乙女な騎士の萌えある受難

悠月彩香

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1巻

1-3

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「ひゃあぅっ!」

 びくっと腰が跳ね上がり、反射的にキリアさまのたくましいお身体にしがみついてしまった。とんでもない不敬に気づき、あわてて絡めた腕を解こうとしたが、逆に力が入り、玉体に力いっぱい抱きついてしまった。

「はぁっ、んっ――あぁ、あ……っ!」
「見た目は冷静なのに、身体の中は熱いね」

 陛下の指がやわらかな肉の中に食い込み、そこから湧き出す蜜をかきわけて奥へ奥へと入ってくる。身体の中をうごめく異質感を、どう表現すればいいのだろうか。
 この状況に背徳感を覚え、あらがおうとするものの、腕はキリアさまにしがみついたまま動かない。

(ど――どうなって……)

 陛下に触れていたい――そういうことなのだろうか。ええ、そういうことなんでしょう! あとでどんな罰を受けることになったとしても、キリアさまに抱きつく機会なんて、もう二度とないのだから。身体は正直だ。
 キリアさまは、顔を伏せ気味にしてされるがままになっている私をとがめることなく、親指を大きくかきまわした。そのたびに、くちゅっ、くちゅっと、正気の時は聞いていられそうもないみだらな音があふれ出る。それにつられるように、喉からもはしたない声が無意識に飛び出した。

「こんなに素直に感じてくれるなんて、うれしいな」

 普段の私の生真面目ぶりからすると、キリアさまは私がもっと抵抗するだろうと予想していたのだろう。私もそうすべきだと思う。
 でも、本気で抵抗するには、あまりにもキリアさまが好きすぎて……そして思ったほど私は生真面目な人間ではなく、快楽に忠実な自分勝手な人間だったのだ。

「ん、ぁっ、どうか――お許しくださ――ああっ!」
「許すって、どうして? むしろ君の秘密を逆手さかてにとって、卑劣な真似をしている僕こそ悪者だ。ごめんね?」

 私の首筋に舌を這わせながら、力なく悲鳴を上げる私を見下ろし、陛下はそう言って微笑む。『卑劣な真似』とおのれの所業を評価しているわりには、私の身体に触れる手を止めるおつもりはないようだ。
 全身をくまなく撫でられ、あまりの心地よさにどんどん身体から力が抜けていく。

「ルディアンゼ――」

 何度目かのむさぼるようなくちづけを受け入れたとき、キリアさまの指が抜かれてみだらな蜜を流す場所に、何か別のものが当てられた。それは、まるで入り口を探すように割れ目に沿って動いている。これは――

「キ、キリア、さま……!?」
「しっ、さすがにあんまり大きな声を立てると、心配性のアルベスが様子を見に来るよ」

 幼い陛下を厳しく教育されてこられた老執事の名が出た瞬間、私の喉が詰まった。
 アルベスさまにこんな場面を見つかったりしたら――。ご高齢のアルベスさまのことだ、卒倒して心臓が止まってしまうかもしれない。
 さらに私は女だと知られて近衛隊をクビになり、故郷では笑いものになり、一生を日陰者として生きていかなくては……いやぁあ、二度とキリアさまにお仕えすることができなくなってしまうなんて!

「ダメですっ、誰にも見つかったら……ぁっ!」

 濡れた割れ目に、陛下の熱いかたまりがぐっとめり込んできた。

「いくよ」

 キリアさまの知性にあふれた瑠璃色るりいろの瞳がスッと細くなる。獲物を捕捉した獅子ししのような鋭さだ。もう逃げられない、後戻りはできない。
 このまま、キリアさまに初めてを献上する覚悟を決めた、その瞬間――

「陛下、陛下!」

 扉の向こうで陛下を呼ぶこの声は、くだんのアルベスさま!
 アルベスさまより先にこちらの心臓が止まりそうになり、すがるように陛下を見上げてしまった。

「大使どのがすでに次の間でお待ちでございます。ルディアスどのはおいででございますか!」

 扉の外の声に、陛下は「やれやれ」とため息をつくと、私の身体から離れた。

「ルディアスにかされていま支度中だ。待っていろ」

 陛下は何事もなかったかのような声でアルベスさまに返事をし、脱ぎ散らかした下着を身に着けはじめる。そして仰向けで呆然としている私に手を差し伸べて、起き上がらせてくださった。

「アルベスが出てきたということは、どうやら時間切れのようだね。さあ、急いで支度をすませなくては」
「は、はい……」

 とは言うものの、私は一連の衝撃からまったく立ち直っておらず、ほうほうのていで床の上に降り立ったが、よろめいて陛下の胸に倒れ込んでしまった。
 陛下は私より頭ひとつ分くらいお背が高いが、背筋がゆるゆるになった今の私からは、かなりの高身長に見える。
 そして、陛下のほどよい厚みの胸板に抱き留められた私の頬に、垂涎すいぜんものの肉体美が当たって――!

