。
「私がですか…。」
「はい、アクイラ国皇子からのたってのご希望ですので、できればお願いしたいのですが。」
「わ、かりました。喜んでお受けします。」
少し戸惑ったものの、国賓であるクライヴ直々の申し出を断ることなどできるだろうか。
「ありがとうございます。またロイド殿下にもこのことをお願いしております。明後日の昼食後、応接室にロイド殿下と一緒にいらっしゃってください。私どもとアクイラ国皇子をご案内いたしましょう。」
話が終わると、リラは学園長に挨拶をし退出した。
部屋の前で、ふぅっと小さく息を吐いた。
安堵ともに少し顔がにやけそうになった。心の奥底に沈めた乙女心が徐々に浮き上がり、じーんっと温かくなるのを感じた。
「またアクイラ国皇子にお逢いできるのか…。」
思わずそう呟いてしまい、ハッと息を飲んだ。
逢ったところでどうにもならないのだ。そもそも身分が違いすぎる。
それに婚約の話は今朝方、ロイドも冗談であると言っていた。
今度こそリラがクライヴに逢うのは最後だろう。
(せっかく自分を指名してもらえたのだ。そんな色恋は忘れて、満足いく見学ができるように準備をしなければ…。)
リラはそう思い、その場を後にした。
☆ ☆ ☆
翌々日。
クライヴが学園に見学に訪れる日はとても天気がよく、また冬だというのに温かく初春のような気温だった。
リラはアビーとクリスティーヌと昼食を中庭で取ることにした。
この学園の中庭には所々に、白い丸いテーブルと四脚の椅子が置いてあり、昼食を取ったり、放課後にはお茶を楽しむことができた。三人はそのひとつを使い、サンドイッチを広げて、侍女に紅茶を出すようにお願いした。
この学園では貴族御用達ということもあり昼食時は専属の侍女を連れて歩くことを許されていた。
ふたりはリラを挟むように腰掛けた。
「リラ様。この頃、話題の人で大変ですわね。お噂が飛び交ってますが、大丈夫ですか。」
心配そうにクリスティーヌがリラに尋ねた。
「本日、アクイラ国皇子がまた訪れるということで、またよからぬリラ様のありもしない噂が飛びかわないか心配ですわ。皆様、リラ様の良さをわかってませんわ。」
アビーはサンドイッチをほうばりながら、不機嫌そうに言った。
「私は大丈夫です。誤解を招く行動を取ってしまったの私ですので反省しています。それに今日は学園長やロイド様もいらっしゃるので大丈夫ですよ。」
リラは自信たっぷりに笑顔でそう言った。
すると、和やかに昼食を取る三人の前に、レベッカとその取り巻きが現れた。
「あら、リラ様ご機嫌よう。今日はアクイラ国皇子の見学に同行なんですっけ?先日みたいに、皇子を嫌らしい目で見て学園の恥を晒さないでくださいね。陛下のご挨拶もまともに聞くことのできないご令嬢が、国賓のご案内を満足にできるか心配ですわ。よろしければ、今からでも代わってさしあげましょうか。」
(はあ。またか…。)
リラは一瞬うんざりした表情になったが、ここで怯んではレベッカの思う壺だ。
「ご心配痛み入ります。ですが、国賓であるアクイラ国皇子の直々のご指名です。それを断ることなど私にはできません。そうですね…。あ!それなら、レベッカ様もご一緒に同行というのがよろしいのではないでしょうか。なのでレベッカ様から、学園長にご相談というのがいかがでしょうか。」
リラは論点をすり替えながらにこやかにレベッカに提案した。
「皇子との待ち合わせは昼食後ですので、早めに学園長にご相談した方がいいと思いますよ。」
リラも負けてはいられなかった。レベッカはいつもリラを目の敵にしていた。リラはレベッカが侯爵令嬢、ロイドの婚約者候補ということで常に遠慮はしていたものの、この態度にはうんざりしていた。
そんなリラの笑顔にレベッカは引き攣った表情を浮かべた。
「ロイド様もロイド様ですわ。このような牝狐やめたら宜しいのに…。」
するとレベッカは根負けしたのか、視線を逸らし、ぼそりとそう呟いた。
(なんで、そこでロイド様が関係するのかしら…。)
