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第二章 王太子の登場
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そのときがやってきたのは突然だった。
誰もが睡魔と闘う五限目、何の前触れもなく教室のドアが開けられた。青い顔を覗かせたのは校長先生だった。学校のトップが授業中に訪れるという異常事態に何事かとにわかに教室が騒然となる。
「雪見さん、わたしと一緒に進路室に来てくれるかな」
校長はそんな教室の状況に構う余裕がないのか、早口で用件だけを述べた。焦っているようにも見える様子に心臓が嫌な音を立てる。
クラスでも目立たない存在のわたしが呼び出されたことで無遠慮な視線が集まった。いつもなら縮み上がっている驚愕と興味が入り交じったそれも今のわたしの眼中になかった。不安と緊張で押し潰されそうな胸を何とか奮い立たせる。
そんななか、茜音さんの心配そうな表情とぶつかる。大丈夫だというふうに頷いてみせて、わたしは教室を出た。
※※※
校長は明言こそしなかったものの、呼ばれた理由には見当がついていた。突如としてわたしの目の前に現れたあの日以来、不気味なほど音沙汰がなかった彼が現れたのだろう。校長の怯えた表情も、言わずと知れた成宮家の人間を前にしたからだとすると辻褄が合う。
ついに、という緊張が思考を支配する。耳元で心臓が暴れているかのように心音がうるさい。
(わたしは、わたしが好きなように生きる)
あの子がくれた言葉を言い聞かせるようにゆっくりと反芻して、わたしは進路室のドアをくぐった。
「遅かったじゃないか」
開口一番不満を口にしたのは予想通りアレン様だった。様々なトロフィーが飾られているガラス張りの棚にもたれかかって、苛立たしげに腕を組んでいる。
「も、申し訳ございません」
自分より二回りは歳下の少年に恭しく謝ったのは校長だった。額には脂汗をかいており、不興を買わないようにと必死だ。
「ふん、まあいい。お前はもう出ていいぞ」
「は、大変申し訳ないのですが本校以外の生徒には教員の付き添いが必要でして……」
やんわりとした拒否に返ってきたのは、虫けらを見るような冷たい目だった。
「聞こえなかったのか? この俺が出ろと言っている」
普通なら眉をひそめられる高飛車な態度も、否応なしに頷いてしまう迫力があった。身分制度の頂点に君臨していた彼が発する全ては重さが違う。
「……失礼します」
笑みを引き攣らせ、校長が退出する。わたしとアレン様の二人きりだ。前世ならば愚痴か重苦しい沈黙が流れていたが、
「頭は冷えただろうな」
今日は違った。彼の瞳がまともにわたしを捉えたのは今世が初めてかもしれない。
「はい。その上でわたしは、あなたに着いていくつもりはありません」
声は震えなかった。きっぱりとわたしは拒絶を示す。案の定、アレン様は癇に障ったようで片眉をあげた。
「よほど偉くなったようだな」
「――日本は身分制度を廃止したことを知らないのか?義務教育で習うはずなんだがな」
アレン様の嫌味に返答したのは、いつの間にか進路室に入ってきた一条さんだった。どうしてここに。今は授業中のはず。驚きで声も出ないわたしとは対照的に、アレン様は鬱陶しげに舌打ちをした。
「また貴様か」
「オレも好き好んでお前に会いたいわけじゃないさ。こいつに接触する限り、お前から目を離すつもりはない」
「物好きだな」
アレン様はそう嘲るが、わたしにはいまいち一条さんの言葉の意味が理解できなかった。
「ただ俺の言うことを聞くだけでよかったのに、一丁前に自分の意見など持ちやがって。自由な未来などお前には不要なものだとどうして分からない?」
「黙れ」
一条さんの瞳には、怒りの炎がゆらゆらと揺らめいていた。
「お前と話すことほど時間の無駄はない。いつまで経っても平行線だ」
一条さんはそう吐き捨て、書類の束をテーブルに叩きつけた。その書類を見た瞬間、アレン様の顔色が変わる。わたしも一条さんの後ろから覗きこんだ。
「お前に脅された被害者の証言だ」
そこには日付と、そしてカイラという女性の顔に整形しろと迫られたという供述が綴られていた。
「お前はカイラという女に執着している。そんなお前が雪見と出会うまで大人しかったとは思えない」
たしかに、あの場でわたしと出会ったのはほんの偶然だった。一条さんのお姉さんの急用がなければ出席することもなかったのだ。まさか前世の元婚約者であるわたしが転生していると予想していたわけではないだろう。
誰もが睡魔と闘う五限目、何の前触れもなく教室のドアが開けられた。青い顔を覗かせたのは校長先生だった。学校のトップが授業中に訪れるという異常事態に何事かとにわかに教室が騒然となる。
「雪見さん、わたしと一緒に進路室に来てくれるかな」
校長はそんな教室の状況に構う余裕がないのか、早口で用件だけを述べた。焦っているようにも見える様子に心臓が嫌な音を立てる。
クラスでも目立たない存在のわたしが呼び出されたことで無遠慮な視線が集まった。いつもなら縮み上がっている驚愕と興味が入り交じったそれも今のわたしの眼中になかった。不安と緊張で押し潰されそうな胸を何とか奮い立たせる。
そんななか、茜音さんの心配そうな表情とぶつかる。大丈夫だというふうに頷いてみせて、わたしは教室を出た。
※※※
校長は明言こそしなかったものの、呼ばれた理由には見当がついていた。突如としてわたしの目の前に現れたあの日以来、不気味なほど音沙汰がなかった彼が現れたのだろう。校長の怯えた表情も、言わずと知れた成宮家の人間を前にしたからだとすると辻褄が合う。
ついに、という緊張が思考を支配する。耳元で心臓が暴れているかのように心音がうるさい。
(わたしは、わたしが好きなように生きる)
あの子がくれた言葉を言い聞かせるようにゆっくりと反芻して、わたしは進路室のドアをくぐった。
「遅かったじゃないか」
開口一番不満を口にしたのは予想通りアレン様だった。様々なトロフィーが飾られているガラス張りの棚にもたれかかって、苛立たしげに腕を組んでいる。
「も、申し訳ございません」
自分より二回りは歳下の少年に恭しく謝ったのは校長だった。額には脂汗をかいており、不興を買わないようにと必死だ。
「ふん、まあいい。お前はもう出ていいぞ」
「は、大変申し訳ないのですが本校以外の生徒には教員の付き添いが必要でして……」
やんわりとした拒否に返ってきたのは、虫けらを見るような冷たい目だった。
「聞こえなかったのか? この俺が出ろと言っている」
普通なら眉をひそめられる高飛車な態度も、否応なしに頷いてしまう迫力があった。身分制度の頂点に君臨していた彼が発する全ては重さが違う。
「……失礼します」
笑みを引き攣らせ、校長が退出する。わたしとアレン様の二人きりだ。前世ならば愚痴か重苦しい沈黙が流れていたが、
「頭は冷えただろうな」
今日は違った。彼の瞳がまともにわたしを捉えたのは今世が初めてかもしれない。
「はい。その上でわたしは、あなたに着いていくつもりはありません」
声は震えなかった。きっぱりとわたしは拒絶を示す。案の定、アレン様は癇に障ったようで片眉をあげた。
「よほど偉くなったようだな」
「――日本は身分制度を廃止したことを知らないのか?義務教育で習うはずなんだがな」
アレン様の嫌味に返答したのは、いつの間にか進路室に入ってきた一条さんだった。どうしてここに。今は授業中のはず。驚きで声も出ないわたしとは対照的に、アレン様は鬱陶しげに舌打ちをした。
「また貴様か」
「オレも好き好んでお前に会いたいわけじゃないさ。こいつに接触する限り、お前から目を離すつもりはない」
「物好きだな」
アレン様はそう嘲るが、わたしにはいまいち一条さんの言葉の意味が理解できなかった。
「ただ俺の言うことを聞くだけでよかったのに、一丁前に自分の意見など持ちやがって。自由な未来などお前には不要なものだとどうして分からない?」
「黙れ」
一条さんの瞳には、怒りの炎がゆらゆらと揺らめいていた。
「お前と話すことほど時間の無駄はない。いつまで経っても平行線だ」
一条さんはそう吐き捨て、書類の束をテーブルに叩きつけた。その書類を見た瞬間、アレン様の顔色が変わる。わたしも一条さんの後ろから覗きこんだ。
「お前に脅された被害者の証言だ」
そこには日付と、そしてカイラという女性の顔に整形しろと迫られたという供述が綴られていた。
「お前はカイラという女に執着している。そんなお前が雪見と出会うまで大人しかったとは思えない」
たしかに、あの場でわたしと出会ったのはほんの偶然だった。一条さんのお姉さんの急用がなければ出席することもなかったのだ。まさか前世の元婚約者であるわたしが転生していると予想していたわけではないだろう。
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