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2010年作品
手袋
しおりを挟む『ボク、大きくなったら、雪ちゃんをお嫁さんにする!』
公園の遊具の中で、名も知らない少年が、今日も私にそんな宣言をした。
『うん』
少年から暖かい手袋の片方を受け取りながら、うれしげに頬を染め、私はうなづく。
――ああ、いつもの夢か。
心の片隅で、私、そんなことを考えて、いつものように軽い失望を覚えた。
私は、この夢を見始めたのはいつからのことか。
夢は、人間の記憶をベースに形作られるのだとか。
だったら、この夢、どこかで私が経験したはずの出来事がもとになっているのだろう。でも、どこかの少年に、こんな風に告白されたことなんて、私の二十年間の記憶の中で一度もなかった。
それに、私は雪という名前でもないのだし。
不思議な夢。
悪夢ではない、むしろ心地いい気分になれる夢なんだけど、何度も何度も見る。だから、気にならないはずはなくて……
今日は私の成人式。
市の公会堂へ新成人たちが集められて、成人式なんて、しまらない行事が行われる。
私も、見た目が華やかな振袖に、ふわふわのファーを首に巻き、出かけた。
会場のあちこちで、中学時代の友人たちと再会し、思い出話に花が咲く。来賓の人たちの話になんか、だれも耳を傾けない。
会場全体がざわざわした雰囲気に包まれていた。
そのうち、肩を背後から叩かれた。振り返ると、
「千佳ちゃん、久しぶり」
「あ、えっと……」
「ああ! ひどーい! 私のこと忘れたの? 朋だよ!」
「え? ともみ? うそ! すごく綺麗になってる!」
中学のとき、チビだけど、恰幅のいい腹回りをしていた女の子が、たった五年で、私より背が伸びて、すっきりスレンダーになり、そこに立っていた。
「す、すごーい!」
「えへ」
「なんで? どうやって?」
まわりの女の子たちも、驚異の眼で朋美を見つめていた。
「ねぇ~? 千佳ちゃんって、東京の大学に行ってるんだよね?」
「え? うん、そう」
「じゃ、田村君とどっかで会ったりした?」
「ん? 田村君?」
「そう、田村耕平。ほら、中三の冬に、両親が離婚して、お母さんの実家に、引っ越してきた、いつもメガネ掛けてた男の子」
「ああ、あの子。あの子、いま東京にいるの?」
「うん、そうみたいよ」
「へぇ~ そうなんだ」
ちょっと気のない返事。はっきり言って、田村君に特別な思い出なんかないし、中学時代、話したこともないはず。
まるで接点のない同級生。
そんな子の消息について、私に聞かれても……
でも、朋美、ちょっぴりうれしげに。
「なぁんだ。会ったりしてないんだ」
式が終わって、その後は、同窓会。
何人かの友達は、既に結婚しており、子供もいるのだとか。
何人かの友人は、社会に出て働いており、自分で生活費をかせいでいるのだとか。
でも、大部分の同級生たちは、親のすねをかじりながら、大学や専門学校へ通っている。
私もその一人。
「やあ、工藤さん、久しぶり」
「あ、今井君、元気?」
なんて、挨拶を交わしながら、男の子たちのこの五年間の変化を確認して、品定めをそれとなくしてみたのだけど、特にいいなと思うような男子はいなかった。
居酒屋の一室を借り切って、行われた同窓会。
なかには、このときが人生で初めての飲酒経験なんて子もあり、座が異様に盛り上がった。
そして、気づいたら、あちこちでカップルが出来上がり、男女隣りあわせで、あれこれ話している。
私のとなりにも、さっきの今井くんが陣取り、盛んに話しかけてくるので、お酒の勢いもあって、笑顔を振りまきつつ、楽しんでいた。
と、突然、今井くん、私の耳元に唇を寄せて、ささやいてくる。
「ねぇ、知ってる? 俺、中学のとき、ずっと工藤のこと好きだったんだぜ!」
格好つけて、熱い息でささやいてくれるのはいいのだけど、酒臭い息で、真っ赤な顔して、今さらそんなことを言われても……
私、特に返事もせずに、そのまま聞き流していた。
とっくに日が沈んだころに、同窓会はお開きになった。私たちは、駅の方へ、酔い冷ましがてら、そぞろ歩く。
今井くん、私の手を引いて、盛んに物陰の方へ引っ張ろうとするのだけど、私は、構わず歩きつづけた。
と、街灯が途切れ、暗がりになった場所で、強引に腕をとって、私を抱き寄せようとしてくる。顔を近づけ、息が酒臭い。
私、一生懸命、顔を背け、暴れ、今井くんから逃れようとした。
「ちょっと、止めてよ! ヘンなことしないで!」
今井くん、私の抵抗をものともせず、力づくで、自分の胸元に引き寄せようとする。
そのときだった。
バチンッ!
朋美と並んで歩いていた眼鏡の男の子が駆け寄り、今井君を殴った。
――え? だれ?
特に、見覚えがない男子。
「大丈夫? 雪ちゃん?」
暗がり越しに、その子、私を心配そうに見つめながら、そう言った。
「……!?」
その瞬間、その男の子の顔が、急にくっきり見えてきた。
そう、あの夢の中の少年にそっくりの顔。あの少年が大きくなれば、きっとこんな顔になっていたに違いない。
自然と、ひとつの名前が口をついて出た。
「こ、耕平くん?」
「ああ、久しぶり」
思い出した。
あれは、六歳ぐらいのとき。
冬の晴れ間、近所の公園で遊んでいると、みぞれ交じりの雪が降ってきた。
私、慌てて屋根のある遊具の中へ雨宿りしにもぐりこんだのだけど、すぐに、反対の方から、見たこともない男の子が雨宿りしにきた。
雪、どんどん激しくふりだし、寒さが一段とつのってきた。
私、寒さと心細さでガタガタ震えていると、その男の子が話しかけてきた。
「おれ、耕平、君は?」
ママやパパから、知らない人に話しかけられても、返事しちゃいけないし、一緒についていっちゃいけないって、言われていた。だから、私、返事をしなかった。
「なんだ。口きけない? それとも、名前ないの? じゃ、ボクが名前付けてあげる。雪降ってるから、雪ちゃん」
少年、楽しそうに目を輝かせて、私をジッと見た。
すこし、戸惑ったけど、いやじゃなかったっけ。
でも、すぐに寒さを感じてブルッとひとつ震えてしまう。
「雪ちゃん、寒いの? 震えてるじゃん! そうだ、これ片方、貸してあげるよ」
そういって、つけていた手袋の片方を外して、私に渡そうとしたのだけど……
私、受け取らなかった。
「ほら、冷えちゃうよ? これ、つけなよ!」
その少年はしつこかった。だから、つい、こう言った。
「いい。知らない人と、話したり、モノをもらったりしちゃ、いけないんだもん!」
少年、少し悲しそうな目をしたけど、すぐに、
「じゃ、ボク、大きくなったら、雪ちゃんをお嫁さんにする! ボクたち、結婚するのだから、もう、知らない人じゃないでしょ?」
私、すごくビックリした。でも、すごくうれしかった。
だから、素直に手袋をもらった。
そういえば、あの手袋、返した覚えがない。あのあと、どうしちゃったっけ?
でもいいわ、今度の二月十四日に、手編みのを渡すことにしたから。
今度は、東京で。
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