42 / 61
2010年作品
つなぐ手
しおりを挟む私たち仲良し三人組は、それぞれ浴衣を着て、近所の神社の夏祭りに出かけた。
もう日がとっぷりと暮れて、ずっと真っ暗な道を、三人手をつないで歩いてきた。それでも石につまずいたりして。なのに、鳥居をくぐり神社の参道に入った途端、両側にびっしりと並んだ露店の明かりに照らされて、辺りは煌々とまぶしい。
まるで別世界。
その照度の落差が、私たちをいっぺんに夢の国へといざない、高揚感を強める。
そう、私たち3人は、その瞬間からワクワクし、興奮していた。
だから、あちこち露店を見てまわるうちに、私がはぐれてしまったのは、考えてみれば当然だったのかもしれない。
私、他の二人を探して、両側に露店の並ぶ参道を行ったり来たりしてみた。
でも、見当たらない。
参道をそれた西側には林が広がり、東側には川が流れている。
露店の明かりで参道はまぶしいぐらいに明るいといっても、一歩脇にそれ、林の中に入ると、真っ暗。女の子二人だけでそんなところへ入り込むはずはない。とすると、東の方、河原にでも行っているのかしら?
そんなことを考えながら、土手を登ると、河原側の斜面には、既に大勢の人が集まっていた。
そういえば、毎年、夏祭りにあわせて、市の花火大会が開催されるのだっけ。
土手から見えるのは、人人人。人の頭が露店の光の届かない暗がりに並んでいた。あちこちでスマホのバックライトに周囲がボーっと照らされ、あちこちで熱気にほてった身体をあおぐ団扇がヒラヒラと動く。
もちろん、そんな状況だから、土手の上からは友達の姿は見つけられなかった。
そうだ、スマホ!?
探そうとして思い出した。浴衣に着替えたとき、服のポケットに入れっぱなしだった。
失敗した! 露店見てまわるつもりだったから、財布は忘れずに巾着に入れて持ってきているのに、スマホをわすれちゃうなんて……
一瞬、取りに帰ろうかとも思ったけど、でも、またあの暗い道を、今度は一人でなんて、無理!
「よっ、木村!」
あれこれ思い悩んでいると、肩を叩かれた。男の声。
「えっ?」
振り返って戸惑っちゃう。こんなだぶだぶTシャツの男子に知り合いはいない。でも、どことなく見覚えが。どこかで……
そうだ! 中学のとき、三年間ずっと同級生だった高山君!
ん? でも、高山君と私って、中学のとき、接点なんてまったくなかったし、三年間一緒だったのに、ほとんどしゃべったことなんてなかったはず。
困惑顔の私に構わず、明るい笑顔でしゃべりだす。
「さっき山中と川端が、お前のこと探してたぞ? 迷子だって?」
「え? 奈美ちゃんたちと会ったの?」
「ああ、十分ぐらい前に、神社の境内のところで」
十分前か。それじゃ、今から境内の方へ向かっても、もういないだろうなぁ~
なんて、思っていたら。
「なぁ、それより山田とか、渡辺とかに会わなかった?」
「えっ?」
高山君、自分を指差した。
「実は、俺も迷子」
「……」
「……」
プッ
二人して、同時に吹き出す。
「なにそれ?」
「露店見てたら、いつの間にか……」
「子供みたいだねぇ~」
自分のことを棚にあげて…… でも、それが正直な感想。
「あはは。だろ? でも、やっぱ夏祭りの露店っていったら、ワクワクしちゃって、ついつい周りのことが見えなくなるもんだろ?」
まあ、たしかに…… すくなくとも、私はすごく納得♪
「あ、そうだ! 高山君、スマホもってない?」
「え? ああ、家に忘れてきた。だから、アイツらに連絡とれなくてさ」
なんだか、何から何まで私にそっくりなヤツ。
「って、ことは、木村ももってないんだな」
正直にうなずいた。
「さて、どうするか……」
腕を組んで、あごの下をなでながら、小首をかしげる思案顔の高山君。私より一回りほど背が高く、すらりとしているのだけど、ガッチリとした体型。なにかスポーツでもやっているのかしら? そういえば、中学のとき、どこか体育会系クラブのキャプテンをしていたっけ?
とりとめもなく、考えていると――
ひゅ~~~~~どっか~ん!!!
途端に、高山君の顔が赤く照り映える。
「おっ! 花火」
土手のあちこちから『たまや~』だとか、『きれい♪』だとか、声が聞こえてくる。
私も振り返った。その瞬間には、自分が迷子だってことをすでに忘れていた。
「きれい! きれい! きれい!」
私、パンパン両手を叩きながら、子供のように飛び跳ねて喜ぶ。
その隣で、高山君。
「おっ! すげぇ~ たまや~!」
私と同じくらい楽しんでいるみたい。
「わぁ~ 素敵~」
「おわ! やばい! やばいぐらいデカイ!」
赤、黄、青の光の乱舞。炎の舞。
いがらっぽい煙が風に乗って時々流れてくるけど、でも、見ていて飽きない。すべてを忘れてしまう美しさ。
「ねぇ、ねぇ、今の見た? すごい! すごい素敵だったね?」
嬉々として喜んでいる私に袖を引っ張られ、紫に染まった高山君、私を見た。そして、なぜだか一瞬、息を飲んだみたい。
「……ああ、きれい……だ」
私はそれからも『きれい』とか、『素敵』って言葉を連発し、額にうっすらと汗をかきながら、ずっと夢中になって花火を見ていたのだけど、途中から、私の隣から聞こえてくる声は、『ああ』とか、『そうだね』だとかばかり。
もうすぐ花火大会も終わりってころになって、そのことに気づいた。
そっと、隣の様子を観察してみると、高山君、花火を見ないで、じっと私を見ていた。
赤や青や黄色の光に染められながら、じっと私を見つめている高山君。同じ色に染められながら、見られている私。
自然に頬が熱くなるのを感じた。タダでさえ、花火に夢中になって、興奮で身体が熱くなっているのに……
すこし、着崩れた襟元を、気づかれないようにソッと直したりして。
ようやく、最後の花火が打ち上がり、河原に仕掛けられた仕掛け花火に火がついて、花火大会は終わった。
土手中から、一斉に拍手が湧き上がる。
私も、痛くなるぐらい両手を打ち鳴らす。
「ねぇ? すごかったね? きれいだったね」
「ああ、すごくきれいだった」
「興奮しちゃうね? 感動しちゃうね? うっとりだよね?」
私、興奮して、なんどもなんども高山君に同じことを尋ねちゃう。
そのたびに、ウンウンうなずいてくれる高山君。
私のこの感動を共有していてくれている高山君。
でも、なぜか、私と視線が合うと、急いで目をそらす。
やがて、ボソッと
「そろそろ、行こうか?」
私に右手を差し出してきた。
「え?」
握手? ってわけじゃないよね。
「また、迷子になると困るから……」
左手の指で鼻の頭を掻いている。
しばらく、よそを見ている高山君の顔と右手を交互に見比べて、私その場に突っ立っていた。
でも、
クスクスクス……
つい笑い声が出ちゃう。お腹を抱えて、すこし中腰になったりして。
その様子に、最初、呆気にとられていた高山君、すぐに青い顔に、そして赤い顔になった。まるで、さっきまでの花火を見ていたときの再現のように。
それもおかしくて、私の笑いの衝動なかなかおさまらない。
ようやく、笑いが止まったときには、目の前の高山君、左手で頭を抱え込むようにして、私に背を向けて黙って立っていた。
その姿を目にして、わけもなく、私、駆け出す。
高山君のそばを通り抜けるときに、一度だけ立ち止まって、無理やりその手を握る。
「え?」
「ほら、行くわよ。ちゃんと私の手をつかんでないと、また迷子になっちゃうぞ。しっかりつかんでおいてね?」
一瞬、間があった。でも、ちょっぴり弾んだような声で、
「お、おお」
先を駆けていく私とつながった手は、あったかくて、ゴツゴツして、大きかった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
桃は食ふとも食らはるるな
虎島沙風
青春
[桃は食っても歳桃という名の桃には食われるな]
〈あらすじ〉
高校一年生の露梨紗夜(つゆなしさや)は、クラスメイトの歳桃宮龍(さいとうくろう)と犬猿の仲だ。お互いのことを殺したいぐらい嫌い合っている。
だが、紗夜が、学年イチの美少女である蒲谷瑞姫(ほたにたまき)に命を狙われていることをきっかけに、二人は瑞姫を倒すまでバディを組むことになる。
二人は傷つけ合いながらも何だかんだで協力し合い、お互いに不本意極まりないことだが心の距離を縮めていく。
ところが、歳桃が瑞姫のことを本気で好きになったと打ち明けて紗夜を裏切る。
紗夜にとって、歳桃の裏切りは予想以上に痛手だった。紗夜は、新生バディの歳桃と瑞姫の手によって、絶体絶命の窮地に陥る。
瀕死の重傷を負った自分を前にしても、眉一つ動かさない歳桃に動揺を隠しきれない紗夜。
今にも自分に止めを刺してこようとする歳桃に対して、紗夜は命乞いをせずに──。
「諦めなよ。僕たちコンビにかなう敵なんてこの世に存在しない。二人が揃った時点で君の負けは確定しているのだから」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる