3 / 60
成人の宴
ロイドの誘い
しおりを挟む
クライヴは、何の悪びれもなくそう告げた。
しかし、一度の宴で二曲以上踊ることは婚約者を意味することをリラは知っていた。
「アクイラ国ではわかりませんが、ここアベリア国では一度の宴で二曲以上踊ることは婚約者を意味しておりまして。」
「それで罰せられるの?」
「法的に何か問題があるわけではないと思いますが、社交界のマナーでして。」
「じゃあ、気づかなかったふりすればいいんじゃないかな。」
リラはクライヴの問いに終始困惑していた。
確かにクライヴの言う通りマナーに違反したからと言って、罰せられることはないだろう。
成人の宴では社交界初心者どころか初めてのものがほとんどだ。リラと同じく中流階級の貴族の令息が相手であれば、うっかり間違えたところで、周囲も笑って許してもらえるかもしれない。
しかし、目の前にいるクライヴはアクイラ国の皇子であり、誰もが見惚れるこの美貌だ。片田舎の伯爵令嬢が一国の麗しい皇子を社交の場で独占などあるまじき行為である。
罰せられないにしてしても、リラは明日からどのような誹謗中傷を受けるかわからない。ともすれば、リラだけでなくリラの家族にも嫌がらせを受けるかもしれないのだ。
ただのマナー違反、されどマナー違反。自分の迂闊な行動で、それだけの惨事になりかねないのだ。
リラは気を引き締め唇を噛み締めた。
一方のクライヴは、そんな苦し紛れのリラの言い訳をひとつも気にした様子はなく、リラの手をを引き寄せた。
まさかの行動に油断していたリラは、クライヴの胸に吸い込まれ抱きしめられるような体制になった。
途端に、リラはクライヴの熱に、甘い薔薇の香りがまざまざ感じられ高揚し、蕩けそうになった。
クライヴはそんなリラに、これでもかと熱い眼差しで送るのだった。
本来であれば直ぐにでもクライヴを押し退けて離れなければならないのだろう。リラも頭ではそのことを理解していた。けれど、こんな類稀なる美貌の男性に抱きしめられて誰が離れることなどできるだろうか。
(私もあなたとこのままあなたと踊りたい…。)
そんな欲望が沸々湧き上がるが、周囲から感じる冷たい視線にリラの理性を取り戻した。
見渡せば、周囲のものはすっかりパートナーを変えて次の曲を待っているのだ。リラたちが、まごついているせいで曲が始められないでいるようだった。
早くこの場から退かなければならない。リラは焦った。
「申し訳ございません。また次の機会がございましたら、アクイラ国皇子と踊らせていただければと思います。」
リラは決死の想いで、クライヴに眉間に皺を寄せ懇願するような表情で訴えた。
「じゃあ、婚約したら踊ってくれるの。」
「え…。」
リラはあまりのことに耳を疑った。
いましがた、クライヴの口から『婚約』という信じられない言葉が聞こえたような気がしたのだ。
リラは驚きのあまり気の抜けた声と共に腰が抜け崩れ落ちそうになった。
けれど、クライヴが、すかさずリラの腰をがっちり抱き寄せ離そうとはしなかった。
そして腰を抱く手とは逆の手でリラの顎を持ち、クライヴはそのリラの大きく潤んだ瞳を覗き込んだ。
「リラ嬢、一緒に踊っていただけませんか!?」
突如、ふたりの仲に割ってきたのは、ロイドだった。
ロイドは息を切らしながら、悲痛な表情でリラに手を差し出した。
「ロイド様…。」
リラが驚きのあまりそう呟いた。
リラはアベリア学園では、ロイドのことを学友として親しみを込めてファーストネームで呼んでいた。けれど、このように公共の場であれば、リラはロイドのことを『殿下』と呼ぶようにしていた。
しかし、突如、現れたロイドに驚き、リラは思わず呼び慣れている言い方を口にしてしまったのだった。
「『ロイド様』、ね」
クライヴは面白くなさそうに、そう呟くと、一瞬ロイドをギロりと睨みつけ、あっさりリラの手を離した。
リラは、クライヴが興醒めした様子で、あっさり手を離したことに安堵よりも罪悪感を抱いた。クライヴの急変にリラは心の整理が追いつかなかったのだ。
何か失礼なことをしたのだろうか。
嫌われたのだろうか。
社交界のマナーについては一通りアベリア学園でも学んでいたものの、この成人の宴がリラにとって初めての社交場であった。初めてのことは、何か知らず知らずのうちに粗相をしたとしてもおかしくはなかった。
加えて、他国であるアクイラ国の社交界のマナーについては、流石に授業でも細かく教わることはなかった。
リラは、そんな無知な自分が悔しくて情けなくて仕方がなかった。
それと同時に、クライヴへの興味が芽生え始めていた。
あの美貌の皇子はなぜ突如として、自分なんかに婚約を仄めかす言葉を告げたのか。