リラは、そんなレベッカを眺めながら、そう思うものの、アビーとクリスティーヌに迷惑がかからないように、レベッカを早く追い返したくて仕方がなかった。
そんな会話をしていると、リラの背後から肩に手が置かれ、またあの甘い薔薇の香りに包まれた。
「「アクイラ国皇子」」
リラは挨拶しようと咄嗟に立ちあがろうとするも、椅子にぶつかり、よろめきこけそうになった。そんなリラをクライブはクスリッと笑い愉しそうに抱き止めた。
「やあ、リラ。少しでも早く君に逢いたくて予定を切り上げて来てしまったよ。迷惑だったかな」
クライブはリラの頬に手を添え、甘く囁いた。
途端にリラの体は熱を帯び高揚していくのを感じた。
「いえ、ご見学を楽しみにしていただき、ありがとうございます。」
リラは動揺しながら、必死に脳味噌を働かせて挨拶をした。
(粗相をしてはいけない…。粗相をしてはいけない…。粗相をしてはいけない…。)
呪文のように心の中でそう呟くが、この体制は誰がどう見ても既に粗相しているだろう。
「あ、あの…。(離してください、と言って良いのだろうか)」
言葉ひとつも間違えてはならないと思い込み、何も出てこなかった。
そんなリラを察したのか、クライヴはふわりと手を離しリラの手の甲に口付けをした。
「昼食中だったのか。申し訳ない。良かったら、一緒にしてもいいかな。」
「は、はい…。」
リラは慌てて侍女に、クライヴの分の皿と紅茶を準備するようにお願いした。
クリスティーヌは慌てて、クライヴが立っているのは失礼だと、空いている自分の隣の椅子を引くも一向に座る気配がなかった。
その様子を呆然と眺めていたアビーは突然何か閃いたように、慌ててクリスティーヌの隣に移ると、クライヴは何事もなかったようにリラの隣に腰をかけた。
クライヴは、目の前に置かれた紅茶を一口飲むと、立ち竦むレベッカをギロリと睨みつけた。
「君たち、いつまでそこに立っているんだ。ここは紳士淑女を育てる名門校と伺ったが、昼食を楽しむご令嬢方のいびり方でも教えているのか。それとも宴のときのように、また俺をじろじろと厚かましい視線を送る気か。」
そんなクライヴの言葉に周囲でこちらの様子を伺っていた生徒たちは、ざわめき出した。
実は、成人の宴では、レベッカだけでなく参列したほぼ全ての令嬢がクライヴのあまりの美貌に見惚れていたのだった。
けれど、リラを陥れたいレベッカはその事実をひた隠しにし、リラのみが色目を使っていたと風潮していたのだった。
しかし、クライヴの今の一言でその事実を誤っていたと明るみになったのだ。
「え?レベッカ様もアクイラ国皇子をいやらしい目で見てたの?」
「そんな…。レベッカ様はロイド様の婚約者候補ですのに。」
周囲のレベッカへの視線が一変していった。
「あ、あの私は…クライヴ様と…。」
「気安く名前で呼ばないでほしいな。この学園はそんなことも知らないご令嬢を入学させているのか、それとも教育不足なのか…」
レベッカは慌てて弁明しようと言葉を紡ぐが、クライヴの琴線に触れ言葉を紡ぐことは許されなかった。
皇族の名前呼びなど許されなければ行ってはいけないのが常識である。
侯爵家のような皇家と近しい上流貴族は、まだ文字も読めないような幼な子から教え込まれているだろう。
クライヴが怒るのも当然である。
レベッカはリラへの嫉妬に怒り、そして公共の面前でクライヴに咎められた羞恥で顔を真っ赤に奥歯を噛み締めた。
「目障りだ。」
クライヴは止めのように言い放つと、レベッカは怒りに震えながらも、淑女の礼をし取り巻きたちとその場を後にした。
学園長は六十過ぎの白髪混じりの淑女であった。髪をひとつに結いあげ、赤銅色の上品なドレスを着ていた。
リラは緊張した面持ちで学園長の前に立つと、学園長は顔をあげた。
「レディ・リラ、お待ちしておりました。レディ・リラ、貴方ににお話がありこちらに呼びました。」
リラはやはり咎められるのではないかと、身体が小刻みに震えるのを抑えるように拳を強く握りしめた。
