結婚する気なんかなかったのに、隣国の皇子に求婚されて困ってます

星降る夜の獅子

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成人の宴

ロイドの嫉妬(後編)

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 ロイドはクライヴについてはあまり知らなかった。

 年齢はロイドより三つか四つほど上だったろうか。
 何度か各国会議で会ったことはあったが、あの美貌で一切変えないその表情は何を考えているかわからず威圧感を感じていた。

 しかし、議会でのクライヴの発言は目を見張るものがあり、聡明な印象があった。

 それにしても、クライヴがあのように女性に興味があるような話や婚約の話などひとつも聞いたことはなかった。
 この手の噂はひどく早い。聞きたくもないのに、誰と誰が観劇で見かけた、誰と誰が恋仲だなど、侍女でさえ噂しているのだ。

 以前、出席した各国議会後の懇親会と称した夜会で、クライヴに名だたる有力貴族の父親とその娘がに来るも、父親の方と必要最低限の会話を終えると、娘には一斎見向きどころか一瞬たりとも見ようともせずに退場していたのを思い出した。

 未婚の皇子が、夜会に出席すると挨拶に来る貴族の父娘だけで長蛇の列ができる。
 ロイドも初めての夜会でその洗礼を受けてから、極力夜会への出席は避けていた。

「殿下。本日のダンスのお相手はもうお決まりですか。もしよければ私の娘はいかがでしょうか。」

「殿下。ご成人されましたのに、浮いた話ひとつもございませんね。試しに私の娘でもいかがでしょうか。遊びでもかまいませんよ。」

 娘の前だと言うのに端なく娘を差し出す父親。

「殿下。私、本日、初めての夜会ですの。素敵な想い出を作ってくださらない。」

「ああ、殿下。初めて見た瞬間からお慕いしておりました。よろしければ、私と踊っていただけませんか。」

 父親の前だと言うのに淫らに誘う娘。

 もちろん、全ては権力欲しさだ。
 しかし、あからさまに媚を売る父娘など見ていて反吐が出る。

 それでもロイドは極力角が立たないように必死の作り笑いで時折レナルドに脇腹を小突かれながら耐え抜くのであった。

 ロイドはそのため、毎度この挨拶には手を焼いていた。

 けれど、クライヴはそんな無駄話しようものなら、話を打ち切ったり冷淡な視線を向け父親を威圧していた。加えて娘に対しては初めから、そこにいないような振る舞いだ。

 父親はまだしも、娘である令嬢に対してあまり冷淡すぎる姿勢ではないかとも思えた。
 しかし、男性から見ても惚れ惚れするようなクライヴの美貌だ。
 もし、万が一にでも見つめようものなら、一瞬にしてぐずぐずに蕩かされてしまうのだろう。
 ロイドはそう思うと、クライヴの行動に納得せざるおえなかった。

★ ★ ★

 クライヴは二日ほど前からアベリア国に滞在していた。
 ロイドは初日の晩餐で顔を合わせた後は今まで顔を合わすことすらなかった。

 ちょうど今朝方、アベリア国皇であるロイドの父が、歳の近いクライヴを『成人の宴』に来賓として参加してはどうだと持ちかけたのだ。クライヴは突然のことに驚いていたが、致し方ないと承諾していた。

 ロイドが思うにクライヴは夜会にも令嬢にも興味などないだろう。
 そして、隣国の皇子であるクライヴがダンスパーティーにわざわざ参加するぎりはない。
 そのため、国皇の挨拶が終われば、そのまま退席するだろう。
 ロイドはそう思っていた。

 しかし、実際は以前抱いた印象は嘘だったかのように、宴が始まると直様気に入った令嬢に自ら歩み寄り話しかけ、更にダンスに誘っているではないか。

 その相手が誰であろうとロイドは何を言わず、何もも思わないだろう。
 また、誰に聞かれても口を噤むだろう。

 けれど、まさか、その相手が、この三年間も恋も恋焦がれていたリラ・アリエスその人なのだからロイドも黙ってはいられない。

 叶うことなら、クライヴを怒鳴り散らし、リラを今すぐにでも掻っ攫いたい。

 そんな熱情を抱いていることに驚きつつ、こんなめでたい日に、そんな場の雰囲気を壊すことなどできはしない。
 ロイドはそんな熱情を抑えるため、ただただ拳を強く握り締め震えるしかなかったのだ。

 ロイドは密かに、この成人の宴でリラに婚約を申し込もうと思っていた。
 その舞台として用意したのが、この誰しもが憧れるアベリア国随一の豪華な舞踏会場である『アベリアの間』だったのだ。

 リラは冬季休暇前に成人の宴が初めての夜会であり、とても楽しみにしていると話していた。

 何事も初めては特別だ。ましてや、それが『アベリアの間』なら誰しもが高揚し、酔いしれてしまうだろう。

 ロイドの計画では、リラとファーストダンスを踊り、そのままふたりでスパークリングワインを飲むのも軽食を取るのもいいだろう。
 そして、頃合いを見て、温室の散策に誘いプロポーズしようと計画していた。