(きゃあぁー≠#&%※☆Д△&!)
「もっと時間のあるときだったらよかった。ごめんね」
「――あ、の」

 この状態でどんな返事ができるというのだろう。困惑のままキリアさまを見上げると、美しいお顔に、天使さえも裸足はだしで逃げ出す――おそらく天使は靴を履いていないが――極上の笑みを浮かべた。
 フラフラになりながらも騎士の正装を身にまとうと、少しだけ落ち着いてきた。今の出来事が夢なのではないかと思ったが、手がまだ震えているので現実なのだろう。

「今夜、仕事が終わったらここへおいで、ルディアンゼ」
「は、はい――?」
「こんな中途半端にたかぶったままじゃ、今夜は眠れそうにない。僕を鎮めてくれるとうれしいな」

 男性の生理的な事情には詳しくないが、確かに陛下の下着の中は、まだまだ息巻いておられるようだ。しかし、私の今日の仕事が片付くのは、夜もだいぶ更けた頃なので、それまでこのたかぶりが持続するとは――ああ神さま、はしたない私をお許しください!
 それに、雰囲気に流されてこんなことになってしまったが、冷静になって考えてみると、女として宮廷に上がっているわけではない自分が、いくらキリアさまの求めとはいえ身をゆだねるなど許されるのだろうか。
 諸事情をかんがみ、さすがに「はい」と即答はできかねた。
 そしてそれよりも大きな心配事が。

「あ、あの、キリアさま。わたくし、このまま――」

 近衛騎士を解任されるのでしょうか。
 そう問う前に、しびれを切らしたアルベスさまが扉を開けて中へ入ってこられた。

「陛下、さすがにのんびりしすぎですぞ!」
「悪かった。悪かったよ、じいや。今、ルディアスにも叱られたところだ」

 そうおっしゃりながら、キリア陛下は私を見るなりニコッと花が咲くような笑顔を向けられた。
 ……その場に崩れ落ちてしまわなかった自分に、このときばかりは拍手喝采かっさいしたのだった。


     * * *


 ドルザック大使を招いての昼食会は、王宮の五階にある翡翠ひすいの間で行われた。
 壁一面の窓を開放すると、太陽のきらめく海が一望できる。アルバトスの王城で最高の眺望を誇る広間だ。もっぱら各国の要人をもてなすために使用される部屋で、ここを選んだことで、キリアさまがドルザックとの会談にかなりの重きを置いているのがわかる。
 部屋から望む風景にいたく感動した大使どのは、さらに自国のたくさんの商船が港に停泊している様子を見て、とてもご機嫌だった。

「見事な光景でございますね、キリアドール陛下。この美しく整備されたアルバトスの港に、今後は我が国の商船が自由に出入りできるようになるとは、まことに喜ばしいかぎりです」

 ドルザック王国とは、かつては敵国として不幸な歴史を共有していたが、今では交易をきっかけに国交を回復させている。

「過去の因縁は水に流し、互いの発展のためにより良い関係を築いて参りましょう」

 ゲイドルだなんだとののしっていたことなどなかったかのように、キリアさまは惜しみなく笑顔を振りまいて大使どのと固く握手を交わす。

「いやはや、平和の象徴ともいうべき壮観な景色に加えて、陛下が王妃さまを迎えられれば、アルバトスは安泰でございますな」
「そうですね。――ときに大使どの、本日夕刻の調印式をもって正式に貴国との通商航海条約が締結されるわけですが……それにあたっての申請手続きの過程で、何か悪事を働こうとするやからも出てくるかもしれません。我が国では貴国への入出港手続きの緩和とともに、法の目をかいくぐろうとする連中の規制にも力を入れて参ります。貴国におかれましても、その点は重々ご留意願いたい」
「おお、もちろんですキリアドール陛下。我が国といたしましても――」