そんな疑問が沸々と浮かび上がった。
けれど、リラとクライヴの身分差は大きく、加えて国が違うのだ。この成人の宴を最初で最後にクライヴに逢うことなどもう一生ないだろう。
むしろ、今日、このめでたい日に出逢えたこと、声をかけられたことが奇跡なのだ。
そう思うと、先ほどの誘いを本当に断って良かったのだろうか、そんな後悔の念が心を蝕んでいった。
あの甘い薔薇の香りに少し低い声、何より美貌そして澄んだ紅い瞳、クライヴのすべてがリラの心を鷲掴みにしていた。
(あの人の手を取らなくて良かったのだろうか…。)
けれど、やはりただの一伯爵令嬢にすぎない自分が一国の皇子と二度も踊ることなど憚られる。後で、どんな言い訳をしても、誹謗中傷は免れないだろう。
最悪の場合には、せっかくダンスに誘ってくれたクライヴにさえ辱める悪評立つかもしれない。
そんなことになったらリラは、あまりの恥ずかしさに二度と表を歩くことなどできないだろう。
どんな形で断ったことは正解である。
リラは去り行くクライヴの後ろ姿を見ながら努めて思うことにした。
「リラ嬢。改めて私と踊っていただけないだろうか。」
そんな後ろ髪引かれるリラを見つめながら、ロイドは呼吸を整え再び手を差し出された。
ロイドとは学友と言え、我が国の皇子である、リラはその誘いを無碍に断ることはできなかった。
「はい。殿下。」
リラは小さく頷き、笑顔でロイドの手を取った。
しかし、一度の宴で二曲以上踊ることは婚約者を意味することをリラは知っていた。
「アクイラ国ではわかりませんが、ここアベリア国では一度の宴で二曲以上踊ることは婚約者を意味しておりまして。」
「それで罰せられるの?」
「法的に何か問題があるわけではないと思いますが、社交界のマナーでして。」
「じゃあ、気づかなかったふりすればいいんじゃないかな。」
リラはクライヴの問いに終始困惑していた。
確かにクライヴの言う通りマナーに違反したからと言って、罰せられることはないだろう。
成人の宴では社交界初心者どころか初めてのものがほとんどだ。リラと同じく中流階級の貴族の令息が相手であれば、うっかり間違えたところで、周囲も笑って許してもらえるかもしれない。
しかし、目の前にいるクライヴはアクイラ国の皇子であり、誰もが見惚れるこの美貌だ。片田舎の伯爵令嬢が一国の麗しい皇子を社交の場で独占などあるまじき行為である。
罰せられないにしてしても、リラは明日からどのような誹謗中傷を受けるかわからない。ともすれば、リラだけでなくリラの家族にも嫌がらせを受けるかもしれないのだ。
ただのマナー違反、されどマナー違反。自分の迂闊な行動で、それだけの惨事になりかねないのだ。
リラは気を引き締め唇を噛み締めた。
一方のクライヴは、そんな苦し紛れのリラの言い訳をひとつも気にした様子はなく、リラの手をを引き寄せた。
まさかの行動に油断していたリラは、クライヴの胸に吸い込まれ抱きしめられるような体制になった。
途端に、リラはクライヴの熱に、甘い薔薇の香りがまざまざ感じられ高揚し、蕩けそうになった。
クライヴはそんなリラに、これでもかと熱い眼差しで送るのだった。
本来であれば直ぐにでもクライヴを押し退けて離れなければならないのだろう。リラも頭ではそのことを理解していた。けれど、こんな類稀なる美貌の男性に抱きしめられて誰が離れることなどできるだろうか。
(私もあなたとこのままあなたと踊りたい…。)
そんな欲望が沸々湧き上がるが、周囲から感じる冷たい視線にリラの理性を取り戻した。
見渡せば、周囲のものはすっかりパートナーを変えて次の曲を待っているのだ。リラたちが、まごついているせいで曲が始められないでいるようだった。
早くこの場から退かなければならない。リラは焦った。
「申し訳ございません。また次の機会がございましたら、アクイラ国皇子と踊らせていただければと思います。」
リラは決死の想いで、クライヴに眉間に皺を寄せ懇願するような表情で訴えた。
「じゃあ、婚約したら踊ってくれるの。」
「え…。」
リラはあまりのことに耳を疑った。
いましがた、クライヴの口から『婚約』という信じられない言葉が聞こえたような気がしたのだ。
リラは驚きのあまり気の抜けた声と共に腰が抜け崩れ落ちそうになった。
けれど、クライヴが、すかさずリラの腰をがっちり抱き寄せ離そうとはしなかった。
そして腰を抱く手とは逆の手でリラの顎を持ち、クライヴはそのリラの大きく潤んだ瞳を覗き込んだ。
「リラ嬢、一緒に踊っていただけませんか!?」
突如、ふたりの仲に割ってきたのは、ロイドだった。
ロイドは息を切らしながら、悲痛な表情でリラに手を差し出した。
