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2010年作品
お隣の翔太くん
しおりを挟む今日は日曜日だというのに、朝から雨。
由加里ちゃんも朝のアニメを見た後、ヒマそうにしていた。
パパは日曜出勤とかで、家にいないし。二人だけのために昼ごはんを作るのも面倒。ついつい、近所のショッピングセンターのランチコーナーで済ませることにした。
ここなら、由加里ちゃんが大好きなお子様ランチとかもあるし、私の大好物のソフトクリームも手に入る。
で、雨の日曜日の昼。
こんな日に昼ごはんを作るのが面倒な人も多いみたいで、混みあっているランチコーナー。私たち親子がついているテーブルの隣に見知った顔が。
お隣の翔太くん一家。
翔太くんは、由加里ちゃんと同じ幼稚園に通う仲良しのお友達。
翔太くんのパパとママとは、親密ってほどではなくても、顔を合わせば挨拶ぐらいはする仲。今日も、一家で食事に来ていて、親同士、どうもどうもと会釈を交わしているのだけど、子供たちの方は、早速、翔ちゃん・由加里ちゃんって手を振り合って、こんなところで会えたことを喜んでいる。
「翔ちゃん、帰ったら、後で、うちで一緒にあそぼ」
「うん、いいよ」
なんて、遊ぶ約束をしているし。
って、今、我が家ちらかっていて、他人様に見せられるような状態じゃないのだけど……
もう二人で約束をしちゃったし、翔太くんのママも、『うんうん、いってらっしゃい』なんて、言ってるし。
これじゃぁ、もう断れないよ。
結局、帰りの車。翔太くんも乗せて、我が家へ戻っていくことになってしまった。
翔太くん、お邪魔しますなんて、殊勝な態度で、我が家に上がりこむと、最初に、洗面所へむかった。
由加里ちゃんも、翔太くんについていって、二人して手洗いうがい。
いつもなら、絶対、そんなことしないのに。
なんだか、ちょっと負けた気分。
それから、ふたりして、キャッキャ、キャッキャと騒ぎながら、リビングでお人形さん遊びを始めた。
先週の由加里ちゃんの誕生日に買ってあげたドールハウスを出してきて、由加里ちゃんが操るウサギ人形の大きい方がママで、小さい方が由加里ちゃん自身。翔太くんは、テディベアの腕の付け根を持って、のそりのそりとそこらあたりを歩き回らせている。たぶん、翔太くんがパパの役かな?
「あなた、今日もお仕事? 日曜なのにお勤めご苦労様。気をつけて、いってらっしゃい」
「パパ、お仕事がんばってねぇ~」
由加里ちゃん、声色を使い分け、ウサギの腕をブンブン振り回してみせる。
「ちがうよ。ボク散歩しているだけ」
のそりのそり……
「ねぇねぇ、あなた、奥谷さんちの桜の木、すっかり花が散っちゃって、もうすぐしたら、実がいっぱいなって、美味しいサクランボが食べられそうね」
「ううん、違うよ。奥谷さんちの桜の木って、今いっぱい葉がなっているから、葉が散ってから、サクランボがなるんだよ」
もちろん、リビングから見える裏の奥谷さんちの庭の桜はソメイヨシノ。さくらんぼはならない。
「ねぇねぇ、今朝のプリキュアみた? ブロッサムかわいい~ 私もズボンはこうかな?」
「ええ~ ダメダメ 仮面ライダーにでてくるお姉さんみたいな格好いいのがいいな」
なんか、微妙に答えになっているような、なっていないような……
そのあとも、二人のおままごと、延々とこんな調子。
由加里ちゃんがあれやこれやと話を振るのだけど、翔太くんは、のらりくらり。キチンと正面から向き合った会話が成立していない。
それに、やたらと否定の言葉が多い。
きっと、翔太くんのパパって、家の中では、こんな感じなんだろうなぁ~。いつも朗らか笑顔を浮かべているマイホームパパ。実は外づらがいいだけだったんだ。翔太くんのママって、大変そう。
そう思ったら、笑ってしまった。
おやつの時間。
お人形を放り出して、テーブルに飛んでくる。
いただきますして、二人で大皿に盛ったスナック菓子を食べはじめる。
由加里ちゃんが大好きなスナック菓子。
「ママ、このお菓子、翔太くんも大好きなんだよ。知ってた?」
もちろん、知らない。興味もない。
「そう、よかったね」
二人とも、夢中になって、テーブルの上のお菓子に手を伸ばし、口の中へどんどん放り込んでいく。
パリポリパリポリ咀嚼音だけが聞こえて、話し声も笑い声もしないテーブル周り。
やがて、皿の上に、ひとつだけスナック菓子が残った。
「ねぇ? これ、翔太くんにあげる。食べて」
うんうん、由加里ちゃんはいい子。ホント優しい子。自分が食べたいだろうに、我慢して、翔太くんに譲ってあげるなんて。
後で、翔太くんが帰っていったら、おやつのお代わりを出してあげる。
「ありがとう」
翔太くん、遠慮もなにもない。いきなりむんずと最後の一個のスナック菓子をつかんだ。
由加里ちゃんに引き比べ、この可愛げのないガキ……いやいや、お子さんは…… まったく、もう!
その翔太くんに握られた最後のスナック菓子。翔太くんの手元に引き寄せられ、両手でつかみなおされ、そのまま、口の近くへ……
と思ったら、両手に力をこめて、パキッ!
翔太くんの手で二つに割れた。
そして、その大きさを見比べ、小さい方を自分の口の中へ放り込み、大きい方を由加里ちゃんの顔の前へ。
「あ~んして」
たちまち、うれしそうな表情で、口を大きくあける由加里ちゃん。
その中へ、ポイ……
二人して、口の中で、噛み砕きながら、
「おいしいねぇ~」
「おいしいね」
う~ん……
我が家のパパさん。最後に残ったエビチリのエビ。私の大好物だって知っているくせに、何も言わずに、自分の口の中へ……
「バイバイ、また明日」
「幼稚園でね」
夕方、迎えに来たママさんと翔太くんはお隣へ帰っていった。
「ねぇ? 由加里ちゃん、翔太くんのこと好き?」
由加里ちゃん、顔いっぱいをくしゃくしゃにして、
「うん!」
そう、よかったわね、なんて、口の中でつぶやいていた。
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