 歴史的な会談であり、アルバトスにとっても晴れがましい一日のはずなのだが――今日の私はどうかしている。
 キリアさまは、いつも通りの調子でお話しされている。しかし私ときたら、今朝の出来事が頭からずっと離れないのだ。愚かで浅はかで――いっそ塔のてっぺんから身を投げたい。
 あろうことか国王陛下に対し、近衛騎士として仕えている人間が快楽に負けてしまったなんて、懺悔ざんげしても償いきれない罪深い所業だ。たとえそれが、陛下の求めだったとしても!
 陛下がたわむれに女を抱こうというのならば、それもいいだろう。この宮廷には大貴族の娘から庶民の娘まで大勢の女性が詰めている。その中から陛下が寝所へお召しになったとしても、若い男性なのだから誰が反対するでもない。
 何しろ独身の陛下の周囲には、いつも身ぎれいにしてお声がかかるのを待っている美女たちが大勢いるのだ。国外にだってキリアさまの正妃の座を狙う王族や貴族は多い。
 そんなり取り見取りの中、なぜよりによって私。

(私なんて剣しか取り柄がないし、学問は人並み程度だし、見た目は男だし……加えて、家事も裁縫もまったくの不得手。女だったら、この宮廷の洗濯係にすら任じてもらえないのに)

 ふいに、今朝がたのキリアさまのお声がよみがえってきた。

『大好きな女の子に好意を向けられて、無視し続けられる男もそうそういないよ』

 陛下が、私を――? いやいや、本気にするな、おたわむれに決まっている。天地がひっくりかえったってそんなこと、あるはずがない。
 そう思い直してふと顔を上げると、キリアさまと目が合った。そして、太陽よりもまぶしい笑顔を私にくださったのだ。思わず腰が砕けてその場にへなへなと崩れ落ちてしまいそうになったが、鉄の理性で腹筋に力を入れて食い止める。キリアさま、私をからかって遊んでおられるのですか。
 そんな調子で、この会談の間、理性と平常心を総動員したおかげで、終わった頃にはすでに一日の体力を消耗しきっていた。


「どうした、ルディアス」

 心配そうな声に飛び上がり、おそるおそる振り返ると、そこには心配そうな顔をしたアウレスがいた。

「ドルザック大使どのとの昼食会は、それほど緊張したのか? やけに疲れた顔をしているぞ」
「い、いや、終始とてもなごやかだったよ」

 後ろめたすぎて、同僚のまっすぐな青い瞳を正面から見ることができない。仕方なく、視線を泳がせつつ曖昧あいまいに笑ってごまかした。まさか女だとバレていた挙句、陛下にベッドに押し倒されたなんて――間違っても言えるわけがない。
 アウレスも、私が女だなんて思ってもいないのだから。

「それならいいが。ドルザックはかつて因縁のあった国だし、何かあったのかと思ってな」
「まさか。捕虜になった将軍を国許くにもとに返したことで和解しているし、今回は両国の関係をより良くするために、正式に通商航海条約を締結しようという平和的な会談だ。それに今回、大使を送ってきたのは、立小便将軍である兄王子と王位継承争いで対立していた弟王子のほうだ。弟君おとうとぎみは以前からアルバトスに好意的だし、そんな不穏な空気になるなど……」

 私の言葉を聞いたアウレスは、周囲を見回したのち小声で言った。

「それは周知の事実だが、ドルザック王が弟王子の立場を盤石ばんじゃくなものにするため――アルバトス王国の後ろ盾を得ようと、キリア陛下に妃を売りつけにきたのではないかという噂もある。さぞ波乱含みの昼食会だったろうと思ったが」
「陛下に、妃? そのようなお話は何も……」

 昼食会の間もずっと陛下のお側に控えていたものの、今朝のことで頭がいっぱいで、大使どのとの会話はまるで頭に入ってこなかった。いや、立場上はそれで問題ないのだが、もし本当だとしたら、それこそ私が陛下のお手付きになっては、両国の国交に影響が出てしまうかもしれない。

