上 下
21 / 61
2010年作品

手袋

しおりを挟む

『ボク、大きくなったら、雪ちゃんをお嫁さんにする!』

 公園の遊具の中で、名も知らない少年が、今日も私にそんな宣言をした。

『うん』

 少年から暖かい手袋の片方を受け取りながら、うれしげに頬を染め、私はうなづく。

――ああ、いつもの夢か。

 心の片隅で、私、そんなことを考えて、いつものように軽い失望を覚えた。



 私は、この夢を見始めたのはいつからのことか。
 夢は、人間の記憶をベースに形作られるのだとか。
 だったら、この夢、どこかで私が経験したはずの出来事がもとになっているのだろう。でも、どこかの少年に、こんな風に告白されたことなんて、私の二十年間の記憶の中で一度もなかった。
 それに、私はという名前でもないのだし。
 不思議な夢。
 悪夢ではない、むしろ心地いい気分になれる夢なんだけど、何度も何度も見る。だから、気にならないはずはなくて……



 今日は私の成人式。
 市の公会堂へ新成人たちが集められて、成人式なんて、しまらない行事が行われる。
 私も、見た目が華やかな振袖に、ふわふわのファーを首に巻き、出かけた。
 会場のあちこちで、中学時代の友人たちと再会し、思い出話に花が咲く。来賓の人たちの話になんか、だれも耳を傾けない。
 会場全体がざわざわした雰囲気に包まれていた。
 そのうち、肩を背後から叩かれた。振り返ると、

「千佳ちゃん、久しぶり」
「あ、えっと……」
「ああ! ひどーい! 私のこと忘れたの? 朋だよ!」
「え? ともみ? うそ! すごく綺麗になってる!」

 中学のとき、チビだけど、恰幅かっぷくのいい腹回りをしていた女の子が、たった五年で、私より背が伸びて、すっきりスレンダーになり、そこに立っていた。

「す、すごーい!」
「えへ」
「なんで? どうやって?」

 まわりの女の子たちも、驚異の眼で朋美を見つめていた。



「ねぇ~? 千佳ちゃんって、東京の大学に行ってるんだよね?」
「え? うん、そう」
「じゃ、田村君とどっかで会ったりした?」
「ん? 田村君?」
「そう、田村耕平。ほら、中三の冬に、両親が離婚して、お母さんの実家に、引っ越してきた、いつもメガネ掛けてた男の子」
「ああ、あの子。あの子、いま東京にいるの?」
「うん、そうみたいよ」
「へぇ~ そうなんだ」

 ちょっと気のない返事。はっきり言って、田村君に特別な思い出なんかないし、中学時代、話したこともないはず。
 まるで接点のない同級生。
 そんな子の消息について、私に聞かれても……
 でも、朋美、ちょっぴりうれしげに。

「なぁんだ。会ったりしてないんだ」



 式が終わって、その後は、同窓会。
 何人かの友達は、既に結婚しており、子供もいるのだとか。
 何人かの友人は、社会に出て働いており、自分で生活費をかせいでいるのだとか。
 でも、大部分の同級生たちは、親のすねをかじりながら、大学や専門学校へ通っている。
 私もその一人。

「やあ、工藤さん、久しぶり」
「あ、今井君、元気?」

 なんて、挨拶を交わしながら、男の子たちのこの五年間の変化を確認して、品定めをそれとなくしてみたのだけど、特にいいなと思うような男子はいなかった。
 居酒屋の一室を借り切って、行われた同窓会。
 なかには、このときが人生で初めての飲酒経験なんて子もあり、座が異様に盛り上がった。
 そして、気づいたら、あちこちでカップルが出来上がり、男女隣りあわせで、あれこれ話している。
 私のとなりにも、さっきの今井くんが陣取り、盛んに話しかけてくるので、お酒の勢いもあって、笑顔を振りまきつつ、楽しんでいた。
 と、突然、今井くん、私の耳元に唇を寄せて、ささやいてくる。

「ねぇ、知ってる? 俺、中学のとき、ずっと工藤のこと好きだったんだぜ!」

 格好つけて、熱い息でささやいてくれるのはいいのだけど、酒臭い息で、真っ赤な顔して、今さらそんなことを言われても……
 私、特に返事もせずに、そのまま聞き流していた。



 とっくに日が沈んだころに、同窓会はお開きになった。私たちは、駅の方へ、酔い冷ましがてら、そぞろ歩く。
 今井くん、私の手を引いて、盛んに物陰の方へ引っ張ろうとするのだけど、私は、構わず歩きつづけた。
 と、街灯が途切れ、暗がりになった場所で、強引に腕をとって、私を抱き寄せようとしてくる。顔を近づけ、息が酒臭い。
 私、一生懸命、顔を背け、暴れ、今井くんから逃れようとした。

「ちょっと、止めてよ! ヘンなことしないで!」

 今井くん、私の抵抗をものともせず、力づくで、自分の胸元に引き寄せようとする。
 そのときだった。

 バチンッ!

 朋美と並んで歩いていた眼鏡の男の子が駆け寄り、今井君を殴った。

――え? だれ?

 特に、見覚えがない男子。

「大丈夫? 雪ちゃん?」

 暗がり越しに、その子、私を心配そうに見つめながら、そう言った。

「……!?」

 その瞬間、その男の子の顔が、急にくっきり見えてきた。
 そう、あの夢の中の少年にそっくりの顔。あの少年が大きくなれば、きっとこんな顔になっていたに違いない。
 自然と、ひとつの名前が口をついて出た。

「こ、耕平くん?」
「ああ、久しぶり」

 思い出した。



 あれは、六歳ぐらいのとき。
 冬の晴れ間、近所の公園で遊んでいると、みぞれ交じりの雪が降ってきた。
 私、慌てて屋根のある遊具の中へ雨宿りしにもぐりこんだのだけど、すぐに、反対の方から、見たこともない男の子が雨宿りしにきた。
 雪、どんどん激しくふりだし、寒さが一段とつのってきた。
 私、寒さと心細さでガタガタ震えていると、その男の子が話しかけてきた。

「おれ、耕平、君は?」

 ママやパパから、知らない人に話しかけられても、返事しちゃいけないし、一緒についていっちゃいけないって、言われていた。だから、私、返事をしなかった。

「なんだ。口きけない? それとも、名前ないの? じゃ、ボクが名前付けてあげる。雪降ってるから、雪ちゃん」

 少年、楽しそうに目を輝かせて、私をジッと見た。
 すこし、戸惑ったけど、いやじゃなかったっけ。
 でも、すぐに寒さを感じてブルッとひとつ震えてしまう。

「雪ちゃん、寒いの? 震えてるじゃん! そうだ、これ片方、貸してあげるよ」

 そういって、つけていた手袋の片方を外して、私に渡そうとしたのだけど……
 私、受け取らなかった。

「ほら、冷えちゃうよ? これ、つけなよ!」

 その少年はしつこかった。だから、つい、こう言った。

「いい。知らない人と、話したり、モノをもらったりしちゃ、いけないんだもん!」

 少年、少し悲しそうな目をしたけど、すぐに、

「じゃ、ボク、大きくなったら、雪ちゃんをお嫁さんにする! ボクたち、結婚するのだから、もう、知らない人じゃないでしょ?」

 私、すごくビックリした。でも、すごくうれしかった。
 だから、素直に手袋をもらった。



 そういえば、あの手袋、返した覚えがない。あのあと、どうしちゃったっけ?
 でもいいわ、今度の二月十四日に、手編みのを渡すことにしたから。
 今度は、東京で。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...