「明後日、アクイラ国皇子が我がアベリア学園に訪れます。今朝方、アクイラ皇子からの書状が届きまして、成人の宴でのレディ・リラのもてなしに深く感銘したとのことでした。もし、よろしければ彼女にもご案内をお願いしたいとのことですが、レディ・リラ、お願いできますか。」
リラは予想外の学園長からの申し出に呆気に取られ、口をあんぐらり開けて目を丸くしていた。
「私がですか…。」
「はい、アクイラ国皇子からのたってのご希望ですので、できればお願いしたいのですが。」
「わ、かりました。喜んでお受けします。」
少し戸惑ったものの、国賓であるクライヴ直々の申し出を断ることなどできるだろうか。
「ありがとうございます。またロイド殿下にもこのことをお願いしております。明後日の昼食後、応接室にロイド殿下と一緒にいらっしゃってください。私どもとアクイラ国皇子をご案内いたしましょう。」
話が終わると、リラは学園長に挨拶をし退出した。
部屋の前で、ふぅっと小さく息を吐いた。
安堵ともに少し顔がにやけそうになった。心の奥底に沈めた乙女心が徐々に浮き上がり、じーんっと温かくなるのを感じた。
「またアクイラ国皇子にお逢いできるのか…。」
思わずそう呟いてしまい、ハッと息を飲んだ。
逢ったところでどうにもならないのだ。そもそも身分が違いすぎる。
それに婚約の話は今朝方、ロイドも冗談であると言っていた。
今度こそリラがクライヴに逢うのは最後だろう。
(せっかく自分を指名してもらえたのだ。そんな色恋は忘れて、満足いく見学ができるように準備をしなければ…。)
リラはそう思い、その場を後にした。
☆ ☆ ☆
翌々日。
クライヴが学園に見学に訪れる日はとても天気がよく、また冬だというのに温かく初春のような気温だった。
リラはアビーとクリスティーヌと昼食を中庭で取ることにした。
この学園の中庭には所々に、白い丸いテーブルと四脚の椅子が置いてあり、昼食を取ったり、放課後にはお茶を楽しむことができた。三人はそのひとつを使い、サンドイッチを広げて、侍女に紅茶を出すようにお願いした。
この学園では貴族御用達ということもあり昼食時は専属の侍女を連れて歩くことを許されていた。
ふたりはリラを挟むように腰掛けた。
「リラ様。この頃、話題の人で大変ですわね。お噂が飛び交ってますが、大丈夫ですか。」
心配そうにクリスティーヌがリラに尋ねた。
「本日、アクイラ国皇子がまた訪れるということで、またよからぬリラ様のありもしない噂が飛びかわないか心配ですわ。皆様、リラ様の良さをわかってませんわ。」
アビーはサンドイッチをほうばりながら、不機嫌そうに言った。
「私は大丈夫です。誤解を招く行動を取ってしまったの私ですので反省しています。それに今日は学園長やロイド様もいらっしゃるので大丈夫ですよ。」
リラは自信たっぷりに笑顔でそう言った。
すると、和やかに昼食を取る三人の前に、レベッカとその取り巻きが現れた。
「あら、リラ様ご機嫌よう。今日はアクイラ国皇子の見学に同行なんですっけ?先日みたいに、皇子を嫌らしい目で見て学園の恥を晒さないでくださいね。陛下のご挨拶もまともに聞くことのできないご令嬢が、国賓のご案内を満足にできるか心配ですわ。よろしければ、今からでも代わってさしあげましょうか。」
(はあ。またか…。)
リラは一瞬うんざりした表情になったが、ここで怯んではレベッカの思う壺だ。
「ご心配痛み入ります。ですが、国賓であるアクイラ国皇子の直々のご指名です。それを断ることなど私にはできません。そうですね…。あ!それなら、レベッカ様もご一緒に同行というのがよろしいのではないでしょうか。なのでレベッカ様から、学園長にご相談というのがいかがでしょうか。」
リラは論点をすり替えながらにこやかにレベッカに提案した。
「皇子との待ち合わせは昼食後ですので、早めに学園長にご相談した方がいいと思いますよ。」
リラも負けてはいられなかった。レベッカはいつもリラを目の敵にしていた。リラはレベッカが侯爵令嬢、ロイドの婚約者候補ということで常に遠慮はしていたものの、この態度にはうんざりしていた。