 そのために、レナルドと護衛には綿密な打ち合わせをしていたのだ。

 いくら結婚願望がないリラでも、皇子からのプロポーズを無碍に断ることはできないだろう。
 今はただの学友かもしれないが、プロポーズを機に異性として見てくれるだろう。好きになってもらえるのはそれからでも良い。

 そんな妄想までロイドの中では膨らんでいた。

 しかし現実は上手くいかず、残念ながらリラは今クライヴの腕の中というわけだ。

 レナルドは主人であるロイドが蒼くなったり赤くなったりする表情にあたふたし、何もできずリラとロイドを交互に見て、ただおどおどしていた。

(なぜ、今、ワルツが流れ出すのだ。)

(指揮者に今すぐ止めるように言うべきか。)

 しかし、リラとクライヴ以外にも大勢のものがこのワルツに合わせて楽しく踊っているのだ。とてもそんなことできはしない。

(こんなにも一曲が長いのか。)

レナルドは今か今かという思いで、曲が一刻も早く終わることを祈っていた。

「殿下!」

 曲が終わるとすぐにレナルドは慌ててそう叫んだ。
 ロイドは、レナルドの言葉に我に返り、無我夢中でリラの元に駆け寄った。

 駆け寄っただけで策などない。この甘い雰囲気を壊し、当初の予定通りにリラにロイドを意識させることなどできる自信など全くなかった。
 もしかしたら、火に油を注ぐように更に甘く燃え上がる可能性だっれあった。

 そんな不安はあるもののロイドは駆け寄らずにはいられなかった。

 近づくとリラは目には涙を浮かべているではないか。
 そんなにクライヴとの別れが惜しいのかと思い、これ以上にふたりに近づくことに戸惑いを覚えた。

「もう一曲」

 すると、クライヴがリラを再度ダンスに誘っているではないか。
 ロイドもまたあまりのことに自分の耳を疑った。

(正気か!?)

 ロイドは怒り狂いそうになる感情を拳を強く握り締めて押さえ込んだ。

「じゃあ、婚約したら踊ってくれるの?」

 またもや、クライヴの口から信じがたい言葉を耳にしロイドは目を見開いた。
 しかも、よろめいたリラを抱き寄せ、今にも口付けをしそうな距離ではないか。

(ふたりを止めなければ…。)

 ロイドは、無我夢中で真っ直ぐリラに手を伸ばした。
 ロイドは、ぜえぜえと息を切らしていた。あまりの呼吸など忘れていたのだ。

「リラ嬢、一緒に踊っていただけませんか!?」

「ロイド様…。」

 リラがロイドの手を見つめて呟いた。
 ロイドに緊張が走った。

「『ロイド様』、ね」

 その言葉と共にクライヴに紅い瞳でギロっと睨まれ、ロイドはその迫力に背筋がヒヤリとした。それでも、ロイドは出した手は引っ込ますことはできなかった。

 そんなことをしようものなら、リラはクライヴと婚約してしまい、もう手の届かない何処かに行ってしまうのだろう。
 ロイドは不安のあまり心臓が押しつぶされそうだった。

 ほんの数秒の間があり、クライヴはすっと手を退け、去っていった。

 リラは安堵というよりも悲痛な表情をしてクライヴの後ろ姿を目で追っていた。

 やはり、リラはクライヴに恋情を抱いてしまったのだろうか。
 このままクライヴを追いかけてしまうのだろうか。

 今度はそんな不安がロイドに襲いかかり、生きた心地がしなかった。
 ロイドは、渾身の力で、もう一度強く手を差し出した。

「リラ嬢。改めて私と踊っていただけないだろうか。」

 リラは一呼吸して笑顔でロイドの手を取った。
 ロイドは、リラの手を強く握り踊り始めたものの、先ほど過剰な緊張のせいで、いつも以上に何も言葉が出なかった。

 クライヴと何を話したのか。
 リラはクライヴが好きなのか。

 そんな言葉がばかりが頭をよぎるものの、こんな情けないことを聞いてリラに嫌われてしまうのではないかとひとり葛藤していた。

「殿下、先ほどはお見苦しいところをお見せして申し訳ありません。またダンスにお誘いいただき、ありがとうございます。殿下とご一緒できてとても光栄です。」

 リラは先ほどの戸惑いを隠すように努めて笑顔でロイドに話しかけた。
 そんな気丈に振る舞うリラが、ロイドには美しくとても愛しく思えた。

「いや、とんでもない。アクイラ国皇子もこの『アベリアの間』の美しさに酔って、少し羽目を外したのだろう。リラ嬢が気に病むことなどひとつもない。それにしても、リラ嬢、今日は一段と美しい。星の女神のようだと思っていた。」

 リラはロイドの優しい言葉にやっと肩の力が抜けたのかいつもの笑顔を取り戻した。

「ふふ、ありがとうございます。殿下は、いつもお優しいですね。星の女神だなんて、令嬢をもてなすお言葉選びがお上手ですね。殿下の装いも、とても素敵ですよ。」

 ロイドはリラを褒めて口説いている筈なのに、自分が褒められてうっとりしてしまっていた。

(リラ嬢、このまま連れ去りたい)

 ロイドは空色の瞳を潤ませリラを見つめたが、その熱烈な想いはリラには届かず、リラはただ微笑むだけだった。
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