乙女な騎士の萌えある受難

悠月彩香

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外伝

第1話 幸せの縮図

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「あーん」
 大きく口を開けて、匙が口許に運ばれるのを待つ。
 目の前の愛しい妻が、スープをすくってそれを口に――すると、小さな口がぱくりとそれをくわえ、おいしそうにスープを平らげた。
「なんで! ずるいじゃないかルディアンゼ、俺が先だった!」
「そんなことでプリプリなさらないでください、いい大人が恥ずかしいです、キリアさま」
 ルディアが苦笑と呆れ顔のまんなかくらいの表情をつくって言うと、それに追随する声が追い打ちをかけてきた。
「そうですよ、父さま。母さまが先に僕に食事を与えてくださるのは当然ではありませんか」
 賢しげな口を利いて勝ち誇った顔をするのは、五歳の男児だ。アルバトス国王と王妃のあいだに生まれたディルアーツ王子である。
 親バカ目線抜きにしても、はっと目を奪われるような恵まれた容姿をしていて、老執事のアルベスに言わせれば、幼少期の俺に瓜二つだそうだ。そして生意気なほどに頭もよく、口も達者だ。
 ルディアも、外見も内面も俺にそっくりだと手放しで称賛するが、俺の幼少期は病弱だったこともありもっと儚げで、こんなに小生意気な小僧ではなかった。
「当然ではない! いいか、ディルアーツ。父がいるからこそおまえが存在する。ということは、どちらが格上なのかは自明の理」
「ですが父さま、僕はまだ五歳です。どちらがより母さまの母性本能をくすぐるかは、火を見るより明らかですよ」
「父だってまだ二十九歳。年頃の女性から見れば、今を時めく年齢だぞ。むしろこれから脂がのりまくって一番ウマイ時期だ! だいたいディルアーツ、おまえは……」
「あのぉ、キリアさま……」
 まじめに息子にむかって諭していると、呆れた声とともにルディアの手が横から伸びてきて、スープを俺の口に流し込んだ。
「うん、うまい」
 一転して笑いかけると、ルディアは近衛騎士当時から変わっていない表情で俺を見上げ、まぶしそうに笑った。うん、大丈夫だ。俺もまだいける。
 彼女と結婚して六年ほどが経つが、夫婦仲は良く、可愛い世継ぎにも恵まれて生活は順風満帆だ。だが、この「キリアさまの幼少期をそのまま再現したような」と評される小僧のおかげで、ルディアの関心の大部分が俺からそちらへ移ってしまい、少々おもしろくない毎日を送っている。こんなことならすぐに子供など作らずに、ふたりきりの時間をもっと楽しんでおくのだった!
 今さら後悔しても栓なきことだが、当時はそこまで考えつかなかったのだから仕方がない。
「さて、途中ですけど、時間なのでそろそろ行きますね。ふたりとも、仲良く食事してください」
 言いながらルディアが席を立つ。女性騎士隊の統括役を彼女に一任したのだが、任じたこちらが心配になるほど真剣に取り組んでくれている。今日も稽古の様子を見に行くのだろう。
 ディルアーツを宿しているときも、つわりの時期が終わって元気を取り戻したルディアは、毎日のように鍛錬に打ち込んでいた。さすがに妊娠中に剣を振り回すことはなかったが(侍医たちに止められたからな)、体力が衰えないように鍛錬していたし、王子を生んでから間もなくして、勘が鈍らないようにとラグフェス相手にこっそり剣の稽古をしていたのを俺は知っている。
 ラグフェスのやつめ、口では迷惑そうなことを言っていたが、案外たのしそうにルディアと稽古していたのを俺は知っている。根に持っているぞ。
「もうそんな時間か。ディルアーツ、母さまにご挨拶を――」
 内心はともかく、父王としての威厳を見せつけておかなくてはなるまい。まずは日常の礼儀作法の躾だ。食事の席で妻に「あーん」してもらうのがマナー違反だなどとくだらんことを言う者は、とりあえず黙っておくがいい。
「ごちそうさまでした」
 だが、父親らしく振舞おうとしている俺の間隙をつき、礼儀正しく手を合わせたディルアーツは、席を立ってルディアの隣に立った。
「父さま、僕も母さまについていきますので、お先に失礼いたします」
「こら、まだ食事中……」
 途中で席を立った息子を叱ろうとしたものの、ヤツの食器はきれいに空っぽになっていた。
「父さまはごゆっくりどうぞ」
 半分、腰を浮かせた俺にディルアーツはにっこりと向日葵のような笑顔を向け、ルディアの手を取った。
「さあ、母さま。まいりましょう」
「あ、では、行ってまいります」
 まったく、俺とルディアの間になぜこうも小賢しい息子が生まれたのだろうか。ため息をついて見送ると、入れ替わるようにしてラグフェスがやってきた。
 今では近衛騎士隊長ではなく、王都中央軍の副将軍という地位についているが、将軍よりも実権を握っていそうな、さらに厳格な男になっている。こやつ相手に対等に渡り合える義姉を俺は心から尊敬する。
「まだ食べ終わっていないのか。五歳の幼児に負けているぞ、キリア」
「あ、なんだおまえまでディルアーツの味方か?」
「――味方もなにも、自分の子だろうが。まあ、似た者同士で相容れないのはわかるが」
「似た者同士ではないし、相容れないわけじゃない。だが、子供部屋でおとなしくしていればいいのに、夜まで寝室へやってきて俺とルディアの蜜月を邪魔してくれる。困ったやつだよ」
 ふたつかみっつくらいの頃はかわいかったな。どこでも俺にくっついてきて、口真似をして、「とーたま、とーたま」とべったりだったくせに、四歳、五歳になって自我がしっかり芽生えてくると、「母さま、母さま」だ。
 夜になれば「ひとりじゃこわい」と計算高く言い出し、夫婦の寝室にやってくる。
 もちろん決して一人で放置しているわけじゃない。眠るまでルディアがそばについているし、侍女も騎士も次の間に控えている。しかし夜中に目を覚まして、ちゃっかりルディアの隣で眠ろうとするのだ。おかげで毎日、川の字だ。
 ――いや、それは構わない。愛する妻とかわいい息子と三人で休めるのはこのうえない幸せだ! しかしこちらにも事情というものがだな……。
 ちなみに俺がディルアーツのそばについていると「赤ん坊扱いするな」と子供部屋から追い出されるのだが、理不尽としか言いようがない。
「いつまで蜜月気分でいるんだ。近頃では王妃陛下のほうが国務に勤勉だと言われている始末だぞ」
「ルディアはもうすこし手を抜くことを覚えないといけない。あれもこれもでは、いずれ回らなくなる」
「仕事を押しつけた張本人がなにをぬけぬけと。王妃の仕事だけでも大変だというのに、女子隊の統括などに任じたからだろう。まあ、実際うまいこと言い逃れたとは思うがな。女と知りつつ近衛につけていたなどと醜聞にしかならんことを、見事にこじつけた」
「こじつけとは人聞きの悪い」
 彼女の株が上がるのであれば、俺の株が下がろうがなんだろうか構わないが、しかしこれでは、俺が愛妻にうつつをぬかすアホ亭主みたいではないか。
「ところで、今日は王妃陛下と女子部隊のラキアンス隊長の公開立ち合いがあるそうだが、おまえは観にいかなくていいのか? ちなみに侍女連中はみなそちらに出払っていて、誰もおまえの面倒は見てくれんぞ」
「なんだよ! 職務放棄もいいところじゃないか」
「だから俺がこうして出向いてきたのだろうが」
 今となっては誰も彼もがルディア、ルディアだ。……半ば強引に彼女を王妃の座に据えたが、実にすばらしい結末になった。
 愛する妻の雄姿を見るために、手早く食事を終えて立ち上がった。

 中庭の広場は、騎士たちの日ごろの訓練から年に一度の勝ち抜き戦まで、さまざまな用途で使われる。
 今日はルディアとラキアンスの立ち合いということで、足を向けると騎士団連中も宮中で働く人々も関係なく、すでに大勢の人で埋め尽くされていた。
「おお、キリア陛下。遅うございましたな。じきにルディアンゼさまとラキアンス隊長の立ち合い稽古が始まりますぞ」
 アルベスじいまでもが興奮したように言うのだから、他の者の熱狂度も知れるというものだ。
 これは特別なイベントというわけではない。男性騎士の公開稽古なんてしょっちゅうだし、ラグフェス自ら剣をとって立ち合いをすることだって珍しくないのだが、ここまでの騒ぎにはならない。
 女子部隊を設立したのは、もちろんルディアスがすんなり「ルディアンゼ」として宮中に人々に受け入れられるための間に合わせだが、これがどうして、アルバトス王宮の名物になりつつある。人数も順調に増えそうだし、男女の区別なく同じ隊への編成を考えてもいいかもしれない。
 最前列には侍女たちの小集団があってきゃあきゃあと黄色い悲鳴をあげているが、彼女たちが昨今の我が国における女騎士ブームに火をつけてまわっているのは疑いようもない。とくに、ルディアの側に仕えているミミティアがその筆頭だ。
 そして侍女たちに囲まれるようにしてディルアーツがちょこんと座り、一緒になってルディアンゼに声援を送っている。
 国を挙げてのイベントではないので、俺は後ろのほうでこの様子を見ることにした。後から来た国王が最前列を陣取っては、早くから場所取りに精を出していた人々に迷惑だからな。
「王妃陛下、ラキアンス隊長、一本勝負です。はじめ!」
 現在の近衛騎士隊長であるアウレスの声で、立ち合いが始まった。
 ルディアもラキアンスも、近衛騎士と同じ騎士の制服に革鎧をつけている。こうしていると、近衛騎士だったルディアスがそのままそこにいるようで、ひどく懐かしい気分にさせられる。あの頃は騎士ルディアスをいかに女性として惹きつけるか、そればかりを考えていた気がするが、こうして当時の彼女の姿を見ていると、ルディアスとの関係もまた俺にとっては楽しい日々だった。
 しかし、王妃兼母親兼女子部隊統括として、多忙な日々を送っているとは思えない腕の冴えだ。
 現役の騎士であるラキアンスの複雑な太刀筋をよく読んでいるどころか、ルディアのほうには余裕さえうかがえる。伊達に男社会で揉まれて成長したわけではないな。
 女同士、力よりも速度の勝負だ。剣の重なる小気味いい金属音が鳴り響き、喝采が起きる。ディルアーツなどはついには立ち上がり、母を真似て手にした木刀を振り回しているほどだ。
「どうです、キリア陛下。ルディアンゼさまに勝つ自信はおありですかな?」
 ラグフェスめ、俺が剣の稽古をさぼっていることを突っついてきたな。
「余の首に敵の剣が届くようでは、その時点でアルバトスの敗北だ。そうならないようにするのが騎士団の仕事だろう」
「戦の話ではありませんよ。王妃陛下と喧嘩をなさったら、どちらに軍配があがるのかと」
「夫婦喧嘩は男が折れるものだ、余が勝つ必要などない。そもそもルディアンゼと喧嘩などあり得ない」
 それにしても、あのまま騎士として伺候させていたら、ルディアも今頃は近衛隊でもいい地位についていただろうな。全軍を掌握する国王の視線で見ると、こんな有能な騎士を遊兵にしておくのはもったいない……そうさせたのは俺なのだが。
「ラキアンスも腕を上げた。ナルサークによく食らいついている」
 女性二人の立ち合いにいつしか見入っていたラグフェスも、無意識なのかわざとなのか、かつて近衛騎士として伺候していた頃の呼び名でルディアを呼ぶ。ラグフェスも彼女を騎士に取り立ててからこっち、女の正体がバレないようにいろいろ立ち回ってくれていたから、部下――というよりは保護者気分が残っているのだろう。
「勝負あったな」
 一瞬のスキをついて、ルディアの剣がラキアンスの剣を跳ね上げ、振り下ろした剣をぴたりと女子部隊隊長の額の前で止めた。
「さて、執務室へ戻る」
 大歓声を背中にして王宮へ戻る。俺には「山積みの書類と格闘」という仕事が待っているのだ。しかし、さすがにすこしは身体のほうも鍛えておかないと、ルディアに嫌われてしまうか。本当は、ベッドで格闘するのが一番なんだがなあ。
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