「ルディアス? 本当に顔色が悪いが、大丈夫か?」
「あ、ああ……少し寝不足かな」

 血の気が引いた顔をなんとかごまかし、私はフラフラと次の任務へと移ったのだった。


 やはり、今日の私はどうかしていた。

「ルディアスさま、大丈夫でございますか!?」

 夕食後、陛下の執務室へ向かう途中のことだ。階段で足を踏み外し、侍女のミミティア嬢に目撃されるという失態を犯したのである。

「あ、ああ。大丈夫です」
「どうかなさいましたか? ドルザック大使さまとの会談の最中から、ひどく具合が悪そうです」

 床の上に尻もちをついた私のひたいに、ミミティアはひんやりした手を当てる。

「お熱はなさそうで……あっ、大変失礼いたしました!」

 彼女はまるで火にでも触れたように、あわてて私のひたいから冷たい手を離した。小さくて華奢きゃしゃだが、よく働く美しい手だ。そしてやわらかい。
 ああ、世の女性というのはこういうものなのだ。私など、女にしては背が高すぎるし、腕だって筋肉がたっぷりついているし、大きな手にはマメができてゴツゴツしている。
 いろいろとため息が出てくる。

「これはお恥ずかしいところをお見せしてしまいました。調印式での近衛騎士の配置について考えていたので、足もとがおろそかになっていたようです」
「まあ、熱心でいらっしゃるのですね」

 ミミティアが手を差し出してくれたが、華奢きゃしゃな少女に自分の無骨な手を預けるのも気が引ける。その小さな手をやんわり彼女に戻し、なんでもないことを強調して颯爽さっそうと立ち上がった。

「侍女のお仕事も大変ですね。まるで氷みたいに手が冷たいではありませんか」

 私はあたためるよう彼女の小さな手を握り、さすってやる。すると、彼女は頬を赤らめて手を引っ込めてしまった。

「お、お気遣い、ありがとうございます……」

 平静を装ってはいるものの、実のところ未だに膝ががくがくしている。陛下の悪戯いたずらで身体に火がついたままで、動作に支障が出てしまっているのだ。
 陛下はあんなにも涼やかなお顔で、ドルザック大使との会談を終えられたというのに。

「それでは」

 これ以上、言葉を交わしているとミミティアに何かを悟られてしまいそうなので、そそくさとその場を離れることにした。

「ふう……」

 誰もいない渡り廊下でため息をつきながら歩いていると、今度は廊下を曲がったところでラグフェス隊長とぶつかりそうになった。隊長があざやかに私を避けなければ、正面衝突していただろう。

「何をぼやぼやしている」
「申し訳ございません、隊長!」
「それに、職務の場である宮廷でため息をつくとは何事だ。陛下に目をかけていただいているからといって、慢心しているのではないだろうな、ナルサーク」
「そ、そのようなことは決して」

 ラグフェス隊長は、黒曜石こくようせきの瞳を細めて鋭く私を見据えた。このお方は、アルバトスの騎士たちの中でも群を抜いた剣豪であり、容姿の良さも求められる近衛隊にあって、宮中の女性たちから絶大な人気を誇っている。
 何事にも動じることなく、すべてに対して冷静で、私がひそかに憧れている大先輩。そんな隊長は、私の秘密事――女であることさえ見抜いてしまうのではないかと思うほど鋭い観察眼を持っている。今、まともに目を合わせるのは非常に危険だ。
 私は隊長の顔から少しずれたところに焦点を合わせる。

「ゆめゆめ、おのれの立場を忘れることのないように」
「承知しております。おのれの職務にいっそう精励いたします」

 ラグフェス隊長はじろりと私の顔を一瞥いちべつすると、すぐに元の歩調で歩き去った。
 隊長のことは尊敬しているが、やはりこうして会話をするとかなり緊張してしまう。
 ふたたびため息をつきそうになったものの、なんとかこらえ、私は背筋を伸ばして歩き出した。


