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第二章 王太子の登場
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あっという間に日々は過ぎ、ついにパーティー当日となった。上級階級の人間が多いせいか表向きは淑やかな雰囲気である。煌びやかなシャンデリアの照明の下、談笑が交わされている様子はいかにもという感じだ。
けれど。黒髪の方々が大半を占めるため、辛い記憶が多い前世の社交会とは嫌でも別物だと認識できる。変に緊張しなくてすみそうだ、と今だけこの世界に感謝した。
「雪見、挨拶に行くぞ」
一条さんがそっとわたしに耳打ちした。ぴっちりと髪をオールバックに固め、一目で分かるほど仕立ての良いスーツを着ている。完全に外行きの顔だ。
対するわたしも、レモン色のドレスに身を包んでいた。露出が少ないため地味と言われれば地味だが、化粧もしているしそこまで浮いた格好ではないと思う。
「久しぶりだな」
一条さんがこのパーティーの主催者の息子に声をかける。彼――紺野史郎さんは誰かと話していた様子だったが、一条さんに気づくと顔を輝かせすぐに会話を切り上げた。
「久しぶりじゃねぇか! 三ヶ月ぶりぐらいか?」
紺野さんは嬉しそうに顔を綻ばせると、一条さんの肩に腕を回した。
「離せ」
煩わしそうに回された腕を払い除けた一条さんだったが、その表情からは嫌悪が読み取れない。きっと仲が良いのだろう。もしかして、パーティーにわざわざ参加したのは彼と会うためかもしれない。こういった場に出席することはあまり好みでないだろうに、一条家の御子息として参加した理由がずっと分からなかったのだ。
「……ん? そちらのお嬢さんは見ない顔だな」
「お初にお目にかかります、雪見茉衣と申します。今回はこのような場にご招待いただき、誠にありがとうございます」
わたしはふわりとドレスの裾を掴んでカーテシーをする。
「……えらい優雅なお嬢さんだな」
ぽかんとした紺野さんの表情に気がついて、ハッと我に返る。しまった、お辞儀だけで済ませるつもりだったのに。ドレスを着ているからか前世の癖が出てしまった。
「一条様の隣におられる方、見ない顔ですわね」
「家を捨てたくせによくもノコノコと参加できたな」
「どこの家のご令嬢だ?」
「ふん、どうせ不出来な息子に勝手に押し付けられたんだろう。可哀想なこった」
一条さんとわたしに関する様々な声が意識せずとも耳に入ってくる。個より家を重んじる彼らにとって彼は理解の範疇を越えた異分子なのだろう。骨身に染み込んだ価値観が、一条さんを非難の標的にする。
名家特有の思考だと分かっているのに、胸がズキズキと痛む。そろそろ社交ダンスの時間だから切り替えなければいけないのに。手を重ね合わせても震えが止まらない。
「――大丈夫だ」
だんだんと俯いてしまうわたしの耳に、力強い声が届いた。それだけで、泣きそうなくらい胸が安堵に包まれた。たった一言なのにもう大丈夫だと心の底から思える。
きゅっとドレスの裾を掴む。手の震えはいつの間にか止まっていた。
雄大な音楽が、ダンスの開始を告げた。
※※※
「すごかったじゃねぇか!」
興奮しているのか、紺野さんは早口で捲し立てた。
「雪見さんもすげぇダンス上手だったしよ!どこかで習ってたのか?」
前世が令嬢だったのです、とは口が裂けても言えない。適当な笑みで誤魔化していると話題は一条さんに移った。
「つーかお前も!全然パーティー出ないから踊れないかと思ってたぜ」
実際は踊れないどころか格が違うレベルだ。ダンス後の挨拶回りで思ったが、所作や立ち振る舞いもため息が出るほど美しかった。わたしたちを見る周囲の目が完全に変わったことを肌で感じる。
一条さんはといえばすっかり紺野さんと話し込んでいた。邪魔しても悪いので庭の散策に行こう。積もる話があるだろうから、ゆっくり見て回っても大丈夫なはずだ。
※※※
「わあ、なんて綺麗なバラ」
庭に移動すると、赤、黄色と色とりどりのバラが満開を迎えていた。恐らく専用の庭師が今日のために誂えたのだろう、萎んでいるものさえない。
ざく、と草を踏む音がすぐ背後から聞こえた。わたしの前にあるバラが見たいのだろうか。バラは十分に鑑賞できたし、別の場所に移動しよう。
