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2010年作品

トリック・オア・トリート

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「一,二,三,四……ちょうど十こっと♪」

 今日は朝からクッキーを焼き、市販のチョコレートやらキャンディーやらと交ぜあわせ、小分けにして、十個の包みを作っていた。
 キラキラ光るリボンを可愛く結んで、バスケットに盛り付けて、準備完了。
 後は、キュートなお化けたちがやってくるのを待つばかり。
 準備は面倒だけど、子供たちが喜ぶ顔を見るのは、すごくたのしみ。だから、毎年、このハロウィンの行事はやめられない。



 片付けも終わり、余ったクッキーと紅茶で休憩をとりながら、時計を確認する。

 もうそろそろかしら?

 今年は、映子のところが三人で、純子が二人、トシちゃん、亜紀ちゃん、千里が一人ずつで、優子のところは、旦那さんの連れ子、今年も来るのかな?
 あと、美奈代の生まれたばかりの子供の分、子どもたちの引率で来るはずの映子の旦那の吾朗先輩に渡して……
 このあとのことを思い巡らせながら、カップの湯気をそっと吹く。
 結局、大学のサークルで知り合った男三人、女八人、みんな卒業したあとも、付き合いが続いている。
 あれから、八年。みんな順に三十路へと足を踏み入れていく年になった。私以外の女たちは、結婚し、子供をもうけている。
 私だって、この八年、言い寄ってくる男がいなかったわけではない。ただ、他のみんなよりも、ちょっとだけ仕事に熱心に取り組んでいただけ……
 それでも、自分たちの旦那や子供たちの世話に忙しく追い立てられている仲間たちをみると、なにか大事なものを経験していないような、ちょっと複雑な気分になる。みんなは大変そうだけど、それなりに充実した顔をしているし、幸せそう。
 私だって、毎日仕事に追われて、へとへとになっているけど、他の人から見て、彼女たちみたいに幸福そうな表情をしているのだろうか?
 そんなことを考え始めると、すごく落ち込んだ気分になる。
 だから、そんなことを頭から吹き飛ばすつもりで、カップの湯気に強く息を吹きかけた。



――ピンポーン

 呼び鈴に『はーい』と応えて、テーブルの上のバスケットを抱え、ドアへ向かう。
 玄関に立ち、ドアを開けると……

「とりっく おあ とりーと!」

 背の小さなドラキュラやフランケンシュタイン、魔女なんかが整列して立っていた。

「とりっく おあ とりーと! お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぞ!」

 頭の隅で、『これって脅迫よね?』なんて、考えたら、思わずクスッと笑っちゃったけど、

「はいはい、お化けさんたち、お菓子あげるから、お願い、いたずらはしないでね」

 順に左端の狼男から、さっきの十個のお菓子を配っていく。

「わーい、ありがとう!」

 もらった順に九人のお化けたちがあげたかわいらしいお礼の言葉に、ニコニコ笑って、答えながら、後ろの背の大きなお化けに目を向けた。

 ん? お化けが二人?

 右のお化け、顔に大きな傷を書いた方が吾朗先輩だから、左の背の高いのは、だれ?
 いぶかしげな視線をモジャモジャひげの魔法使いへ投げて、吾朗先輩に最後の包みを渡した。

「先輩、これ、美奈代の赤ちゃんに」
「ああ、あいよ」

 包みを受け取って、隣の背の高い方にあごをしゃくってみせる。

「ほら、こいつ覚えてない? 卒業した後、アメリカへ行った……」

 『アメリカ』って単語がひとりの人物を脳裏に浮かばせた。

「明久くん!?」
「明久」

 私と吾朗先輩の声が重なる。
 その途端、モジャモジャのひげの向こうから、

「ほっ、ほっ、ほっ 美亜、久しぶり」

 久しぶりに聞く、なつかしい低い声。ゆっくりと帽子とひげを外して、吾朗先輩へ渡した。



「じゃ、俺たち先に車へ戻ってるわ」

 吾朗先輩、子供たちを連れて、マンションのエレベーターの方へ去っていった。
 こちらへバイバイと手を振る子供たちに、ニッコリ笑って、手を振り返す。
 それから、一人残った明久君に向き直った。

「明久君、久しぶり。いつ日本へもどってきたの?」
「ああ、昨日な。来年の春から、こっちの大学で授業を受け持つことになったんだ」
「へぇ~ すごいね」
「いや、たまたま向こうの学会で知り合った教授が俺のこと覚えてて、空きが出るので推薦してくれたらしいよ」
「へぇ~ よかったじゃない」
「ああ、幸運だった」

 ちょっと沈黙。お互い見詰め合って、クスッとしちゃう。
 大学時代、私たち、別に付き合っていたわけじゃない。ただのサークル仲間。
 四年間、一緒の時間をすごしたかけがえのない友達。だけど、ただの一度も恋愛感情を抱いたことは、なかったっけ。
 そういえば……

「亜紀ちゃん、結婚したんだよ。大学卒業した後すぐ」
「ああ、知ってる。向こうで、新婚旅行の途中にわざわざ訪ねて来てくれたから」
「なんだ。でも、残念だったね」

 私、いたずらっぽい笑みを浮かべて、明久君の表情をじっと見つめたのだけど、不思議そうな顔をしただけ。

「ん? なにが?」
「だって、大学のとき、明久君、亜紀ちゃんと付き合ってたでしょう?」

 途端に目を見開いた。

「え、ええ!? なんで、俺が亜紀と付き合うんだよ」
「え? だって、だって、サークルの帰り、しょっちゅう、二人して帰っていったじゃない。二人、付き合ってたんでしょう?」
「はぁ? な、わけないじゃん! あいつの彼氏、つまり今の旦那な、家が俺のアパートの近所だったから、それで送りがてら、一緒に帰ってただけだよ!」
「ええ!? ウソ!?」
「ホント!」

 衝撃の事実。

「大体、俺、あのころから好きな子いたんだ。コクったりはできなかったけど……」

 なぜか、ジッと私の目を見る。でも、ハッとなにか思い出したようで。

「あっ、それでか。二,三年前、ロスの空港で宏とばったり出会ったときに、アイツ俺のこと避けやがったんだぜ。たしか、アイツ、亜紀に惚れてたんだよな」
「え? そうなの? 宏くん、いまトシちゃんと一緒になってるよ」
「へぇ~ そうなんだ。みんな相手を見つけてるんだな」
「うん。そういえば、明久君は?」
「ん? 俺? まだ独身。美亜は?」
「私も……」

 途端に、明久君、意外そうな声をだした。

「ええ!? どうして? あの八人の中で一番最初に誰か男とくっつくのって美亜だと思ってたのに」
「……」
「あっ! もしかして、俺のこと待ってた……とか?」

 探る目をして、私の顔を見る。

「な、わけないじゃない! ちょっと仕事が忙しかっただけよ!」

 フン!

 とたんにがっかりしたような表情浮かべた、でも、すぐに爽やかな笑顔を浮かべ。

「俺、しばらく日本にいるから、今度、食事にでも付き合ってよ」
「え? うん、いいけど……」

 そういえば、男性から食事の誘いを受けるのって、何ヶ月ぶりだろう?
 二十代の前半の頃には、週末ごとに、だれかが誘ってくれたものだけど……

「おっ! やった! じゃ、今晩、電話する。携帯の番号、変わってないよね?」
「うん」

 小さくガッツポーズをして、明久君、私を見つめた。

「ね? 最後にさ」
「ん?」

 明久君、なにか言い出しにくそうに、ツバを飲み込むばかり。でも、思い切ったとみえて……

「トリック オア トリート」

 さすがにアメリカ帰り、さっきの子供たちと違って、発音はすごくいい。すごくいいのだけど、

「え? 明久君もお菓子ほしいの?」

 私、キョトンとした。その前で、明久君、首を左右に振る。
 それから、妙に真剣な表情で、右の頬を差し出し、指差した。

「トリック オア トリート」
「……」
「……」

 微妙な空気……

 ったく! なにやってるのだか、この人は!

 小さくため息をついてみたり。
 でも、私、明久君の両頬を両手でつかみ、むりやり正面に向けて、明久君の背の高さにあわせて、爪先立ちする。

 チュッ

 ビックリしている明久君の目を覗き込んで、

「トリック オア トリート! 私を大事にしなかったら、死ぬほど痛い目を見せるんだから!」

 明久君、機械的にウンウンうなずいているだけ……
 それから、後ろに下がって、ドアを閉めた。



「って、いたずらじゃなくて、死ぬほど痛い目なのかよ!」

 しばらくしてから、ドアの向こうでうれしそうな声が上がった。
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