そんなリラの笑顔にレベッカは引き攣った表情を浮かべた。
「ロイド様もロイド様ですわ。このような牝狐やめたら宜しいのに…。」
するとレベッカは根負けしたのか、視線を逸らし、ぼそりとそう呟いた。
(なんで、そこでロイド様が関係するのかしら…。)
リラは、そんなレベッカを眺めながら、そう思うものの、アビーとクリスティーヌに迷惑がかからないように、レベッカを早く追い返したくて仕方がなかった。
そんな会話をしていると、リラの背後から肩に手が置かれ、またあの甘い薔薇の香りに包まれた。
「「アクイラ国皇子」」
リラは挨拶しようと咄嗟に立ちあがろうとするも、椅子にぶつかり、よろめきこけそうになった。そんなリラをクライブはクスリッと笑い愉しそうに抱き止めた。
「やあ、リラ。少しでも早く君に逢いたくて予定を切り上げて来てしまったよ。迷惑だったかな」
クライブはリラの頬に手を添え、甘く囁いた。
途端にリラの体は熱を帯び高揚していくのを感じた。
「いえ、ご見学を楽しみにしていただき、ありがとうございます。」
リラは動揺しながら、必死に脳味噌を働かせて挨拶をした。
(粗相をしてはいけない…。粗相をしてはいけない…。粗相をしてはいけない…。)
呪文のように心の中でそう呟くが、この体制は誰がどう見ても既に粗相しているだろう。
「あ、あの…。(離してください、と言って良いのだろうか)」
言葉ひとつも間違えてはならないと思い込み、何も出てこなかった。
そんなリラを察したのか、クライヴはふわりと手を離しリラの手の甲に口付けをした。
「昼食中だったのか。申し訳ない。良かったら、一緒にしてもいいかな。」
「は、はい…。」
リラは慌てて侍女に、クライヴの分の皿と紅茶を準備するようにお願いした。
クリスティーヌは慌てて、クライヴが立っているのは失礼だと、空いている自分の隣の椅子を引くも一向に座る気配がなかった。
その様子を呆然と眺めていたアビーは突然何か閃いたように、慌ててクリスティーヌの隣に移ると、クライヴは何事もなかったようにリラの隣に腰をかけた。
クライヴは、目の前に置かれた紅茶を一口飲むと、立ち竦むレベッカをギロリと睨みつけた。
「君たち、いつまでそこに立っているんだ。ここは紳士淑女を育てる名門校と伺ったが、昼食を楽しむご令嬢方のいびり方でも教えているのか。それとも宴のときのように、また俺をじろじろと厚かましい視線を送る気か。」
そんなクライヴの言葉に周囲でこちらの様子を伺っていた生徒たちは、ざわめき出した。
実は、成人の宴では、レベッカだけでなく参列したほぼ全ての令嬢がクライヴのあまりの美貌に見惚れていたのだった。
けれど、リラを陥れたいレベッカはその事実をひた隠しにし、リラのみが色目を使っていたと風潮していたのだった。
しかし、クライヴの今の一言でその事実を誤っていたと明るみになったのだ。
「え?レベッカ様もアクイラ国皇子をいやらしい目で見てたの?」
「そんな…。レベッカ様はロイド様の婚約者候補ですのに。」
周囲のレベッカへの視線が一変していった。
「あ、あの私は…クライヴ様と…。」
「気安く名前で呼ばないでほしいな。この学園はそんなことも知らないご令嬢を入学させているのか、それとも教育不足なのか…」
レベッカは慌てて弁明しようと言葉を紡ぐが、クライヴの琴線に触れ言葉を紡ぐことは許されなかった。
皇族の名前呼びなど許されなければ行ってはいけないのが常識である。
侯爵家のような皇家と近しい上流貴族は、まだ文字も読めないような幼な子から教え込まれているだろう。
クライヴが怒るのも当然である。
レベッカはリラへの嫉妬に怒り、そして公共の面前でクライヴに咎められた羞恥で顔を真っ赤に奥歯を噛み締めた。
「目障りだ。」
クライヴは止めのように言い放つと、レベッカは怒りに震えながらも、淑女の礼をし取り巻きたちとその場を後にした。
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