そう思って立ち上がったときだった。
「――久しぶりだな、マリー」
艶のある低い声が、耳馴染みのある名前を呼んだ。
けれど。黒髪の方々が大半を占めるため、辛い記憶が多い前世の社交会とは嫌でも別物だと認識できる。変に緊張しなくてすみそうだ、と今だけこの世界に感謝した。
「雪見、挨拶に行くぞ」
一条さんがそっとわたしに耳打ちした。ぴっちりと髪をオールバックに固め、一目で分かるほど仕立ての良いスーツを着ている。完全に外行きの顔だ。
対するわたしも、レモン色のドレスに身を包んでいた。露出が少ないため地味と言われれば地味だが、化粧もしているしそこまで浮いた格好ではないと思う。
「久しぶりだな」
一条さんがこのパーティーの主催者の息子に声をかける。彼――紺野史郎さんは誰かと話していた様子だったが、一条さんに気づくと顔を輝かせすぐに会話を切り上げた。
「久しぶりじゃねぇか! 三ヶ月ぶりぐらいか?」
紺野さんは嬉しそうに顔を綻ばせると、一条さんの肩に腕を回した。
「離せ」
煩わしそうに回された腕を払い除けた一条さんだったが、その表情からは嫌悪が読み取れない。きっと仲が良いのだろう。もしかして、パーティーにわざわざ参加したのは彼と会うためかもしれない。こういった場に出席することはあまり好みでないだろうに、一条家の御子息として参加した理由がずっと分からなかったのだ。
「……ん? そちらのお嬢さんは見ない顔だな」
「お初にお目にかかります、雪見茉衣と申します。今回はこのような場にご招待いただき、誠にありがとうございます」
わたしはふわりとドレスの裾を掴んでカーテシーをする。
「……えらい優雅なお嬢さんだな」
ぽかんとした紺野さんの表情に気がついて、ハッと我に返る。しまった、お辞儀だけで済ませるつもりだったのに。ドレスを着ているからか前世の癖が出てしまった。
「一条様の隣におられる方、見ない顔ですわね」
「家を捨てたくせによくもノコノコと参加できたな」
「どこの家のご令嬢だ?」
「ふん、どうせ不出来な息子に勝手に押し付けられたんだろう。可哀想なこった」
一条さんとわたしに関する様々な声が意識せずとも耳に入ってくる。個より家を重んじる彼らにとって彼は理解の範疇を越えた異分子なのだろう。骨身に染み込んだ価値観が、一条さんを非難の標的にする。
名家特有の思考だと分かっているのに、胸がズキズキと痛む。そろそろ社交ダンスの時間だから切り替えなければいけないのに。手を重ね合わせても震えが止まらない。
「――大丈夫だ」
だんだんと俯いてしまうわたしの耳に、力強い声が届いた。それだけで、泣きそうなくらい胸が安堵に包まれた。たった一言なのにもう大丈夫だと心の底から思える。
きゅっとドレスの裾を掴む。手の震えはいつの間にか止まっていた。
雄大な音楽が、ダンスの開始を告げた。
※※※
「すごかったじゃねぇか!」
興奮しているのか、紺野さんは早口で捲し立てた。
「雪見さんもすげぇダンス上手だったしよ!どこかで習ってたのか?」
前世が令嬢だったのです、とは口が裂けても言えない。適当な笑みで誤魔化していると話題は一条さんに移った。
「つーかお前も!全然パーティー出ないから踊れないかと思ってたぜ」
実際は踊れないどころか格が違うレベルだ。ダンス後の挨拶回りで思ったが、所作や立ち振る舞いもため息が出るほど美しかった。わたしたちを見る周囲の目が完全に変わったことを肌で感じる。
一条さんはといえばすっかり紺野さんと話し込んでいた。邪魔しても悪いので庭の散策に行こう。積もる話があるだろうから、ゆっくり見て回っても大丈夫なはずだ。
※※※
「わあ、なんて綺麗なバラ」
庭に移動すると、赤、黄色と色とりどりのバラが満開を迎えていた。恐らく専用の庭師が今日のために誂えたのだろう、萎んでいるものさえない。
ざく、と草を踏む音がすぐ背後から聞こえた。わたしの前にあるバラが見たいのだろうか。バラは十分に鑑賞できたし、別の場所に移動しよう。
そう思って立ち上がったときだった。
「――久しぶりだな、マリー」
艶のある低い声が、耳馴染みのある名前を呼んだ。
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