結婚する気なんかなかったのに、隣国の皇子に求婚されて困ってます

星降る夜の獅子

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成人の宴

クライヴの紅瞳

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 重厚な扉がゆっくりと開いた。

「アリエス伯爵家、リラ・アリエスのご入場です。」

 二階まで吹き抜けた天井には豪華なシャンデリアが数台取り付けられ、また美しい女神と天使、それに草花などが所狭しと描かれていた。

「わあ…。」

 リラは、透き通る湖のような青緑色の瞳を輝かせながら辺りを見渡した。
 会場には既に沢山の令嬢・令息が談笑しており、幼い頃に読んだ御伽噺の中の舞踏会のそのものだった。

 この晴れ舞台に、一年ほど前から準備したとっておきのドレスは、デコルテを大きく出した紺藍を基調し、所々にキラキラとした小さなクリスタルガラスが装飾され、裾の方にはアリエス家の家紋であるアマリリスをモチーフに銀色の刺繍されていた。
 このドレスは一見、控えめではあるがビーズと刺繍のおかげで上品に見え、リラの少し茶色がかった黒髪にも相性が良く、何よりリラの透き通る白い肌をとてもよく引き立っていた。

 今日は成人の宴。今年度十八歳を迎えるアベリア国の貴族の令嬢・令息が集められていた。
 本年はアベリア国の第二皇子も成人を迎え出席しているため、通年より贅沢にも皇宮にある一番豪華な舞踏会会場である『アベリアの間』で開催となっていた。

 ここは国皇陛下の生誕祭や貴賓を招いての催しものでしか利用されず、また招待されるのも貴族の中でも上位のものだけだった。
 そんな特別な場所が今回の会場であった。そんな特別な会場に合わせオーケストラも通年よりももちろん豪華で、同国を誇る有名なオーケストラが、和やかな音楽を奏でていた。

「リラ様、こちらですわ。」

 会場に入ったばかりのリラを見つけると小さく手を振ったのは、アビーだった。隣にはクリスティーヌもいた。
 リラは嬉しいそうにアビーとクリスティーヌの元へ歩み寄った。
 三人は十六歳から十八歳になる歳の貴族の令嬢・令息が通っているいるアベリア学園の三年生であった。

「アビー様、クリスティーヌ様、もうお着きでしたか。お久しぶりですわ。わあ、アビー様もクリスティーヌ様も素敵なお召し物ですね。お休み中は如何お過ごしでしたか。」

 リラは笑顔でそう尋ねた。
 アビーは薄桃色を基調とし、胸元には大きくリボンがあしらわれており、裾の方にはガーベラをモチーフとした刺繍が施された可愛らしいドレスであった。
 一方のクリスティーヌは鶯色を基調とし、裾には鈴蘭の刺繍が施されたドレスで春を彷彿させていた。

「ありがとうございます。リラ様のものもとても素敵ですわ。とても大人っぱくて。」

 あどけない笑顔でアビーがリラのドレスを褒めるのだ。
 皆、この日を心待ちにしており、中には一年半以上前からドレスを仕立てるものも少なくなかった。

「そういえば、お休み中はいかがでしたか?」

 三人はお互いのドレスを褒め合うと話題は休暇のことに移った。
 この成人式はちょうど学園の冬の長期休暇明けてすぐ行われるため、三人は約二ヶ月ぶりの再会であった。

「私は領地で趣味の刺繍をしたり、ゆっくり過ごしたかったのですが、お父様とお母様からお見合いの準備や春からの社交に向けてのドレスの相談などで、とても忙しく過ごしておりました。」

 そんなことをアビーが言うと、クリスティーヌもうんうんと深々と頷いていた。

「私もですわ。毎日毎日そんなお話ばかりで、早く休みが明けないかと思っておりました。」

 あと三ヶ月もすれば、春になる。リラたちは学園を卒業し、そして社交界のシーズンが訪れる。
 卒業後の令嬢の進路といえば、お見合いや花嫁修行が主だった。
 そのためアビーやクリスティーヌのように休暇を忙しく過ごす令嬢がほとんどだった。

「ふふ、お二人とも大変でしたね。」

 リラは呑気に微笑んだ。

「リラさまは如何でしたか。」

「私は領地に戻りまして、毎日兄と一緒に視察と会議などをしておりました。」

 アビーとクリスティーヌは、やっぱりかといった様子で、溜息を吐いた。

「はあ…。リラ様らしいですが、そんなことですとお嫁に行けなくなってしまいますわよ。」

「そうですわ。素敵な殿方順番に婚約して、取られてしまいますよ!」

「そうですねー。」

 リラは呑気に返事するばかりで、あまり興味がなさそうだった。その様子にふたりは仕方ないとまた溜息を吐いた。

 この国では十八歳から二十三歳が結婚適齢期であり、特に女性は十八歳より前から婚約者候補を探すことが珍しくなかった。
 しかし、いつぞや国皇の気まぐれでできた法律により婚約は十八歳以上という法律がつくられた。
 これに不満を持った貴族もいたが、機転の効かせた当時の大臣の案で、『成人の宴』を催すことが提案された。

 もちろん、表向きは成人した者を祝うためである。
 けれども、本当は適齢期を迎えた令息・令嬢を一同に集め大規模な婚活パーティーという意向であった。

 それにしても、成人したものだけが集まるとは言え、百人以上は集まるこの会場で誰が誰だか名前を聞いて回るわけにもいかない。そのため、令息は上着に、令嬢はドレスの一部に家紋の華を刺繍することが義務付けられていた。

 そのせいで、休暇中に両親からは見合い候補の家紋を覚えこまされ、しっかり探すようにと言われている者も少なくなかった。良家の子であっても、不出来な者もいる、見合いの手紙を出す前に、どんな者なのか一度はしっかり目でみて確認したいというものだ。

 アビーとクリスティーヌも、この成人の宴の本来の目的を両親からしっかり聞かされていた。見合い候補である数種類の家紋に加え、失礼のないようにと上位貴族の家紋も休暇中に覚えこまされた。
 けれど、ふたりの目の前には、この宴のおそらく理解していないリラは能天気に微笑むのだった。

「ふふ…。私に恋愛や結婚よりも、今は領地の経営がとても楽しくて。領民の皆様とお話しすると毎回新しい発見があり、凄く新鮮なんですよ。また少しずつでも、領地が良くなっていく姿を見るのが楽しくて楽しくて…。」

 リラなら、もしかすると、この宴の真の意図を知ったところで、この能天気っぷりは変わらないかもしれない。ふたりは、そんなことを思い、またもや盛大に溜息を吐くのであった。

 そんな話をしていると、急に音楽が止んだ。

「ロイド・ヴィルゴ・アベリア様がまもなくご入場いたします。」

 その声と共に、会場最奥にある玉座の間の隣の皇族専用の重厚な扉の前に、皆はいそいそと並び、皇子が入場するのを待ち構えた。
 間もなく扉がゆっくりと開くと、皆は一斉に紳士・淑女の礼をもって出迎えた。

 扉から現れたのは、白金のさらさらした髪に曇りのない空色の瞳をした端正な顔立ちのアベリア国第二皇子ことロイド・ヴィルゴ・アベリア、それに次いで現れたのは、ロイドの従兄弟であり側近であるリブラ公爵令息ことレナルド・リブロだった。
 ふたりは後ろに三人ほどの護衛を連れて入場してきた。

 ロイドたちが皇座の前に着くと、皆は一斉に顔をあげ、令嬢たちはロイドの元に自己紹介を兼ねた挨拶をしようと駆け寄り、次第に行列がなしていた。

 令嬢たちは、ロイドに分かり易く色目を使い媚を売っていた。

「ロイド様、お初お目にかかります。ああ、こんなに近くでお目にかかれるなんて至極光栄の至です。是非、私とファーストダンスをお願いできないでしょうか。」

「ロイド様、お初お目にかかります。ああ、なんて素敵なのでしょう。私、ロイド様と踊ることが幼い頃からの夢でしたの。もし、よろしければ私と踊っていただけないでしょうか。」

 ダンスは本来、男性側から申し込むものである。ましてや身分の低いものからなんて以ての外だった。しかし、そこはロイドの懐の深さに甘えているのだろう。
 また成人の宴は、社交界未経験者が多く集う場である。多少の無礼は多めに見なければならないのが暗黙の了解となり、こんな令嬢で溢れていた。
 それでも、ダンスの誘いぐらいなら可愛いものだ。中にはロイドに握手を求め、そのまま、なかなか離さない令嬢までおり、危うく護衛が割って入ろうとする一面もあったのだった。

 確かに、そんな粗相をしてしまう令嬢がいても仕方がないくらいに、ロイドは、その美しさは国内外で有名だった。それに加えて、心根も優しく国民からの支持は厚かった。
 まさに、女の子なら誰も幼い頃に一度は憧れたであろうお伽話に出てくるような、理想の王子様そのものだった。
 更に、今日はそれを引き立てるように上下が純白の胴衣に襟元や裾に金糸で刺繍が施されていた。こんな姿を見せられては、並の令嬢は行動を起こさずにはいられないだろう。

 一方のロイドはというと、レナルドに時折、脇腹を肘で小突かれながら、強引な令嬢たちにバレないように引き攣った笑顔で迎えていた。

 列が中盤に差し掛かったときに、ロイドとレナルドの前に、リラとアビー、クリスティーヌの三人は揃って現れた。
 本来、親族でなければ一人ずつ挨拶することが望ましいが、三人とロイド、レナルドは同じアベリア学園の学友であった。そのため、わざわざ自己紹介をする間柄でもなく、また長い挨拶の列を少しでも円滑に終わらせるという配慮だろう。
 三人はロイドとレナルドの前に並ぶと、並んで仰々しく淑女の礼を行った。

「リラ嬢…、アビー嬢、クリスティーヌ嬢ではないか。」

 ロイドはリラの顔を見て、顔を綻ばせた。

「殿下、お久しぶりです。本日はこのように素敵な会場をご用意いただきありがとうございます。殿下のお力添えがあったからこそだと思っております。日々のご公務が忙しいなか、いつもありがとうございます。」

 リラが代表して、ロイドの挨拶と感謝の言葉を述べた。

「いや、とんでもない…。」

 ロイドは、リラの優しい言葉に内心うっとりしつつも、周囲の目もあるため必死で顔がにやけまいしていた。

 通年、成人の宴といえば名のある侯爵邸の舞踏会会場が手配されていた。
 もちろん、そちらも舞踏会会場としては、とても有名で由緒ある会場ではあるが、貴族の一番の憧れはこの皇宮の『アベリアの間』である。
 しかし、皇族主催でないと使用は許されないため、表向きには国皇陛下の意向となっているが、リラにはロイドが国皇に頼んだのだろうと容易に察しがついた。

「休暇中のご様子などもお話ししたいと思いますが、まだまだ列がございますので、簡単ではございますが失礼させていただきます。よろしければ、学園でお話しをお聞かせください。」

 リラがニコッと笑ってそう告げると、また三人は深々と淑女の礼し、その場を後にしたい。

「リラ…。」

 小さく口にしたロイドの声は、賑やかな会場ではリラには届かず、代わりに隣で今にも頭を抱えそうなレナルドだけに届いた。

「殿下、要件は早めにお伝えしないと。」

 小さく咳払いをして、含みのある言い方でレナルドは言った。

「わかっている…。」

 ロイドは、気を取り直して、作り笑顔で次の令嬢を迎えた。

☆ ☆ ☆

 三人はロイドへの挨拶が終わると、あまり人のいない会場の角の方へ移動した。

「ロイド様は、今日も大人気ですね。」

 アビーが、たまらなくなってそんな言葉を漏らした。
 リラたちは、ロイドと同じアベリア学園に通っていたため、ロイドに会うなんて当たり前になってしまっているが、この宴ではアベリア学園の生徒でないものも多数おり、ロイドを間近で見たことのある者方が少なかった。

「ロイド様が人気があるということは、この国も安泰ですね。今日から婚約者探しが忙しいのではないでしょうか。どんな方が見染められるか楽しみですね。」

 リラは、また呑気にそんなことを口にしていた。その言葉に、アビーとクリスティーヌはくすくすと思わず笑ってしまった。

 ふたりは、というか少なくとも学園の同じクラスの生徒は、ロイドの恋心に気づいていた。
 なぜなら、あからさまにロイドが学園でリラに向ける眼差しや態度が明らかに他の者へのそれと異なっているからだった。もちろん、ロイドは誰に対しても親切で、分け隔てない態度をしていた。けれど、リラを目の前にすると、どこかぎこちなく、緊張して言葉が詰まっている様子がよく見られた。
 学園の生徒はそんなリラとロイドの恋路を密かに応援している者も少なくなった。

「歓談中の皆様、間も無く陛下がお見えになります。玉座の前にお集まりください。」

 その言葉が受け、皆は口をつぐみ、いそいそと玉座の前に集まった。
 第二皇子であるロイドが代表して先頭に、その後ろに令息、またその後に令嬢が整列した。令息は片手を胸にして頭を下げ、令嬢はその場で膝を降り頭を下げ最上の礼をし、国皇が登場するのを待った。

 しばらくすると扉が開き、国皇に続き皇后と数名の来賓が続いた。国皇が玉座に座り、その隣には皇后、来賓は少し離れた座席に順に腰掛けた。皆で席に座ると国皇は重々しく口を開いた。

「みなのもの顔をあげなさい。」

 その言葉を受けて、皆は一斉に顔を上げ姿勢を正した。

「このめでたい日が迎えられたことを誠にめでたく思う。本年は我が息子…」

 その様子を受けて、国皇が祝いの言葉を述べ始めた。

 リラは最初は集中して耳を傾けていたものの、なんとなしに視線を国皇から周囲に視線を移した。
 こんな美しい間に来られる日が来るとは、おそらく生涯で最初で最後だろう。しっかりと目に焼き付けなくては、そんな気持ちが押し寄せたのだった。

 アベリアの間の美しいさは天井や壁面の装飾だけでない。
 玉座に続く大理石の階段の手すりに、玉座を象徴するように両脇の二本の柱に、全ての装飾が美しく、リラは瞳を輝かせて、そのひとつひとつを見入っていた。
 リラは国皇が祝いの言葉を述べているのにも関わらず、思わず別世界にいるのではと錯覚しているように、その空間に酔いしれていた。

 リラは、不意に、視線は更にずらすrと、来賓の中にひときは若い男性がいることに気づき、目を奪われた。

 その男性は、漆黒の艶やかな髪、肌は真珠のように白く、その目が綺麗なアーモンド型をしており、この世のものとは思えないほど美貌だった。その装いは、漆黒の胴衣には金の刺繍がほどこされ、彼の魅力を引き立てていた。
 ただそこに座っているだけなのに、その出立は芸術品のように美しく、遠く離れたリラでも感じるほどの存在感と女性を蕩かすような色気に満ち溢れおり、背面には薔薇が咲いているように錯覚するほどだった。

 何よりリラを惹きつけたのは紅く澄んだ瞳だった。

 リラは、その紅い瞳に今まで感じたことのない高揚を感じ、ただ頬を染め、ぼうっと見惚れてしまった。
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