     * * *


 どうにかこうにか本日の任務をほぼ終えた、その日の夜。
 残りの陛下のご予定は、夕食後に親しい貴族たちと歓談したのち、湯浴みをすませてからご就寝だ。私の仕事は、陛下がご歓談される応接室の警護、お客さまのお見送りをした後、ご寝所周辺の巡回、そして当番兵に引き継ぎをして終了となる。いったん仕事を終えて宿舎へ戻れば、人目を盗んでふたたび陛下のご寝所に忍び込む真似はもちろんできない。
 陛下に今晩部屋に来るように言われているので、一度はどうするべきか悩んだが、私は頭を振ってそれを打ち捨てた。
 やはり陛下の寝所にはべるなど、騎士として許されない大罪である。陛下はあのようにおっしゃったが、一日経って今朝のことなどお忘れになっているのではないだろうか。どうにか理由をつけて、なかったことにしたほうがいいのでは――
 いや、それよりも私はこのまま近衛騎士として、陛下の護衛に立つことを許されるのだろうか。
 アルバトス騎士団は、男のみで構成される精鋭部隊だ。陛下はこれまで私の正体を知った上で黙認してくださっていたが、今後も変わらず――とは限らない。
 そんなことを考えながら応接室の扉の前に立つ。室内から漏れ聞こえてくる、陛下の楽しそうな笑い声にときめきつつ、どうやって陛下にご挨拶を申し上げて退去するか頭を悩ませていた。
 そうこうするうちに、あっという間にご歓談の時間は終わった。お客さまを城の玄関ホールまでお見送り申し上げ、私はそのまま城内の巡回に移る。各所を確認し、最後に異状がない旨を陛下にご報告すれば、今日の任務は終了だ。
 今頃、陛下は湯浴みをされているところだろう。ふと、陽光に照らされたお美しくもたくましい陛下の裸体を思い出す。

「…………」

 私は瞬時に周囲に誰もいないことを確認した後、その場にしゃがみ込み声が漏れないように口元を押さえた。

(きゃー、陛下の大胸筋とか、あの二の腕の筋肉とか、背筋の手触りとか、思い出すだけで悶える、悶死しますー! もう、二度と手洗いたくないです!)

 ここが自室だったら、きっと床に転げてじたばたと悶えていたことだろう。
 毎朝、キリアさまのお寝顔を拝見して、お起こしして、護衛をして――この幸せな時間がいつまでも続けばいいのにと、本気で思っている。
 やはり、今日はまっすぐ宿舎へ戻るべきだ。巡回の報告をするので、陛下のお部屋には立ち寄らなければならないが、そこできちんと謝罪をしよう。きっと陛下ならわかってくださるに違いない。
 陛下に仕える騎士として、男として、自分を貫き通さなければならないのだ。ずっと心が揺れていたが、決心したからには意志は固い。
 すべての巡回を終え、とうとう陛下のお部屋の前にやってきた。もう湯浴みを終え、夜着にお着替えになっているだろう。

「へ、陛下――近衛第一隊ナルサークでございます」

 声がうわずってしまわないように腹に力を入れたが、若干かすれている気がする。
 今朝方、あんな醜態しゅうたいさらしてから、陛下とふたりきりになるのは初めてだ。私的感情は一切はさまず、事務的に、冷静に、簡潔に、端的に対応しよう。
 今朝のことは忘れて……しまうのはもったいないので、陛下との秘密の思い出として、胸の内側にしまい込むことにした。

「遅かったね、開いてるよ」

 ひとり廊下で悶えていたせいか、いつもより報告が遅くなってしまったようだ。時間には正確なほうなので、たまに時間がずれると目立ってしまうのだ。

「ご報告が遅くなりまして、申し訳ございません。周辺の巡回は終え、異状のないことを確認いたしました。この後は夜番の兵に引き継ぎを……」
「ああ、引き継ぎならいいよ。僕が指示してロクシアン副隊長にはいつも通り夜間警備にあたってもらっているから」
「は――?」
「今日の引き継ぎは必要ないってこと」

 自分の目が驚きで真ん丸になっているのがわかった。だが、呆けている場合ではない。

「そ、それは大変失礼いたしました。では、わたくしは、これにて退出させていただきま――」

 そう言って急いできびすを返したのだが、それよりも陛下が私の手首をつかむほうが早かった。瑠璃色るりいろの瞳が、私の顔を覗き込んで笑っている。

「まだ任務が残っているだろう?」
「そ、それは……」
「今朝の続き」

 しまった、陛下のほうが一枚も二枚も上手うわてだった。まさか先回りして交代人員を追い払ってしまうなんて、これは想定外の出来事である。

「あの、陛下――」
「今朝、命令したよ。まさか忘れちゃったわけはないよね? 僕への忠誠心はそんなもの?」

 陛下が悲しげな顔でねたように口をとがらせた途端、自らの心臓が爆発しそうなほど高鳴った。その衝撃に思わずよろめく。

(かわいすぎます、キリアさま、かわゆすぎです! 二十四にしてその愛らしさは、もはや罪――!)