「ロイド様…。」
リラが驚きのあまりそう呟いた。
リラはアベリア学園では、ロイドのことを学友として親しみを込めてファーストネームで呼んでいた。けれど、このように公共の場であれば、リラはロイドのことを『殿下』と呼ぶようにしていた。
しかし、突如、現れたロイドに驚き、リラは思わず呼び慣れている言い方を口にしてしまったのだった。
「『ロイド様』、ね」
クライヴは面白くなさそうに、そう呟くと、一瞬ロイドをギロりと睨みつけ、あっさりリラの手を離した。
リラは、クライヴが興醒めした様子で、あっさり手を離したことに安堵よりも罪悪感を抱いた。クライヴの急変にリラは心の整理が追いつかなかったのだ。
何か失礼なことをしたのだろうか。
嫌われたのだろうか。
社交界のマナーについては一通りアベリア学園でも学んでいたものの、この成人の宴がリラにとって初めての社交場であった。初めてのことは、何か知らず知らずのうちに粗相をしたとしてもおかしくはなかった。
加えて、他国であるアクイラ国の社交界のマナーについては、流石に授業でも細かく教わることはなかった。
リラは、そんな無知な自分が悔しくて情けなくて仕方がなかった。
それと同時に、クライヴへの興味が芽生え始めていた。
あの美貌の皇子はなぜ突如として、自分なんかに婚約を仄めかす言葉を告げたのか。
そんな疑問が沸々と浮かび上がった。
けれど、リラとクライヴの身分差は大きく、加えて国が違うのだ。この成人の宴を最初で最後にクライヴに逢うことなどもう一生ないだろう。
むしろ、今日、このめでたい日に出逢えたこと、声をかけられたことが奇跡なのだ。
そう思うと、先ほどの誘いを本当に断って良かったのだろうか、そんな後悔の念が心を蝕んでいった。
あの甘い薔薇の香りに少し低い声、何より美貌そして澄んだ紅い瞳、クライヴのすべてがリラの心を鷲掴みにしていた。
(あの人の手を取らなくて良かったのだろうか…。)
けれど、やはりただの一伯爵令嬢にすぎない自分が一国の皇子と二度も踊ることなど憚られる。後で、どんな言い訳をしても、誹謗中傷は免れないだろう。
最悪の場合には、せっかくダンスに誘ってくれたクライヴにさえ辱める悪評立つかもしれない。
そんなことになったらリラは、あまりの恥ずかしさに二度と表を歩くことなどできないだろう。
どんな形で断ったことは正解である。
リラは去り行くクライヴの後ろ姿を見ながら努めて思うことにした。
「リラ嬢。改めて私と踊っていただけないだろうか。」
そんな後ろ髪引かれるリラを見つめながら、ロイドは呼吸を整え再び手を差し出された。
ロイドとは学友と言え、我が国の皇子である、リラはその誘いを無碍に断ることはできなかった。
「はい。殿下。」
リラは小さく頷き、笑顔でロイドの手を取った。
0
お気に入りに追加
206
あなたにおすすめの小説

愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!



追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

順番を待たなくなった側室と、順番を待つようになった皇帝のお話 〜陛下!どうか私のことは思い出さないで〜
白猫
恋愛
主人公のレーナマリアは、西の小国エルトネイル王国の第1王女。エルトネイル王国の国王であるレーナマリアの父は、アヴァンジェル帝国との争いを避けるため、皇帝ルクスフィードの元へ娘を側室として差し出すことにした。「側室なら食べるに困るわけでもないし、痛ぶられるわけでもないわ!」と特別な悲観もせず帝国へ渡ったレーナマリアだが、到着してすぐに己の甘さに気付かされることになる。皇帝ルクスフィードには、既に49人もの側室がいたのだ。自分が50番目の側室であると知ったレーナマリアは呆然としたが、「自分で変えられる状況でもないのだから、悩んでも仕方ないわ!」と今度は割り切る。明るい性格で毎日を楽しくぐうたらに過ごしていくが、ある日…側室たちが期待する皇帝との「閨の儀」の話を聞いてしまう。レーナマリアは、すっかり忘れていた皇帝の存在と、その皇帝と男女として交わることへの想像以上の拒絶感に苛まれ…そんな「望んでもいない順番待ちの列」に加わる気はない!と宣言すると、すぐに自分の人生のために生きる道を模索し始める。そして月日が流れ…いつの日か、逆に皇帝が彼女の列に並ぶことになってしまったのだ。立場逆転の恋愛劇、はたして二人の心は結ばれるのか?
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる