上 下
28 / 61
2010年作品

お隣の翔太くん

しおりを挟む

 今日は日曜日だというのに、朝から雨。
 由加里ちゃんも朝のアニメを見た後、ヒマそうにしていた。
 パパは日曜出勤とかで、家にいないし。二人だけのために昼ごはんを作るのも面倒。ついつい、近所のショッピングセンターのランチコーナーで済ませることにした。
 ここなら、由加里ちゃんが大好きなお子様ランチとかもあるし、私の大好物のソフトクリームも手に入る。
 で、雨の日曜日の昼。
 こんな日に昼ごはんを作るのが面倒な人も多いみたいで、混みあっているランチコーナー。私たち親子がついているテーブルの隣に見知った顔が。
 お隣の翔太くん一家。
 翔太くんは、由加里ちゃんと同じ幼稚園に通う仲良しのお友達。
 翔太くんのパパとママとは、親密ってほどではなくても、顔を合わせば挨拶ぐらいはする仲。今日も、一家で食事に来ていて、親同士、どうもどうもと会釈を交わしているのだけど、子供たちの方は、早速、翔ちゃん・由加里ちゃんって手を振り合って、こんなところで会えたことを喜んでいる。

「翔ちゃん、帰ったら、後で、うちで一緒にあそぼ」
「うん、いいよ」

 なんて、遊ぶ約束をしているし。
 って、今、我が家ちらかっていて、他人様に見せられるような状態じゃないのだけど……
 もう二人で約束をしちゃったし、翔太くんのママも、『うんうん、いってらっしゃい』なんて、言ってるし。
 これじゃぁ、もう断れないよ。
 結局、帰りの車。翔太くんも乗せて、我が家へ戻っていくことになってしまった。



 翔太くん、お邪魔しますなんて、殊勝しゅしょうな態度で、我が家に上がりこむと、最初に、洗面所へむかった。
 由加里ちゃんも、翔太くんについていって、二人して手洗いうがい。
 いつもなら、絶対、そんなことしないのに。
 なんだか、ちょっと負けた気分。
 それから、ふたりして、キャッキャ、キャッキャと騒ぎながら、リビングでお人形さん遊びを始めた。
 先週の由加里ちゃんの誕生日に買ってあげたドールハウスを出してきて、由加里ちゃんが操るウサギ人形の大きい方がママで、小さい方が由加里ちゃん自身。翔太くんは、テディベアの腕の付け根を持って、のそりのそりとそこらあたりを歩き回らせている。たぶん、翔太くんがパパの役かな?

「あなた、今日もお仕事? 日曜なのにお勤めご苦労様。気をつけて、いってらっしゃい」
「パパ、お仕事がんばってねぇ~」

 由加里ちゃん、声色を使い分け、ウサギの腕をブンブン振り回してみせる。

「ちがうよ。ボク散歩しているだけ」

 のそりのそり……

「ねぇねぇ、あなた、奥谷さんちの桜の木、すっかり花が散っちゃって、もうすぐしたら、実がいっぱいなって、美味しいサクランボが食べられそうね」
「ううん、違うよ。奥谷さんちの桜の木って、今いっぱい葉がなっているから、葉が散ってから、サクランボがなるんだよ」

 もちろん、リビングから見える裏の奥谷さんちの庭の桜はソメイヨシノ。さくらんぼはならない。

「ねぇねぇ、今朝のプリキュアみた? ブロッサムかわいい~ 私もズボンはこうかな?」
「ええ~ ダメダメ 仮面ライダーにでてくるお姉さんみたいな格好いいのがいいな」

 なんか、微妙に答えになっているような、なっていないような……
 そのあとも、二人のおままごと、延々とこんな調子。
 由加里ちゃんがあれやこれやと話を振るのだけど、翔太くんは、のらりくらり。キチンと正面から向き合った会話が成立していない。
 それに、やたらと否定の言葉が多い。
 きっと、翔太くんのパパって、家の中では、こんな感じなんだろうなぁ~。いつもほがらか笑顔を浮かべているマイホームパパ。実は外づらがいいだけだったんだ。翔太くんのママって、大変そう。
 そう思ったら、笑ってしまった。



 おやつの時間。
 お人形を放り出して、テーブルに飛んでくる。
 いただきますして、二人で大皿に盛ったスナック菓子を食べはじめる。
 由加里ちゃんが大好きなスナック菓子。

「ママ、このお菓子、翔太くんも大好きなんだよ。知ってた?」

 もちろん、知らない。興味もない。

「そう、よかったね」

 二人とも、夢中になって、テーブルの上のお菓子に手を伸ばし、口の中へどんどん放り込んでいく。
 パリポリパリポリ咀嚼そしゃく音だけが聞こえて、話し声も笑い声もしないテーブル周り。
 やがて、皿の上に、ひとつだけスナック菓子が残った。

「ねぇ? これ、翔太くんにあげる。食べて」

 うんうん、由加里ちゃんはいい子。ホント優しい子。自分が食べたいだろうに、我慢して、翔太くんに譲ってあげるなんて。
 後で、翔太くんが帰っていったら、おやつのお代わりを出してあげる。

「ありがとう」

 翔太くん、遠慮もなにもない。いきなりむんずと最後の一個のスナック菓子をつかんだ。
 由加里ちゃんに引き比べ、この可愛げのないガキ……いやいや、お子さんは…… まったく、もう!



 その翔太くんに握られた最後のスナック菓子。翔太くんの手元に引き寄せられ、両手でつかみなおされ、そのまま、口の近くへ……
 と思ったら、両手に力をこめて、パキッ!
 翔太くんの手で二つに割れた。
 そして、その大きさを見比べ、小さい方を自分の口の中へ放り込み、大きい方を由加里ちゃんの顔の前へ。

「あ~んして」

 たちまち、うれしそうな表情で、口を大きくあける由加里ちゃん。
 その中へ、ポイ……
 二人して、口の中で、噛み砕きながら、

「おいしいねぇ~」
「おいしいね」

 う~ん……

 我が家のパパさん。最後に残ったエビチリのエビ。私の大好物だって知っているくせに、何も言わずに、自分の口の中へ……



「バイバイ、また明日」
「幼稚園でね」

 夕方、迎えに来たママさんと翔太くんはお隣へ帰っていった。

「ねぇ? 由加里ちゃん、翔太くんのこと好き?」

 由加里ちゃん、顔いっぱいをくしゃくしゃにして、

「うん!」

 そう、よかったわね、なんて、口の中でつぶやいていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

スカートの中、…見たいの?

サドラ
大衆娯楽
どうしてこうなったのかは、説明を省かせていただきます。文脈とかも適当です。官能の表現に身を委ねました。 「僕」と「彼女」が二人っきりでいる。僕の指は彼女をなぞり始め…

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

処理中です...