 間違っても顔に出さないようにこらえたが、どこまで成功しただろうか。崩壊しそうになる顔面を整えるため、私は必死に咳払いをしつつ、うつむき加減に言った。

「忘れたなどと! 陛下のご命令は絶対でございます……ございますが、その……」

 言葉尻がすぼんで消えてしまった。このままでは当初の予定通りにいかなくなるではないか。
 動揺しているうちに陛下に手を引かれ、いつの間にかベッドの側まで引きずられていた。そしてふわりとやさしく抱きしめられ、今度こそ心臓が爆発しそうになる。

「ルディアンゼ姫。今宵こよい、あなたのその清らかな処女を余にくださらぬか?」
(あ、あわわ! そんな神の美声でささやかれたら、貧血が――って、ルディアンゼ姫って私のことでございますか!)

 本当に鼻血が噴き出ないのが不思議だった。この台詞せりふを、たとえばゲイドル大使どのみたいに少々哀れなご面相をされている方にささやかれたとしたら、ドン引き確定だろう。
 だが、神のごとくうるわしい陛下のお顔で、甘くやさしい声でささやかれたら、いなと答える者などいるはずがない。もしいたのなら、この私が成敗せいばいしている。
 そう、いなと……答えられない自分だった。
 男のナリをしていても、少々年はいっていても、心は立派な乙女である。恐れ多くもお慕いしていたお方からこのように迫られて、いなやのあろうはずがない。
「はい」の二文字を声にすれば……。だが、生真面目なルディアスがそのような背徳行為を受け入れることに抵抗しているのだ。
 騎士ルディアスと乙女ルディアンゼは、私の中でうまく共存してきたはずだ。しかし今回に限っては、陛下にすべてをゆだねてしまいたいと揺れるルディアンゼの乙女心を、騎士ルディアスが必死に引き留めるという状態になっている。こんなことは初めてかもしれない。
 だが、葛藤かっとうの果てにルディアスがかろうじて勝利した。

「ですが――その、今日一日で、汗にもほこりにもまみれましたし……恐れ多くも、陛下のご寝所をけがすことがあっては……」

 苦し紛れだろうと、とにかく逃げ出す口実をつくるのだ。このままでは今朝の続きとして、キリアさまにあれやこれや……うう、惜しい!

「ああ、汗臭いのは嫌い? じゃあ湯浴みをすればいい。ちょうど僕もこれから入るところだったから、一緒にいこう」
(一緒におフロ……そ、それはあまりにも難易度が高すぎやしませんか、キリアさま! ――いや、私は近衛騎士なのだ! お仕えする主君とおフロなんて、騎士道に反する……)

 騎士と乙女がせめぎ合いを続ける中、気がつけば陛下に腕をつかまれ湯殿へと引きずられていた。
 陛下のご寝所には湯殿がしつらえられているのだ。もちろん、湯浴みのお手伝いは近衛騎士の仕事ではないし、普段はキリアさまもひとりでご入浴なさっている。
 お着替えに関しても本来は近侍きんじたちの仕事だ。近侍きんじの中で陛下を速やかにお起こしできる者がいないので今は私の仕事になっているが、これはごくごく例外だった。
 キリアさまは、脱衣室で私の腰の帯剣や胸当てを外し、騎士団の正装を解く。あまりのことにまだ頭がついていかない私をよそに、それは見事なお手さばきで脱がしていくのだ。
 ようやく我に返った私は、あわてて陛下に進言する。

「お――お待ちください、陛下。こ、このようなこと、どなたもお許しには……」

 すると、キリアさまは屈託のないまぶしい笑顔で答えた。

「ルディアンゼが許してくれればそれでいいだろう? 国王のねや事情まで臣下に口出しさせるほど、僕は愚かじゃないよ」
「愚かだなんて、そんなことありえません!」

 それはこの世でもっとも、キリアさまに似つかわしくない単語だった。
 やわらかな口調ととろける笑顔を武器に、対峙する者たちすべてを骨抜きにして、一気に無理難題を押し通す――ご自身の長所をよくわかった上で、このような手管てくだろうする者がほかにいようか。私のひいき目を抜きにしても、陛下は頭のよい御方なのだ。

「それはうれしいね」

 ふいに陛下が顔を寄せて、私の耳をくすぐるようにささやく。その声を聞くだけで、何かがこぼれそうな気がして、急いで身体を縮こまらせた。
 この甘すぎる誘惑にあらがうために、いったいどれだけの精神力を消費するのだろうか。今日一日、ずっと気を張っていたせいか、すでに私の精神力は底を尽きかけていた。
 ゆえに、これは私にできる最後の抵抗だ。


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